2018年11月26日

餌食にされた日産


国際問題となっている、ゴーンの逮捕ですが、日産の村山工場などを閉鎖し、2千人の従業員を解雇(平均400万円として80億円)して、新たにフランスでの日産車の製造を始めるなど、日産はフランス政府の支援を受けたルノーによって、食い物にされている実態が暴露されています。ベルギーとの国境近くに建設中のルノーの工場では、日産の技術力を使いフランス人の雇用で日産車を生産するようです。

今日の報道によりますと、技術部門で日産とルノー「共同開発」も企んでいたようですが、元日産の技術者の話ですと、何も学ぶべき技術のないルノーと一緒に仕事をするのが嫌で退職したそうです。僕も外車は何台も乗りましたが、ルノーや・シトロエンなどのフランス製の車だけは安心して走れません。いつ故障するか分からないからです。

ところで、わが国政府は、単なるサービス業で、パイロットを始め高額賃金の支払いから経営破綻した日本航空に対しては、国の支援をしておきながら、日産には何らの支援をしませんでした。
ルノーは日産の株式43%を持っていると報道され、一方フランス政府はルノーの株15%持っているとの報道もされました。大した技術力もなく、日本のユーザーにも人気のなかったルノーが2兆円の赤字を抱えていた日産と業務提携して、日産の経営権を奪取できた背景には、フランス政府がルノーに株式の外、相当の金融支援があったと思われます。

フランスの大学をトップで卒業し、フランスの国策会社ルノーから日産に派遣され、日本人にはできない強引なリストラで日産の赤字を解消したゴーンは特別背任(80億円は2千人の首切りと同額)と言うべき私利私欲で逮捕されたのですが、ゴーンの背後にはフランス政府が控えています。

結局、帝国主義がしのぎを削る現代においても、フランスが100年以上続けてきた植民地からの略奪政策に基本的変更はないのです。日本政府が、JALを救済しても日産には拱手傍観してきたことで、今の日産の危機があると思います。JALなんか特に守るべき技術などないですからね。それが証拠に飛行機など酒気帯び運転で十分できてきたのですからね。

今後、日産の経営陣は、長期間無配を継続することで、フランス帝国主義と対決する中で、日本政府がJALを救済したように、政府の援助を受ける必要があると思います。
場合によっては、トヨタの子会社でもいいのでは、ダイハツもあるし、三菱も含め、いかかでしょうか。日野もいすゞもね。
JALでは100万円ほど株で損をしたのですが、今度は日産の株でも買って株主総会の委任状を提出してフランス帝国主義と戦いますか。
posted by やすかね at 10:53| 千葉 | Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月08日

弁護士バッチの権威が危ない

久しぶりに無免許運転の国選事件で検察庁に記録閲覧に行きました。申請用紙に住所・弁護士名など必要事項を書き込み近くにいた若い美人の事務員に「お願します。」と渡すや、その女性事務員私に『ご本人ですか?』と質問してきました。

彼女「バッチがついているよ。」と言っても全く納得しないので、次に写真入りの身分証明書が必要なのか、このままでは、駆け出しのころ、大金を出して特注した18金のバッチが使えなくなりそうで、焦りました。何しろ、検察官に取り次いでもらわないことには仕事ができません。

これまでも鑑別所とか拘置所でも、携帯電話をロッカーに入れろ、などと疑いをかけられても、その度に弁護士の職責・倫理の原理原則を論じ、お役人と対決してきました。

個人的には、ハイハイ解かりました、と従えば楽ですがね、性分なのですね。どうも治りません。

ぎょっとして「弁護士バッチの意味を知っているの」と質問すると『ハイ、わかります」と言いますので、「じゃあ言ってみて」、『・・・』、『・・・・』と沈黙です。

やむなく、上司に向かって「ちゃんと指導しているの」と多少語気を強くすると、男性の上司『すみません。』を繰り返すのですが、若い事務官は、納得しないようです。その内年配の女性も「すみません。先月の採用なので」

そこで、若い検察事務官を外部の人間が指導することになったわけです。内部の上司が下手に指導するとパワハラなどと言われますので、今の世、上司の指導が難しいのです。

バッチの裏には登録番号があり、検察庁でも裁判所でもこれで本人確認ができるのですが、何十年もこの様な手続きは取られもせず、バッチだけで本人と認められていたのです。

最後に「あなた若くて美人だから、良い事務官になれるよ、頑張って」などとおべんちゃらを言って、事務所に戻りました。

事務所で今日の出来事を話すと『ご本人ですか』と質問されて『ハイそうです。』と言えばそれで済んだのではないですかと意見されました。そうですよね。若い事務官がそんなに深く考えてもいませんよね。

ひょっとして、若い事務官だったから絡んでしまったのかな。トホホ
posted by やすかね at 20:42| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月05日

TVショップでのご注意

TVショップで、今はやりのカーナビを安いからと言って、2台買いました。
一台は、車を買い替えたので、判りませんが残っている奴が「フォーマット一杯」とメッセージが出たので、パソコンにつないでフォーマットを初期化しようとしたところ、メールアドレスを入れろ、などと出てきて、よく見ますと、1月1500円、3か月で7000円程度の使用料がかかるということです。これには参りました。

中国製は、怖いですね。結局安いからと言って飛びつくと、後で高い買い物となります。
アメリカでも、街中に設置した防犯カメラが中国製と言うことで問題となっていますが、防犯カメラのメンテンナンスの為、防犯カメラをネットで繋いでおきますと、アメリカの街の様子が中国で手に取るように判ってしまうということの様です。
中国では、街中に何万代もの防犯カメラを設置して、国民を監視しているのですから、中国に旅行して、あちこちで写真を撮ったりしまうと、帰りの空港で、スパイ容疑で逮捕されるかもしれません。ご注意ご注意!万一、行方不明になってしまっては取り返しがつきません。
posted by やすかね at 17:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一流と二流

2018年11月の『一冊の本』(朝日新聞出版)に、『論破力』の紹介があります。良くはわかりませんが、2ちゃんねるの解説者[西村博之]だそうで、論破力は二流?人を動かす一流のテクニックとは,と題があります。
【「一流のテクニック」について説明します。例えば、患者さんが「相談したら気持ちが楽になります。ずっとお世話になっています」ってタイプが優秀なカウンセラーだと思ってしまう人が多いと思います。本当に優秀なカウンセラーは、一回相談するだけで「そもそも相談に来る必要もなかった」って思って、二度と患者さんが来ないカウンセラーだったりするのですね。】などと書いてあります。
そういえば、〇〇整骨院などと書いて300円、500円の低額で、治しようもない患者のお年寄りを囲い込んで、マッサージ・赤外線照射などして、医療保険からは高額の保険を受領しているしている治療院もありますね。
これなど、治りそうもない患者を囲い込んで何度も通院させて、大枚の保険金を取る、正に二流の治療院ですが、金もうけは一流です。僕の信奉する治療院は、一回3000円ですが、少々具合が悪くなったときだけ行きます。半年に一度ですが、保険は利きません。こちらは治療が一流です。ゴルフも上手ですから、金もうけも一流でしょう。
次に、僕の自慢話、もう40年ほど前になりますが、受験勉強を始めた直後、家でシェパードを飼っており、時々警察犬の東関東チャンピオン大会などに出たこともあります。
既にお二人とも亡くなりましたが、隣の牛久中学で同年の桐谷(床屋を奥さんに任せ、自分は犬の訓練士)が警察犬の大会で、3級の訓練士の資格を持って、あちこちの警察犬協会の大会に出ていました。
ある時、僕のところに遊びに来て桐谷曰く『俺ょー、頭に来ちゃったよ、この前石綿(元市原市市議)さんからょー、アンタも犬やってんのか』って言われたんだよ。
そこで、私が、「お前な、訓練士のプロだから、またどっかの会場で石綿さんに会うよ、その時な、俺も犬をやってるので、宜しくお願いします。と言っておけばな、お前がプロだということを石綿さん知れば、今度は石綿さんがお前に頭を下げるよ。」と諭してから約半年が経ちました。
桐谷が遊びに来て『俺よー、この前よ、石綿さんにお前も犬やってんのか、って言われたのでよー、よろしくお願します、って言っといたよ』だって、半年前の僕の話が相当気に入ったらしく、これまでに、多分あちこちで同じ話をしてきたのでしょう。得意満面でした。
この桐谷を見て私は、「桐谷よー、その話、俺から聞いんだろー」とは言いませんで、「へぇー石綿さん驚いたろー」と感心し、妻と顔を見合わせました。 
人から聞いた話も心底納得するとすべて自分で考えたこととなり、教わった私の前でもすっかり自分のものとなっていました。西村博之さんから、僕も「一流」のお墨付きをもらえそうです。めでたしメデタシ


posted by やすかね at 16:11| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月01日

韓国最高裁のアホナ判決(末尾に捕捉)

韓国最高裁で徴用工判決がありました。この判決がデタラメでな政治的判決であることは明らかです。それは、日本の法律を日本語で勉強している韓国法曹であるなら、この判決の法的問題点は、十分理解できているはずですから、韓国最高裁裁判官の感情を前面に出した不当判決であることは明らかです。

そこで、感情的判決に対し、私的な正論を以下論じてみます。
徴用工と聞けば直ちに徴兵制が思い起こされますよね。そうです、これは国家と国民の関係から論じなければ、感情的判決に適切な批判ができないと思います。

わが国でも国家権力は、最終的に刑事裁判権で国民を処罰し、最高刑は死刑判決をすることもあります。即ち、多数の反対もありますが、国家は法律で国民の生命を奪いこともできます。また日本には徴兵制はありませんが、韓国国民には兵役義務がありますから、韓国国民は国家が戦場に行けと命令するならば、命をかけて国家の命令に従わざるを得ないのです。
日本で徴兵制があった時代には、日本国民も今の韓国国民同様、兵役義務があり、先の大戦では、日本国民は、一般人を含め300万人もの犠牲を出しています。
実は、この馬鹿げた戦争には、その当時の日本国民であった朝鮮人も多数徴兵されています。この様に考えますと、この徴用工の判決は、日韓併合まで遡って考える必要があります。  
20世紀は、地球全体で戦争の世紀でしたが、国家と国家が互いに覇権を争う壮絶な時代だったと思います。更にさかのぼれば、歴史上、部族間の戦で敗れた側は、勝利者の奴隷となり、敗戦国家は、第1次世界大戦でフランスの強硬意見でドイツの戦後賠償は天文学的なものとなり、この20年後にはまた世界大戦がはじまるなど、人間の憎しみの連鎖が果てしない戦争の歴史となっています。
ですから、日本が朝鮮を併合したことから、今回の徴用工の判決があることは、明らかであり、できの悪い韓国の法曹も十分理解しているならば、憎しみの連鎖では何も解決できないことを知るべきです。日韓併合は、当時の国際法でも合法であり、当時の日本国家が日本人となった朝鮮人の徴兵、徴用は、一国民とすればとんでもないことですが、法的には何も問題がないのです。アメリカのハワイ併合も同時期だったと思います。

我々日本人も、マンデラ氏が「肌の色や信仰の違う他人を憎むように生まれついた人間などいない。人は憎むことを学ぶのだ。憎むことが学べるのなら愛することも学べるだろう。」と説き、「憎しみの連鎖を断ち切ることに成功した。」(『マンデラ氏の功績と「和の国」』2013年12月11日ブログ)ように韓国人も世界史の中での現在の国家国民の在り方を学ぶ必要があると考えます。
アホナ韓国の裁判官に対し感情的になるのではなく、「お前ら、日本の法律で勉強し、国際法もわかっているのに、理性的判断ができないのか!」と少々感情が入っていますかね。

これを書いた翌日、NHKラジオで、戦後の日韓合意では、遡及的無効の前に「already」と英文であるのは同じらしいのですが、これを韓国では「過去の植民地支配は遡及的に無効」と解釈し、日本では「既に、遡及的に無効」とお互い都合の良いように解釈しているのが今になっての国際問題となっています。アメリカの大統領もハワイで併合についてお詫びをしたらしいのですが、金を払うなどと言うことはありませんよね。

posted by やすかね at 15:44| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月03日

本庶先生 ノーベル賞受賞

お隣韓国は、日本を永遠のライバルと見て、ノーベル賞受賞者が出ることを国家的事業と考えているようですが、残念です!イチローではありませんが、20年は無理でしょうね。

それにしても本庶佑さんのお話から、何でも疑え、本は嘘ばかり書いている、などと聞いていますと、「おっ、俺の子供の頃と同じだ、俺もよく教科書の間違いを指摘したものだ」「では、その差は何だ」と考えたところ、本庶先生の場合は、とことん原理原則まで突き詰めた点ですが、僕の場合は、単なる教科書をデタラメに読んで「教科書が間違っている」と騒いでいただけです。単なる誤読の類でした。

ところで、IPS細胞の山中先生が「本庶先生は、ゴルフでもロストボールなら、何百メートルも戻ってでも打ち直す。」と原理原則に対する厳しさを話していました。
本庶先生も一度は、弁護士になろうとも考えたようですが、弁護士にならなくて良かったです。「弁護士会の寛容性」から、たぶん「変人弁護士」と言われたでしょうから、佑の意味通り、人を助ける医師でよかったですね。弁護士はすべての人を助けることはできません。尊敬もされません。

因みに、「佑」は佑啓(助けて教え導く、啓は開くの意)と使われ、この啓は啓蟄(冬ごもりの虫が這い出る)と使われたりします。(三省堂『新漢和辞典』、岩波『広辞苑』)
ご住職様、長いですか。
posted by やすかね at 12:49| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月21日

ゾーゾー社長の月旅行

ZOZOTOWNの前澤社長が、月旅行の手付金100億円を支払ったと報道されています。ZOZOTOWNを始めて知ったのは、ゾゾマリンスタジアムの名前が出てからです。しかし、どうしてそんなに儲けることができるのでしょうか。ネットで検索しますと、ファッションの通販サイトを運営するそうで、人気ブランド6,000点以上、商品52万点以上、新品から古着まで扱い、「ツケ払いなら2か月先」で即日配達があるということです。欲しい商品を先渡して若い女性を虜にするすごい戦略です。知らなかったですね。
それにしても、個人資産が000億円以上(1兆円企業らしい)もあるということですが、資本主義社会の中で商品の流通市場を利用しての資産形成は、通販事業と後述する株式市場で可能となったようです。

私らには無縁ですが、普通に考えれば、年間1億円もの所得があれば、税金だけで5割以上納付するはずでしょうから、20年足らずで3000億円の資産を形成したなら、さぞかし税務署も喜んだと考えられますが、そうではないようです。

例えば、最初に1万株で資本300万円の会社を作り、通販事業の業績が上がり、利益剰余金が増えるに従い、株式を分割しながら、さらに会社の利益剰余金を資本に組み入れするなどしながら株式を分割し、200万株程度に分割した株式を上場した時、1株1万円(1%程度の配当で、2億円の利益配当、会社の将来性があると見込まれれば、配当を減らせる)なら、資産は200億円になります。
この内、会社支配に必要な1割程度の株式を保有し、残り9割を売却すれば、濡れ手の粟で180億円の資産形成ができ、2割の税金で済みます。

今、世界中で機関投資家(年金など)が将来性あると考える(実体はない)株式会社の株を購入しますから、会社の発表する業績次第で1000万株を1万円で上場すれば、簡単に1000億円の資産ができます。しかし、この1000億円は、コンピューターで管理された、市場でのもので、実体はありません。イデオロギー(「人間の行動に影響を与える思想」『いま生きる階級論』佐藤優著 新潮文庫)です。ZOZOTOWNには、価値の実体がありませんから、ホリエモンの会社と同様の運命をたどることもあり得ますね。ロケットに興味があるのも奇妙な一致です。

しかし、この会社は、プライベートジェットを所有し、社長は結婚しない(したくない?)女優と自由に乗ることができるのです。聞くところによると、ワールドカップに行ったとかヨットでの派手な生活を吹聴しているようです。この辺はソフトバンク、楽天などとは違います。
資本主義がいかに素晴らしいものか、私らのように人間の格差を騒いでいるなんて、理解できないでしょうね。

結局、巨万の富を築ける根拠は、今の株式市場での資産形成に対して(格差を解消する)適切なルールがないということでしょう。今年の年賀状でも書きましたが、江戸中期の田沼意次は、商品市場経済に対して適切な税制が確立出来ないなかったことから、儲けすぎの商人からの上納金で権力を動かし、歴史上賄賂政治家と非難されています。今後、この賄賂の使い方次第で素晴らしい政治家と再評価されるでしょうね。

それにしても世界のジャイアンであったアメリカでさえ、アポロ計画以後、既に国家として月旅行に意味のない結論を出しているのですが、無重力状態で月の裏側を見て意味があるのですか、判りません。世界の有名人を「人質」にしての月旅行なら「抹殺」される危険も少ないでしょうね。さすが一代で1兆円企業を立ち上げた素晴らしい遠謀深慮です。

濡れ手で粟の1000億円の使い道も使いようで、私らの人の妬みを買い、良くも悪くも歴史に名を残せるでしょうね。

posted by やすかね at 18:05| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月13日

クールビズと日本の風土(下駄の勧め、他)

9月に入り、クールビズももう少しです。先日、表参道で見つけた高級な(麦わら風の)帽子とサングラス、白パンツと沖縄風のカリユシ、足には下駄でいたところ、顔見知り曰く「すごいカッコだね。」と見下したように言われました。

少々ムッとして「クールビズだから、あんたもやったら」というと「人、それぞれだから(俺はやらないよ)」だって、『人それぞれ』だったら、「すごいカッコ」などと人を「非難」する必要はないよね。この男、勝手なもので、自分は上から目線で人の様子を非難し、それを自分に向けられると平然と拒否する、典型的な官僚答弁です。これを聞いて、怒り心頭で「じゃあなんだよ、俺に対して、すごいカッコとは」と言えませんでした。

だって彼は、ありきたりの白い半袖にスーツのズボンですか。それに革靴で、どう見てもダサイ爺さんのカッコですから、ファッションのことを、こんな奴とは話などできませんね。

昔から、女性は季節・季節で色物・柄物を着分けしてファッションを楽しんでいるのですが、男は、クールビズというと白い半そでばかりです。足元には一年中同じ皮の靴、ズボンとかベルトなどにお洒落をしようなどという発想は、全くないようです。偶には、パトリックの靴でも探して履いたらいいのにね。

まぁ、発想が乏しいのは、人それぞれで「勝手」ですが、だったら他人のファッションなどに口を差し挟むな、と言いたいですね。本音は、妬みからの一言でしょうね。男の、爺さんの妬みは醜いね。思い出すたび日々腹が立ち、言葉がきつくなります。

ところで、夏に下駄を履く効能です。下駄では、先ず水虫は出てきません。下駄こそ日本の履物です。受験生の頃、夏は机の下に、酢酸で薄めた水を洗面器に張って、足を入れて勉強したところ、水虫は「治った」様でした。しかし、「礼儀正しい」法曹の一員となってまた靴を履き始めるとやっぱり水虫は治ってはいません。

この夏、どうしたら水虫を防げるか、やっと判りました。水虫は足には出ますが、手には出ませんね。そこで、妙案「食事の前に足を洗え」これを実行すれば、水虫は出ないのです。はっはっはっハッハー!

結局、暑い夏に靴下と革靴は、日本の風土には合わないのです。手を洗う回数ほど足を洗えば水虫は防げるのです。勿論下駄がお勧めです。誰ですかね、ホテルとか、法廷で下駄を禁止したのは?西洋かぶれ、の無教養人ですか。昔の官僚です。
posted by やすかね at 15:53| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月10日

弁護士会長の記者会見

猛暑の「8月はとうとう、まるまるブログ投稿しませんでした。

涼しくなったので、先ず同業者への「批判」からです。
9月8日配信で、弁護士会の会長が業務停止1月の業務停止処分を受けた会員について記者会見を開いたということを知りました。『自由と正義」では毎号弁護士の懲戒処分の記事が掲載されていますが、この懲戒処分について、各単位会の会長が記者会見を開いて説明する、などということは相当の事案と考えられるのですが、今回の処分で会長は、執行部を代表してということでしょうが、副会長は会長の意見に異議を述べないでしょうから、独断での記者会見と理解しています。8月1日付けで業務停止3月の懲戒処分については、記者会見などありませんでしたので、疑問を感じてのブログ投稿です。

今まで多数の懲戒処分がなされていますが、会長が記者会見を開いて処分を発表するということが、これまでにあったでしょうか。ゼロではないでしょうが、今年の8月号の『自由と正義』にも業務停止3月の懲戒処分が掲載されているのですが、記者会見はしたのでしょうか。(弁護士会事務局への問い合わせでは会見していないと確認)扱いに不公平が感じられます。
そうではないのだ、品位を失う内容に違い(弁護士に対する信頼失墜)があるから、今回は業務停止1月でも記者会見を開いて公表したのだ、とでもいうのでしょうか。わからないですね。「品位を失うべき非行」は極めて抽象的であり、この基準で犯罪行為から様々なハラスメントまでを含めて懲戒処分をすることが、今の時代にふさわしいとは考えられないですね。
しかも、処分も軽重は戒告から退会命令・除名まであるのですから、どの程度で会長が記者会見をすべきか、基準が必要でしょうね。当然常議会(弁護士会の議会)は承認しているのですよね。(会長声明などは、常議会の承認を求める。)
 過去の事例を記憶で書きますが、弁護士の業務に関係なく、妻に頼まれ、市議会議員である他人の戸籍謄本を請求しても何らお咎めがなく、医療法人社団の平理事である弁護士が、権限なく理事会を招集し、理事長を僭主して登記し、その後この理事会が高裁で問題とされてもなんらお咎めがなかった事案もあります。これなど公正証書原本不実記載罪という立派な犯罪に該当するのではないでしょうか。

 最近では、破産会社から破産申立費用等1000万円を受領しながら、社長が下請け会社の協力会の会計から千数百万円を着服した事実がありながら、会社が協力会の債権として数十万円の債務を届け出ただけで、千数百万円については、会社も個人も債権届け出をせず、社長の免責決定後、協力会から社長に対し損害賠償請求訴訟を提起されても正々堂々請求を争い、1審で請求が認容され、高裁も公訴棄却となるであろうと示唆され、初めて和解に応じた事案もあります。
 これなど預金通帳が管財人に提出されたものの、単なる数字の羅列を見ても横領の事実を白状しない以上、明らかになりませんから、明らかな隠匿と言えるでしょう。現に横領した千数百万円は、協力会から請求されてもこれを認めませんでしたから「隠匿」の程度を凌駕していないでしょうか。1審で裁判所は、被告の理屈にならない理屈を全て退け、原告の請求をすべて認めているのです。少なくとも申立代理人である弁護士は、横領の事後従犯と言えないでしょうか。すごい事件が表には出ていないですね。

 今回の100万円は、問題があるとしても、弁護士費用とか、医療費などと使途が明らかですから、免責決定後でも対処できた事案ではないでしょうか。懲戒委員会の決定ですから、それに異議は申し述べませんが、1月の業務停止で、多忙な会長が記者会見を開いて、弁護士の名誉を棄損するだけでなく千葉県弁護士会全体の不名誉とは思わなかったのでしょうか。残念です。

最後に今日の全米オープンテニス女子で、大阪なおみが優勝しました。試合もすごいし、大阪のインタビューは世界的に好印象で日本の女子もやるわいと、明るいニュースで終わります。相手を褒め讃え、この相手を撃破して「ありがとう。」ですからね。自分もそうですが、相手を批判しても自分はちっとも上達しませんよね。
posted by やすかね at 17:41| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月26日

民法改正と『自由と正義」

先日、民法改正について雑駁な「めも」を書いてしまったので反省しています。今日は、日弁連の機関紙『自由と正義」7月号の特集についての自分なりの「理解」を書きました。弁護士会のメーリングにも投稿しました。では、始まり始まり、【カッコ】は8月5日追加


明治29年(1896)制定された民法が、その後122年経った平成29年大きな改正となりました。刑法などが国対国民の法律であるのに対し、民法は、私たち国民の間でのルールとなります。そして今回は、債権法改正ということで弁護士会の機関紙『自由と正義』で特集が組まれています。ブログ喜怒哀楽で少々恥ずかしいメモ書きなどしなければ良かったと反省していますが、今日はこの『自由と正義』の特集の読み方を少々エラソーに「解説」します。

特集には1と2があり、2は「民法(債権法)改正と会社法・消費者関係」と題して、43期5組で、私がクラス委員をした同組の藤原総一郎が松尾博憲会員と共同執筆しています。まさに簡明な解説であり、日ごろ担当している(と思われる)会社法との関連が見事です。【ここは、藤原君をたたえながら、俺はクラス委員だったとエラソーにしました。】


通常法律の改正があると、【普通の弁護士でも、その改正の背景とかを考えるでもなく】その改正文言の検討をして、ハイ終わりとなります【その結果、司法試験に合格した後は、勉強せずに受験時代の「預金」を引き出しながら弁護士をし、既に残高ゼロになっている弁護士もいます。】が、彼らの解説は、例えば、錯誤【一般に、考え違い】に関連し、これが【取引の安全が重視される取引となる】株式の引き受けの際の錯誤無効の制限【契約取引を簡単になかったことにはできないぞ】に関係する、【個人の】代理権の濫用事例を【会社の】代表権の濫用事例【取締役が、自分の利益を図るなど】に引き直し、これは改正民法107条が適用される。【無権代理となる。例えば、代表取締役が、ハウスメーカーに住宅建設を依頼しても、これが妾宅であることをメーカーが知りえた場合、会社は住宅建設費の支払いを免れる。】

消滅時効については【これまで、消滅時効の期間が契約によっていろいろあり、医師の治療費は3年、弁護士は2年、飲み屋の付けは1年など、ややこしかったことを改正し】「時効管理を容易にする」と立法目的を簡単に説明したのち、社債の償還請求権【広く民間から資金を集める必要があるので、請求権自体は10年、利息は5年】の解説をし

【民法で5%、商法で6%の】法定利率の変更【民法3%(3年の変動制)にして、これまで交通事故の損害賠償の算定で中間利息を5%で控除するのは問題だとして引き下げたことです。】が会社法へ及ぼす影響。【取締役の報酬請求権も民法の3%となる。】

詐害行為取消権【債務者が苦しくなると債権者の債権を価値を下げる契約】の改正では、特集1でも【破産法で管財人が債権者の利益を図って取引を否定する】否認権との関係に言及しているものの(わかりやすい具体的な例が紹介されていない)、この解説では「債務超過にある会社が、残存債権者を害することを知りながら、優良資産や優良事業に関する権利義務だけを承継対象として行う詐害的会社分割に対応するため」と、自分を含め普通の弁護士には考えが及ばない論点を指摘するなど、圧巻の解説です。
その外、多数当事者の債権債務【数人が債権者・債務者の場合の法律関係、例えば、おじさんが借地の上に建物を所有したっまま亡くなり、甥姪などが相続人となったような場合】債権譲渡・債務引受・契約上の地位の移転【個人商店が株式会社になった】、委任なども整備法の解説まであります。

そこで、『自由と正義』の読み方の順序ですが、特集の1から順序良く読んでも「現行民法が債権関係の規定を中心として幅広く見直され、・・民法改正が倒産手続や倒産実体法の規律に及ぼす影響は少なくないといえる。」(11頁)との認識が示されています【第二東京弁護士会 深山雅也会員】が、申し訳ないが「総論」としては内容が希薄です。総論であるならば、なぜ民法が122年経って改正されるのか、その【明治時代に制定された民法を改正する必要が出てきた、現代の資本主義社会の発展】社会実体にいかなる変化があったのか、などからの解説がなければ「総論」とは言えないと考えます。

思うに、民法は、社会的希少資源の公正(公平ではない)な分配を可能にする法制度であり、その経済体制は、言うまでもなく、資本主義的な生産・流通・消費となっています。
要するに、企業は生産現場に資本をつぎ込み労働力を購入して、社会的需要を満たす商品を生産し、法はこの起業家に商品の所有権を認め、この商品が契約関係で最終的に消費者の手元に届き国民生活が維持されています。【労働力の商品化と資本家が自由に処分できる商品の生産・流通・処分の自由が保障されるのが資本主義社会】

しかし、明治以来100年以上経過し、社会の生産から流通さらには消費行動までもが大きく変化し、特に企業活動が複雑化【国際的な営業譲渡、合併などが増大】する一方、企業が激しく営利を追求すること、裏を返せば生き馬の目を抜くような【ブラック企業の】油断ならない契約から、社会全体で取引の安全が強く求められる時代になったということでしょうか。

そこで、民法の意思表示から始まる契約関係の法的整理が必要となったということでしょう。特に、企業活動の生産現場では資金調達、会社の合併、営業譲渡など複雑な法律関係を効率よく処理することを念頭に今回の改正が行われた、などと「空想」することが「総論」の一部になるだろうなどと考えました。

いずれにしても、今回の民法改正の概要を効率よく理解するには『自由と正義』45頁から読み始めるのが良いと思います。なお「民法改正においては、消費者概念(あるいは事業者概念)の取り込みや消費者契約についての特則を設けること、あるいは消費者契約等について・・全て見送りになっている。」(52頁)と解説されていますが、今の経済体制の中で、個別具体的な、極めて雑多な消費者契約関係を規律することは、民法という一般法では扱うべきではないということでしょうかね。【弁護士会などの消費者委員会などで、「消費者保護」の活動が盛んですが、これが行き過ぎますと消費者保護の美名のもとに、活発な企業活動の桎梏(手かせ足かせ)になっては遺憾と考えていると思います。】

繰り返しますが、『自由と正義』【弁護士でない人も自由に購読できます。】は、特集2〜特集1へと読み解いてください。特集1各論(1)詐害行為取消権と否認権などに最初から取り組むことも、自分の失敗から言えることは時間の無駄かもね。ここも企業分割、契約上の地位の譲渡などから詐害行為取消権と否認権を考える必要があります。各論(2)の債権譲渡も同じです。
posted by やすかね at 15:26| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月25日

死刑制度存続の可否


オウム真理教の幹部たちが一斉に死刑を執行されました。一度に7名も死刑執行となると国際的にも大きな反響があったと思います。
死刑を廃止すべきか否か国家の法体系の中で、国家の刑罰権に基づく法の執行であり、独立国であるなら、他国からの干渉を排除すべきと考えることが最初です。多くの国がわが国に対して死刑廃止を求めているなどと、多数決に与すべき問題でもありません。

誤判の可能性が絶対ないとは言えないとしても、刑事手続きの中で最善を尽くしたうえでの執行なら、神でない人間の制度としてやむを得ないと考えます。
冤罪で死刑になった人がないとは言えないものの、未だ死刑囚が100人を超えることを考えれば、誤判の可能性がある故に死刑を廃止すべきだとの理由付けは根拠にならないと考えます。死刑が確定したなら1年以上も死刑囚として執行を待たせることは、非人道的と非難を受けながらも死刑囚が100人を超えている現実は、国家としても若干でも誤判の可能性を考慮するがゆえに死刑執行をためらっていると考えます。

そもそも、国家と国民の関係を考えれば、国家は、国民に自力救済を禁止たうえで、刑罰権を独占し、国民感情からも死刑相当と考えられる重大犯罪を敢行した犯人に死刑を言い渡すことは、社会秩序を維持する責任を持つ国家としても当然でしょう。
さらに言えば、現在でも独立国家は、徴兵権をもち、戦争となれば、若人を徴兵し、お前も殺される可能性があるが、罪のない敵対国の国民を殺せと命令しているのが、現実です。この様に考えてくれば、国の制度として死刑制度を存続したとしても、他国から「人道上問題だ」などと非難される理由はないでしょう。

わが国は、国民の8割が死刑存続を望んでいるものの、日本弁護士連合会は、死刑廃止の最大勢力でしょう。日弁連が死刑廃止を求める論拠を日弁連の「死刑制度いる?いらない?」(以下「パンフ」)であげますと、@生命の尊重A誤判・冤罪の危険B人は変わり得る。と死刑制度廃止の理由としています。@は死刑囚の生命尊重なのですが、殺人犯でも一人の殺人では、死刑判決は難しい状況です。人殺しをした人間の生命を尊重する、などとは本来かたき討ちを考えても可笑しくない遺族としては、到底許すことなどできないでしょう。A誤判の可能性がある故に死刑囚が100名を超えているのは、国家が死刑執行を躊躇していると思います。B人は変わりうるかもしれませんが、重罪を犯し、他人の生命を奪った後では、既に手遅れです。

また別の視点から、パンフ末尾では、国際連合は、世界人権宣言を公布し、(A:人類社会の全ての構成員の固有の尊厳及び平等かつ奪い得ない権利を認める)ことが(B:世界における自由・正義及び平和の基礎をなす)ことを考慮し(C:これらの権利が人間の固有の尊厳に由来することを認め)、国際人権自由規約を採択し(D:死刑の廃止が人間の尊厳の向上と人権の斬新的発展に寄与する)ことを信じ、(E:死刑廃止のあらゆる措置が生命に対する権利の享受における前進と考えられるべき)であることを確信し、死刑廃止条約を採択しました。とあります。
これが死刑廃止を求める論拠と説明しています。

Aは、天賦人権思想からすべての人間に固有の尊厳及び平等が奪うことのできない権利であると宣言していますが、このことがB自由・正義・平和の基礎をなすと言えるものでもありません。ありていに言えば、天賦人権思想を認めることが世界平和の基礎と「考え」もいいですが、だからと言って世界平和に繋がっていることはありません。
そもそも、天賦人権思想とは、人権が神から与えられた、と考えるものですが、神の存在は、旧約聖書(さらに昔から)などのように、神の言葉を預かった「預言者」の言葉をまとめたものと考えられていますが、これは一つの信心に基づくものであり、「絶対的正義」でもないはずです。旧約聖書の最初には、凡そ平和とは言えない残虐な行為が神の言葉として書かれています。現在の中近東の紛争など、さかのぼれば、お互いの正義あるいは神のあり方から戦争状態が数千年続いているのです。だから人権と平和などを安易につなげてもあまり意味はありません。Cは、単なるAの言い換え、トートロジーです。
そう考えますと、Dで「死刑の廃止が人間の尊厳の向上と人権の斬新的発展に寄与する。」ことを信じ、とありますが要するに「死刑廃止が・・信じる」程度のことしかありません。ここから、E:即ち、死刑廃止が生命に対する権利の享受における前進と考え、と同じような「考え」を繰り返しているにすぎません。

パンフで、Dで死刑の廃止が人間の尊厳の向上と人権の発展に寄与することを「信じ」E死刑の廃止の措置が生きる権利の前進と「考えられるべき」ことを確信して死刑廃止条約を採択した。と結んでいます。
まぁ、ややこしい論理を展開しているのですが、書いてあることを理解するのは「難解」ですが、結局、「考える」「信じる」と死刑廃止を求めているにすぎません。日弁連をしてこの程度なのです。

ところで、天賦人権思想の根本には神が存在しているといっても、その神は旧約聖書(キリスト教、イスラム教の聖典でもある)にある通り、決して平和的なものでもありません。申命記に続くヨショア記6のエリコの占領などを見ますと、残虐の限りを尽くしているのです。
余談ですが、世界中の人々が熱狂した平和の祭典、ワールドカップが閉幕しました。しかし、人間の本性は残虐であり、サッカースタジアムの約半分の5万人を収容できるローマ帝政時代のコロセウムでは、戦争で捕虜にされた屈強な奴隷青年を剣闘士として養成したうえで、相手が死ぬまで戦わせ、観衆はこれに拍手喝采したのです。人間の歴史を遡れば、旧約聖書(BC9~1)の時代から人間の歴史の進歩は素晴らしいところです。
そして、「天賦人権思想」が素晴らしいこととしても、これを主張するヨーロッパ「文化人」もその思想ルーツは、奴隷制を基礎とするギリシャの民主政治と自由主義ですから、天賦人権思想から必然的に自由・正義・平和が結びつくものでもありません。A≠Bなのです。

また、「人間の固有の尊厳」と言っても、人間の存在自体、他の生物の生命を犠牲にしなければありえませんから、地球上の生命のサイクルを考えたとき、社会秩序を乱した人間の生命は人為的に奪うことが絶対許されないなどともいえないはずです。ペットブームの中で、素朴な考えとすれば、愛犬を殺した犯人を死刑にしろ、と主張する人もないではないでしょう。この様に、人間の命も、ぎりぎり考えてゆきますと、地球上の他の生命より絶対尊いとは言えないでしょう。僕は、希少生物であるアフリカゾウを密漁する人間よりは、象の命を尊重しますが、皆様いかがでしょうか。
また、自然権思想からか、捕鯨禁止などと大騒ぎをしている人々の前進は、先住民アボリジニの人権を無視して国家を作った、もとをただせば、島流しされたヨーロッパ人なのです。人間の命とクジラの命を比べることも、人間が他の生物の生命を犠牲にして生存している、と謙虚に考えれば、何時の時代も人間の命は、自然の中での仏教の生命輪廻の中にあると考えた方が理解しやすいと思います。この様に色々考えてきますと、私は、全国の弁護士からは異端と称されるでしょうが、死刑制度を存続すべきと考えています。
ヨーロッパ人は、奴隷制を基礎に発展した社会ですから、労働(アリストテレスも奴隷は筋肉を使う家畜と同じという)を蔑視するのですが、アジア諸国は、顕著な奴隷制もなかった国が多いと思いますが、このアジアでは死刑存続の国が多いですね。一神教と多神教の違いでしょうか、判りません。
所詮人間は、偶然に生まれ、必然的に死ぬのですが、私は、他人の生命を奪った人間の生命を尊重するほど寛大にはなれません。まして、弁護士だからときれいごとも言いません。
因みに、7月26日オウムの死刑囚残り6名に死刑が執行され、来年の元号改正前にオウムの死刑囚全員に死刑が執行されました。
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2018年07月17日

「学は、あってもバカはバカ」

『学はあってもバカはバカ』(川村二郎著 ワック梶jは、激辛の文が並びますが、我が意を得たりと感心しています。
著書の中で、ランキングトップは、既に昔話ですが、政界の「加藤の乱」で動けなくなって泣き出した加藤紘一、次が宮沢元首相だそうです。現在では、写真付きで不倫報道された民進党の山尾志桜里衆議院議員、「このハゲー」の豊田真由子議員は、桜蔭高校から東大、ハーバードに留学した「エリート」だそうです。

しかしながら、「エリート」をバカ呼ばわりするには、「バカ」の定義が必要です。バカとは、具体的場面において、マニュアルは分かっているが、応用の効かない人、例えば、マクドナルドで、一人では絶対食べきれない注文、ハンバーグ20個(アメリカ人は食べられるか)とコーヒ10杯を注文した人にマニュアル通り「召し上がりますか、お持ち帰りですか。」と質問する店員、また「バカ」とは「無知の知」というか、自分が分からないことを知らない人、そのキノコに毒があるかないか、わからないまま採取して食する人、次に出てくるよように、「自分のように優秀な人間の周りには、東大卒しかいない」と考える御仁でしょうか、バカにもいろいろあります。逆の思考からは、謙虚な人は、バカにはならない、判らないことをわかっているから、そのうち分りますから。

 昨年の4月8日のブログでも書きましたが、引用すると【宮沢喜一が、平野貞夫先生に政権取の相談をし「政治で一番大事なのはどういう考え方か」と聞かれ、先生が「生理現象と病理現象を取り違えないことだ」と答えたところ、宮沢は「まことに恐縮だけれども貴方の学歴は?」ときかれ、言うほどのものではないと言うと、「是非言ってくれと」というので「(医者の家系だった)自分には屈折があり、医学部ではないが、2年間、医学部受験のため医科大学進学コースに行っていたので、そういう理系的な目で政治を見る」と答えた。宮沢は「東大医学部中退ですか。」と言うんです。宮沢は東大法学部の人間が知らない事を知っているのは、東大医学部の人間くらいしかいないという発想なんですね。とまぁ、東大出の石頭はその程度なのでしょうね。お勉強は東大ですが、頭の良さは法政ですね。】

 本著に同様の話が出ていました。『宮沢氏は昔から、自分のところに取材に来る朝日の政治部記者は例外なく、東大法学部の出身と決めつけていて、初対面の記者には「君はだれのゼミだったの?」と聞いたそうです。』(同書19頁)
そして、著者の独断と偏見で「学ばか」を見分ける方法が書いてありました。「概して小柄で、子供の頃にクラスには必ず一人、二人いたがり勉タイプである。彼らは腕力で劣る分を、成績や弁舌で補おうとする。先生に怒られるようなドジは踏まない。従って先生には可愛がられ、守られる。」と類型化していました。

 僕の周りにもいます、イマス、沢山ね。裁判で意味も分からず判例を引用するも、当方から判例の意味を説明されながら逆襲されると、ダンマリを決め込み、したり顔をする。このご子息がまた弁護士になっていますから、「学バカの再生産」と疑いが入ります。よく知らない息子さん、違っていましたら、ごめんなさい。
「症例の背後に人間がいる」ことを弁えず、手術をしたいからと考え『あなたは若いから絶対手術を勧めます。』と必要もない膝の十字靭帯の手術を勧めた医者もいます。その結果、青年の膝は90度以上曲がらなくなりました。
僕の場合、スキーで前後十字靭帯損傷ですが、手術後の膝の曲がり具合を医師から聞いて、手術はしませんでした。手術直後から、膝が癒着しないように、ドレンで血を抜きながら膝を動かすのです。入院してベッドの上で2〜3週間、痛い思いをして、結局膝は90度以上曲がらなくなり、正座など生涯できません。あーぁばかばかしい、許せないね。
「事件の背後に人間がいる」のに、それを弁えず着手金が欲しいため、「共に戦いましょう。」などと言って、勝てそうもないのに30万円の着手金を受けとる弁護士もいます。その挙句、一年も二年も事件を放り出している弁護士もいます。

 
posted by やすかね at 17:25| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暑中お見舞い

今夏の暑中見舞いは、今までに比べ「分りやすい」と感じられているようです。大先輩から、「本日は色々ご教示賜りありがとうございました。」などと過分なお褒めをいただくと、此方こそ恐縮してしまいます。しかし、一部同業者は、僕の喜怒哀楽とか年末年始のご挨拶が面白くないようです。「いろいろ書いているようだけど、・・・。」などと「文句のありそうなゴニョゴニョをいうなら、上等だ文書で来い。」とつい、売られていない喧嘩をムリ無理買ってしまいそうです。

新年のご挨拶でも「俺の事務所は、これだけの数弁護士がいるのだ。」と来られると、悔し紛れを含め「弁護士は数で勝負するものではない。」と憤り、新人弁護士の紹介状で「かれは人権感覚に優れ、基本的人権を擁護できる優秀な弁護士です。」などとご挨拶を頂きますと、「人権感覚があるか否か、優秀か否かどうしてわかるのか。」新人弁護士を、いきなり「優秀だ」などと身内を褒めるご挨拶など、ご遠慮申し上げたいところです。

今年の暑中見舞いは、事務所で部分社会の議論をして感じたことを題材としました。差詰め、僕など弁護士会というムラ社会の群れ離れですかね。

【暑中お見舞い申し上げます。
インターネット社会では、本音で話しあえる友人・知人が少なくなっています。誰でも家庭、職場、学校、趣味、組合、町会など様々な、人とのつながりがあり「部分社会」を作っています。職場でもめても趣味の会合で愚痴を言いあい、ストレスを解消します。
しかし、スマホだけで「生きている」人もいます。交番襲撃とか新幹線の殺人事件など訳のわからない事件を引き起こす人間は、どの社会の部分にも属していない、その意味で社会からも見えない「怖い」存在です。
憲法の勉強中は「部分社会の法理」など、あまり大切とは思いませんでしたが、この不可欠な概念(言葉)で人間・社会を分析すべきは、「今でしょ」。
親指で つながる友の 軽薄さ はや取りかえす こころと心
平成三〇年 盛夏
   千葉市中央区中央四―一〇―八 コーケンボイス九〇四
             やすかね法律事務所 電話〇四三(二二二)四六八〇  
                            弁護士 伊 藤  安 兼】

次回は、『学はあってもバカはバカ』(川村二郎著 ワック梶jは、激辛の文が並びますが、我が意を得たりと感心していますので、これをご紹介しながら、「極論」を書いてみます。また債権法改正は、今難儀しています。


posted by やすかね at 15:30| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

民法改正

民法改正がありましたね。実は、カタカナから、仮名書になったときは、暫らく気が付きませんでしたが、今回は内容が改正になったので、勉強がてら、メモ書き風にまとめておきます。何回続きますかね?
心裡留保(93条1項ただし書き 2項新設)
1、 意思表示は、日本語でしますが、口から出た内容(法律上意味のある発言)に従って、法律効果が発生するのが、原則です。例えば、「この車を君にあげるよ。」と言い、相手が「頂きます。」と言えば贈与契約が成立し、車の所有権は、相手方に移転し、相手は車の引き渡しを受ける権利を取得します。このように、民法は、表意者の内心にそって、意思表示の内容通りの法的効果を与えるのですが、表意者の真意が意思表示と異なっていた場合に、法的効果を認めていいものか、口に出した以上それを「絶対」とするか、表意者と相手方の利害を調整すべきか、予め民法で当事者間のルールを整えておく必要があります。
2、 改正前は、口に出した以上、自分で真意でないことを知っていたとしても、意思表示通りの効果がある。(1項本文)しかし、相手方が表意者の真意を知り、または、知ることができたときは、その意思表示を有効とする必要はないから、但し書きで「無効とする。」としていました。ところで、民法が、あくまで表意者の内心であるる「真意」に拘り、これを基準にして法的効果を決定する(意思主義)ことは、意思表示を受け取る相手方は、表意者の「真意」を知ること求められますが、これはある意味、真意探求という不可能を強いることとなるので、ルールとして不適当と考えられることとなりました。
3、 そこで、改正法1項ただし書きでは、相手方が意思表示する者の真意を知っている場合は勿論、周囲の事情からして「知ることができたときたときは、その意思表示は無効とする。」と定め、意思主義の哲学的命題を回避したものです。
4、また、新設の2項は、但し書きの無効は善意の第三者に対抗できないとして「民法94条2項類推適用により保護する判例・通説を明文化しました。」(『民法改正で企業実務はこう変わる』第一法規6頁)(6月20日訂正)
次回は、多数当事者の債権債務に関する改正内容を勉強します。
posted by やすかね at 15:22| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月08日

6月は株主総会の時期です

6月は、上場企業の株主総会が一斉に開催されます。私のところにも、何十社も株主総会のご案内が来ます。弁護士たるもの、株主総会に顧問弁護士の立場で議場に登壇できれば花形弁護士ですからね。
尤も私の場合は、100株程、議決権1の株式を買って、わずかの配当と株主優待品目当てですから、羨ましがられるものでもないです。
先日TVでスマホでも株式が購入できるなどと報道していました。千円単位で株の購入ができ、権利確定日となれば4〜50円程度の配当もあるということです。この報道を見て、千円単位で株を購入できることで「自分も株式投資をしている。」と若者が考えることは、資本主義社会の本質を見誤ることでしょう。議決権もない端株を買って、資本家ないしは、投資ファンドとの質的相違が理解できないなら、その先の権力者と資本家の結託も全く理解できないでしょう。

即ち、ゼロ金利時代にアメリカの投資ファンドなどは、例えば日本で100億円の融資を受け、これで株式投資を行い、3%の配当を受けたとしても、濡れ手で粟の3億円が手に入るのです。
しかも、外人投資家は、私たちの些細な株主優待など「株主平等の原則に反する。」などと言いながら、わが国の経営者に自分たちの息のかかった取締役を潜り込ませようとしているのです。投資ファンドの連中は、資本主義社会のルールの中で我々日本人から巨額の富を巻き上げているのです。

話は飛びますが、米朝の会談で、仮に朝鮮戦争が終結し「平和条約」などが締結されたならば、わが国は、アメリカの後押しを受けた北朝鮮に莫大な戦後賠償を要求されると思います。

結局、戦後70年以上経過しても、敗戦国で奴隷状態となった日本人は、未だにアメリカの支配から脱することができないでいます。信じられないでしょうが、アメリカ太平洋軍の軍人とわが国の官僚のトップで構成されている日米合同委員会の存在は、それを証明しています。
どこの世界に政府のトップが外国の軍隊の言うことを唯々諾々と聞かなければならないのでしょうか。首都に外国軍隊を置き、大統領専用機は、羽田でなく横田基地に着陸して安倍首相と会談しているのです。アメリカ軍人とその家族も入管は一切通過しません。結局「独立国」であるわが国は、現在アメリ人(軍人とその家族)が何人滞在してるか把握のしようもないのです。
posted by やすかね at 18:07| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月27日

朝鮮半島で、蚊帳の外の日本

朝鮮半島での南北首脳会談が、今日始まりました。ところで、日本は、何をしているのでしょうか。全く影が薄いですね。
北朝鮮は、アメリカに向けての大陸間弾道弾の開発をやめることと引き換えに、アメリカと首脳会談をして、北朝鮮への経済制裁をやめさせるように、特に、日本の経済制裁がきついでしょうから、アメリカから日本への譲歩を迫るように要求するでしょう。これが結論です。

安倍首相はトランプと友好関係があると誤解したままアメリカに行きましたが、トランプは、日本の鉄鋼アルミなどに高い関税をかけ、鉄鋼などの輸入を減少させれば、アメリカの経済界自身が困るでしょうが、トランプはそのようなことは意にかまわず、貿易赤字解消だけを念頭に、日本と中国を同列において、輸入関税をかけてきたのです。
そこから、トランプは日本との関係など重視していません。思い出してください、関税をかけると宣言した時のトランプの言葉に「今までいい思いをしてきた」などと安倍軽視が表れていました。

トランプは、つい最近まで「ロケットマン」と揶揄していた金正恩を賢い男のように持ち上げて米朝首脳会談を行うことでしょう。その前に、今日の南北会談でアメリカは北との地ならしを韓国に行わせ、日本はすべての話し合いが終わったのち、拉致問題も日本への核の脅威も何ら変化がない状態で、日本は北への経済制裁を緩和させられることとなります。
アメリカファーストを超え高に叫ぶトランプは、アメリカ本土に核の脅威が及ばなければ、それでいいのですからね。

それにしても、野党が森友学園問題という実にばかげた問題で国会を空転させたことで、国民は北朝鮮問題を真剣に考えることもできませんでした。安倍政権は、森友学園問題とか、北朝鮮との外交関係だけでなく、アメリカとの関係でも何らの成果をあげられていないものの、安倍内閣の支持率は、一向に変化がありませんね。
それは、安倍がだめでも、民主党政権の失敗から、国民は野党を信頼できず、それに代わる首相候補がゼロの状態ですから、安倍内閣の支持率が極端に下落することもないでしょう。希望の党などの今朝の野党再編のニュースなどすぐチャンネルを切り替えました。

しかし、小泉進次郎ではいかんせん、未だ若すぎますから、当面財務省の文書偽造問題という本当につまらない問題で国会が空転し、その間に世界の注目する朝鮮半島の問題で蚊帳の外になっているわが国は、さしずめ世界に向かい、両手に札束をかざして「見てみて」と騒いでいるだけの状態です。21世紀の地球は、非常に危うい状態であるにも関わらず、日本は世界政治に影響力を与えることのできない「経済大国」なのでしょうか。だらしないね。
posted by やすかね at 15:40| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月24日

仏の親は、鬼

今国会では、成人年齢を18歳とする法案の審議が継続しています。成人に達する前、子は両親の親権に服しますが、入学式だけでなく、大学を卒業後就職先まで親が付き添う時代に「逆行」しませんか。
動物でも人間でも、親から子への伝達、特に子が親を離れ、次世代を生き抜いていける力を身につけさせることです。
小学生のころ、祖母から「仏の親は鬼、鬼の親は仏」と言われ、今になってその意味が具体的に理解できます。
ですから、「ご幼少」から親の叱責もなく、仏の親に「放し飼い」された子は、社会に出て初めて家庭と異なる現実を知ることとなります。上司からチョット叱責されるとたちまち鬱になり、仕事を休みます。上司のやりすぎもあるでしょうが、場合によっては、パワハラだなどと親と一緒になって会社に裁判を起こし、仮に、裁判で勝っても、それで次世代を力強く生き抜ける能力はつかないでしょうね。
親からも教師からも叱られた事がない、若い(未成年)警察官が上司に罵倒され、上司を後ろからピストルで撃ち殺しました。どういう教育がこの若い警察官を生み出したのでしょうか。
posted by やすかね at 16:46| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月23日

大胆なリーダーシップとは何か


リーダーは、組織の運営に全責任を負担して、組織全体を混沌とした現状から引上げてゆかなければならない、大きな責任を負担しています。昔、スポーツクラブで大きな腹を愛でながら、現状維持を希望すると言っていましたが、努力なくして現状維持はありえず、後退あるのみです。周りが発展している以上、相対的に現状は後退だからね。
これを現在の我が国の企業経営者にも自覚していただかないことには、我が国の発展が覚束ない事は明らかです。

シャープ・東芝・神戸製鋼・三菱自動車などの巨大企業においてもその経営者が自己に責任追及がなされることに汲々として新たな発想が出来ず、結局尻りつぼみになって、外の企業に買収されるならまだしも、経営破たんなどすれば、我が国の社会経済への深刻な問題が発生する事ももちろんです。

然しながら、何につけても、新たなことをすれば必ず抵抗があり、この抵抗を知りながら新たな事業を展開し、その結果、
僅かでも失敗があれば、反対勢力から声高に責任追及がされる事は、明らかです。

子育てでは、よく「褒めて育てろ。」などと言われますが、これなど大きな間違いの元と考えます。先日発生した、ピストル使用の警察官による上司殺害事件などは、聞くところによると犯人は、今まで親にも先生にも怒られたこともないのに罵声を浴びたと一挙に取り返しのつかない殺人事件になりました。

これなどは、教育現場での問題が浮き彫りと思います。子供を叱る事はともかく怒ったりすれば、怪物のような親から激しい攻撃を受けますから、教師としても萎縮し、本来必要である子供を叱ることも控えてしまうでしょう。
子供の過ちを幼い時に指摘して、悪い芽を摘んでおかなくては、結局社会にでて取り返しのつかない事件を発生させてしまいます。千葉大医学部強姦事件も、子供の頃から出来の良い子で叱られることも、怒られることもなかった「優秀」な子どもの事件でした。

植木の剪定なども同じことと思います。エネルギーのある木は、余分な枝もたくさん出てきますが、良い枝と悪い枝を判断して剪定してこそ、立派な植木になります。発育不良、影の枝、絡まる枝などの剪定も出来なければ、元気が良い木ほど鬱蒼とした処理できない雑木になってしまいます。

今、我が国の企業では、日本人より外国人を多く採用するようになりました。日本人を社内で教育するのに神経を使わざるを得なくなっているからです。子供の入社式に親が出席し、新入社員に先輩が、ちょっと注意すればパワハラなどと言われるのが日本社会となっているからです。

次は、リーダーと大衆との関係です。私の入会したゴルフクラブも、コースなどの手入れが行き届かず、汚れた噴水を撤去してアプローチ練習場をつくろうとの話しが何度も出るのですが、その都度「株主平等の原則」から「失敗したらどうなるのだ」とのご意見を重視し、何事も前に進みません。クラブチャンピオンを連覇していた男が、ルールブックに記載されている競技中のマーカーの役割も理解せず、マーカーが本来ホール毎に確認すべき競技者のスコアについて前半が終わった直後「判んないから聞いてんだょ!」と喧嘩を仕掛けてきたことの問題点も全く解決できない人間が理事長になりました。

さらに、今の激しいゴルフ場経営の時代に非常勤でやれるわけのないゴル場の社長に弁護士が就任したので、8億の預金の金利など問題外だ、企業は融資を受けてでも投資しなければ、ゴルファーから置いていかれる、練習場とか、コース整備にお金を遣うべきだとご忠告しても、メンバーの売上が幾ら、会社が保有すべき資金(?)は、幾らだ、などどうでもいい細かい数字ばかり並べ、建設的なご意見は聞けませんでした。

トランプからは、アメリカの自動車業界の力では、ドイツなどに太刀打ちもできない(アメリカは、日本への輸出は、ほぼゼロ、ベンツ・BMなどは輸入増)にも関わらず、日本車の関税だけが問題とされ、安倍さんが何を言えるか、また北朝鮮は、とうとう「核開発の必要性がなくなった」などとICBMが完成しているかのようなホラを吹いてトランプと交渉をはじめるようです。イギリスの首相も議会を無視して、イラクへの空爆を行いました。民主主義とリーダーシップの兼ね合いが難しい時代ですね。こんな混とんとした情勢ですから、敢えて敵を作れるリーダーこそ求められていませんかね。
posted by やすかね at 16:57| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

清ければ、生きられるか


昔、劇作家の飯沢匡さんが「私は、悪魔に魂は、5分は売らない。」と言っていたことに感激しました。裁判官などはとても綺麗好きですが、綺麗ごとを言う人には、水清くして魚は住めないとぴったりの言葉があります。
しかし、世の中には「自分は清潔だ、悪いことはしない。」と外に向かって発言するエリート呼ばれる人達は沢山います。
戦後、配給されるだけの米で生活して、一切闇でモノを買わずに亡くなった裁判官がいたそうですが、この話が本当なら、何も悪いことをしないのに配給制度で命を奪われたのでしょうか。私も弁護士ですから、常に建前とか正義だけで生きて行けるなら、それも良いと考えますが、現実は大きく異なっています。

ですから、「悪魔に魂は、五分は売らない。」と考えると、人生はとても楽チンです。しかし、何らの基準もなく、清濁併せ呑んでいては、いつのまにか腹まで真っ黒になってしまいます。そこで、自己の信念である主義主張を悪魔に魂を売っても「過半数は、正義である。」との基準を持ちつつ、正しく生きてゆけばツキが回ってきて、人生何とかうまく行くと考えています。

ところで、何時の時代でも中心となって国を動かしているのは、官僚(役人・武士・貴族)です。世襲であったり、選抜試験を採用しても、結局のところ、社会に存在する種々雑多な正義不正義の混合物の中で、上澄みの綺麗なところから作られた試験問題を正確に記憶し、これを再現できる能力のあるエリートです。

このエリートは、先例に基づいて、自動販売機のごとく優秀な処理能力を示すのですが、想定外の問題について、清潔なエリートは対処できません。人工知能なら大量に詰め込まれた千差万別な知識・情報を億兆と組み合わせて、解決策を出すでしょうが、囲碁・将棋ならともかく、社会の問題解決は、人間に頼るしかないでしょう。その様な意味で清潔なエリート単一種は、生物進化の過程で消え去る運命です。

すなわち、常に同じ性質を持った個体が再生産(純粋培養)されてゆくならば、少し環境が変わればたちまち絶滅してしまうのです。ですから、同じ性質を持ったもの同士、同じ価値観を持った者だけでいるとき、皆居心地は良いのでしょうが、変化に対応できないのです。民主主義でも同じであり、みんなが同じ事を言うのであれば、多数は必要ありません。人と違うことを言う人間がいてはじめて、人間社会も変化に適応できると思います。多様性こそ発展の原動力なのです。江戸時代末期から明治にかけて、全国300余藩の多様性が発展の原動力でした。

これを生物の進化の過程から観察すれば、常に一定割合で変種個体(突然変異)が発生し、この固体は、環境に大きな変化があったとき、これまでと違う特色から環境に適応でき、この新変種が多数を占めるようになります。


ですから、混とんとして解決の糸口が見つからない場合、社会の上澄みの綺麗なところだけしか知らないエリートでなく、底辺に溜まった種々雑多な沈殿物の中から問題解決の糸口が見つかると思います。多変数の偏微分のようなトランプとか金正恩などに対抗するには、学歴なんかなく、奇人変人と言われるような人種が必要ではないでしょうか。

田中角栄とか、ハマコーなんかさしずめかき回した社会の沈殿物から浮き上がった「英雄」ですかね。相当の悪さもしましたが、歴史は、その悪さを希釈してゆくかも知れませんし、逆に今の法治国家の視点からは、賄賂政治をした悪の権化のような田沼意次は当時の英雄だったかもしれません。
posted by やすかね at 15:29| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

通訳の正しさは分かりません。

現在の通訳事件の実情です。
このブログでも何度か、書きましたが、今回は、中国語です。
道路交通法違反で起訴された中国人の通訳人名簿が法テラスからファックスがあり、留守中事務所に通訳人から「弁論要旨などを私の家まで郵送してください。住所は裁判所で聞いてください。」と電話があり、事務員さんがびっくりして「えっ、こちらが裁判所に電話して聞くのですか。」と言うとこの通訳「じゃぁ、教えてあげましょう。」と上から目線で住所を教えてくれ、ファックスはないか聞くと、今壊れていると言われたようです。
このやり取りを知らない私は、名簿にあった中から中国語が十分信頼できる中国生まれの知合いに電話して、記録を見る限り日本語は十分であるが、中国人妻の情状もありうるから、一応裁判前の打ち合わせ日程を入れました。
その後、通訳人とのやり取りを事務方から聞きましたので、私から通訳人に「既に知合いに頼みました。」電話してすると、『私が裁判所から選任されました通訳です。』『私は、裁判所で選任されましたので、費用は法テラスから出ます。簡単な打ち合わせでも良いです。』これを聞いて、この通訳人は日当稼ぎを生業としているに違いないと感じたのです。「貴方のところは、ファックスがないのか」「住所を裁判所から聞けといったのか」などと対応していると電話がプツンと切れました。
結局、本日の公判まで、この通訳人とは一切の打ち合わせもありませんでしたが、法廷で見るとどうも日本人であるとわかりました。裁判所には「被告人は、十分日本語が通じます。難しい言葉だけ、通訳をお願いします。」と言って裁判が始まりました。
滞りなく、審理が進み、当初の予定通り、即日判決があり、裁判官の判決言い渡しに続き日本人通訳が被告人の母国語である中国語に通訳していました。
裁判が終了し、被告人に「通訳人はどうでしたか。」と聞くと被告人は「ダメです。細かいところが言えていません。」とダメが出ました。
私は、通訳事件では、基本的に日本人に依頼しません。なぜかって、私に通訳人の日本語能力はテスト出来ますが、外国語の能力は判断できないからです。裁判所もこのような点を理解して通訳人の選任をすればと思います。
先月の法廷前の打ち合わせの時、依頼した通訳人に、私が法廷通訳人は、上から目線で、横柄であると、僕の依頼した通訳人に話していますと、彼女も思うところがあったらしく、あの法廷通訳人とは一度も在った事もないのに、盛んに私の悪口を言っている、と憤慨していました。
私もそれほど嫌なやつは、自分の偏見からきっと中国人だと決め付けていたところ、本日、法廷通訳人は、日本人だったということが判明したのです。
最後に書記官に、今日の通訳人はダメだったと被告人が言っています、としっかり伝えておきました。
多くの弁護人が裁判所の選任だと言うことで、外国語の能力判断もないまま、通訳をお願いしていますが、実のところ、日本人通訳が被告人の母国語に通訳しても、その通訳が本当に正しいか、裁判官も検察官も弁護人も、被告人さえも全く分かりません。ですから通訳人の宣誓は「良心に従って誠実に通訳します。」と正確さでなく、間違っていても誠実に通訳すれば良いと、最大限の譲歩をしています。ですから裁判所には責任はないのです。弁護士会の刑事弁護センターなどはどう考えているのでしょうかね。
posted by やすかね at 14:45| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする