2018年03月09日

理想の高さが気品の高さ

係長がヒラより偉いのは、係長のほうが単語を知っているからであり、課長が係長より偉いのは、課長のほうが単語を多く知っているからだ、とは、何処の情報でしたかね。
先日数学者の岡 潔のTVドラマがあり、大変興味深くみました。そこで、数年前購入したものの読みこなせなかった『春宵十話』(光分社文庫)を再度手に取ったところ、割りと頭に入ってきました。

その8話「学を楽しむ」では、「日本民族は、昔から情操中心に育ってきたためだろうか、外国文化の基調となっている情操の核心をつかむのが実に早い。聖徳太子は一代で仏教の核心をつかんでしまっている。しかし、西洋の文化、特にギリシャに由来するものは、西洋文化に接触を始めてから年月がたつのに、まだ日本にはいっていない。ギリシャ文化の二つの系統のうち、力の強いものがよいとする意志中心の考え方は、文化とは関わりもなく、むしろ野蛮である。しかし、知性の自主性はまだ日本に入っていない、文化が入っていないということは、文化の基調になっている情操が分かっていないことにほかならない。
知性に、他のものの制約を受けないで完全に自由であるという自主性を与えたのはギリシャだけだった。インドでもシナでも自主性はない。これらの国で科学が興隆しなかった理由がそこにある。
知性は理性と同一ではなく、理想を含んだものと思うが、はっきりと理想に気がついたのもギリシャ文化が初めてだった。これを代表しているのが、プラトンの哲学である。」
大体、この辺でチンプンカンプンなのですが、
その後にも、「認識するものとしての理性はデカルトによって整えられ、ニュートンは理性を手段として自分の無力さがわかる、数学に限らず文化の本質、文化それ自体に目が向いたのは19世紀で、ここでハッキリ理想が自覚された。19世の特徴は、理想について考えたことにある。ゲーテの「ファウスト」も理想をあつかったものだし、数学の世界でも、リーマンのように自分が何を理想としているかよく見きわめようとし、それが可能であることを示すために論文を書いた学者がでた。理想は悠久なものを望むエスプリである。理性と理想の差異は、理想の中では住めるが、理性の中では住めないということになる。孔子の、学につとめ、学を好み、最後に学を楽しむという境地、この「楽しむ」というのが学問の中心に住むということにほかならない。」
と進み9話「情操と智力の光」の冒頭で「理想とか、その内容である真善美は、私には理性の世界のものではなく、ただ実在感としてこの世界と交渉をもつもののように思われる。」芥川龍之介はそれを「悠久なものの影」ということばでいいあらわしている。そして理想の高さが気品の高さになる。」
以上で理解できた事は、『理想とは真善美』と理解していれば良いのだということですかね。
因みに広辞苑で「理想」と引いても良く分かりませんでした。まぁ、単語を一つ覚えたと言うことで、ヨシとしますかね。

posted by やすかね at 17:51| 千葉 ☔| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月02日

とある警察官と喧嘩腰

先週の土曜日、珍しく、法テラス被疑者国選の電話を受信することが出来ました。房総の方の警察に留置されているというので、早速面会に行きました。容疑は極めて軽微な窃盗事件でした。最初の接見で、被疑者に対し、こんなつまらない事件を起こし、その原因が何処にあるのか、よく考えろとお説教したものの、被疑者は、なんだかんだと言い訳ばかりで話になりません。
そこで、久しぶりに延々と話し始めました。要するに、あんたは子供の頃から、親から我慢ということを教えてもらってこなかったことだ、今となっては、手遅れではあるが、まだ数十年生きてゆかなければならないのだから、社会の中で自分の居場所を探せ、仕事がないなら雪国で困っているお年寄りのところにでも行って雪かきでも、お買い物のお手伝いでもボランティアでやることで、人様から感謝されることの喜びとかを感じ、人の信用を得る努力をしたほうがよい、信用を得ることは大変なことであるが、小さな嘘でもつけば直ちに信用されなくなるから、失う事は簡単である。
などと締めくくり、何度も面会には来ないが、今話したことを思い返して、今後どうやって生きてゆくかじっくりと考えるように、と言って帰ってきました。
ところが、翌日になると朝から接見要望です。これを無視して留置管理課の警察官にも被疑者に反省しろと伝えてあるので、それを文章にまとめて送るようにと伝えてほしいとお願いしたものの、以後連日の接見要望です。
しょうがないから、明日の土曜日に再度の接見を予定し、接見に行く前に被害者に電話したところ、既に被害届は取下げ(提出を訂正)済みとのことでした。
これで、接見前に検事と交渉する必要が生じていますから、早速、事件が継続している警察(勾留先と異なる警察)に電話して、担当する班長の名前と担当検察官の名前を教えてほしいと言ったところ、このウイという警察官、ナンと言ったと思います。
上から目線で「こちらにお出でになれば、教えます。」この一言で、ぶっちぎれました。今まで警察に行って担当検事の名前を聞いたことなどありませんから「何、弁護士の名前だけでは確認が取れない!冗談じゃない、弁護士会に電話しろ!法テラスだって弁護人の名前など確認できるだろうが」と怒鳴りつけても埒が明きません。
「しょうがないな、課長に代わってくれ。」と続けると、ウイさんしばらく課長に言い訳をした後、課長が電話に出たので、真っ先に「今、ウイさんの話を聞いたでしょうが、警察官が最初に被害者の話を聞き、それを基準にして被疑者に尋問するのは、やり方が間違っているぞ、ともかく担当班長と検事の名前を教えられないのか。上から目線で話をするから、こっちは喧嘩腰で話しているんだ、こんな詰らない事で、県警本部になど電話できないが、名前を教えられないなら、ご迷惑だが県警に電話するしかない」と詰め寄ると、「弁護士さんの連絡先をと名前を教えてくれ。検討して後ほど連絡する。」「名前は、さっきフルネームで伝えてあるが、しょうがないから言うよ。何分後に電話をくれるのか。」と電話を切りました。
課長からの電話を待っている間に、検察庁に電話して、窃盗で〇〇警察署扱いの検察官の名前を教えてもらい、名前が判明したので、立会い事務官に電話をつないでもらい、「〇〇の件で検事さんと5分ほど話をしたい。」と言うと「今取調べ中ですが」というものの担当検事が電話口に出たので、「事件の処分は検察官にあるが、この事件被害届が取下げされたと聞いている。詰まらない事件を・・」と言うと「今日釈放の予定です。」とのことです。取り急ぎ、今度は身柄のある警察の留置管理課に架電し、「被疑者に、本日釈放予定とお伝え下さい。」と言うやいなや「今日釈放されました。」とのことでした。
この間、約20分、最初の警察官の電話対応に教育的効果があったか否かはともかくとして、明日の接見は、回避されました。やれやれ、電話口での対応は、耳が研ぎ澄まされますから、相手の感情が手に取るように伝わりますね。しかし、課長との話の中で、何かのフレーズで、二人して大笑いしたことが印象的でした。相当きついことを言っても、会話の中で笑いが取れていれば、禍根を残す事はないから安心です。多少切れても、冷静さが残っていれば、どこかで笑いが取れます。今後もこの調子で頑張りましょう。See you later.
posted by やすかね at 18:28| 千葉 ☀| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月26日

民事再生手続きでの場外乱闘

千葉地裁破産部の裁判官が、破産決定の条件として破産者に提出を求めた5年分の領収書60枚(再発行費用3万円)について、医療機関にご迷惑をお掛けして準備したものの、これが提出される前に破産決定をしたことをブログで書きましたが、今度は民事再生手続きでのことです。
民事再生手続きは、概ね500万円の負債で100万円、3000万円の負債でも300万円程度の分割弁済で破産のように資格を要する職業の欠格事由を回避できるもので、再生計画案を作成して裁判所が認可すれば、3年程度で経済的更生ができる優れた制度です。多少、原理原則から論じますと
本来、資本主義社会は、社会の遊休資本を集め、企業に資本として貸付して利息・株式の配当を行う経済体制ですが、資本家でもない消費者に金銭を貸し付け、高利をとる「サラ金業者」(資本主義社会の毒饅頭)がはびこり、消費者被害が拡大しました。
この様な資本主義社会のアダ花から、借金返済が出来ない債務者の自殺が増大し、また自殺しないまでも自己破産事件が増大しました。

社会的対策として、利息制限法改正、弁護士からの過払い返還請求(マスコミを利用し、派手な宣伝で過払い返還請求をしている司法書士・弁護士などサラ金の死肉をあさるハイエナ業者ですかね)サラ金業者の貸付限度枠が設けられるなどして、高利貸し業者はほぼ絶滅したものの、低金利社会の中でサラ金業者と業務提携して銀行が毒饅頭に手を出しています。ギリシャ時代ブルータスも高利貸しをしていたようですが、時代が変わっても高金利は魅力的なのですね。
次に、自己破産の増大に対する法的対策として、民事再生手続きが制度化されました。破産は、借金の返済全てを免除するものですが、これでは債権者が大きな損失を受ける反面、債務者の無責任体質を助長するとも限りません。
そこで、債権者は債権の概ね2割で我慢しろ、債務者はそれだけ分割弁済して、自らの責任をとれ、というのが制度の根幹です。(住宅ローン特則はここでは論じません。)

今日の問題はここから始ります。この民事再生手続きでは、債務者の代理人となった弁護士は、債務者の負債・資産の状況などから冒頭の分割弁済の返済案を作り、裁判所がこれを認めることで、裁判所が債権者と債務者の間で法に基づき「強制的」な分割弁済案をさせることとなります。
これは、前述した自己破産手続きと比べると、若干複雑となります。特に弁護士が消費者金融などについての知識不十分な場合、再生計画案が実現できそうにない場合も出てきます。
この様な場合、裁判所はできる限り責任を取りたくありませんから、破産管財人のような、裁判所の「手先」と言っては失礼ですが、法的資格を有する弁護士に個別事件の処理をさせ、「判例」のような先例ともならず、裁判所は「よきに計らえ」で一件落着となります。
この裁判所が選任する民事再生委員となる弁護士が再生手続きに精通し、債務者の負担する費用も安ければ、債務者だけでなく裁判所も申請代理人となる弁護士も全てが万々歳となります。
そこで、民事再生法も裁判所が「裁量」で民事再生委員を選任する事を認めています。尤も、債務者の資産・負債の調査から再生計画案も申請代理人が申請の際、調査し、作成済となっていますから、全件で民事再生委員を選任する必要はありません。
東京地裁では民事再生手続き開始の当初から全件民事再生委員を選任し、費用を15万円と定めています。民事再生手続き制度開始の直後から弁護士に対する研修など信頼できる制度運用に向けた取り組みなどもあり、また事件数が多いことと、消費者問題に知識豊富な弁護士が対応するなどから、債務者に申立て代理人の費用の外に15万円の追加費用が必要ですが、利用しやすい制度となっています。
ところが、水戸地裁(支部も)では、何らの調査もないまま「全件一律に民事再生委員を選任し、費用は20万円です。」といきなり説明され、面食らってしまいました。
千葉地裁などでは民事再生委員の選任は「例外的」扱いですが、水戸地裁では法に定める「裁量」を働かせることもなく、何も調べずに「民事再生委員を選任し、費用20万円をご用意下さい。」とのことです。
僕は、20万円は借金の返済に苦労している債務者の負担となるものだし、再生計画案もきちんと履行できるものを作成しているなどと、説明する暇もなく、裁判所と入り口で喧嘩を始めてしまいました。
法治主義は、国民に義務を課し、負担を求めるには法の定めが必要であると言う初歩的な法原則ですが、水戸地裁は、正に裁量権を逸脱して全件一律に民事再生委員を選任するという「運用」を行っているのです
二割配当の事件で20万円と言うのは、100万円の債権に相当するのですが、ハッキリ言ってたいした仕事をする必要もないのに民事再生委員を選任するのは明らかな違法行為ですかね。プンプン。
posted by やすかね at 18:28| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

雪上ゴルフ

最近、日本人は何につけても過剰反応が多すぎるな。という印象を強くしています。先日2月20日、ゴルフの予定をしてあったのですが、数日前の天気予報では、関東地方で雪が降りそうであるとの予報が出ていました。私とすれば、当日雪が積もってゴルフができないことがわかれば、その時点でゴルフ場に電話をすれば、「クローズです。」などとコースの状態が明らかとなりますので、事前にキャンセルなど、あまりしたことはないのですが、天気予報で大量のキャンセルが出て困るのはゴルフ場ですね。特に従業員です。なれない雪かきをしてもお客さんが来ないのですから、「あー雪かー」でしょう。
2月20日、ゴルフ場につくと駐車場はガラガラで「あれっ」と思うと、数日前雪が降るとの予報が出ていたのでした。しかし、この日は風もなく、快晴、暖かい春のような天気で、スループレーで18ホールを終わっても1時半ごろでしたので、仕事も半日休みで済みました。
そこで、総括ですが、適当な、と言われるとお叱りを受けますが、数日から1週間前の天気予報の精度がどの程度か経験的に分かると思いますので、折角の予定を適当な天気予報で過剰反応していては人生の楽しみを奪われると考えても良いのではないでしょうか。
因みに、1月の22日ですか、関東地方で積雪がありました。24日に八千代ゴルフ(パブリック)で予定がありましたが、八千代では何度もプレーしていますので、大体の経営姿勢が分かりますので、友人にあそこはクローズしないよと言って当日朝連絡したところ、案の上プレー可能とのことでした。
しかし行って見るとコースの半分は雪で埋まり、特別のローカルルールを設定してありました。「ロストボールの場合、ボールが飛んで行ったと思われる、その近くからペナルティーなしでプレー続行」となりましたが、普通のゴルフにはなりませんでしたね。
モノは、試し、ティーグランドで雪を集めてその上にボールを置いて打ってみましたが、雪の抵抗は思ったより大きく、ボールは飛びませんでした。とにかく白のボールではロストボールの可能性が大きいので、ピンクボールを使いましたが、大変な思いをしました。まぁ、プレー代金の割引もあり、やれやれと言うところでしたかね。

posted by やすかね at 11:38| 千葉 🌁| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

電子レンジで焼き芋完成版

再登場:電子レンジでの焼き芋
標準的サイズ250グラムのサツマイモを、水分を吸収するダイレクトメールの紙封筒に洗っていれ、電子レンジ200ワット(解凍)、13分間の過熱で見事な焼き芋の完成です。イモの大小は、電子レンジの出力を変えれば大丈夫です。例えばイモが500グラムなら400ワットで、電子レンジの出力調整ができない場合は、イモ200グラム程度なら、イモの小さい分だけ、湯飲みに水(いもが50グラム小さいなら、50ccの水)を入れ、電子レンジの出力を減殺すれば、程よい過熱となります。
何故そうなのか、原理を知りたい方は、僕の10年ほど前のブログに書いてあります。
再度のご案内は、スーパー・ダイエーで小さなイモ3本が入った「電子レンジで焼き芋ができる袋」を販売していましたが、原理が分かっていないせいか、ベチャベチャになったり、過熱調整が不十分でうまくできませんでした。また、どこにも連絡先が書いてありませんでしたので、
改めて、研究してブログで紹介しようと考えたことです。
posted by やすかね at 17:03| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

びっくりポン

今日は驚きました、お年賀をブログに載せてから、ブログの解析欄を見ましたら、いつも50名足らずの訪問者が大体一人3件程度記事にアクセスするのですが、今日二人で446件のアクセスがありました。これは記事の総数が357件ですから、二人の内お一人が僕のブログ357件を全てアクセスして「記録」したようです。

過去にも土曜日電源を切って帰宅したものの、プロバイダイーから巨大なゼータが送られています。とご注意がありました。僕のパソコンにウイルスが入り込み、電源を入れ、全てのデータを盗み取って、このウイルスを自働消去して痕跡をなくしたようです。幸い、全て見られたとしてもたいしたことも書いてありませんので、気にしていなかったのですが、今日のは、びっくりポンです。
さては、僕のブログもアメリカの監視下に置かれたのでしょうかね。
昔から、アメリカは世界中で交信されている通信を全て「盗聴」していることが言われています。そんな馬鹿な、と言われるでしょうが、テロ・爆弾・アルカイダ・様々な問題となっている単語が通信で使用された場合、グーグルの検索が始るのでしょうね。そうですね、数日前から少々ヤバイ単語がブログに並びましたから、僕も有名人にされ、何処からかスキャンダルが飛んでくるかもしれませんね。『怖いですね、怖いですね。』
僕のブログが見れなくなったら、その時はアメリカの仕業かも知れません。
posted by やすかね at 18:36| 千葉 ☀| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年 ご挨拶

謹賀新年 素晴しい新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。また今年も宜しくお願いします。
以下は、例年顧問先・友人・同業者などにお送りしている今年の年賀状です。年に一度のご挨拶ですので、毎年欠かさず、書いています。義母が92歳で亡くなったときも、命に限りある人間の人生を振り帰れば、92歳は天寿を全うしたと言う意味で「ありがとう。お疲れ様でした。」ですし、またどこかの国王が亡くなった訳でも有りませんから、一年も喪に服すこともありませんから、その時は、近くの神社でお祓いをして、新年のご挨拶を書き続けています。まぁ、郵便局の回し者のようにと、お思いでしょうが、年賀状は一定の年齢まで毎年書くべきと考えております。
というわけですので、一生懸命書いた念頭の所感です。ハガキには、字数に制限があり、分かり難い点も有りますので、自慢も含め、最後に解説をさせていただきます。

「明けましておめでとうございます。
お正月は、橙・シダ・ユズリハを飾り、子々孫々の繁栄を願います。
ところが現実は、億兆の資産家との格差が拡大し、将来が不安です。江戸中期、田沼意次の賄賂政治が非難されました。コメ中心の経済から商品経済の発展に税制が追いつかず、富裕商人から賄賂・冥加金を「上納」させた田沼が、私心なく賄賂を社会に還元したなら、善政と評価されたでしょう。
現代もIT産業から巨万の富を持つ資産家が生まれ、過大評価された不労所得に適切な課税を施し、格差解消に向け教育費を無償とすれば、政治家の名が歴史に刻まれましょうが、友人の獣医学部に忖度していては、田沼以下の悪政でしょう。
サウジの富裕な賄賂王子が逮捕されましたが、現在、格差は世界的に「悪」として認識され、資産家も危機感を持っています。そこでビルゲイツは、富裕層へのテロの脅威から、奨学金などの社会奉仕活動に熱心です。
「楽しみは、妻子(めこ)睦まじくうち集い、頭並べて物を食うとき」と古の歌人(『独楽吟』橘曙賢)が詠ったようですが、ご家族の団欒が代々次第に譲られことをお祈りします。
2018年元旦
〒260-0013 千葉市中央区中央四丁目10番8 904
やすかね法律事務所(電話043-222-4680)弁護士 伊 藤 安 兼」

お正月の飾りに、昔から縁起を担ぎ、家長制ではありませんが、一家が「ダイダイ・シダイに譲」られ、子々孫々にDNAがつながることがお目出度いということで、我が家でも昔は、飾ったのです。
しかし、この時代地球的規模で格差拡大が悪とみなされて、その原因は教育にあると考えられております。お金持ちは、ご幼少から大学教授の家庭教師をつけるなどして、有名大学から親の会社に入り、普通は代々次第に譲られるはずですね。
政治の世界を見ても昔から、支配者と被支配者の生活レベルは、極端に違っています。時の権力者は、豪奢な生活を送ってきましたが、権力者の「集金制度」(税制)が社会経済の発展に追いつけないときは、権力者は資産家から「賄賂」を集め、「望月の欠ける」こともない贅沢三昧をして来ました。田沼意次は賄賂政治家と言われているようですが、一部の歴史家からは、賄賂を税金のように集め、社会に還元したのではないか、と評価されているようです。
そこで、何故賄賂を集めるしか手がなかったのかと言えば、それは、時の税制がしっかりとしたルールを確定できなかったからと気がつきました。現代でも企業に課税をする時は、企業会計原則に従って課税をするのですが、例えば「株式の譲渡益」に対する課税を考えても、優良企業の創業者が最初に一人で持っていた株式を分割しながら市場に公開するとき、莫大な創業者利得が発生します。今のアメリカなどの巨額の資産家は、概ねこの様な資本主義社会での「利益」の集積が巨額の資産となっています。
我が国では、楽天の三木谷など、巨額の資産を一代で築いていますが、彼は、本人が優秀でしょうから、奨学金などで教育を受け、さらに政府系のような銀行から国費でアメリカに留学などしてから、現在の資産を築いたのではないでしょうか。楽天の社内では公用語を英語としていますが、これなど今半植民地の日本を近い将来、アメリカの植民地、ハワイに次いで52番目の州にするつもりかも分かりません。
その様な思いから、いくら優秀とはいえ、一代で数千億円もの資産形成ができる事は「過大評価」でしょう。ですから、「過大評価された不労所得」に適切な課税をすべきと考えているのです。
政治家が歴史の中で評価されるのは、様々な美化を含め、悪行をそぎ落とされて名を残すとは思いますが、安倍さんは、果たしてアメリカの手先か、それとも安政の不平等条約よりもさらに不平等である安保条約・行政協定を改定する前提として、独立国としてあるべき憲法制定を考えているのか、よく分かりません。真の狙いがアメリカにばれれば、安倍さんは遅くない時期にアメリカによって失脚させられるでしょう。
この様なことを考えてきますと、今世界中で発生しているテロもその原因は、地球的的規模での格差拡大と思われます。
ですから、現にアメリカの大金持ちは、自動小銃を持ったガードマンがいる高い塀に囲まれた高級住宅地で生活しています。大金持ちが社会から差別されている不満分子の恨みを解消する唯一の手段は、今の税制の下では、格差拡大の原因である教育に巨大な寄付をするしかないということでしょうかね。
結局、人間の幸せは、決して巨額の資産を作ることでもなく、家族揃って、食事のできることが代々つながってゆくことである、と古の歌を紹介させていただきました。教養のないものがこの様な歌を知っているものでもありませんから、これは世界女性連合の機関紙『Her story』からの孫引きです。あしからず。



posted by やすかね at 17:34| 千葉 ☀| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

日本国、実は軍部独裁政権の歴史、

驚きました。我が国は、遠く戦国時代から、現代まで「軍部独裁政権」だったのですね。何を馬鹿な、とお思いでしょうが、歴史を振返って事実を検証してみれば、有史以来、権力者は武力(軍事力)を持っていなければ、社会を動かすことができず、はるか昔から、戦争に敗れた民族は奴隷とされていました。
日本の戦国時代を見ても、圧倒的武力・戦略を持つことが天下人の必要条件でしたし、江戸時代は帝(ミカド)の権威を背後に武力を持つ征夷大将軍が「天下人」として権力を行使していました。
明治・大正・昭和と時代が進むにつれ、天皇の名の下に軍部が日本を戦争の泥沼に引きずり込んでいきました。満州事変の頃の日本は、今の北朝鮮のように世界各国を敵に回し、その挙句戦争の犠牲者は300万人以上で、最後は広島長崎への原爆が投下されました。
我が国の軍部の連中は、日本中から若者を赤紙一枚で召集して戦場に送り込み、若者は南方の島々で虫けらの様に命を失ってきました。軍事力を持った連中が権力を濫用して、日本国中を荒廃させた責任は筆舌に尽くせるものではありません。
この様に、敗戦までの日本は、正に軍事独裁政権の悪行の極みでした。この様に考えてきますと、靖国神社で戦犯を神として祭った事は、戦争の犠牲者に対する冒涜であるだけでなく、軍事独裁政権の悪行に対する無反省である事は間違いがなく、昭和天皇も戦犯を祭った後靖国神社に参拝する事がなかったようです。しかし昭和の反省から今の天皇は、沖縄に何度も慰霊のたびをしています。
靖国に話を戻しますが、ですから、歴代首相が靖国神社に参拝する事は、中国などから文句をつけられるから行ってはいけないのではなく、戦争責任者を神として崇める事が歴史に対する無反省だけでなく、人間として失格だという問題だということです。
この馬鹿げた戦争も、昭和20年9月2日戦艦ミズリー号の上で、降伏文書に署名してポツダム宣言を受諾して日本の敗戦で終わりました。因みに8月15日を「終戦記念日」としているのは日本だけだそうです。
21世紀の現代では、例え戦争に勝利しても、敗戦国の人民を奴隷とする事はできない(日本兵60万人がシベリアに奴隷抑留)でしょうが、敗戦国日本は戦勝国アメリカ軍(名目は連合軍)によって「間接統治」(アメリカの傀儡政権)され、サンフランシスコ平和要約で独立したはずの日本は、未だにアメリカ軍によって「統治」されている事が明らかとなりました。これらを、今回『知ってはいけない』(矢部宏治 講談社現代新書)を読んでハッキリと確認できました。
僕は、受験生の頃から、明治憲法が、立憲君主制であるといわれてもそれは間違いであると思っていました。第二次大戦の宣戦布告は天皇の名で行われたのですが、この宣戦布告を決定したのは明治憲法の何処にも書かれていない御前会議だったからです。また今の日本は日本国憲法の下、立憲主義の国であるということも間違いだと思っていました。日米安保条約は「条約優位説」など言う良く分からない理屈で日本の憲法を全く無視しているからです。(アメリカでは、条約よりも国内法が優越しますから、理屈として日本の憲法はアメリカの法律以下です。)受験生の頃、日本はアメリカの植民地であると認識し『日米安保条約全書』など買って読んでいたこともあるのですが、そこに突っ込んでいたら司法試験は絶対受からなかったでしょうね。今にして思えば、途中で止めてよかったです。
それは、ともかく、今日の議論を進めるなかで、小学校の校庭にヘリコプターの窓が落下したとき、日本の警察は「米軍の協力を得て捜査」とか、沖縄の大学に米軍機が墜落したとき、立ち入り禁止の区域には、日本人は誰一人立ち入りが出来ませんでした。横浜で戦闘機が墜落して幼児が亡くなったときも、パラシュートで脱出した米兵は自衛隊のヘリで救出され、米軍基地に搬送されています。21歳のアメリカ兵が46歳の日本農婦を基地の中で遊び半分に射殺した「ジラード事件」もジラードを殺人でなく傷害致死として起訴し、求刑5年の論告のあと、懲役3年、執行猶予4年の実質「無罪」となりました。すべて「日米合同委員会」の指図です。

これらの事実は、独立国としてはあり得ないことで、江戸時代に外国と結ばれた安政不平等条約でも外国人が日本国中を自由に闊歩する事は出来なかったはずです。

日米安保条約全書の中で砂川判決全文が最後に掲載されていますが、前述の『知ってはいけない』では、砂川事件第1審判決日の翌日、ダグラス・マッカーサー二世駐日大使(マッカーサー元帥の甥)は藤山外務大臣を呼び出し、色々指示(飛躍上告など)を与えた経緯を本国に報告した機密文書が掲載されています。その後、当時の最高裁長官の田中耕太郎は、直接マッカーサーに、裁判の結論は、国民世論が迷わないように全員一致でする。判決は12月などと、司法権の独立などとは無縁の売国的裁判をしているのです。

とにかくこの著書は、占領下で行われ、現在も続く「日米合同委員会」(日本の官僚のトップとアメリカ軍司令官など約20名で組織され、アメリカ軍の要求を官僚が呑まされている)が今の日本を支配している事実を証拠に基づいて論証しています。また、最近の裁判官が、反知性主義的に客観性も実証性もないまま、「このような結論を出したい」と考えるまま判決を書くように「司法権の独立」は、田中耕太郎長官の時代から絵に描いた餅だったのですね。

最後に、私達とすれば、日本を動かしている人間が仮に日本人であったとしても、戦前のように国民に塗炭の苦しみを与えるなら、外国軍隊が裏で日本を支配(傀儡政権)していたとしても、私達が平和に安心して暮らせるなら、それでも良いのではないでしょうか、どうでしょう。
ただし在日米軍がいたとしても、集団的自衛権は日本だけが一方的に言っているだけで、アメリカ軍は日本が攻撃されても直ちに行動はしません。「いずれか一方に対する武力攻撃が、自国(アメリカ)の平和及び安全を危うくするものであると認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って、共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」(安保条約第5条1項)とあって、「いずれか一方に対する武力攻撃を自国に対する攻撃と認め、共通の危険に対処する」のではなく、「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」が挿入されていますから、北朝鮮が日本を攻撃しても、アメリカはNATOとか南米各国の条約とは異なる対応を取るのです。

やっぱり日本も独立国として軍隊を持つ必要があるのでしょうか、しかし現在の自衛隊は全面的にアメリカ軍の指揮下に置かれていますから、「独立国」となるまでには、大変な努力が必要です。自衛隊が米軍の指揮下にある事は、時の吉田首相が約束しているのです。安政の不平等条約の改定に明治政府は、大変な思いをしていますからね。今の安保条約などは、もっと大変です。アメリカに逆らうと、時の首相のスキャンダルがアメリカから飛んできて、日本の政治家は自主路線を取ることが困難なようです。それでも昔は、官僚が、アメリカの言いなりにならない時もあったようですが、財務省の『ノーパンしゃぶしゃぶ』事件などで、官僚もすっかり自主路線をとることが出来ず、外務省内でもアメリカンスクールの力が強いようです。
もっとも、アメリカは民主主義の国ですから、現在の日米安保条約・行政協定(地位協定)の真実を国民に明らかにして国民の支持に基づいて成立した日本政府がアメリカと交渉できれば、晴れて「独立国」となれます。しかし、そうなる前に米軍と売国的官僚らが鳩山内閣に妨害したように、考えられない陰謀を企てるでしょうかね。
因みに、アメリカの植民地であったフィリピンは、独立国となってアメリカと基地条約を結び、そこで基地をおくと決めた具体的な場所として23ヶ所があるようですが、日本はアメリカに対し、アメリカが米軍を「日本国内及びその周辺に」「配備する権利」を認め「全土基地方式」をとっていますから、北方領土が返還されると、アメリカは国後・択捉などに基地をおく権利がありますから、ロシアは絶対に北方領土など返還しない事は明らかです。念のため。首都に外国の軍隊があるところは、地球ひろしと雖も日本だけのようです。


posted by やすかね at 12:33| 千葉 ☀| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

弁護士に大切なコスト計算

弁護士村の忘年会幹事
1、 弁護士は、成年後見人などになって他人様の財産管理なども行うのですが、日常の金銭感覚はどうでしょうかね。弁護士会に60ほどの各種委員会があるのですが、某委員会では、10数名の弁護士が会から3万円の補助金を受け、会費7000円で、ホテルにある高級中国料理店での忘年会でした。私が良く行く中国料理店では、5名程で一品1000円の料理5点を回るテーブルで分け合って食べ、飲み物は別途料金としても一人2000円程度の会費で済みます。ですから、7000円プラスの予算での忘年懇親会、さぞかし豪勢かなと考え、いつものラフでなく、スーツに身を包んで出かけました。
2、 品よく、突き出しから、フカひれスープ、最後は高級な焼き蕎麦など、「まぁ、7000円では高いな。」と感じたものの、高級店だから仕方がないかな、と納得させて帰路に着きました。さらなる問題と考えたのは、飲み物でした。幹事は、一人3000円で飲み放題と注文したものの、私のテーブルでは8人中アルコールを注文したのが2人でした。残りの6人は、ウーロン茶、キリンフリーなど、いくら飲んでも4杯も飲めません。私は、中ジョッキのビールと焼酎のロック、3杯でした。
3、 幹事とすれば、飲み物をその都度注文するのが、面倒かも知れませんが、各人が従業員に夫々注文すればよいことですから、保険をかけるにしても一人2000円あれば、十分でしょうから、飲み放題で3000円は、全く合理性がありません。
4、 最後に会費7000円を集め、領収書をもらいましたが、その金額は6970円でした。会からの補助金分を上乗せしての領収書をもらっては、自由業者として確定申告する弁護士としては違法行為ですからそれはできないとしても、領収書は7000円で書いていただきたいところです。まぁ、高収入を稼ぐ弁護士ですから、この不景気の折、7000円プラス程度の飲み会があっても悪いことはないのですが、弁護士は、他人様の財産管理もするような人種ですから、常にコスト計算を行うなど一般人よりは合理的な金銭感覚を持たないと、依頼者からの預かり金を生活費にしてしまうようなこともないではありません。
5、 今年、残念だったのは、同じ釜の飯を食って、一緒に司法試験を勉強した北海道の上田弁護士が裁判所から選任され、後見人として預かっていた、預かり金3000万円ほどを着服して、懲役4年の実刑判決を受けていたことを知った事でした。気の毒なのは、被後見人とその家族です。裁判所も弁護士会も弁護士が着服した損害賠償に責任を取りませんから、事件当時弁護士が保険に入っていなければ、全く賠償は受けられませんからね。現在、後見人となる場合には5000万円以上の保険加入が義務付けられている、逆に弁護士は信頼されていないことの証明でもあります。
posted by やすかね at 15:53| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

恐ろしい保護命令

配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律が平成13年制定され、その後4回の改正がありましたが、この法律は場合によっては、夫から子供を奪い取ってしまう恐ろしい決定(裁判官の判断)がされることがあります。
この法律は、通常男性からの暴力を想定していますが、弁護士になりたてのころ、女性の代理人となって、男性側に慰謝料を支払った珍しい事例がありました。
夫婦喧嘩の末、女性が家を出たのですが、証拠の写真などによりますと夫の留守中、玄関の硝子戸を壊し、部屋に入って、洋服タンス・押し入・台所流し台などを全てかき回し、布団・衣類に醤油・ソースをまき散らし、最後に包丁の刃先を柱に叩きつけた「暴力行為」をした事案でした。これらの写真だけでも、切れた妻の狼藉が明らかでした。
これなど、今の法律でも女性に対して接近禁止・保護命令が出されても仕方のない事案でしょうが、最近の事例では、さしたる証拠もなく、裁判官がまともに尋問をすることもなく、夫に対して接近禁止・保護命令が出された事案がありました。その結果、夫は、妻はともかく愛児と6月以上(更新で延長)面会もできなくなってしまいした。
妻から半年以上前の暴力の主張に対し、妻の陳述書(証拠として)で、頭をひっぱたく、腕を思いっきり引っ張る、胸部を思いっきり小突等で、手首の打撲(不鮮写明な写真)、胸部を思いっきり小突から転倒して足を家具にぶつけ右膝捻挫(写真は全く不鮮明、陳述書では痣が捻挫に昇格)などで、そのほか診断書など一切ありません。夫は、最近半年は、全く手も触れていないと主張していますから、夫から見れば、妻は嘘を並べ立てていると言うこととなります。
通常、妻が、夫からいつか殺されてしまうかもしれません、などと主張する事件であるなら、その前提となる暴力から怪我が発生し、医師の診断書などは不可欠でしょうが、一年から半年以上前の不鮮明な写真と一方的な妻の言い分だけで、その後も暴力を受けているといいながら、それについての写真も診断書も一切ありません。それだけでなく、逆に最近までフミリーで楽しく飲食している写真もあります。また警察に相談したらしいのですが、その相談内容も疑わしい限りです。
しかし、妻が「これらの暴力がエスカレートすれば、何時殺されてしまうか怖い思いをしています。」と主張すれば、裁判官は、夫から満足な尋問もせず、簡単に夫に対して接近禁止の保護命令を出してしまうのです。夫とすれば法治国家とは考えられない事案です。
裁判官は、夫婦喧嘩で言い争っているときに、夫の発言だけを一方的に取りあげ、また頭をひっぱたく、胸を小突く行為がエスカレートすれば妻が殺されてしまう、などと考えたのでしょう。それが、いくらエスカレートするといっても物には限度というものがあり、殺されるなどとの主張はまともには信じられないと思います。
また、裁判官が、保護命令を出すには、DV法でその理由ないしは理由の要旨の記載を求めているのですが、裁判官の夫への質問が要領を得ないことから僕から「何時ごろのことか、喧嘩の原因は何かなど、もう少し具体的に質問してください。」と言われたことに、裁判官はきっと腹を立てたのでしょう。決定を出す際DV法で求められている必要な理由も記載しませんでした。
DV法を根拠にして決定を出している裁判官ですから、理由の記載が必要なことは理解しているはずですから、その理由を一切書いていないということは、本当に裁判官がこの決定を書いたのでしょうかね。誰かが例文をコピーして決定を書いたのではないかと疑われても反論できるのでしょうか。
抗告状で私は、「裁判官の抽象的質問に対し、もう少し具体的な質問をすべきと代理人が一言二言口を差し挟んだところ、裁判官は血相を変えて代理人の発言を制限してきた。」と書きました。年内になされるであろう、高等裁判所の判断が楽しみです。
posted by やすかね at 14:46| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする