2014年10月29日

社会人の常識

バースデイコンペ無事終了
27日が、65歳の誕生日でした。10年後には目出度く『後期高齢者』の仲間入りです。
翌日の28日浜野ゴルフクラブで、3組のコンペとなりました。9月9日、日弁連元副会長の慰労会の席で隣に座った、I弁護士から「やすかね先生たまにはゴルフをしましょう。」ということでしたので、11人までメンバーフィーでプレーができる特典を生かし、開催させて頂きました。
当日、顧問先の社長さんから誕生祝をハワイで買ってきましたので、とソニーオープンのブルゾンを届けていただいたのですが、ゴルフは通風で手首が腫れているのでクラブを振れないとお土産だけ置いて残念そうに帰られました。
この社長さんの穴が開き、たまたまクラブのほうから「日刊アマの指定練習日に一人になってしまった中学生(神谷優太君)がいるので、コンペではありますが、入れていただけないか。」とお願いをされてしまったので、「良いですよ」ということで、同じ競技ティー(ブルーよりも後ろ)を使って一緒にラウンドしました。アゲインストのなか、自分の良く飛んだドライバーが40ヤードほど離され、「張り合った」結果47回も叩いてしまいました。彼は、まだ165センチくらいでしたが、ドライバーは270ヤードほど飛ばし、アウトはバーディーとボギーが二つづつ、OBのダボがあり、38回でした。
午後、彼も下見の関係か、少し集中力が欠けてきたようで、OBを二回とボギーなどで、41回の僕より悪かったようです。競技でゴルフをするという事は、常に真剣勝負でなければいけませんので、下手な連中と回っても自分のスイングは常にリズムを崩すことなくベストショットを心がけないと長いゴルフ人生失敗するかもしれませんね。
ネットで彼の戦績を見たところ、今年、嵐山CCで行われた埼玉県ジュニアゴルフ、二人のプレーオフ(73)となり、2ホール目のロング、相手が4打でチップインバーディーを入れ、彼が2メートルのバーディーパットを外し、勝負あったようです。
優勝の栄誉は、その後の人生に大きく影響すると思いますので、真剣勝負の心を忘れずに頑張ってほしいところです。
ところで、僕に今回のゴルフを持ちかけたI弁護士、前日の夕刻になって「昨日野球をやって腰が痛くなってしまいました」とドタキャンです。彼は、コンペの幹事もしたことがないのでしょうね。無責任きわまりありません。一人穴が開くと同伴競技者は高くなったキャディフィーを払わされることにも全く配慮がありません。仕方なく、当日の朝、まだ寝ていた姪をたたき起こし、妻に道具などを準備させ、ゴルフ場まで送ってもらい、事なきを得ました。今後、I君は、絶対誘わないこと勿論、ドタキャンのメールに返事をしたことを悔やんでいます。シカトしておけば良かったと・・・。それにしても帝大出の弁護士の常識は、この程度か?他の帝大卒の人は違うでしょうね、違ってて欲しい!

posted by やすかね at 17:14| 千葉 | Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月29日

韓国のヘイトスピーチを許すな

ヘイトスピーチが社会問題化し、わが国の首相は国会で「一部の国、民族を排除する言動があるのは極めて残念なことだ」と答弁し、法務大臣も「品格ある国家という方向に真っ向から反する。」と極めて良識的な答弁を繰り返していますが、我々国民は言いたい放題言っても良いのではないか、と考えます。

そもそもヘイトスピーチ(英: hate speech)とは、人種、宗教、性的志向、性別などの要素 に対する憎悪(ヘイト)を表す表現行為のことで、日本語では「憎悪表現」、「憎悪宣伝」、 「差別的表現」、「差別表現」などと訳され、訳語は統一されていない。(Wikipediaより)そうなのですが、サッカーではこれまで何度も忌々しいスピーチが韓国で行われています。

2002年日韓のワールドカップにおいて韓国の観客席に人文字で『FUCK★YOU  JAPAN』と描いているのです。また『AGAIN 1966』とも人文字で描いています。これは1966年イングランド大会で北朝鮮に敗れた、イタリア人なら誰もが覚えている「屈辱」をからかってのものだそうで、韓国人の品のなさを世界中にさらしたW杯だった。と写真入で紹介しているのが『この一冊で韓国問題丸分かり』(ワック出版2014年5月増刊号)です。

今回も伊藤博文を暗殺したテロリストである安重根の写真をデカデカと旗にして客席で振っていたのです。
この様な全く品のない韓国の国民(の一部と考えたい)ですが、これでもわが国は「歴史認識」などで下手(シタテ)に出ざるを得ないのですかね。
世界の良識人は、韓国民の下劣さを有分理解しているのですが、良識人なんて人は世界の僅かでしかありません。

今後は、韓国のサッカー協会を世界のサッカー協会から締め出しでもしないと、『JAPANESE ONLY』とやって締め出しを喰った浦和レッズのファンも納得がいかないでしょう。

大分前に、このブログで「ジダンの頭突き」と題して、人種差別的悪口を言われたジダンの思いの一端を応援したつもりですが、フェリーに乗った自国高校生も満足に救助できない世界の三流国の国民と非難合戦をしてしまう事は「金持ち喧嘩せず」の格言に反するのでしょうかね。

韓国レベルに品格を下げて言い争うのは、実に馬鹿馬鹿しいのですが、文化も経済も『パクリだらけの韓流』(前掲書)で書かれているとおり、到底日本には太刀打ちできない韓国国民は、日本人を本当に怒らせるつもりなのでしょうかね。

国内の不満を解消するには、外に敵を作ることとは2千年以上前から言われているのですが、余りにもナショナリズムを刺激過ぎると大変なことになります。韓国の女子プロゴルフの選手も困っているでしょうね。
posted by やすかね at 17:21| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月26日

弁護士は、片肺飛行で良いか

 弁護士の責務は、基本的人権を尊重し、社会正義を実現(弁護士法1条)することです。しかし、多くの弁護士が、司法試験勉強中に「十分理解」したはずの「罪刑法定主義」と「租税法律主義」の半分を、どこかに置き忘れているのではないかと思っています。
 大学(工学部)では、麻雀に現(パソコンならでは漢字)を抜かして当然落ちこぼれ、留年後、偶々地元市役所で新設される清掃工場のオペレーター(技師)として採用になったのですが、一念発起して司法試験を目指し、運良く司法試験に合格して修習を終え弁護士登録をしたとき考えました。
 
 普通に法学部を卒業しただけであれば、弁護士になっても理工系の知識とか医学も建築も特に専門として学んではいないわけですが、弁護士は、医療訴訟でも建築訴訟でも訴訟なら何でもできるのだから、結局、必要とあれば、如何なる分野でも勉強しなければなりませんし、またそれらを理解できる能力を持っていなければならない、と結論付けました。

 弁護士が職業としている範囲は、法律事務一般であり、国税庁に通知するだけで、税理士も職業とできることとなっています。しかし、登録直後、通知税理士をしている弁護士についての悪口なども耳にし、税理士の試験は司法試験よりランク下であるということで、多くの弁護士は税理士の仕事をしようとは考えていないのです。その様な認識からでしょうか、税理士法が出来たとき、弁護士が税理士の職務を行うには税務当局に通知することとなってしまいました。(税理士法51条)

 しかしながら、弁護士は、税務訴訟を行うことができる訳ですから、その前提となる税務申告はもとより、税理士の付属的仕事である、企業の会計帳簿の整理なども、何も税務当局に通知するまでもなく、本来できるはずなのです。しかも弁護士が通知税理士となると、税理士の監督官庁は税務当局ですから、弁護士自治の認められている弁護士が税務当局の監督下に入ることなり、これは、弁護士法の基本理念と矛盾してしまうのです。
 税理士法が制定されたとき、全国の弁護士は、この通知税理士の制度自体弁護士法と矛盾することをして、税理士法51条の制定をさせてはいけなかったのです。

 近時の弁護士増員問題なども弁護士自治をなし崩し的になくしてしまおうとする権力側の「攻勢」でないともいえないのですが、そもそも何故弁護士だけが自治権を認められているのでしょうか。
 これは、冒頭に書きましたように弁護士は国民の基本的人権を擁護するために必要だからです。憲法で基本的人権が保障されているのは、国家権力のによって基本的人権が侵害されるからです。弁護士がこの基本的人権を守ろうとしたとき、弁護士が国家権力に監督される立場であるなら弁護士は十分職責を果たすことなどできなくなってしまうからです。

 少々ややこしいですが、最近では、何でもかんでも基本的人権が侵害されたなどと言われることが多いのですが、法律上ストレートに、お隣の親父さんに基本的人権が侵害される、ということはありません。基本的人権は国民対国家の関係で、お隣同士などの私人間の権利侵害は、民法の不法行為の問題となります。この辺が曖昧ですと、弁護士に自治権など不要である、などと国家権力の「罠」にはまってしまいます。

 そして、国家権力が発動される典型的場面は、国家の刑罰権(刑罰は国家の独占)と国家の徴税権であり、この二つの権力行使には「罪刑法定主義」と「租税法律主義」の基本理念の下、国家の権力行使をチェックすることができるのです。

 ですから、弁護士が訴訟で一方の代理人となって離婚事件とか一般の民事事件などを扱っている範囲では弁護士の自治は問題外ですが、上の「罪刑法定主義」と「租税法律主義」が出てくる場面では、弁護士は国家権力から自由(自治権)でなければ、弁護士法の目的を達することが不可能となってしまいます。

 ここまで来ると、今日のブログも漸く本題に届いたのですが、そうなのです。弁護士は、罪刑法廷主義が具体的に問題となってくる刑事事件と租税法律主義の下、国家が税金を取り立てる徴税権が問題となってくるときこそ、面目躍如なのです。
 しかしながら、多くの弁護士は、職業としての税理士の仕事を下に見ておりますので、双発エンジンの半分を使っていないのです。国家権力側も、またこの点で非常に上手くやっているのです。
 全国7万人以上の税理士の内、30%を超える国税庁OBが税理士として税務署の監督の下仕事をしているのです。試験合格者は45,9%(日弁連2013・2・14文書)ですが、この試験合格組みも国税当局の監督下なのです。

 以上から、自分の顧問先に税務調査が入ったときなど、弁護士の立会が許されていないのは、基本的人権の擁護の観点から問題がある事となります。事務所でこんな話をしていましたら、『日弁連ライブ実務研修「国税通則法改正と税務調査」』の案内があり、当日になり弁護士会に連絡したところ、2千円でライブ中継を見ることができると分かり、事務所の弁護士も誘っておいて、開演数分前に弁護士講堂に到着したところ、200人程収容可能な講堂には、弁護士会の職員と当事務所の弁護士の2人だけポツンと座っていました。
 
 やっぱり、税理士の仕事についての弁護士の認識は、この程度かと、多少がっかりもしたのですが、裏を返せば、競争相手が少ないわけですから、弁護士の増員問題で若手弁護士の仕事が減っているこの時期に、税理士の仕事の重要性を力説して若手弁護士がどんどん税理士登録をすべきです。

 因みに、私は、弁護士業務の外に東京入国管理局長への届け出(二年間で一件もない)をしているのですが、この届け出自体、弁護士法と相容れないでしょうが、「うるさい弁護士」の出番を少しでも少なくしようと考えるのが「お役人」なのです。

 以上、繰り返しとなりますが、弁護士は、国家権力に対峙して国民の基本的人権を擁護するため、弁護士自治を保障されています。弁護士が権力によって監視監督されるなら国家権力の発動に対して毅然と言うべきことを言えない事は、当然だからです。しかし、税理士登録をすると税務当局の監督を受ける立場となり、これは弁護士自治と矛盾することとなります。
 
 ですから税理士法第51条(税理士業務を行う弁護士等)の規定は、削除を求めるべき(日弁連の文書受け売り)ですが、それはともかく国民の基本的人権が危険にさらされる場面となる国家権力の具体的発動、即ち、国家の刑罰権と徴税権を弁護士が「罪刑法定主義」と「租税法律主義」に基づいて制定されている具体的法令の要件事実の存在と法令の解釈適用を行いながら、国民の基本的人権を擁護することなくして、弁護士の社会的使命を果たす事は、極めて困難であることを再認識して、弁護士の職責を果たすべきと考えております。 

posted by やすかね at 16:37| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月24日

わが国の工業製品の技術力

わが国の工業製品の技術力が、全ての面で先進工業国(ドイツ・アメリカなど)を上回るというつもりはありませんが、自動車、家電、工作機械などで世界トップレベルである事は、明らかです。今回は、この技術の素晴しさをそのまま褒めたてるものではなく、少々イヤミったらしく「褒め殺し」をしようと思います。

先ず、2年前、家内が『洗濯機のVベルトが緩んでしまった。』と言ってきました。我が家では、二層式の洗濯機を使っている頃から、Vベルトが伸びてしまって、動きの悪くなった洗濯機のVベルトを何度か締め直しては使用してきました。学生の頃は、ゴミ捨て場に捨ててあった、TV、洗濯機を拾って修理して使用してきたこともあり、過去の経験から、家内も洗濯機が動かなくなった原因を『Vベルトが緩んだ。』と特定してきました。
そこで、私が「ハイヨ」とばかり洗濯機をひっくり返し、ベルトの状態を見たところ、締め付けて調整できる範囲が狭く、動くようになりません。そこで、Vベルトを外して、事務所の近くにあるVベルト専門店に持ち込んだところ、Vベルトを見るなり店員は「洗濯機」のですか、と聞いてきました。
私が、不審に思い、どうして分かるのと聞いたところ、店員は『JIS規格には25,5と端数のつくVベルトはありません。25の次は26です。』とのことでした。

私は、製造元に「JIS規格にないような部品を使っていることは、ユーザーが自分で修理できないようにしているのか、メーカーの指定業者しか修理できないようにしているのは、独占禁止法に違反するのではないか、と質問状を出したところ、ご丁寧に回答書を送ってきました。
しかし、説明は全く納得できるものではありませんでしたが、『Vベルトは315円(税込み)で供給しておりますので、お客様が購入することもできます。部品の交換作業につきましては、・・・お客様の責任でその作業をされることも可能です。』とありましたので、取りあえず矛を収めました。JIS規格の合間を縫って、ユーザーの買換えを意図しているところはさすがです。

次は、庭の植え込みのヘッジ・トリマーです。バリカンの様な刃が動かなくなったので、ばらしてみたところ、一番奥のモーターに近いところ(油に汚れながら、最後までばらさなければ、分からない場所)にあるモーターからの動力を伝える歯車が一箇所だけプラスチックで出来ていました。わざわざ磨耗しやすいプラスチックを使うことで、「使用可能時間」を短くして、のユーザーが買換えを余儀なくされているのです。保証期間を過ぎた頃には、壊れることになっている機械を作る技術は大変なものです。これは、まあ仕方ないかと考え、捨てました。

電子レンジもありました。有名グランドのものですが、中国製ということで安いのですが、直ぐ壊れました。腹ただしいので、奈良県にあるメーカーの工場に送ったところ、工場が移転になっていましたが、『マグネトロン(電磁波の発生装置)が壊れています。』ということです。一番重要なところが簡単に壊れるものか、と食いついたところ、修理を終わった電子レンジが木更津の営業所から届きました。既にシャープの安い電子レンジを使っていましたので、必要はないのですが、Pニックの電子レンジも家においてあります。

最後は、Mメーカーのチェーンソーです。これは大活躍したことと、もう壊れそうだと感じていましたので、別のメーカーの物を買ってあるのですが、このMチェーンソーが切れなくなったので、目立て(ヤスリで刃を研ぐ)をするよりはチェーンだけを買い換えたほうが得と思い、行きつけの金物店に行って、製品番号を見せたところ、店員が『ああ、これはホームセンターで買いましたね。』と言われました。驚いた私は、やっぱり素人の使う道具は全て、適当な時期に壊れるように作ってある、と実感しました。

そこで、油汚れで汚くなっているチェーンソーを掃除しながら分解を始め、道具がないと外れないピンも外し、「故障」の原因が分かりました。そこでインターネットで県内にあるメーカーの営業店に電話して「日本の技術力は、すごいですね。モーターのところの歯車の強度を同じにしてあれば、壊れないのに、時期が来ると壊れるように作ってあるね。」と皮肉交じりに言ったところ、この担当者は、歯車については、『モーター保護のために歯車が減るようにしてある。』と説明しました。

そこで尽かさず「トルクリミッター(過分な力が加わるとスイッチが切れる)を付ければ良いでしょう。しかも、交換できない部品が壊れて使えないなら、何もモーターを保護する必要もないでしょう。上手く壊れるように作ってありますね。」と再反論したところ担当者は『壊れない物を作るのは簡単なんですが、壊れるように作るのは大変なんですよ。』だって、と会社の技術力を自慢していました。そこまでハッキリと言われてしまいましたので、私は兜を脱いで「まぁ壊れたチェーンソーを送りますから、今後の参考にしてください。」と電話を切りました。

posted by やすかね at 18:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月19日

お金に対する執念と人間性

私達弁護士は、人の社会的な悩みを生活の糧にする仕事ですので、スポーツ新聞・ラジオ・テレビなどで派手な宣伝をして「集客」をする事は、倫理上大きな問題がある(医者とか僧籍者も人の「不幸」を糧にしています。)と考えていますが、最近は「ド派手な」宣伝で大儲けを企んでいる弁護士が増えています。
ですから、依頼者に弁護士の着手金・報酬を告げるときは、未だに躊躇する場面があります。「先生、それで良いんですか。」と聞かれるときもありますが、「そうですね、お金ですから、あっても苦労はしませんが、欲をかきますと際限がありませんから。」と、やせ我慢をするときもあります。

そういうことで、弁護士の相談料は、最近は引き下げられているようですが、昔から1時間1万円ですから、一年間2000時間仕事をして、大体2000万円の売上から、弁護士会費(月6万円と少し)、事務所の賃貸料、事務員の給与、その他の経費などを差し引きますとサラリーマンの収入と遜色ありません。
しかし、ですね、大阪のほうの某弁護士が、顧問先の息子の刑事件で「1時間1万円」の約束で弁護人を依頼され、たしか、着手金で200万円を受け取った後、さらに2000万円ほどの報酬などを請求して、懲戒処分を受けていました。どうして、と思い、内容を見ますと、なんと一日は24時間ですから、被疑者が釈放されるまで弁護士が寝ている間も一時間1万円の請求をしたわけです。
この悪徳弁護士、金銭が食べ物などとは違い、欲望が満たされるためには、際限がないことが分かっていないのです。

最近の例ですが、国選弁護人をやりますと、被疑者が金銭の差し入れをしてほしいと言ってくることがあります。これまでにも何回か1万円の差し入れても「返金」を受けた事はありませんでした。そこで、今回国選弁護人を受けたところ、お金の差し入れをせがまれました。過去の経験から1万円を入れると返ってこないので、2000円を差し入れたところ、数日後さらに「5千円差し入れて」と言われたので、また2000円と買った本の差し入れをしました。驚いたことに、釈放されてから事務所に小さい焼酎2本と共に返金に来たのです。貧乏でありながらも社会常識があることに感激しました。

これに引換え、私が某病院の顧問をしているのですが、一流会社の高給取りの息子が父親の入院費の請求にわずかばかりの間違いがあったことに難癖をつけて、数ヶ月分の入院費・立て替え金などを払わず平然としているのです。呆れています。
posted by やすかね at 17:30| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月16日

生きる力を取戻すリハビリ

福祉は与えられるものか(仕事のプロ)
昨年、アキレス腱を断裂し、6週間ギブスをつけ、これを外したときの経験から「宇宙飛行士の苦労」と題し、ブログ(11月21日)に書きました。ギブスを外したとき、ドクターから格別、リハビリの説明もありませんでしたので、以後、毎日自分でリハビリを続け、ちょうど3月後の10月、ゴルフができるまでに回復しました。
整形外科のドクターには失礼ですが、アキレス腱を切ってギブスで固まってしまった足が、週に2回、3ヶ月間程度のリハビリで、元に戻るとは思えません。

今日、「夢のみずうみ村」のブログを書こうとして思い出したのが、元NHKのアナウンサー山川静夫さんです。山川さんは、2000年1月に脳梗塞を発症し、血栓溶解療法で体の麻痺は一部にとどまったのですが、アナウンサーの命である「失語症」が残ったそうです。山川さんは、体験談のなかで「リハビリというのは、月曜日と金曜日に行ったということではダメなんです。やっぱり四六時中、24時間全部がリハビリでなくてはいけません。」と話しています。(イベント・フォーラム)

「夢のみずうみ村」(以下「同村」という。)では、リハビリの理念を次のように定めています。「リハビリとは『生活できる能力』を確認なさることです。『生活できる能力』とは、身も心も生き活きする素だといえます。リハビリとは、こうした生きるエネルギーを再生産することです。訓練することが生きがいではありません。訓練してつかみ取った能力を使い、生きていることを味わい楽しむことがリハビリの目的です。」(同村ホームページ)リハビリについての素晴しい理念です。

同村では、この理念から、リハビリを必要とする人には、できないことしか援助しない、職員は手出しをしない、と徹底して本人に自助努力を求めているのです。施設も、世間で言う「バリアフリー」ではなく「バリアアリー」となっています。
その結果、通常の施設ですと11%程度の人しか介護の程度が軽減しないのですが、同村では、8割近くの施設利用者が軽減するそうです。
介護度が軽くなれば、施設利用者は生活の自由度がアップして、生きている実感が伴うでしょう。
しかし、皆さん、介護施設では要介護度が3から4、4から5と程度が高くなるに連れて介護施設に支払われる報酬が高くなるのをご存知でしょか。
逆に介護度が軽減すると報酬が減額されますから「夢のみずうみ村」で利用者と職員一同努力して介護度を軽減しますと報酬減額という「ペナルティー」が科せられてしまうのです。

施設側が経営のことを考え、介護報酬の増額を考えれば、介護度が軽くなるような努力は放棄します。その結果、入所者は、「親切」にされすぎて自由が効かなくなり、最後は点滴で息をするだけとなってしまいます。人間の尊厳すら失ってしまう方向にわが国の福祉が向かっているのです。

これが日本の福祉なのです。生活保護でも本人のできることをさせないで、おざなりな休職活動を確認して、生活費だけを支給するのが実態です。ですから、暴力団関係者が生活保護費を上納するなど、福祉が食い物にされている実態があります。
普通の医療機関も、画一的(単純に)患者が長期間入院すると診療報酬が減額となるのですが、一番重要な患者の容体は考慮の外なのです。

この外、わが国では、法律上、形式的扱いさえすれば、様々なところで責任ある立場の人が責任追及されないことになっています。
典型的なのは、袴田再審事件のように警察・検察庁も裁判所も一切の責任を問われないことが国家賠償法という法律で決まっているのです。
マニュアルで決まった通りの「仕事」をして目出度く「大過なく過ごすことが出来ました。」などと書かれた公務員の定年退職のご通知を頂きますと「また、何もしなかったお役人(一生懸命仕事をすれば必ず、何かしら失敗をするから)が退職金をもらい、昔の『恩給』、年金で死ぬまで生活するのか。」と考えてしまいます。

医師が病気を予防するため一生懸命仕事をしても診療報酬は、不十分です。それよりも厚生省の役人が天下りする製薬会社の薬を大量に処方する方が、診療報酬も多くなり、医師といえども患者の治療はさておいて、投薬治療に専念するしかなくなります。
介護士が要介護者の介護度を上げ、医師は、患者を完治させず治療を引き伸ばし、また医療扶助を受けている生活保護者には、薬価の低いジェネリックなど処方しません。
上級国家公務員は、一流企業・公社公団に、裁判官・検察官は公証人に、警察官僚は、警備会社・パチンコ業界の相談役などに就任できますから、わが国は、昔から役人天国なのです。

自分の仕事を天職と思い、常にプロフェッショナルに徹することのできる社会が来ることを願っています。出て来い!職人・プロフェッショナル!
posted by やすかね at 11:34| 千葉 | Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

若者に将来が見えるか

先日、某国立大学大学院で物理学を学んでいる子どもの将来を心配している親御さんと話をする機会がありました。その結果、今時、ソコソコの大学を出て就職しようとしても将来に希望が持てない、との結論に達しました。
実際、医学部・薬学部など一部の例外を除き、普通の学部を卒業しても正社員として安定した収入を得ることが大変難しくなっています。
かつては狭き門で、若者が殺到した弁護士・税理士・司法書士・公認会計などの「自由業」の試験自体、合格しても未来に希望の持てる職業とは言えなくなりました。その辺の事情を書き綴りたいと思います。そうそう、坊さんは、イイデ!

1、司法改革は「大成功」だった?
司法制度改革の失敗について、少々長いのですが、昨年5月25日のブログに書きました。しかし、最近、司法改革は「失敗」などではなく、わが国で国家権力を牛耳っている官僚の思惑が見事に実現した「大成功事例」なのだと実感しています。長くなりそうですが、お付き合い下さい。
憲法には「主権が国民に存することを宣言し」(前文@)と国民主権を宣言しているのですが、その実体は、今年の年賀状に書いた通り、国民から税金を徴収して生活の糧とする官僚こそ国の主人公と言える「官僚主権」です。
また戦後、選挙制度は、差別のない普通選挙に変わったものの、選挙に関係なく身分保障された官僚は、明治以来わが国の内政外交の全てを取り仕切って、国の舵取りをしています。アメリカのように政権交代があれば、エリート官僚が、入れ代わってしまう(仮に前任者が悪事を働いていれば全て暴露されるでしょう。)国ならいざしらず、わが国では、政権交代があっても官僚組織はそのまま150年以上続いています。
ですから、官僚が握っている国家運営上の重要秘密などは、何時になっても明らかとならず、わずかアメリカとの外交関係の秘密書類(沖縄施政権返還など)がアメリカ側から明らかにされる程度です。その証拠に未だに明治時代の秘密なども官僚から開示される事はありません。御前会議の議事録など開示されれば、わが国の意思決定の過程が明らかになり、興味深いものです。
この様な理由から、わが国の主権者は、官僚とその組織に間違いはありません。そして、この官僚の立場から、わが国の「自由業」の連中を見たとき、特に弁護士などは、社会的地位があり、収入も多い、しかも「弁護士自治」を根拠に権力に楯突く存在です。この様な弁護士連中の「羨ましい生活」は、(官僚から見ると)国民生活の実態からかけ離れているので、少なくとも官僚レベルにすべきである、との結論に至るのではないでしょうか。
そこで、次に、どうやって弁護士会の自治を潰して弁護士を締め上げるか、と優秀な官僚が考えた結論は、弁護士の大量増員を図って弁護士会に自由競争原理を持ち込み、ホッブスの言う「万人の万人に対する闘争状態」にすれば、弁護士が孤立するだろう。この「司法改革」の過程では、弁護士の反対を抑えるため、弁護士に対する社会的需要が増大するなどといい加減な理由をつけていたのが学者で座長の佐藤幸治などで、利用されたのが、煽てられて木に上ったのが中坊公平などです。
また司法書士も大幅増員(昔は、毎年3〜400人の合格者が今2千人)して、弁護士の仕事の一部ができるようにする。その様にすることで、官僚に楯突く弁護士(会)に大打撃を加えることが出来ました。間もなく弁護士自治も叩き潰されるでしょう。

2、公認会計士・司法書士も打撃を受ける
悲劇的なのは、公認会計士です。公認会計士は、上場企業の会計監査を行って、株式市場の健全化を進める役割を持っています。しかし、監査する企業から報酬をもらって企業の会計を監査するという制度上の矛盾から、昔から粉飾決算はあったのです。蛸が自分の足を食っても、自らの命と引換え程度ですが、公認会計士が粉飾決算に手を染めるなどという事は、資本主義社会の基盤を食いつぶすことであり、社会全体を不況に陥れるものです。実際、アメリカのエンロンの不正経理などは世界経済に大きな悪影響を及ぼしました。
わが国でも、公認会計士が悪徳企業家と結託して、度重なる粉飾決算を行って資本市場を混乱させ、社会の信用が大きく失墜させられたことから、その後は、当然の報いとして公認会計士の試験に合格しても実務経験がなければ公認会計士として登録が出来なくなりました。そこで試験合格者は、登録するためには、公認会計事務所に就職することが不可欠となるのですが、しかし、少々生意気な奴(裁判官では、生意気でなくとも疑問を持つだけでアウト)とか高齢者は就職できませんから、公認会計士となる資格を有するだけの単なる「有資格者」であり、自由業として登録して独立するなどという事は不可能です。
会計士の不正経理は、社会にとって深刻な事態を引起こしますので、登録制限などやむを得ない事由もあるでしょうが、しかし、試験が難しい上に猫をかぶって就職しなければならないのでは、魅力的職業とは言えなくなりました。
私が学生の頃は、会計士は、お抱え運転手付でゴルフ・買い物など優雅に生活していたのですが、単なる数字をチェックする会計処理の仕事で、その様な優雅な生活ができることが不思議でしたが、「贅沢な生活をしている奴は、やっぱりなぁ」というところです。
司法書士は、どうでしょうか、不動産バブルのときは、弁護士以上の収入を稼ぎ出し、我が世の春を謳歌してきました。今、不動産登記は、むかし偉そうにしていた法務局の職員が登記申請者に懇切丁寧に教えることから、本来の司法書士の仕事は、かつての2割以下に落ち込んでしまいました。その後、仕事減少から、ロビー活動を活発化して簡裁代理権とか破産など弁護士がやりたがらなかった「仕事」を弁護士から奪い取りました。
しかし、前述のように司法書士試験も大量合格者を輩出することで、手段を選ばない競争社会となり、毎日、スポーツ新聞・ラジオ・テレビなど派手な宣伝を使って、サラ金業者に対する過払いを専門とする司法書士が出現しています。こうなりますと、社会正義を実現する使命をもって法に携わる資格者ではなく、単なるゼニを取ることをナリワイとする「商売人」に成り果てています。
税理士は、どうでしょうか。会計学・経済学・税法など、5科目の試験に合格した人のほか、長年税務署に勤務してきた退職者が国から税理士の資格をもらって、中小企業などの確定申告をしています。
しかし、税務署OBの税理士は、その多くが高卒で長年、特定分野の税法(資産税・所得税・消費税)のエキスパートですが、税法全般に十分な知識があるとは限りません。しかし、税務署の方を向いて仕事をする税理士として税務署のおメガネには、適っています。
逆に大学をでて試験を受けて税理士になっても、いきなり仕事があるとは限りませんですから、多くの有資格者が登録もできずにいます。これでは、若者が希望をもって目指す試験でもないようです。

3、目指せ、公務員!
この様に、現在ある色々な資格でもって一生の仕事とするのは、どれも大変ですから、優秀な若者は、国家の主権を握っている検察官・裁判官・警察官・教員などの公務員を目指すのが一番安定した生活基盤を作れると思います。しかし、公務員となるとき最大の問題点は、人事です。
公務員組織では、真に優秀な人だけが出世できる保証はありませんから、常に上をみて、上司に「愛いやつ」と可愛がられないと昇進できません。しかし、平目人間ばかりがエラクなる社会・組織では、わが国の国力は、萎んでしまいます。知識だけでなく、智恵のある優秀な若者が公務員にならないと隣の中国韓国に遅れを取ります。

4、競争社会で、もの作り職人こそこれからのエリートだ
結局、公務員になれない人、公務員が嫌な人は、いっその事、大学などに行かないで、優秀な親方に弟子入りして大工などの職人を目指すことが、一生モノの技術が身につきます。旋盤工でも、料理人でも、優秀なものづくり職人が尊敬される社会になることが期待され、またそうなると信じています。  
いずれにしても、これからの日本社会は、適材適所で人材の能力を発揮させることで国力を増大させなければなりませんから、大学を厳選して、優秀な人は大学院まですべて無料で行けるようなシステムを作る必要があります。
結果の平等でなく、機会の平等を徹底することは、ある種の格差を招きますが、本来人間は平等ではないのですから、一定の格差は「差別」とは言えないでしょう。正しい競争社会では、イチロー、マー君のような高額所得者がでて当然なのです。
フランスのように中学卒業からすべて国会試験にして、優秀な人は一切の授業料が必要ない制度にすることも、正しい競争社会と考えられます。
posted by やすかね at 15:35| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

無観客試合を強行した大阪市長選

橋下大阪市長は、議会の抵抗にあって大阪大都構想の進捗(シンチョク)が思わしくないことから、民意をバックにして大阪都構想を進めようとして自ら市長を辞職して今回の選挙となりました。
しかし、辞職再選挙の頭書から馬鹿馬鹿しい選挙と言われていたとおり、結果は、6億円の費用をかけても投票率が24%にも届かず、「『無駄無駄選挙』で4人に一人が選挙に行った。」(松井知事)と再選の意義を強調しても、何も変わりません。逆に、議会も「それ見たことか」と鼻息が荒くなりそうです。

これに対し、『Japanese Only』の横断幕を掲げ、昨日無観客試合を行った浦和レッズは、入場料収入だけでも1億円の損失を受けたようですが、差別と毅然と戦っているサッカー連盟に対して評判が上がっているようです。
これでは、無観客試合を行ったサッカーは、世間の関心が高まり、逆に市民無視の「無観客選挙」を強行した橋下市長は、冷ややかな市民の反応を浴びたようです。


posted by やすかね at 15:14| 千葉 | Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月14日

新米弁護士は、最低限の生活以下か?

2月7日毎日新聞に、生活保護受給者(原告)が、千葉地方裁判所に、市原市の担当職員から住宅扶助の上限額の説明などを受けなかったことから、結果的に原告が3万4千円のアパートにしか居住できず精神的苦痛を受けたとして、市原市に対し慰謝料350万円を請求しているとの報道がありました。

最近の弁護士の実情を説明しながら、今回の生活保護受給者の言い分の正当性を考えて見ようと思います。
弁護士の数が増加したことで、新米弁護士が生活保護の程度しか収入がないことから、私の知っている弁護士も3万5千円の安アパートに住んでいます。
弁護士になるには、大学卒業後、法科大学院に入学して3年ほど勉強した後、(5年以内)に合格率25%程度の司法試験を突破して、さらに無給で1年間の司法修習を修了してさらに、毎年100名程度の落第がでる「二回試験」に合格して、晴れて弁護士登録をしても年収100万円に満たない人もいます。弁護士会費の支払が困難であるとして弁護士登録もできない人もいるのが現実です。

この様な社会現実の中で、生活保護法は、憲法の理念に基づいて「最低限度の生活を保障」される(第1条)が、(第3条)保護受給者は、保護を受けるためには、利用しうる資産、能力その他あらゆるものを活用することが要件とされています。(第4条 生活保護の補足姓)
即ち、生活保護を受けるためには、本人の能力を最大限発揮して、それでもなお、健康で文化的な生活水準が維持できないとき、はじめて生活保護の受給ができると法律は定めているのですから、市役所の職員が家賃の上限が4万6千円であることを説明しなかったことが法律上の義務違反だなどと言う前に、はっきり言えば、弁護士などに相談する前に、自分の能力を発揮して最低限の生活から抜け出す努力をすべきと考えます。色々な情報を自分で探し出して最後の手段として生活保護の申請をすべき事は、当然です。

しかも、原告は、3万4千円のアパートを自分で探し出して、それを借りていたというのですから、現実として3万4千円のアパートがある以上、そこが「最低限の生活居住空間」となるはずで、それ以上高額なアパートに居住しなければ精神的苦痛を受けたなどとは言えないはずです。
公的扶助であるなら、家賃に上限があったとしてもより安いアパートがあれば、そこを賃借すればよいだけのことです。それを市の職員の説明がないからと言って、4万6千円以下のアパートで生活したから精神的苦痛を受けたなどという事は、明らかな傲慢無知でしかありません。

なぜなら自分で働いて、その給料から3万5千円のアパートを借りて生活する人が、社会に存在しているのです。3万5千円のアパートに住む私の知っている新米弁護士は「最低限度以下の生活」をしているのでしょうか。これを「最低限度以下」の生活と考える人は、精神の貧困でしかないでしょう。

ですから、市の職員が説明をする、しないに関わらず、補足姓の原則だけ考えただけでも原告の請求は棄却されるべきものと考えます。
敢えて言えば、説明がなかったから精神的苦痛を受けたなどと言って裁判をする前に、その様な暇とお金(弁護士費用)があるなら、一生懸命自助努力をすべきでしょう。
弁護士費用も国からの補助でやれるなどと考えることもできないではないでしょうが、この様な裁判を弁護士が引き受けることも、権利の濫用と考えるのですが、いかがでしょうか。

毎日新聞は、「不正受給を防ぐ手続きの厳格化が進む」ことに「批判もあがっている」などと報道しているが、本件訴訟とは、論点が食い違っています。
 
さてさて、千葉地裁はどんな判決をするのでしょうかね。高裁で簡単にひっくり返されないような、理路整然としたレベルの高い判決を期待します。
尚、「この法律の解釈及び運用は、すべてこの原理(前4条)に基づいてされなければならない。」(第5条)とあるので、原告が恐らく主張しているであろう憲法論などに踏み込まないで判断していただきたいところでもあります。
posted by やすかね at 16:21| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月20日

今年も詐欺天国「ジャパン」

本日、以前の相談者の奥様から、「主人が児童ポルノ・違法ワイセツ物を購入したらしいのですが、こんな文書が届きました」と深刻な相談をうけました。
文書は「告発通知」最後には「顧問弁護士 平泉 淳二郎」と架空の弁護士名があり、この告発通知の発送元は「NPO法人 愛をこめて」電話番号03-4477-5434と書いてありました。
電話したところ、「タイヨウです。」などと訳の分からない名前を名乗りました。平泉なる弁護士が実在するのかと質問し、その他ごちゃごちゃ言っていましたら、以後私からの電話には、一切でません。
この文書は、以前、購入自体、社会的に恥ずかしい児童ポルノを購入したことがある人を標的にしています。
方法として、児童ポルノの製造販売に関与したグループが警視庁に摘発されたことを知らせて、現在ではこの様な違法なDVDを所持しているだけでも犯罪となるかの様な内容(実はデタラメ)の「告発通知」を購入者リストに載っている人に差し出したものです。
通知をされた人が「ビビッテ」電話しようものなら、色々脅かされて金銭を巻き上げようとする連中です。
特に悪質なのは、刑法175条2項で処罰対象となる行為の一部について「有償で頒布する目的で」を意図的に「脱落」させ、現在所持している人にも警察からの事情聴取、出頭要請、家宅捜索などがあると脅かすものです。
違法なDVDを買っただけでは犯罪にはなりませんが、買ったこと自体余り褒められたものではありませんので、「ビビッタ」人が電話すると、詐欺グループの「待ってました」という罠はまります。ご注意を!
posted by やすかね at 14:59| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月04日

午年の年賀状、ウマくいったか?

明けましておめでとうございます。 ご多幸をお祈りします。合掌!
 今なぜ,秘密保護法? 国民主権なら、アメリカと同じに、30年で秘密解除しなければ、政治家は回顧録も作れず、私達の子孫も国家の運営について反省することも不可能です。(秘密の解除は、民主主義国家においての反省材料ですかね。)

(知ったかぶりで)ドイツの哲学者ヘーゲルは、国家を能動的な主体としたのですが、マルクスは、これを批判し、国家は経済社会の上部にある観念的な存在で、資本主義がなくなれば、国家も消滅し、平等な社会が実現すると考えました。(マルクスは、商品を中心として資本主義社会を分析した。労働力も商品となるのが、資本主義社会の特徴です。)

このマルクス主義から、20世紀は、ソ連が解体したように、歴史が逆戻りしたかも知れません。「共産主義」の中国は、実は、共産党という貴族主権の資本主義国家で、明治時代の日本よりひどい、格差社会となっています結局、国家は、ヘーゲルが言うように、国民から税金を取り、軍隊・警察・裁判所などで治安を維持する外、外国と戦争もできる、能動的主体なのです。 この能動的国家を運営するのは(わが国の歴史から鳥瞰すると)、昔から公家、武士さらに官僚なのです。
そこで、日本が、国家秘密を六十年間も解除せず、守るべき利益は・・・「主権者」として国家を運営する官僚組織の利益保護なのですね。60年後の解除では、主権者国民が、国家運営を反省する機会もありません。(この一文は、蛇足でした。)

今年は、秘密保護法から、国家と民主主義を考えてみました。みなさん! 今の政治の是非を確認するため、60年以上生きねばなりません。共に長生きしようでは、ありませんか! しかし、ム・ム・ム・百ウン歳か?
2014年 元旦   〒260-0013千葉市中央区中央4丁目10番8 904号   (電話043-222-4680)
                                     弁護士 伊 藤 安 兼
posted by やすかね at 11:21| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月11日

マンデラ氏の功績と「和のくに」

マンデラ氏は、白人の徹底した黒人差別であるアパルトヘイト黒人隔離政策に反対し、62年終身刑の判決で投獄され、90年2月釈放まで27年間の獄中生活を送りました。

投獄直後、氏は、当時の写真で見る限り、白人に対する憎しみであふれていたようですが、その後、差別し迫害する白人のことを知る必要があると考え、獄中で看守達の言葉(アフリカーンス語)を学び看守と会話を続ける中で、徐々に白人の考えを知ることができたそうです。(釈放される頃は、実に柔和な写真です。)

そして、「肌の色や信仰の違う他人を憎むように生まれついた人間などいない。人は憎むことを学ぶのだ。憎むことが学べるのなら愛することも学べるだろう。」として、真実を知ることは必要であるが、一定の条件で白人を赦すべきであると説き、「憎しみの連鎖を断ち切ることに成功した。」のです。

旧約聖書に、神の言葉としてヨシュアに対し「・・・ヨルダン川を渡り、私がイスラエルの人々に与えようとしている土地に行きなさい。・・・あなたたちの足の裏が踏む所をすべてあなたたちに与える。」とあるのですが、それが現代の言葉で侵略であり、占領した後「男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ろばにいたるまで町にあるものはことごとく剣にかけて滅ぼし尽くし」(ヨシュア記6エリコの占領)虐殺したとしても、それが神の言葉である以上正義ですから、イスラエルの人々は「反省」するどころでなく、まさに「正義」の戦いをしたことになります。これでは復讐が復讐を再生産する事となります。

わが国は、「和の国」と言われているのですが、それは天照大神が、出雲から伯耆・因幡さらに播磨から信濃(長野県)を勢力下に収めた大国主命(オオクニヌシノミコト)に「国を譲れ」と言って、たぶん殺したのでしょうが、その後、出雲大社に神として祀って、復讐の連鎖を断ち切っているのです。その様にして、わが国は、基本的に「和」を重んじていると思います。

マンデラ氏は、差別し、抑圧してきた白人(名誉白人=日本人のこと、も含む?)を赦すことで憎しみの連鎖を断ち切ることの大切さを、身をもって実践してきた、これが今回の葬儀に世界中の首脳が参列した理由と思います。
イスラムではマホメッドが最後の預言者(神の言葉を預かる人)とされているのですが、マンデラ氏は、預言者(予言者でなく)の様に偉大な存在だったのではないでしょうか。合掌

PS昨日のニュースでオバマ大統領はじめ、各国首脳の追悼の言葉を隣で立って「手話通訳」していた男の手話が全くデタラメであったそうです。このニュースを聞いて、笑ってしまったのですが、当然、世界中の聴力障害者を愚弄するものと非難されています。それにしても、この男の人選はどうしたのでしょうかね。
マンデラ氏は、虹の国を作るためには教育の大切さを訴えていましたが、最後の最後に教育の必要性を「預言」したのでしょうか。
posted by やすかね at 19:20| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月08日

混乱を極めたあかいの郷

平成22年、千葉市の特別養護老人ホームあかいの郷では、様々な問題が発生し、監督官庁である千葉市が、老人ホームを運営する徳和会に対し、施設の運営が法令定款に基づいて適切に行なわれるように業務改善命令を出しました。
千葉市では、役員である施設の創立者の解職が必要と考えていたようですが、創立者から相談を受けた弁護士が、依頼は法人からの依頼であるとして、創立者の家族まで排除して、その後法人の理事長に就任した櫻井氏は、平成23年1月4日、小林弁護士らが定款を無視して招集した「理事会」で理事長を解職されるるとともに無効の理事会を主導した小林弁護士が「理事長」に就任しました。

平成25年5月17日、千葉地裁では、櫻井理事長の解職は、有効と判決をしたのですが、同年9月26日、高等裁判所は、職権で調査した結果、小林「理事長」は、理事長ではないとして、徳和会の訴えをすべて不適法と判断し却下しました。

高等裁判所の判決がなされたことで、理事長を僭主(法的に正当でなく実力で就任)した小林弁護士などの動向が注目されたのですが、先日理事全員の「辞職」と千葉市に対して仮理事の選任の「申立」をしたことを知りました。

もともと、強引で無効な「理事会」を開催し、理事長を僭主し、この間何件もの裁判を起こしてきたのですが、小林理事長就任が無効であるなら、すべての裁判は、再審の事由となります。
また、高等裁判所で理事長が無効と判断されたものの、上告したので未だ確定していないという理由で「辞職」し、さらに千葉市に対して仮理事の選任(社会福祉法人法39条の3)を申し立てることも問題が残ります。

条文は、「理事が欠けた場合において」「利害関係人の請求により又は職権で」「仮理事を選任しなければならない。」とされているのですが、平成23年1月4日の理事会が無効であり、その「理事会」で選任された理事長は当然無効、さらにその後の理事会などはすべて無効となります。
しかも当時の理事は、既に全員任期が満了していますから、当然のこととして櫻井理事長などの任期満了した後は、誰一人理事は、存在していませんでした。

それ故、今回「辞表」を出した理事達が、千葉市に仮理事の選任申立も本来できないはずです。まして、自ら混乱を引起こした「理事会」を開催した人たちが「利害関係人」になることもないはずです。
唯一「利害関係人」と言いうるのは、無効の理事会で理事長職を追われたことから、利害関係を有する櫻井氏だけではないでしょうか。一部、当時の理事もいるのですが、全て「円満に」任期が満了していますから、法人との関係で「利害関係」はないはずです。

さらに大問題は、仮理事選任は、理事が全員死亡したような非常事態を想定しているはずなのですが、今回の問題を引起こした張本人たちが、職権で仮理事を選任しなければならない千葉市に対して、自分たちを仮理事に推薦するのではないかと、危惧されることです。

仮に、千葉市がそのような「申告」(本来利害関係にない)を真に受けて推薦された理事を仮理事に選任するとなると、仮理事たちは、それまでの違法状態をすべて「追認」することにもなってしまいます。
勿論この間の訴訟は全て「無権代理」という極めて思い責任問題が残るのですが、それにしても徳和会を混乱に落としいれ、施設職員及び利用者に対して大きな不安をもたらした責任は重大です。

千葉市は、然るべき仮理事を選任し、この間、法人からの支出について全てチェックして不要な訴訟費用などの支出に基づく損害も全て賠償させる必要があります。
posted by やすかね at 11:26| 千葉 🌁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月09日

東京オリンピック

2020年東京オリンピック開催地が東京と決まりました。バンザイ。民主党政権の当時は、見事落選でしたから、今回の招致委員会の活躍は、見事でした。また安倍総理も首相就任後、外遊を続けていましたが、その全ての国にIOCの委員がいたそうで、オールジャパンの国力は、たいしたものです。

しかし、安倍首相が外遊の冒頭、某国で外務省の職員に「この国のIOC委員は、だれか」と聞いたとき外務省職員が「これは、文科省の仕事です。」と応え、首相から激しく叱責されたようです。いずれにしても、その後の外務省を初めとしたロビー活動の効果てき面でした。

そのほか、プレゼンテーションもロンドンオリンピック開催に導いた人に貴重なアドバイスを頂いたそうですが、何事も人を感銘させる企画力こそ重要と思いました。幾らか分かりませんが、2億程度なら、安いのですかね。日本の招致委員会は、皇族の流れを組む委員長の外、皇族も力を出していました。高い教養を持つ皇族は、わが国の誇りですね。もっとも、クーベルタンも貴族でした。

今後7年間、日本の国を挙げてのオリンピックの楽しみがありますので、あっと言う間の7年になりそうです。楽しい時間は、物理的時間の流れより早いのです。そのとき何歳になるかを考えると・・・
ところで、中国の新華社通信は、東京が落選と報道したようですが、これはマドリードとイスタンブールの消極的「決戦投票」の結果、イスタンブールが勝ったことを、殊更、東京が落選と意図的に報道したものです。

人間実現して欲しくないと強く思っていると、間違いでも何でも自分の良いように解釈するのですね。大変怖いものです。また、韓国もIOC総会の直前になって福島をはじめとする日本の8県からの海産物の輸入禁止などを発表して、東京に打撃を与えようとしたようです。しかし、残念でした。韓国のできることは、その程度です。

韓国は、このところ、日本より多くのメダルを取っているのですが、徴兵免除などのニンジンをぶら下げての、勝つ事大事でオリンピック精神を理解できない国です。文化程度の高い国は、パラリンピックでの成績がよいのです。韓国人がパラリンピックで金メダルを取れるのですかね。

また、韓国の女子のプロゴルファーの日本での活躍もあるのですが、彼女らは、とうに祖国である韓国を見限って外国に移住することを真剣に考えている人たちです。日本人が韓国女子のプロゴルファーに対しても何らの差別をすることなく、彼女らが日本で賞金を稼いでいることを、喜んでいることもないのでしょうが、わが国は、寛容の精神でゴルフを見ていることも理解できないのでしょうね。
韓国のように国内で日本について嘘の教育を行なって、ケツメドの小さい国は、今後然るべくお仕置きをしなければなりません。なんなら東京オリンピックをボイコットすれば良いのにね。
posted by やすかね at 18:32| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月26日

天職とは、なんでしょう

前々から、自分で「戦う弁護士」などと言う通り、自分の正義感を追及して依頼者から報酬を頂きながら「ありがとうございます。」と感謝される仕事は、そうザラにあるものでもありません。そこで、弁護士(業)は、自分の気質にあい、自分の『天職』と考えていました。

しかし、上の「正義」「報酬」「感謝」「気質」などの単語を当てはめて、自分の仕事が天職であるなら、世の多くの仕事が『天職』から外れてしまうのです。
逆説的表現で「職業に貴賎はない」と言いますが、現実として様々な職業に貴賎がありますから、この天職と貴賎を合わせ考えますと、「弁護士が天職である。」とは、「自分は、貴い職業を営む社会のエリートだ」と自己満足に陥っていることに間違いありません。

しかし、知りませんでしたね。天職(Beruf)は、ルターの革新的思想によって根拠付けられたようです。天職は、神が人間に与えた任務と言う意味で、靴屋、農民、軍人など世俗の職業すべてを含みます。その結果、聖職者の存在は必要なくなり、神父や貴族、王様が特に偉いわけでもない、これが天職という考え方で「世俗の職業は、みんな神聖なものだ」と考えたことで、市民や平等の考え方が起こり、封建的な意識が革命的に転換しました。(『世界がわかる宗教社会学入門』ちくま文庫104頁)

また、ルターは、隣人愛の思想から国家権力が刑罰権を持つことを根拠付けることにも成功したようです。
無秩序社会である、万人が万人と闘争している状態では、自分と家族の生命財産は、自分で守れ(自力救済)なければなりません。江戸時代でも、あだ討ちは合法ですし、中央アジアの世界では、自分の祖先が殺された場合は、7代遡って記憶しておいて復讐する義務があるそうです。アメリカも武器を持つ自由は、憲法上与えられている権利です。考えてみれば刀狩をした秀吉よりも「遅れている」のがアメリカ社会です。ガンマンのお国柄ですからね。
この様に自力救済を国家が禁ずるのは、実は大変なことなのです。そこで、ルターは、国家だけが武力(刑罰権:暴力装置)を持つ正当性を根拠付ける理屈を考えたのです。人殺しは本来許されませんが、これを職業とする軍人も『天職』であり、それは悪い職業ではないそうです。なぜなら迫害されている人がいた場合、駆けつけて制裁を加えるのが隣人愛の発露だからだそうです。ナルホドネ。

原理原則から色々論理を展開して、国家権力が行使する暴力も正当化する、これが宗教のすごいところです。ところが、日本人は、武力を持つ権力者から『今日から、百姓が刀を持つことを禁止する。』といわれれば、何となく刀を持つことをやめます。明治になって政府が『これから士農工商の身分制度はやめる。』とお触れが出れば士農工商はなくなってしまいました。これがインドのカースト制度ですと絶対こんなに簡単に身分制度はなくなりません。
この様に、私達を含め、世界の人々は、未だに過去の因習、宗教から様々なことを考え、実践しているのが、実態でしょう。
そうしますと、海外で私達が『私は、無信教です。』などと言いますと「こいつは、神から見放された人間だ」と相手にされなくなります。ご注意を!

posted by やすかね at 10:04| 千葉 🌁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月12日

最近の消費者被害

都合で削除しました。また再掲します。
posted by やすかね at 16:03| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月25日

国で異なる年齢の数え方

先日、中国人学生の交通事故の相談を受けました。都内の大学に留学と言うことで中国からの仕送りが大変な上にマツダのスポーツカーに乗っての事故と聞き、中国でのお父さんの職業を伺ったところ、共産党の幹部と言うことでした。

ゴールデンウイーク直後、友達の経営するベトナム・ダナンにあるプルクラリゾートに行き、近くのゴルフ場でゴルフをし、そのついでに、古くからある日本人街の市内観光に出かけたときです、小さな川に架かった「日本橋」で制服をきた職員が通行料を徴収していましたが、ガイドから「共産党の国ですから規則もいい加減で常に通行料を取るというものでもない」と聞き皆で「そんなところで金を払う必要はない」との結論に至りました。そこで、通りにあるレストランの中を通ってまんまと「日本橋」を迂回してきました。
また南米でも同じようですが、旧ソ連では、交通整理は巡査でなく、大佐級の軍人が行なっているそうです。交通違反者からの罰金が個人的収入となるということで、下々の兵隊は交通整理が出来なかったということです。

そういうことで、共産党あるいは独裁国家などでは、公務員がその職務を利用して稼いでいる(賄賂天国)事情があります。そこで先の留学生も親からの仕送りが大変と考え、親の職業を伺ったところ、ピンポン(共産党の幹部)でした。
本人確認のため留学生の外国人登録証を拝見した際、この相談者、実はカタカナで書かれた名前の読み方が違っているとの事でした。日本語の発音は50音しかなく、これは世界的に少なく、一方中国語の漢字の読み方、発音は沢山あって日本人はついて行けません。
さらに、留学生の年齢を聞く際に私が「年齢は、何処の国でも同じでしょう。」と伺ったところ、留学生は『いえ、中国と日本では年齢の考え方が違います。』と言うので、「数え年か満年齢の違いですね。」と言うと『いえ、中国では生まれたときに2歳なのです。』と言うことです。「エエッどうしてそうなるの」と聞くと『妊娠したとき1歳で、生まれるとそのとき2歳になる。』と言うことです。年の数え方など万国共通化と思いきや、全く違っていました。世界は広いものです。

今年、冒険家の三浦雄一郎さんが世界最高齢でエベレストに登頂(費用1億5千万円)したということが話題になりましたが、その数日後81歳のチベット人が登頂(途中?)したということで、三浦さんの世界記録は「6日天下」と言われていました。しかし、チベット人(中国)ですから、ひょっとすると満年齢では79歳かもしれません。三浦さんこのチベット人の生年月日の調査をしっかりする必要がありますとお伝えしたいですね。そもそも「年齢」でなく生年月日で表示すべきことでしょう。(6月18日校正・訂正)
posted by やすかね at 17:14| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

司法制度改革の結果

司法制度改革失敗の原因

今回は、法務省などの狙い通り、国民のための司法改革となったのか、同時に弁護士の仕事がどのように変化したのか、さらに、既に結論がでた司法改革の原因など、言いたい事を書き綴って見ます。

大幅収入減の弁護士
2013年5月19日、NHKは奨学金の滞納の特集を組んでいましたが、実は、2004年10月1日ブログ(喜怒哀楽)で『借金漬けの司法修習生』と題して、これからの法曹が、経済的に大変になるということを書きました。実は、このときの心配事が、弁護士の世界で現実となっていますので、最近のデータでご紹介します。

5月9日、毎日新聞は「弁護士も格差拡大」の記事で、平成11年の所得(経費を除く、サラリーマンの手取程度)100万以下が22%に増加し(8年12%、9年20%)、500万円以下も19%、計4割以上の弁護士の所得が500万円以下と報道しています。

弁護士は、昔から社会のエリーとして、その品位を保つため医師などと同様の社会的地位と高い生活水準を維持してきました。僕などもそれに憧れ、弁護士を目指したことを否定できるものではありません。それから4半世紀、弁護士の社会的地位は、大きく様変わりしたようです。

平成元年頃の新人弁護士の平均年俸が大体600万円くらいでしたから、先ほどの新聞報道によれば、現在、4割程度の弁護士が既に経済的意味では「社会のエリート」とは言えない状況です。

確かに、弁護士は金の問題だけではない事は勿論ですが、綺麗ごとだけでは済ませることができないのは、法科大学院の希望者の減少(同日の産経報道では、法科大学院69校中64校で入学者が定員割れ)からも明らかであり、25年度東大でも定員240のところ、入学者は232人です。(同日の産経)また司法試験の予備試験受験生(1万5千名余)が法科大学院の受験生(9千人弱)を大幅に上回り、法科大学院の存在意義が問われます。これと逆に医学部希望者が増加しています。これは、司法試験自体に魅力がなくなったことの証明でしょうが、司法改革の目玉を考えた場合もっと重要な問題が質の低下です。

質が低下した新人弁護士
例えば、先日裁判員裁判でのことです。共犯で逮捕された一方の弁護士から、電話がかかってきました。「先生、こちらの被疑者が供述をあわせたい。」と言ってきたのです。私から「何を言っているのか。」と言われても、この若い弁護士は、しばし、当方の言うことが理解できないようでした。
恐ろしいことに、先の発言が証拠隠滅に該当するということを認識していないことです。普通の弁護士なら、ヤクザ組織から毎月100万円くらいの顧問料をもらってもできない「弁護活動」を、この弁護人は報酬数万円の国選費用でやろうとしている、その馬鹿さかげんと言うか『無知』が理解できません。

合格者増大の実体
どうしてこれほどの質の低下が生じたのでしょうか、今度は司法制度改革が叫ばれた結果、合格者がどの程度増加したか法務省大臣官房のデータを示しますと、合格者の少なかった平成2年が499名で、増加の始まる平成3年605名、11年に1,000名、法科大学院の合格者が出る2年前に1536名と増加し、18年に新旧(1,009名、549名)の計1,558名で、以後24年までの7年間で合計14,305名(昔なら7年間で3,500名程度)と増加しました。
さらに平成8年から17年までの10年間で10,576名合格していますので、この8年から24年の17年間に24,881名の合格者が出ています。要するに8年からの17年間で司法試験の合格者は、増員が始まる前の合格者の約50年分となっています。
この間、国民の人口増加もありませんし、また事件数の増加もないまま、増加した合格者の殆どが弁護士増員(約16,000名)となっています。因みに、弁護士会の平成24年版会員名簿によりますと会員は32,134名で外国特別会員などを含め32,501名が名簿に掲載されています。

弁護士の行列ができる
弁護士増員の結果何が起きたのでしょうか、質の低下の例は先ほど言いましたが、弁護士にとってもっと切実な問題が、弁護士増員から弁護士一人当たりの仕事が極端に減少したことです。数年前東京で始まった国選弁護人の奪い合い(昔の山谷の様に、列に並んであぶれる)が、私の所属する千葉県でも現実となってきたのです。
卑近なご紹介をしますと、弁護士会から即決被告人(公判の当日判決で1件7万円程)募集が来ましたのですが、32コマの募集に対し99名から伸べ1883コマの応募があったそうで、競争率は約20倍でした。そこで先日、試しに応募した国選がなんと67倍でしたが、私が『見事当選』してしまいましたが、事務所のイソ弁殿は『外れ』でした。
さらに、司法書士に簡裁代理権を与えたことも弁護士業務の減少を招いています。最近では、行政書士もロビー活動を活発化して弁護士業務に食い込むことを狙っています。
しかし、弁護士会は、デカイ鯨が小柄なシャチに襲われるように本来の法律業務を奪われても「武士は食わねど・・」でシカとしていえますが、実は法務省などが背後から司法書士・行政書士のロビー活動を指導助言をしているかもしれません。

安直すぎた増員
以上が、弁護士から見た簡単な司法制度改革実行の結果です。産業界も法曹界も司法試験が難しすぎて若者が将来を誤る、優秀な若手が合格できない、弁護士過疎の解消、さらには今後わが国でもアメリカ並みに訴訟が増加するであろう、などの理由で、司法試験合格者の増加を安直に行なったものです。
また、過去には、丙案合格者などと言う実にばかげたこともしました。要するに若手受験者に点数の下駄を履かせて合格させたのです。合格した本人は普通に合格したものと「誤解」していますから、謙虚さなど持ち合わせません。その結果、依頼者はもとより、本人も人生を間違えているかもしれません。

弁護士自治の崩壊
そこで、司法制度改革で、どうしてこの様な合格者の増加が行なわれたのか、もう少し穿った見方をしてみます。国家権力の一翼を担う弁護士会の存在意義も関係してきます。
先ず、弁護士は「自由業」で、国家から報酬などを受け取らず、社会に存在する法的需要に応えることを職業とする中で社会的正義、自由を擁護することを使命としています。また、弁護士は法令社会規範等に違反しなければ、要するに何をしても良いと言い得る職業ですので、「自由業」と言うにふさわしい職業です。
また、弁護士会は、「自治権」をもち、国家権力から統制されない団体であることが特徴です。しかし、この弁護士会の自治権は、国家権力からみると目の上のタンコブでしょう。

そこで、権力サイドから考えられることは、弁護士の大量増員を行えば、簡単に言えば、統率が取れなくなります。特に法務省などは弁護士を増員しても被疑者国選弁護人制度(200億円程度か)などで弁護士を増加させても問題はない、と考えます。

国家権力からの自由
話しが飛びますが、東西ドイツが統一される前の東ドイツはいわゆる共産党国家であり、無神論をとるマルクス主義からキリスト教などは存在しないかのように考えられますが、実は、キリスト教の牧師などは国家公務員として国家から給料を受取っていたそうです。
キリスト教の牧師が国家公務員であれば、宗教が国家から自由になれるはずがありません。同じようにわが国でも弁護士が国家ら何らかの形で報酬を受取るようになれば、弁護士本来の意味での自由業ではなくなってしまうことでしょう。法務省の管理運営する法テラスから被疑者国選弁護人が破産管財人同様、国家から報酬を受け取るようになれば、弁護士は自ずと国家らの監督を受け、自由にものを言うことが難しくなります。
しかし、現在法務省の所管する法テラスに左翼弁護士が加担しているのが、現実です。
さらに言えば、特定の企業からの報酬が事務所の主たる収入源となるなら、弁護士が社会に対して自由にモノが言えなくなります。そこまで言うと非難されるでしょうが、保険会社の顧問も既に自由にものを言う必要がなくなっているかもしれません。


国の制度変革にアメリカの圧力
この様な弁護士増員の背景などを考えますと、そこには唯一の超大国としてのアメリカの思惑も見えてきます。分りやすい例が、司法制度改革の中で、日本もアメリカのように訴訟が、必ず増加するなどと留学帰りの弁護士などを動員して、弁護士増加の旗振りをさせました。この様な弁護士増員は、わが国の各種資格をグローバルスタンダードの名目でアメリカナイズしたことでしょう。
その分かりやすいところが、数十年来、アメリカが日本の政治を自分たちの思うように変えていこうと毎年日本政府に渡されている「年次改革要望書」と言う名のアメリカの圧力です。わが国の建築士を除外して決められた国際1級建築士の資格を嚆矢として、公認会計士、弁護士資格にとどまらず、薬剤師なども全てアメリカからの指図なのです。

このとき司法制度改革の旗振りが、既に述べた留学法曹の力です。一体何を根拠に訴訟が増加するといったのでしょうか。当時アメリカは、日本に比べ、人口比25倍の弁護士を抱えたことから、25分の1しかいないわが国に対し、弁護士が足りないということを「要望」したのです。弁護士増員の最大の問題がここにあると考えます。
確かに地方には弁護士過疎が現実でした。しかし、わが国では弁護士過疎が真に克服されるべき問題でもなかったといえることがあると思います。

そもそも訴訟は、人と人との争い事ですが、これは国々の法制度はもとより国民性の違いにより大きく異なってきます。人口何千人に対し訴訟がいくつなどといった数字で表せるものではありません。

紛争は宗教的信念が影響する
そこに大きく影響を与えているのが、国民性と言うか、国民の宗教的相違です。ユダヤ教に始まるキリスト教、イスラム教では、聖書・コーランが絶対であり、内心でも基本的に妥協は出来ません。彼らの神の唱える正義こそ絶対ですから、勢い、そこには紛争が続発します。
これに対して聖徳太子ではありませんが、わが国は話し合いさえあれば何でも決められる「和」の精神で多くのことが決められています。「ムラ社会の掟」は、絶対であり、社会にとって「悪」はムラの掟破りです。ですから、「ムラ社会」の中では基本的に紛争は、起きません(蓋をされてしまう)。北に喧嘩や訴訟があればツマラナイカラやめろといわれるのです。

正義は普遍性を持たない
私はこれまで「正義」といえば、地球上何処でも正義(最終的に個人の生命が一番大切)は同じであると大きな誤解をしていました。しかし、安全で平和に暮らしていることが幸福であり、正義であるということは全く特定の考え方でしかないのです。ユダヤ教を根本原理としている社会(キリスト・イスラム)では、神の律法に従った生活こそ正義なのです。即ち『神のお告げ』を伝える預言者の言葉で生活することこそ正義であり、幸福なのです。ですから彼らの「正義」に従うならば、信じられませんが、広島も長崎も東京大空襲も全て彼らの正義の結果なのです。最近韓国の新聞で広島長崎の原爆投下を正当化していますが、この論説員はたぶんカソリックでしょう。自分の正義を相手に押し付けるならば、紛争は避けられませんが、和の精神ではとにかく和を乱すことが不正義ですから、訴訟などはもっての外です。

この様な考え方のアメリカと和の精神の日本では、調べたことはありませんが、そもそも訴訟の発生率が異なってくるはずです。それを日本人と外国人の宗教観の違いも理解しないまま、わが国もアメリカ並みに訴訟が増加するなどと寝ぼけたことを根拠にしてわが国の司法制度改革が行なわれ、司法試験の大量合格者を輩出したのが、わが国なのです。事件が増加しない理由を単なる「景気低迷などの影響」(5月9日毎日)などとお目出度い話をしているのがわが国のマスコミでもあります。

国民で医者にかからない人はいないでしょうが、一般の人にとって弁護士の能力を判断するのは至難ですから、一生に一度あるかないかの弁護士を選びはとても重要ですが、国家が公認した弁護士が能力不足であった場合取り返しができません。5月14日の読売では、司法研修所が裁判官に対して行った調査で、本人訴訟でも仮に弁護士がいれば有利と判断できた事件が2割と報告されています。しかし、この程度で司法試験合格者の増加に理由付けを与えることは出来ません。

posted by やすかね at 16:44| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月11日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。 今年も皆様のご多幸をお祈りします。合掌!
 私は,選挙に出ませんでしたが・・民主党が勝ちすぎた三年前の政権交代から今度は,自民党が勝ちすぎ,日本の政治をダメにした自民党の再登場です。民主党がわが国の内政・外交をさらに悪くしたことで,国民は「よりダメでない自民党政権」を選択しました。投票率も大幅に下がり,国民は,心底,政治が馬鹿馬鹿しいと思ってしまったようです。
国の政治は,公務員試験で選ばれた官僚組織と公選の議員で構成する内閣が行なっているのですが,戦争に勝っても負けても,また選挙で国会議員が変わっても,日本国家の継続性を考えるならば,明治維新以来一五〇年間わが国は「役人主権」で国の政治が行なわれてきました。要するに〈税金で生活費を賄っている者が主権者である。〉とは,分かりやすい話です。
官僚が実質的主権者ですから,「天下り廃止」などと政治家が声高に叫んでも,天下りは続きます。また民主党のように〈政治主導で政治を進める。〉などと言うと,官僚は〈それならお前らやれ〉と仕事をしません。しかも,時の内閣からの特命を受け,外務省の適正な決済を受け,国のため命がけで仕事をした者(佐藤優氏)を,後日背任罪で逮捕し,証拠を捏造してまで有罪にされたら,もう官僚は国のため国民のために仕事をすることはありません。(同氏『獄中記』岩波現代文庫)
安倍首相が〈今度は新しい薬があるから大丈夫。〉などと言っても「優秀」な官僚は,目立たないように官僚支配を強め,民主主義は形だけのものになります。投票率なども下がれば,わが国は,かつてのソ連,今の中国の共産党一党支配下のように,官僚支配の「君主制国家」になってしまいます。近々中選挙区制で総選挙です。「真剣に考えよう,国の将来!」
二〇一三年 元旦   
〒二六〇‐〇〇一三 千葉市中央区中央四丁目一〇番八 九〇四号 (〇四三‐二二二‐四六八〇)
弁護士 伊 藤 安 兼
posted by やすかね at 18:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月29日

悪魔に魂は5分は売らない

世の中きれいごとだけで生きられるか?

昔、劇作家の飯沢匡さんが「私は、悪魔に魂は、5分は売らない。」と言っていたことに感激しました。裁判官などはとても綺麗好きですが、綺麗ごとを言う人には、水清くして魚は住めないとぴったりの言葉があります。
しかし、世の中には「自分は清潔だ、悪いことはしない。」と外に向かって発言するエリート呼ばれる人達は沢山います。
戦後、配給されるだけの米で生活して、一切闇でモノを買わずに亡くなった裁判官がいたそうですが、この話が本当なら、何も悪いことをしないのに配給制度で命を奪われたのでしょうか。私も弁護士ですから、常に建前とか正義だけで生きて行けるなら、それも良いと考えますが、現実は大きく異なっています。

ですから、「悪魔に魂は、五分は売らない。」と考えると、人生はとても楽チンです。しかし、何らの基準もなく、清濁併せ呑んでいては、いつのまにか腹まで真っ黒になってしまいます。そこで、自己の信念である主義主張を悪魔に魂を売っても「過半数は、正義である。」との基準を持ちつつ、正しく生きてゆけばツキが回ってきて、人生何とかうまく行くと考えています。

ところで、何時の時代でも中心となって国を動かしているのは、官僚(役人・武士・貴族)です。世襲であったり、選抜試験を採用しても、結局のところ、社会に存在する種々雑多な正義不正義の混合物の中で、上澄みの綺麗なところから作られた試験問題を正確に記憶し、これを再現できる能力のあるエリートです。

このエリートは、先例に基づいて、自動販売機のごとく優秀な処理能力を示すのですが、想定外の問題について、清潔なエリートは対処できません。人工知能なら大量に詰め込まれた千差万別な知識・情報を億兆と組み合わせて、解決策を出すでしょうが、囲碁・将棋ならともかく、社会の問題解決は、人間に頼るしかないでしょう。その様な意味で清潔なエリート単一種は、生物進化の過程で消え去る運命です。

生物の進化の過程は、常に一定割合で変種個体(突然変異)が発生し、この固体は、環境がそれまでと違うことがなければ、そのまま消滅し、逆に大きな環境変化があったとき、これまでと違う性質を持った個体だけが環境に適応でき、この新変種が多数を占めるようになります。

常に同じ性質を持った個体が再生産(純粋培養)されてゆくならば、少し環境が変わればたちまち絶滅してしまうのです。ですから、同じ性質を持ったもの同士、同じ価値観を持った者だけでいるとき、皆居心地は良いのでしょうが、変化に対応できないのです。民主主義でも同じであり、みんなが同じ事を言うのであれば、多数は必要ありません。人と違うことを言う人間がいてはじめて、人間社会も変化に適応できると思います。多様性こそ発展の原動力なのです。

ですから、社会の上澄みの綺麗なところだけしか知らないエリートでなく、底辺に溜まった種々雑多な沈殿物の中から問題解決の糸口が見つかると思います。

沈殿物を希釈してエリートに与えるワクチンを準備しておくのが良いのではと思います。田中角栄とか、ハマコーなんかさしずめかき回した沈殿物から浮き上がった「英雄」ですかね。相当の悪さもしましたが、歴史は、その悪さを希釈してゆくかも知れません。
posted by やすかね at 15:33| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする