2011年07月20日

地上デジタルTV裏話

アナログテレビを見ることができるのも残すところ、あと3日となりました。これからは、BS、CSなどを除けば、地デジを受信するしかテレビを見られません。この裏で、使える古いテレビも殆ど捨てられてしまいます。

ところで、デジタル放送は、かつてのアナログハイビジョン映像も足元にも及ばないような鮮明な映像をテレビで見ることができます。
これまでは、ゴルフの放送をハイビジョンで見てもグリーンの傾斜などとても見ることができなかったのですが、今ではオーガスタのグリーンの傾斜がテレビでも見ることができます。

この様な素晴しい地上デジタル放送です。ところがですよ「間もなくアナログ放送が終了となります。」というとき総務省からのお知らせで『地デジ難視聴地域の方々は、難視聴が解消されるまでは、衛星放送で関東地方のテレビ放送が見ることができますので、詳しいことは総務省の〇〇までお問い合わせ下さい。』などとご案内しているのをご存知でしょうか。

要するに、東京に世界一の電波塔スカイツリーを建てても、デジタルの電波は直線的に飛んでゆきますので、アナログ電波のように電波が曲がり(比喩として)ません(このアナログ電波でも電波障害があった)から、これまで以上に全国のいたるところに地デジ放送の難視聴地域が存在しているのです。

そこで、総務省はスカイツリーのほかに全国津々浦々地デジのための放送アンテナを設置しなければならないのです。そこで、全国的に地デジ放送アンテナが完備するまでは、いいですか?『地デジ難視聴地域では、衛星放送で、NHKと関東地方の民放を見ることができるのです。』

びっくりしないで下さい。衛星放送受信用のアンテナさえ立てておれば、本当は全国何処でも、いや韓国も北朝鮮もNHKと関東の民放放送を見ることができるのです。ただし、すべてのテレビにかかっているスクランブル(暗号でわざわざ衛星放送の電波を受信できないようにしてある。)を外さなければなりません。スクランブルは素人には外せませんが、外国のスパイなどは簡単にスクランブルを解除してテレビを見ることができるでしょう。

さてさて、こんなことを考えてきますと、日本中で今すぐ綺麗な画面でテレビ放送を視聴することができるのです。スクランブルさえかけてなければの話ですがな。ですからスカイツリーなどなくても、地上の放送局から人工衛星にテレビ電波を送り、これを各家庭で設置したBS受信用のアンテナでいとも簡単に地デジを見ることができるのです。

そうしますと、一体スカイツリーとか全国津々浦々に立てなければならない放送アンテナに要する費用はどれほどになるのでしょうか。何千臆円ですかね。またテレビに一個一個ついているビッカスカードあれは難でしょうね。〇〇株式会社と書いてありますので、きっと総務省公認の特別に許可を受けた、国が特別の許可を与えるのですから・・すごい利権がからんでいるかも知れません。政治家が誰一人言わないのは少しどころでなく、おかしいですね。
まあ、経済は「社会的無駄遣い」が存在しないと動かないともいえますから、戦争などして「社会的無駄遣い」をするよりずっと素晴しい「無駄遣い」でしょうか。しかし、無駄遣いは問題ですよね。これで良いのかね・・・


posted by やすかね at 12:57| 千葉 ☁| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

臓器移植法違反で医師逮捕

医師が臓器移植法違反で逮捕されました。(6月25,26日新聞報道)医師ですから、お金はあったのでしょうね。しかし、臓器の売買は法律で禁止されていますので、今回暴力団員と一緒に逮捕となりました。

人間の欲望を法律などで禁止ますと、必ず暴力団などの「資金源」となります。古くはアメリカの禁酒法があり、現在では多くの薬物事犯が典型でしょう。

今回の事件を見て、人間を含めすべての生物は自己の生存を最大の価値としますから、逮捕された医師は妻とも相談して「逮捕されても移植を受ける」と決断したのでしょうね。医師としての自分と家族の生活を守るために・・。

この事件からわが国の医療について考えさせられてしまいますが、何を何処から考えたら良いのか大変ですが、極めて乱暴な言い方をしますと、要するに@医療は個人が生きながらえるための技術なのか、A社会公共の全体の利益に対するコスト(子供を含め、生産年齢層に対するリスク)なのかということではないでしょうか。(それと、医療費の負担を税とするか保険料とするかを組み合わせる。)

@なら、人間の本能に基づく技術であるから、お金のある人は法令(公序良俗)に反しなければ何をしても良いでしょうね。(医療と保険は民間運営)Aであるなら、社会的に生産を向上させることの出来る人を対象として医療を施す(公的医療)、ということになります。イギリスでは1948年労働党内閣のとき収入・年齢・国籍・地域に関係なく必要な医療を無料で受かられるとしたそうです(後述の本)から、Aをもっと前進させた崇高な理念に基づくものです。わが国では高度経済成長を支えた国民皆保険制度が世界に誇れるものです。

この@Aの両極端な考え方の中間に、今回の事件のように「命を金で買っても良い」だろう、或は「人間は与えられた人生を全うすべき」であり、移植医療などとんでもない、などの倫理的側面から、また例えば、(極めて優遇されている)公務員と大企業の労働者の保険に対し、(個人負担が大きい)国民健康保険に見られるような医療保険に残る「身分制」、逆にイギリスのように国民の公平性を重視し医療費を税金で賄うか社会保険で賄うか、さらにはわが国の後期高齢者医療保険の問題(年齢によって受けられる医療サービスを差別する)などそれぞれの国の事情・基本的考え方の違いによって国々の医療が運営されているようです。

何はともあれ、数年前「脳死を人の死とすべきである」などと議会でも言ったのですが、わが国の脳死の問題とか移植医療の問題は諸外国からかけ離れて「医療鎖国」だそうですから、医療の問題についても医師とか厚生省の役人・学者に任せるのでなく我々が自分の頭で考える必要があるようです。
以上の文は最近頂いた「医療鎖国」(中田敏博著 文春新書770円+税=808円)という本を参考にさせて頂きました。まだ、十分読み込んでいませんので本のご紹介だけさせて頂きました。






posted by やすかね at 17:29| 千葉 🌁| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

巨大地震からの復興資金

巨大地震で大きな被害を受けられた方々に衷心よりお見舞い申し上げます。このたびの震災は、遠くない時期に訪れるであろうと予想はされていたにせよ、いざ発生し、数日経過してみますと、被害の余りの大きさにただただ驚いております。
また世界中の人々が、わが国の復興に注目し、数日を経ることなく、諸外国からの心温まる援助の申出などに心より感謝申し上げるものでございます。

日本人は幕末の混乱、戦後の混乱など、国家・祖国存亡の危機に対して全国から英知を集め、国難を乗り越えてきました。特にこれだけの大災害であり、落胆は大きいのでありますが、略奪なども起こることなく、社会が平穏に維持されていることは、世界中の人々が驚きの目をもっているであろうことと思います。
私たちは、このような困難なときこそ一致団結してこの国難に対処いたしましょう。私たちなら出来ます。

ところで、韓国は金融危機の後、見事に立ち直るだけでなく、多くの点でわが国を超えています。アジア大会のメダル数で日本を凌駕し、ゴルフでも水をあけられているなどスポーツ、経済開発協力機構の行う子供の学力テスト(PISA)、また韓国映画に魅せられているご婦人など芸術、さらには現在わが国がTPPなどで未だに農業の生産力が落ちるなどと訳の判らない対応をしているのですが、既に韓国はTPPなどが問題となる前から、南米諸国と貿易協定を結び経済的発展をしています。

これは、韓国が金融危機の後、国を挙げての国家戦略が確立していると考えられます。このような国家戦略は党利党略でなく、真に祖国の将来を見据えた基本方針を作成し、これをブレることなく実行する能力と決意が必要です。

この点現在のわが国では、国会を見ても判るとおり、実にくだらないことで政党間で争い、また民主党を見て判るとおり政党内部でも争いを繰り返しています。この国家存亡の危機にあたり、わが国に足りないのはまさに国家戦略の不存在であり、一日も早く国を挙げての国家戦略の確立が必要です。

現在、日本銀行で発行している円の残高は約80兆円(3月10日78兆円日銀統計)ですが、アメリカはGDPの3,5倍などと言われています(副島さんの著作らしい)。一方2010年IMF統計では日本のGDPは5兆3908億ドル(*約444兆円)、アメリカのGDPは14兆6241億ドル(約1200兆円)ですから、副島さんの数字で行きますとアメリカは4200兆円分のドルを発行していることとなり、これに対してのわが国の円の発行済み残高は80兆円ですから、アメリカのドルはとんでもない水ぶくれですね。(*アメリカは、この水ぶくれのドルで外国からの資源を購入して、自国民の優雅な生活を支えていることになる。ドルが安くなるたびに、財貨を売った外国は、資産価値が減少する。日本の持つアメリカ国債は、毎年目減りして、結果的にアメリカに搾取されていることになる。なお、日本がアメリカと同程度の通貨を発行すると1500兆円の円を発行できる。)(*は2016年9月5日追加)

ところで、わがの国の借金(国債残高など)は、1000兆円(国債の日銀引受け約77兆円)に迫ろうという天文学的なものです。この借金を返済するにはインフレを進めることが重要ですが、インフレですとまた国債の利息も上がり、非常に借金の返済は難しいものがあります。

これは、国債の発行に必ず利息がついているということです。ですからこの大災害の復興資金をどうするか、これは利息のつく国債ではできません。

ところで、ですね。政府が借金をするときは借金の証文として日銀に国債を渡して円の引渡しを受けて、これで国の支払をするわけです。
しかし、そもそも政府も日銀も元を正せば同じ性格というか日本という国家の中核です。そうであれば、政府と日銀が借金をする際借金の証文など必要ないと思いませんか。
政府が日銀に対して災害復興のため発行残高の10%である8兆円ほど円を印刷して政府に渡してくれ、といえるために日銀法を改正すればどうでしょうか。

現在の発行残高80兆円に対して1割ほど「水貸し」をするのですが、アメリカに比べればなんてことのない数字です。当然国民の預金も水増しされた分だけ「薄く」なり、貨幣の価値が薄くなりますので、物価が上昇しますが、この8兆円で災害地の復興資金とするのです。

現在のようにデフレで現金をタンスにしまってあっても購買力が増加するなどという経済は不健全ですから、タンス預金をしても得にならないような経済政策を取ってみてはいかがでしょうか。

返済の必要のない、8兆円で東北関東の災害復興資金とすれば、わが国経済も活発化して好景気となり、税収も上がり、国家の借金も減少するでしょう。何より災害復旧が迅速に進むと考えます。・・・どうでしょう?(関連記事08年2月28日「わが国の民事再生」ご覧下さい。カレンダーのところの記事からの検索ができます。)
posted by やすかね at 08:42| 千葉 🌁| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月14日

国保会計の赤字原因

先日は、議会で国保の赤字解消策について「議論」しました。市原では保険料の滞納が43億円もあるということを前触れにしてから質問し、そこで「どうしたら赤字を解消できるのか。」と質問したところ、保健福祉部長は『滞納保険料をしっかりと回収する。』ってな答弁をしたのです。

私が「残念でした。誘導尋問に、引っかかりましたね。誰も医者に罹らなければ、赤字にはなりません。」と議場の笑いを誘いました。
実は、うるさい事を言いますと、滞納保険料は、経常赤字とは質的に異なり、財務上の問題です。会計学的には「損益取引・資本取引区分の原則」などというのですが、損金処理するまでは滞納額は一応「債権」ですから、「資産勘定」なのです。

ところで、国保会計の赤字の原因は、 色々あるのです。議会で医療扶助を受けている人は、自己負担がないからジェネリックの処方を希望しないが、3割の自己負担ある人は支出を抑えるため自分からジェネリックの処方を希望する、また医療機関も自己負担が大きいと継続的に受診しなくなるので、自己負担のある患者さんにはジェネリックを処方するなどと言っておきました。

これは、極めて「不公正」ですよね。低所得・無収入で生活保護などを受けている人は、自己負担がないから平気で高い薬をただでもらっているのです。
   
西欧では8割がジェネリックで、日本では逆に2割がジェネリックだそうですね。
根本的な赤字体質は、実は製薬会社と厚生省の癒着にあるのです。厚生省が競争を無視して薬に値段を決める権限を有しているのです。ですから薬メーカーは患者の側でなく、厚生省の方を見てどうしたら薬を高く売れるのか、と血眼になっているのです。
その外、国保会計の赤字は、医療機関の「算術」にもあります。某医療機関経営者は「生活保護を受けている人の医療扶助は、取りはぐれがないから」と「豪語」していました。

私も、数日前のプールで耳に水が入り、少し痛かったのですが、そのひが土曜日だったので昨日耳鼻科に行きました。横柄な「先生」が僕に『アンタの耳は汚いな、耳垢なんて一生取らなくて良いんだよ、アレルギーがあるし、鼻のアレルギーがあるから、プールでも耳抜きはしては遺憾』とお説教されてしまいました。
『4日ほど薬を処方するから、下に調剤薬局があるから行ってください。』と言われ、診察料を払って調剤薬局に行きました。

薬局で、名前を呼ばれてから、薬が沢山あるので薬の説明を受けましたら、抗生物質と抗アレルギーが2種類づつ、胃腸薬が1種類、痰を切る薬、消炎剤、点鼻薬など8種類の薬が処方されていました。現在でも通風・高脂血漿・高血圧・甲状腺の薬の外、肝臓のための自然食品など飲んでおりますので、さらに7種類の薬を飲んだら11種類の薬と、鼻に点薬一日4回では薬で腹が一杯になりそうです。

そこで抗生物質1種と消炎剤、痰の薬など要らないと言いますと、薬剤師が先生に聞かなければということでしたので、結局『薬全部要らないです。』と断って帰りました。
これだな、国保会計の赤字の原因は、と思いました。たった4日間で大したこともないと考えていたところ、横柄な説明と過剰な薬を処方されました。

キャンセル直前、薬剤師は僕が「8種類もあるのですか。」と聞いたところ『残った薬は1月で捨ててください。』といいました。
なんだ患者が全部飲まないことを知っているんか、と思いました。何か医療機関に対するペナルティーはないのですかね。
posted by やすかね at 16:55| 千葉 ☔| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

言葉は大切ですね

自分が年をとったのですかね。若者の使う変な日本語がずいぶんと気になっていたのですが、以前、テレビで井上ひさし氏が『言葉の乱れは気にならない、言葉は使う人によりすべて異なる。』というようなことを話していました。また放送大学でも方言としての「東京弁」はあるが、「標準語」というような言葉は認めていないようでもありました。

ではどうして「標準語」と言う言葉があるのかなどと考えますと、どうも明治政府が全国300余藩を束ねるため、言葉を統一し、全国共通の紙幣(金と交換できる)さらに教育を一律にする必要を考えた過程でできたのではないかと思われます。

ご承知のように、明治政府が確立するまでの「日本」は、徳川将軍家以下約300藩が、藩ごとにお札(藩札)を発行し、藩の法律で裁判までしており(死刑である「切腹」を宣告できた)、正に各藩は独立国であったわけです。
その後明治政府ができて、「日本」を統一しようとしたとき「言語の統一」は最初にすべきことだったのです。

話が少しずれますが、子どもの頃「野球の全国大会」と聞くと、今で言う国際大会と間違えていました。しかし、150年200年の時間の流れから考えると、明治のころから日本中が集まるとまさに全国だったのですね。
市原の「ベーベー言葉」だって落語に出てくる「江戸ことば」と多くの共通性があり、学生時代に子どものころから使っていた方言を喋ってしまって顔を赤くすることもなく、堂々と「そだっぺ」と発音して良かったのです。

結局、これまで良く分かりませんでしたが、明治政府は、それまでの将軍家の「連邦国家」から天皇の下に(利用して)単一国家として束ねようとしたのですね。ですから「日本民族・大和民族」と言う「民族意識」も日清戦争に勝利した後の明治の中ごろになって初めて出来上がったようです。

このように見てきますと正に言葉は生き物であり、歴史とともに変化発展しその意味内容が豊富になってきます。「日本民族」と言う言葉も明治の中ごろにやっと出来上がったということも驚きです。
最近尖閣列島問題で、一部「中国民族」が騒いでいるなどと「報道」されていますが、実は21世紀になっても未だに「中国民族」と言う言葉は中華人民共和国では確立されていないようです。

その証拠?先日僕のところにアルカイダの友達ではないアフガニスタンの美人から「国際アジアSUMOフォーラム」の実行委員であるアイヌの豪傑(野生の鹿を素手でねじ伏せた強者)の方を紹介されましたが、彼曰く、「日本相撲」「ブフ」(モンゴル)「シルム」(韓国)「ドストーゥ」(トルコ系民族サハ)などの「民族相撲」はあるが、中国は50以上の民族があり「中国相撲」はないと断言していました。これが唯一の証拠です。
posted by やすかね at 12:20| 千葉 ☁| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

暑中お見舞い申し上げます。

以下は、最近市原市外の皆様にお送りした暑中お見舞いです。読み返してみますと少々わかりにくいですね。要するに、これまで自分なりに「ガチンコ」で生きてきたつもりなのですが、まぁ、これまでの自分程度では「かちんこ」ですね。

野球賭博で揺れ動いた、名古屋場所が昨日千秋楽を向かえ、優勝した横綱も泣いていました。日本人は突っ張るよりひいて引いて、情に訴えたほうが「効果」的です。
そもそも、外国では大統領選挙まで賭けの対象ですが、わが国では「賭け事」はご法度です。

しかし、金銭を賭けるのは、だれがやっても違法なら本来全部禁止すべきでしょうし、競輪・競馬・競艇・宝くじ・サッカーくじなどの「賭博」を許すか、全部禁止すべきでしょう。

それを法律で「表」の権力だけが「鉄火場」の経営をやってもよいとなるから、逆に「裏」の権力である暴力団が資金源とするのです。

このことは、悪名高いアメリカの禁酒法で明らかです。要するに権力は国民を「自制心のない馬鹿な集団」と考えているから、論理一貫性のない「鉄火場」経営となると思います。

今、日本中どこでもパチンコ屋があり、そこでは幼子を連れた主婦なども騒然とした雑音の中でタバコの煙でパンツまで「臭く」なりながら「ギャンブル」をしているのです。

子どもを「ギャンブル」場に連れてゆくのは、児童福祉法にも違反するでしょうし、アメリカなどで「カジノ」に子どもを連れてゆくと親が顰蹙と言うか処罰の対象でしょうね。今年はまだニュースに出ませんが、親がパチンコに夢中になり、炎天下の車の中で子どもが死んでいた事例はないのでしょうかね。心配です。 


暑中御見舞い申し上げます。
不思議ですねー,昔はねぇー,駅員もお店のおばちゃんも,皆ぃーんな自分より年配者だったのです。それが今では若い人ばっかりです。どうしてでしょうね?って言ったら『年取ったんじゃなぁない!』そうですよねーしかし,冗談じゃないよ!って気持ちです。

三つ子の魂百までと言うじゃぁありませんか,頭の中は今でも「アンチャン」で,どこまでも直球勝負!と考え,実行してきたつもりですが、まだまだです。外務省のラスプーチン(佐藤優氏)お奨めの週刊アサヒ芸能,これは朝日新聞と「兄弟誌」かなと思ったもののテンで違うの・・とにかく定期購読の注文をしたところ,開いてびっくり!正に出版界の直球勝負,政治とヤクザ(表と裏の権力)・ギャンブルとエロ(人間の欲望)など本音で勝負しており,最近の面白くもない新聞がぶっ飛んでしまいます。

さらに,某教育者から宝島社出版の元後藤組組長後藤忠叡著「憚りながら」のご推薦があり、即日読了しました。政界財界の著名人との交際などが実名で書かれ,元札幌高検検事長で参議院議員を二期務めた佐藤道夫さんからは,当選にまだ二万票足りないと頼まれ、動いたとか,創価学会にも剛速球をズバリ投げ込んでいます。
この本からは,裏の権力を本音で生きてきた迫力を感じます。人生,少々外れても真っ正直なら悔いは残らないのですね。しかし,悔いなく生きるって,しんどソーですね。

二〇一〇年 梅雨から暑い夏です。
                   弁護士 伊藤 安兼



posted by やすかね at 09:57| 千葉 ☁| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月29日

妻を寝取らば・・

カナダトロント発として本日付の朝日とかスポニチに菅総理のいい間違いがあったと報道されていました。

エマージング・カントリー(経済成長が著しい国)をエマージェンシー・カンパニー(緊急の会社)と言い間違え、ロシアのメドベージェフ大統領を「メドメージェフ」、韓国の李明博(イミョンバク)大統領を「イ・ミョンビャク」、G8をG7「セブン」と一つ間違えたと言うことです。

言い間違いなんかたいしたことではなく、よくあることですね。費やすを「ヒヤス」と読んだ大臣もいましたし、麻生首相も色々間違えていましたしネ。

市原市議会でも破綻を「ハジョウ」と読んで間違いを指摘されても『これはハジョウで良いんです。』と居直っていた人がいましたし、三位一体を「サンイイッタイ」まあ、数えはじめれば限りないほど間違いはあるものです。

何時自分も間違えるか、戦々恐々で笑えなくなります。しかし、笑える間違いもあるそうです。数週間前の週刊朝日芸能には、内田牧子さんが「目に青葉、山ホトトギス、花かつお」を紹介し、さらには宴会場のカラオケで「妻を寝とらば才たけて」と大声で歌っていた御仁もあるとかで、もちろん本人は知らずですが、ひょっとすると聞いている人の多くも残念ながら聞き逃していたかもしれませんね。

しかし、鳩山総理の前で「妻を寝取らば・・」と歌ったりしたら、名誉毀損罪で逮捕する、なんてことになったでしょうから、やれやれです。


posted by やすかね at 14:01| 千葉 ☔| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月26日

脳に影響父親の母親へのDV

先日、女子高校生に暴行障害を加えた男の裁判がありました。彼は、年若くして離婚経験があり、幼い長女の親権者となっていました。
離婚の際、わが国では両親の何れかを親権者と決めることが必要ですが、そのとき最初に考慮されるべきことは「子どもの福祉の観点からいずれに親権があることがふさわしいのか」ということです。

この基準によって、子どもが幼いときは母親の愛情が必要と考えられ、母親に親権が与えられます。父親に親権が与えられるのは、男の子が小学校の高学年から中学生になっている場合であり、明らかではありませんが、「一人前の男」として成長する必要が考えられているのでしょうかね。
この様に考えてきますと、幼女の親権が父親にあることは「例外的」と思われました。

本件は、男のDVというより、もっと性的衝動が感じられる事件なのですが、被告人質問で彼は「中学を出た後、兄貴のところに行ったところ、兄貴が彼女に暴力を振るっていたのを見てから、自分も女性に暴力を振るうようになった」と述べていました。

偶々ですが、裁判当日の朝、読売新聞に「両親のDV目撃 脳に悪影響」という囲み記事がありました。

子どものころに両親の家庭内暴力を見て育つと、脳の発達に悪影響を及ぼす。児童虐待防止法では暴力を目撃することも心的外傷を与えるとして児童虐待に
当たるとされているそうです。

小児学会で発表されるそうですが、3歳から17歳で日常的に父親が母親に殴る蹴るなどの激しい暴力を振るう姿を目撃した人と虐待のない家庭で育った33人を選び、MRIで比較したところ、目撃経験者は目からの情報を処理する右脳の「視覚野」の容積が目撃したことのない人に比べ20.5%小さく、血流量を調べると目撃経験者のほうが8.1%多く、これは神経活動が過敏になっている特徴だそうです。(読売4月23日)

子どもの頃、最愛の母親が暴力を振るわれるのを見ながら、母親を助けられない、自分ではどうしようもできない苛立ちとストレスで、脳に異常が残ってしまうと言うことは恐ろしいことですね。

「遺伝」ではないでしょうが、世間から見ると親の因果が子に移り、というような恐ろしいことですね。幼児には直接的暴力だけでなく、見せてもいけないならば、TVでの殺人・暴力場面など「児童虐待防止法違反」ということになりますかね。
posted by やすかね at 16:44| 千葉 ☀| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月06日

JAL破綻の原因?

やぁーびっくりしましたね。私なども昨年までは,JALの株主優待券などを貰って「儲けた」などとヌカ喜びしていたのですが,先ごろ株券が紙くずになり「これでは,会社も潰れて当たり前だ。」と憤慨しました。(他にも自民党政府が,全国に飛行場を作り採算を度外視して飛行機を飛ばせたことも大きな原因です。)

これまでの新聞報道などでは,退職組合員の年金が高いなどということは聞いていたのですが,これが具体的にどの程度かということは中々出てきませんが,先日,聞くところによると月70万円から80万円,これを聞いて僕は『えぇっっ・・二ヶ月ではないですか?』とドモッテしまいました。

それだけではないのです,先日ゴルフ場で一緒にラウンドしていたとき事です。その人(今66歳)の奥さん(年齢不詳),もと日本航空の客室乗務員だったそうですが,年間の給料は1500万円だったそうで,退職金は6000万円貰ったそうです。まさに退職金を「貰った」そうです。(因みに厚生労働省賃金構造基本統計調査によりますと弁護士の平成20年の平均年収801万円)

だれでもお金は欲しいですが,自分の仕事と給料が見合っているか,そこが本人と社会の常識問題です。地方公務員は728万円(年収ラボ)で,公務員に比べれば比較的高級なのが学校の先生とか警察官ですが,先生は,将来の日本を背負う子ども達の教育を担当するという聖職であり,また警察官は危険を伴いますので給料が高くても仕方がないですが,具体的場合には「こんな安月給でやってられないよなぁ」などとほざく教員を見て,「なんだよ!大した知識も指導力もないじゃないか。」と憤ることもありました。

とにかく,自分の能力と仕事内容に見合った稼ぎ(給与),即ち何事もバランスの取れたところが必要と感じたことでした。

現在のわが国の労働生産性は2005年,先進7カ国(日米独仏英伊加)では最下位で年間61,862jだそうです。2008年OECD加盟国では20位、韓国が22位(2005年では23位)で迫っています。その後も年々低下してますから,今の若者は結婚も大変です。どうしましょ,この日本?
posted by やすかね at 18:03| 千葉 ☁| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

鵜のまねをするカラス

最近、自分の見た聴いた言葉について、具体的にイメージを持っていないことに反省しました。

アラ還というより、「還」真っ最中になったことから、「失語症」になっても困ると考え、最近ほんとについ最近、初めてのお稽古事を始めました。
これまでスキーをしてもゴルフをしてもまた6年ほど前から水泳(最近は月に10回程度 1キロ泳ぐ)もしていますが、どれもコーチにつくことはあまりありませんでした。

司法試験でも何でも「教科書主義」を信奉する人が多いのですが、学問でもスポーツでも「実学」が重要と考えておりますので、これまでインストラクターに教えを受けても、ポイントのみ数回教えていただいて終わりとなっていました。

ところが、今回インターネットを見たところ、職場の近くで「落語教室」が開催されることを知り、本物の真打から直接落語の指南を受けられると言うことで早速申し込みました。昔から落語はすきなのですが、今回まだ2回ですが、レッスンをうけて改めて落語の奥の深さ、難しさを感じました。

「鶴」という題ですが、最初に「鵜のまねをするカラス水に溺るる」と始まるのですが、このフレーズを何度も繰り返しても具体的イメージを持っていなかったことを昨日知りました。

長良川の鵜は、鵜匠に操られ、水中の魚を取るのですが、これをからすが真似をするという具体的イメージを持つことなく呪文のようにこのフレーズを繰り返していたことに気がついたのです。

物事は具体的にイメージを持つことができて初めて理解したと思うのですが、どうですか皆様「鵜の真似をするカラス」が具体的にイメージされたでしょうか。


posted by やすかね at 09:06| 千葉 ☀| Comment(0) | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

暑中お見舞い申し上げます。

暑中お見舞い申し上げます。
  
時間の進み方は、客観的に「公平」であり、平成二十一年も半年が過ぎました。二十才の人は、時速二十キロ、四十才の人は、四十キロで時間が進行するようですから、私も現在相当の高速進行です。

 先日誰か「時間の進み方には量と質がある、客観的量は同一でも、試験問題を解き、また自分の好きな楽しい事をしている時間は、質の高い時間である。」と名言を吐いていました。

 世界的に経済はもとより、社会も政治も「道徳」が乱れ、先の見えない時代ですが、この様なときこそ、長い歴史の中で鍛え抜かれた人類の英知である「古典」に学ぶ事が大切と考え、私も実は、大作取り組んでいるのです。ドウだァー

とエラソーにいうのですが、実は最近、新しい日本の文化である「漫画」で古典を読破できるシリーズが出ています。「罪と罰」「葉隠」「資本論」(続編が良)など古典三冊が一時間で「読破」できました。

毎日多忙で、今更本物の「古典」を紐解く時間がない方は、是非このシリーズをお勧めします。 ETC世代(時速八〇キロ)でも質の高い時間が楽しめること請合います。「生涯精進」(葉隠れ)などは座右の銘ですね。

平成二十一年盛夏   
〒二六〇―〇〇一三 千葉市中央区中央四―一〇―八 九階
  やすかね法律事務所 弁護士 伊 藤 安 兼
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2008年02月18日

男は美人に弱い

先日、夫婦喧嘩の仲裁を頼まれたのです。事情を伺いますと、妻曰く「先生、もう亭主と別れる、弁護士費用いくら用意すれば良いのですか。」
「まあ、落ち着いて、ところで、どうしたんですか、藪から棒に」
「アン畜生!私がこれまで『タバコは、体に悪いから止めてよ。』と何百回頼んでも、私の言うことは一切聞かず『オレ、タバコは止めないよ、俺が死ねばお前に、保険金が入るし、タバコ我慢して生きていても、もし交通事故で死んでしまえば、馬鹿馬鹿しいったら、ありゃぁしない。』ってこうなんですよ。」

「先生、保険といってもいくら入っているか、知ってますか」
「わたしが、あんたの亭主の保険のことなんか知らないよ。いったいいくらの保険に入っているの、場合によっては、ニコチンが沢山入っていて、もっと美味しいタバコを教えようか、」

「わたしだって、そりゃぁ、一億円くらい保険金が出れば、さっさとくたばっちまぇー、と言いたいですよ、知らないでしょ、入っているの県民共済ですよ。これじゃ、馬鹿亭主の葬式代も出ませんよ!」

とお上さん、すごい剣幕です。
「それで、旦那さん、タバコを吸っているの。」
「それが、頭にくるんじゃありませんか、先日市川昆さんとかいう映画監督が亡くなったそうですね、テレビでやってましたよ」
「わたしも、見ましたよ、いつも唇の真ん中にタバコをくわえて仕事をしている監督を、どうして、タバコ吸いはあんなに、いやしいんでしょうね。亡くなる直前まで吸っていましたね。」

「先生、違うんですよ、あれ、タバコじゃなくて禁煙パイプですよ、知らないですか」
「そんなこと、知りませんよ。」

「あの監督、吉永小百合さんが『監督!タバコは体に悪いから、お止めください。』と一言いったら、何十年も、一度もタバコをやめなかった監督が、80歳でピタッとタバコを止めてしまったそうですよ。」
「それでどうしたの」

「わたしが、ね、その話を家の、でくの坊に話したら、なんていったと思います。憎らしいじゃありませんか、わたしは、これまで、何千回も亭主に『あんた、体に悪いから、たばこやめて』というと、『冗談じゃねぇー、お前は、たばこ銭がもったいなからやめろというだろ、おれは、絶対タバコを止めないよ』と言っていたのに、今回だけは『オレだって、吉永小百合のような美人に言われれば、直ぐやめるよ。』と、こうなんですよ。」
「奥さんねー、男は馬鹿なもんだよ、本当に心配してくれている奥さんに言われても、やめないのに、美人に言われると直ぐ止めるなんて言うんですね、あっ、奥さんも美人なのにね、止めないの」

「いいですよ、どうせ私は不細工ですから。」
「そうじゃないんですよ、市川監督も、馬鹿だなと思いますよ、80歳まで吸っていたんなら、いまさら止める必要ないのに、寿命だって変わんないよ、吉永小百合だって『監督!タバコは、近くにいると体に悪いからやめてください。』と言ったのを、監督が勝手に、吉永小百合が俺の事を心配してくれていると、誤解したんでしょ?」
「じゃぁー、うちの亭主はどうなってんの・・・私は不細工で、亭主は大馬鹿?」
「???」
posted by やすかね at 07:15| 千葉 ☀| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

新年会(1月28日)ご挨拶(要旨)

年に何度かお話をする機会はあるのですが、まとまったお話もできず、皆様に申し訳ないと思っております。幸い今日は多少時間もあるようですので、少し偉そうに政治の根本についてお話させていただきます。
政治の目的は言うまでもなく、誰でも幸せに、希望を持って生きることができる社会を作るということです。
昔のことを考えますと、世襲制の殿様が、贅沢な生活をしながらも、民百姓のことを考え、自分の家、領地を守るため時には戦争し、また切腹することもあったでしょう。貧乏な武士は勉学に励み仕官の道を目指し、百姓は貧しいながらも家庭を持ち、窮屈な村社会の中で太閤記などの話を聞きながら「今に見てろ」と僅かな希望を持って生きてきたと思います。
鎖国もぼちぼち終わりとなる江戸時代末期、黒船で浦賀に来たペリーは、日本に上陸し、驚いたことは、日本はアジアの諸国と異なり、人々は非常に礼儀正しく、またどこの家からも勉強している声が聞こえ、子供たちを非常に大切に扱っているということだったそうです。
当時のヨーロッパの識字率はだいたい20%でしたが、日本では4割以上だったようで、このように日本人の識字率の高さは、東京オリンピックの頃、日本を訪れた外国人がびっくりした事で、今ではあまり使わない言葉ですが、「乞食が新聞を拾って読んでいる」ことだったようです。
いずれにしても、ペリーはこの国が資本主義国の仲間入りをすれば、たちまち西欧に追いついてくる、と報告したそうです。明治の頃に日本が西欧諸外国の文化技術を取り入れ消化できたのも全て、日本人の教育程度の高さにあったということは歴史の真実のようです。
その後の日本は皆様のほうがご存知のように目覚しい発展を遂げました。
日本に占領された韓国・台湾も占領当時、日本の教育(もちろん全く問題がないわけではありませんが、それが占領です)が行われ、現在発展している基礎が作られたと思います。私は、千葉で中国料理店を経営している台湾出身の元日本軍の軍人である陳さんを知っているのですが、日本の教育の重要性を話しています。
ところが、アメリカに占領された日本は戦後どうなったでしょうか、アメリカの教育は全て悪いというわけでもないでしょうが、その典型がドラえもんでなくホリエモンのように周りの状況を一切考えず「命の次に大切なものはお金ですよね」と言い切る拝金主義がまかり通ってきました。
現在ではわが国の大企業も散々悪いことをしているというか、悪いということをあまり意識していないようです。保険会社といえばなにか事故のあったとき、被害者を助けることが目的の会社ですが、弁護士を使ってでも支払う保険金を安くしてやろうと考えています。
雪印にしても不二家にしてもおいしいものを頂くことは人間の幸せの重要な部分ですが、その点を忘れ、コストとか儲けのことばかり考え、安心安全な食品の提供と言う会社の目的を蔑ろにしています。
川鉄だって、東京電力だって、三菱銀行だって、超一流といわれる会社も自分たちが社会的に存在している、企業の社会的責任というものを全くといっては言い過ぎかも知れませんが、考えていません。
日本を占領したアメリカでは大金持ちが3兆円の寄付をし、大リーグの選手もプロゴルファーも寄付をするなど、能力のある人はボランティアを大切なことと考えています。
要するに日本は戦後、日本の伝統的なものを失い、アメリカの悪いところを学びすぎたと思います。
日本人はもっと社会のために働く公共の精神を大切にしなければならないのですが、このように社会・公共の事だけを言いますと、実際のところ現在の日本は変なところに言ってしまう心配があります。とても怖い状況と考えます。
外国人が日本人をどのように考えているかお分かりでしょうか、最近売れている本を見たところ、沈没船の話がありました。少しご紹介しますと、沈没船の船長が皆を海に飛び込ませようとしたとき、アメリカ人には『飛び込むと英雄になれます』イギリス人には『貴方は紳士です』ドイツ人には『それが規則です』フランス人には『女性にもてます』日本人には『皆さん飛び込みます』と言うジョークが世界ではやっているそうです。
先日、何時もの様に朝納豆を食べようとしたら、ないとのことです。午後になってから店に行ったところ、スーパーで並んでいないということでした。家では、またTVでいい加減な放送をしたんだろうと言っていたのですが、翌日から毎日放送の捏造番組「あるある大辞典」とか言う番組で捏造したデータを流し健康にいいとか、痩せるとかやったようで、これを見た人々が「われもわれも」と納豆を買いに走ったようですね。
納豆にイソフラボンという成分が含まれ健康に良いということは常識です。しかし、それだけ食べても駄目なのはわかっていると思うのですが、日本人は誰かが旗を振ると一斉にそれについてゆく怖さがあります。政治もムードで動き一人ひとりの理性で判断しない傾向があります。長いものに巻かれろ式の、みんなと同じ事をしていれば良いという、自分の頭で考えない悪いところです。
これは、日本が戦後民主主義で個人主義、民主主義と言うことを真に理解できないで、個人主義と言うと自分勝手のことと思い、個人の尊重が判っていない証拠です。
個人主義と言うことは一人ひとりの個人の意思を尊重し、この個人を基礎にして社会全体を作り上げてゆく制度なのですが、自分のことだけしか考えないことを個人主義と考えているのです。みんなが自分のことしか考えなくなれば、これは全員がぶつかり喧嘩になってしまいます。最近は車に乗っても、電車に乗っても日本人の優しさが見えず、勝手者が多すぎます。現在の拝金主義もこれと同様です。
長くなりますので、結論を急ぎますが、要するに今の政治は民主主義、社会公共のための政治という原則を忘れ、政治家の仕事は孫子の代まで続けたい、おいしい職業だということです。能力ある人は一定の財産を残せるでしょうが、しかし政治力とか税金を使って私腹を肥やしてはいけません。特に地方議会の議員は職業である必要はないと思います。
民主主義は直接民主主義が原則ですから、一人ひとりの声を政治に生かすことが大切で、議員は社会の名誉職でいいと思います。
実際町会長さんの活動を見ていただければわかるように、皆さんボランティアです。同じように市役所の仕事をしながら、議員だけが年4回の議会とその他の若干の議会の仕事で毎年1000万円は多すぎます。
ご意見は沢山あると思いますが、行政改革、コスト削減の観点から議員の報酬を大幅に減らし、逆に民主主義の観点から議員の数を二倍三倍に増やすことが今大切と思います。行政に対する監視、オンブスマンとしての仕事はボランティアで足りる、と思います。このことはホームページにも書いてありますので、ご覧ください。
また、乾杯の後時間があればこの続きをしたいと思います。
posted by やすかね at 16:33| 千葉 ☀| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

疑いをかけられる弁護士

弁護士稼業も大変です。最近「法テラス」という言葉をお聞きになった方もいらっしゃるでしょうが、要するに敷居の高い弁護士でなく、もっと利用しやすい弁護士制度を築こうということでしょうね。

しかし、現実は国選弁護事件のギャラが安いので、多くの弁護士がやりたがりませんということで、私など、弁護士の義務だからと考えて千葉県で司法支援センターに登録(契約)して国選を引き受けている人には加重な負担となりつつあります。

富津警察とか、木更津での刑事事件が回ってくるので、おかしいなと思っていますと案の定、千葉県では登録している弁護士が少ないということで、今後は都内の弁護士にも事件をまわして行くそうです。

どうも千葉県弁護士会は、国のことにも限りませんが、「公的」なことに積極的に協力する弁護士が少ないようです。今後弁護士の大増員時代が来て若手弁護士の仕事がない、などということになった時、先輩弁護士の責任はどうなりますかね。

ところで、弁護士も最近はあまり信用されなくなっているようです。今日久しぶりに鑑別所に行って少年と面会しようとしたところ、若い担当者に「携帯電話をお預りします。」といわれ、鍵つきのボックスを出してきました。数年前も同じようなことを言われたのですが、その時は鍵付きのボックスなどなく、職員の言うことを軽くいなしても、すんなり面会できたのですが、今日は数年前と異なり、かなり厳しい態度です。殆どの弁護士がこれに従っているようです。

私が、「どういう根拠ですか」と聞きますと「その様に運用させていただいております。」と答えますので、「私は預けません。」と言うと、その担当者「それでは、私の一存ではできませんので、上司に伺ってきます。」と言うなり、玄関脇の喫煙所で煙草をふかしていた上司に何やら説明していました。

やおら、その上司が私のところに来てまた同じようなことを言いますので、「法的根拠はなんですか。」と伺いますと、その上司はグダグダ言わず直ぐに「上司に伺ってきます。」と玄関脇の階段を登って行ってしまいました。

「あれ?これは時間が掛かるな」と思い、待合室で今までの経過をパソコンで打ち込んでいますと10分くらい経過してから、今度はさらに年配の物腰の低い職員が私を待合室に迎えに来て、玄関脇の別室に案内されました。オヤオヤこりゃ大変と思っていると「私は、次長の〇〇です。これはお願いなのですが、携帯はお預りできませんか。」とお願いをされてしまいました。通常お願いをされれば「ハイな!」と了承するのですが、このお願いの前提には弁護士に対する不信感がありますので、簡単に引き下がるわけにはいきません。私は「弁護士に対する不信感があるから、その様なお願いはお断りします。」とキッパリといいました。

すると、次長さん「少年の前で携帯電話を使用されること自体、問題がある。」と言われますので、私は「携帯を少年に使わせるなんてことはありえないし、電話が架かってくれば部屋の外にでて話をする。警察の接見でも電話をするときは部屋の外でする。私は何時もそうしているのだ。こんな面倒くさい事(電話を預けないで頑張る事)をしなくとも、電話を渡せば5分10分の無駄な時間を使わなくても良いが、これはそういう問題ではない。面会させないというのであれば、その様な判断をしてくれて結構だ。」と強く言いました。

多少困った顔をした次長さんですが、「面会させないと言うことはありません。」とおっしゃいますので「それでは直ぐ面会の準備をしてください。」と鑑別所に来た目的を直ちに実行できるようにお願い(一応これは権利行使)しました。次長さんは、先ほど述べた僕の携帯電話の取り扱いについて言及し「その様な厳格な対応(電話があれば部屋の外ではなす)をしていただけるなら、それで結構です。」ということでとりあえず、一件落着です。面会室に入る際、運転モードにしたのは勿論です。

鑑別所での面会を終わり、今度は検察庁で刑事記録の閲覧です。被告人と打ち合わせをする前に刑事記録の閲覧(謄写)をしておく必要があるからです。以前はなかったのですが、検察庁でも玄関の外では、建物に入ってくる人に民間委託されているガードマンが一々行き先を聞いてきます。面倒ですが、これに答え(検察庁の職員ではありませんから、ここで頑張っても恐らく時間の無駄となりそう)玄関を入ると、今度は名前・行く先・時刻を書いて名札を貰います。これも以前はなかったのですが、これも庁舎管理規定などあるのでしょうね。名前を書かないで建物に入れず、証拠の事前開示がなかったからといって調書不同意などとやっても無益(こんな下らない話は同業者に話せない)ですから、本当は名前なんか書きたくないんだぁーと言うふてくされた態度で渋々名前を書いて7階に上がります。

ここでびっくりしたのですが、閲覧する机の上になんと真っ赤な大きなゴシックで「弁護人の方へ、記録の持ち出しは禁止されています。帰りには記録の冊数を捜査官室で確認してください。」と書いた紙を厚手のアクリル板に挟んで、ご丁寧にこれをテープで机に貼り付けてあります。ここは弁護人しか利用しない場所であり、その弁護士に対して「記録の持ち出しをするな」「あとで冊数を数える」などと書いてあるのです。あまりにも当たり前の事なのでびっくり仰天しました。また、テープで貼らなくともそんなアクリル板持ち去りませんよーだ。

しかし、直ぐ、さもありなんと思い出しました。少し前、都内の懲戒処分を受けたアホ弁護士のことを書きましたが、この彼が木更津支部で閲覧用に出された記録を無断で持ち出し、検察庁から「窃盗の疑い」をかけられたのです。その話を聞いたときは弁護士仲間でしばし笑い話となったのですが、いまや笑い話ではなくなってしまったのです。検察庁は、当たり前のように全ての弁護士に対して「窃盗の可能性あり」と疑いをかけてあのような注意書きを机の前に置いてあるのです。

いやはや、何ともお粗末な時代になったものですね。一人の馬鹿がいることで弁護士全体の自由が少しずつ狭くなってきています。閲覧室はもともと本物のガラス張りの部屋で隣の捜査官(検察庁職員)から、弁護士が閲覧している様子が丸見えなのですが、それでもアホナ弁護士が記録を持ち去る可能性があると考えられているのです。

(もう少し考えますと、仮にアホが記録を持ち去りますと、その弁護士は当然処分を受けるのですが、検察庁でも記録の管理が悪い、と処分を受けたりするのでしょうね、公務員はこれが怖いのです。そこで、「弁護士さんを疑っているわけではありませんが、・・」などと取り繕い、一応注意しているが、それでも記録を持ち去られれば、担当者としては、そこまでの責任は取りようがない、と上に対して抗弁ができるのです。多分この推理はピンポンでしょから、今度確かめましょうかね?)

それはともかく、今日の記録は、薄い2冊でしたが、返り際「ありがとう!2冊返すよ。」と言って帰ってきました。担当者の事務官は、「2冊返すよ」と言われたものの、何のことやらと思ったらしく、きょとんとしていました。多分、記録の取り扱いが周知徹底されていないのです。

ところで、閲覧記録は閉じ紐でしばってあり、簡単に紐が取れますので、捜査官に「枚数を数えなくても良いのか。」などと嫌味を言ってやろうかなと思いました。しかし、ひょっとすると本当にページ数など数え始めるかも分かりませんし、これ以上有名になってもしょうがありませんから、帰ることにしました。あーあーなんと余裕のない窮屈な世の中なのでしょうかね。
posted by やすかね at 19:57| 千葉 ☁| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月13日

飲酒検知と集団ヒステリー

9月議会で飲酒運転をなくすため、飲酒検知器を各職場に備えるべきではないかと問題提起しました。当然その前提として職場に来るまで車を運転していたので「手遅れ」となるということは十分認識していましたが、その前提を抜いて質問したところ、執行部の某幹部からその点を指摘されてしまいました。

そこでということではありませんが、飲酒と酒気帯びについて「科学的検証」も必要と考え、議会質問の数日前に飲酒検知器の購入をインターネットで申し込んでおきました。一週間程度で品物が到着したのですが、どうも私はツキがあるらしく電池を入れてもスイッチが入らないのです。

さんざん文句を言っていましたら、今までその様な一万個か十万個販売したがその様な「事件」はなかったとのことで、「検品」をすませ送ります、ということでその品物が到着しました。

やはり実験が必要です。自宅に戻り、ビール大瓶を15分ほどで飲んで口をゆすいで検査したところ、0,13程度で酒気帯びではありますが、検挙される程度までではありませんでした。何度も測定したのですが、最高は30分経過した頃でも0,15まで到達しませんでした。

しかし、夜に家での実験でしたので、寝てしまい0,00になるまでの事件経過は分かりませんでしたので、後日の昼、生ビールを中ジョッキで一杯飲んで、0,00になる時間を計測したところ、二時間ほどで0,00になり、目出度く「酒気帯」から開放されました。計測のばらつきを考え、さらに2時間ほどすれば完全と思います。
くれぐれも酒気帯び運転にはご注意をお願いします。

10月4日の産経新聞を読んでいますと、静岡県知事の一言「一口に飲酒運転といっても悪質さには様々なレベルがあり、軽いケースでは即クビにすべきではないのではないか」が大分物議をかもしたようですね。知事の言うのはごもっともですが、日本人の集団ヒステリーはそれを許しません。この様な集団ヒステリーが「大政翼賛会」のような形で利用されますと、国民こぞって戦争にもまっしぐらとなり、大変怖いですね。合理的批判精神を持った人が増えることが重要です。
posted by やすかね at 18:06| 千葉 ☁| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月13日

手でする事と口ですること

FIFA(国際サッカー連盟)はジダン選手から事情聴取をしたようです。テレビでもインタビューが報道されていましたが、相手選手がジダン選手の家族に対して侮辱的発言をし、ジダン選手は『三度も侮辱され、体が反応してしまった、暴力よりもひどい侮辱もある』というような発言をしていました。

個人的には「家族に対する侮辱」であって内容はともかく一安心です。何が安心かと言いますと、仮にジダン選手からイスラムに関する侮辱的発言があった、など言われたら相手選手はイスラム教の関係者から「死刑」にされるだろうと心配していたのです。

報道によれば読唇術で相手選手は『テロリスト・売春婦の子供』などと発言していたようです。その結果母親は『性器を切り落とせ』と激しく反応したようですが、この激しさがイスラムの世界の常識なのです。

イスラム教では女性が結婚前に男と関係を持った事がばれてしまったときは「一族の恥」となり、家族の名誉回復のため父親とか兄は娘・妹にガソリンをかけて焼き殺すことも許されているようです。わが国のあだ討ちの歴史よりも激しいですね。先日に「悪魔の詩」の翻訳者が残虐に殺されてから15年が経過して公訴時効が完成したと報道されていましたが、イスラムの世界から見ればこの本の翻訳をした教授はイスラムの掟によって「処刑されても良い」「処刑すべきだ」となるのでしょう。

21世紀となっていますが、この地球上、まだまだ中世の掟がまかり通っている世界もあるのです。21世紀であるから、自由と民主主義などと悠長なことを言っていられない「世界」もあります。

先日の「ジダンの頭突き」では僕自身ジダン選手をことさら非難もしませんでしたが、あの程度の「暴力」より相手の心に大きな傷を残す言葉もあると思います。世界中が見ているところで暴力を振るってしまい、ジダン選手は世界中の子供に対して申し訳ないと謝っていましたが、相手の選手にはちっとも悪いと思っていないようです。後日、フランスの大統領も趣旨は同じような発言をしています。

日本では「とにかく暴力はいけない」という奇麗事で言葉によってどんなに傷つけられても、挑発されても手を出したらだめ、と考えるのがわが国の常識でしょうが、個人の名誉だけでなく、家族を侮辱されてもこれを我慢することは逆に自らの尊厳も守れないのではないか、と思います。有形力の行使と言う暴力は、必ずしも言葉よりも相手に当てるダメージは少ないときもあります。

「やすかね、手でやったことは直せるけど、口で言ったことは直せないよ」とは祖母の口癖でしたが、胸にヘッドバットを喰らってもその程度の痛みは一日も経てば直るでしょうが、ジダン選手が口に出す事もできない侮辱を受けたことは、何年経っても消えない傷が心に残るでしょう。

それにしてもサッカー連盟はこれから侮辱的発言の調査をするようですが、そんな事をすればさらに問題が大きくなってしまいそうです。仮に侮辱的発言が民族的侮辱などとなった場合、イタリヤの選手の命の危険が出てくるでしょう。今日のテレビでテリー伊藤氏は「調査などして、問題を大きくしない方が良い」と発言していましたが、同感ですね。

posted by やすかね at 12:31| 千葉 | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月07日

衝突が真実を生む

先日、NHKで車のデザイナー「プロフェッショナル」を拝見しました。最初に管理職になったとき職場を和やかな雰囲気にしようと努力したようですが、結局、結果が出ず、仲間を解雇せざるを得ない羽目に陥ったようです。

仕事は、憲法で言う「適正手続き」のように過程を重視する考えもあります。相撲でも「はたき込み」、「首投げ」などで勝っても親方衆から余り良い評価を受けませんが、これも勝ち方にこだわりがあるからでしょう。
お金儲けも単に「儲ければ良い」などと言いますと「守銭奴」と非難されます。

要するに結果のみを重視すると、幾ら勝利しても社会的評価は受けません。
奢る平家は久しからず、勝者は、奢ってはいけませんし、喜びを分かち合う事こそ次の勝利に結びつくでしょう。ここまでは極めて奇麗事でこれに反論する人もいないでしょね。

しかし、勝者云々は勝利した人、勝利できた人の「余裕」であり「敗者」の妬みの裏返しであるかも分かりません。

テレビでのプロは『衝突こそ真理なり』と考え仲間・部下の作品に対し徹底した「批判」を加え、場合によっては人格をも非難するような状況でした。

極限状態において最高のものを生み出せる。とも言っていたようです。背水の陣を採って勝利を呼び込み、結果を出さなければ、存在価値がないということがビジネスの鉄則とも思います。

司法試験も自分より若い「先生」に月謝を払い徹底した批判、場合によっては非難とも受け取れる事にも歯を食いしばり、自分の弱点を克服しなければ合格はできませんでした。

グダグダとこんな事を考えてきますと、徹底した衝突をして無駄・不合理を取り除いてこそ真実が見えてくると思います。

戦後60年、わが国は多くの人が、表面的に付き合い、相手に対しても差しさわりの無い事のみを言い合い、和気あいあいと仲良くしてきた結果、経済的には比較にならない北朝鮮に舐められ、日本が恫喝されているのが現状でしょう。

一人でグラスを傾けながら、憤りをぶつけている様な話ですが、喧嘩を避けるな、常に直球勝負で良いじゃないか、と思いませんか。
posted by やすかね at 17:40| 千葉 🌁| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

他力本願の平和が日本を滅ぼす?

産経に月一回掲載される「日本よ」に石原慎太郎氏が今回は「人間の弱劣化」と題して論じていました(7月3日)。

最近の日本では、社会のあらゆる場面に忌まわしい事件が多発しています。直近では日銀総裁の村上ファンドへの投資がありましたし、十年ほど前から日銀支店長の住む「社宅」が美術館のような邸宅である事が週刊誌で取り上げられ、さすが一万円札を印刷しているところだけある、と感心(内心は勿論腹ただしい)していたのですが、また日銀総裁の給与を聞いてみてびっくり、年間の給与が3000万円を超えているのですね。

アレだけ品の良い爺さんでも、爺さんにはかわりありませんから、そんなに給料を取って使い切れないだろうと思うのに、まだ立場も弁えず利殖目的で村上ファンドに投資し、これを知った国民が大きな声で辞職要求しているのにも拘らず未だ日銀総裁の立場に固執しています。

また、以前では考えられなかった残虐な犯罪も続発し、父親憎しから関係のない後妻と妹を焼きころし、「人生をリセットしたい。」という18歳、「民でできることは民に」の掛け声でチェック体制の不備を狙っての耐震偽装、大手会計事務所の粉飾などもプロがその立場を悪用しての犯罪です。

家庭の崩壊、会社ぐるみの悪事、上位の社会的立場にあるものの権限濫用、格差社会の象徴である六本木ヒルズの守銭奴連中、等々社会のあらゆる場面でルールなき不道徳社会となっています。

先日弁護士会の機関紙「槙」に「弁護士会の掟」と題して投稿しましたが、要するに社会には国家と国民の間にある抽象的規範だけしか存在しないのではなく、この中間にいわゆる「部分社会」といわれる仲間の集団があり、そこには国の法律とは異なる「掟」がある、と書きました。

犯罪は何時の時代にもあるでしょうが、江戸時代ころからと思いますが、わが国の犯罪発生率は、特に外国と比べてみませんが相当低い社会だったと思います。この安全・安心な社会は向こう三軒両隣がお互い素性の知れた社会であり、相互扶助の社会であったからです。「社会」である以上ある種の「掟」の存在は止むを得ないのですが、社会の構成員はこの掟によって安全・安心であるが多少窮屈な暮らしをしているのです。

今の日本はどうでしょうか、国家と国民の間では自由であり、各種権利も保障され、個人情報保護法などという法律でプライバシーも高度に保障され、隣の婿殿の素性など調べようもありませんし、隣近所の関係が希薄であれば女性を脅迫しながら長年「同棲」していてもお隣さんには全く分かりません。

先日逮捕された28歳の男は19歳の女性を「逃げると殺す」と脅迫して親と一緒に同居しても、親も「一緒に飯も食っていたし、交際中の女性」などと馬鹿をさらけ出しています。

このように国家と個人の関係及び社会の状況を考えていますと、わが国の危機的状況が浮かび上がってきます。長くなりましたが、この様な問題意識を持ちながら石原慎太郎氏の「日本よ」を読みますと、『・・最近頻発する忌まわしい出来事を眺めると、共通してあることを感じざるを得ない。』『それは・・平和であり・・日米関係に依存した根本的他力本願であり、それから演繹された個人主義による無責任、平和の安逸が育んだ物質主義だ。』、『・・家族という根源的な関わりまでを損ない破壊しつつある。』

また続いて『若い頃に辛い目に遭ったことのない、つまりこらえ性を欠いた動物は・・淘汰され・・人間は不幸な生き方となる。個人に限らず、社会全体、民族全体も同じことかもしれない。』と書いています。

即ち、他力本願の、安逸な平和が毒を醸し出し、困難なときにある本質的な人間関係が疎外され、個人も家族も、社会民族全体が弱体化(「弱列化」と難しい言葉を使っている)しているということです。

昨日、北朝鮮がテポドンを打ち上げ、日本などを挑発していますが、偽札を作り、わが国に覚せい剤を輸出して外貨を稼いでいる犯罪国家がお隣にあり、また北方領土、尖閣列島、竹島問題など重要な外交問題が存在しているのですが、国民は『俺には関係ない』と自由を謳歌しているのが現実と思います。

ここには地域はもとより、日本と言う国家社会の連帯感も存在しなくなっていると思います。もう60年、半分でも30年間、日本は長期間「辛い目にあっていない」即ち何ら鍛えられていない国となっているのでしょうね。

家族という最小の社会での厳しさ、部分社会でのルール遵守、メリハリの効いた法の適用こそ今求められている問題だと思います。
先日、車の駐車の件で憤っていたのですが、その前は炎天下スーパーの駐車場にエンジンを掛けたままのワンボックスカーのなかで女の子がワンワン泣いているし、今日も昨日(千葉日報社内に入っていって注意した)も千葉日報の裏のとおりで展示ブロックを跨いで車が止っていました。今日は新聞配送用の大型車でしたが、注意をしませんでした。弱い立場の人に対する思いやりが欠ける「強者」というのもホントは勉強こそできるが、頭の弱い「弱者」でしょうかね。

石原慎太郎氏の最後に戦時中『贅沢は敵だ』のポスターに「素」を加え、『贅沢は素敵だ』と書いた人がいたという事ですが、もう一つ『足りぬ、足りぬ、は工夫が足りぬ』と同じく個人の欲求制限のポスターに対し、「工」を消して『足りぬ足りぬは夫が足りぬ』と当時のご婦人のユーモアは逆境の力を感じさせますね。
posted by やすかね at 16:46| 千葉 ☔| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

世界に通ずる世襲制ってある?

今日の新聞記事には、興味を引くお金にまつわる話が3件ほどありました。
第一には国税収入が00年度以来の高水準で当初予算44兆70億円に比べ、約5兆円多い49兆円となり、今後の増税論議に勢いを増しそうであるということです。

次は、金額自体は比べれば大きくはありませんが、千葉県弁護士会の秋田弁護士が依頼者に返金すべきお金を長期間返済しないで10ヶ月間の業務停止の重い懲戒処分を受けたとの報道がありました。自分たちの足下の信頼を損ない、蛸が自分の足を食うようです。

最後は、桁違いの寄付ということで、世界第二位の大富豪が慈善財団に4兆円の寄付をしたということです。

先日、右手にソロバン左手に道徳(論語)などと書きましたが、4兆円の寄付をしたバフェット氏は、主に株式投資で巨額の富を手に入れ、コカコーラなど米国を代表する企業の大株主となっているそうで、同氏は「相続は2020年の五輪代表選手を2000年の五輪金メダリストの子供から選ぶようなものだ」と資産家の子供が相続によって生れながらに裕福となる仕組みに批判的であり、この信念を実行に移したようです。

同氏は「オハマの賢人」と呼ばれ未だにネブラスカ州オハマの質素な自宅に住み続けている事でも知られているそうです。

口で言うはともかく、実行は大変ですが、それができるのはすごいことです。わが国の財界人で有名な人としては、一代で500余りの会社を設立し、晩年は社会教育文化事業に力を注いだ渋沢栄一がいますが、彼が役人を辞めるときの上司であった井上馨候は「時機さえ来れば、野に下って思うままにやるも良かろう」と言ったそうですが、親友の玉乃世履(タマノセイリ)は、「・・商人になるのは金儲けの為かは知らぬが、世間から軽蔑を受けて一生役人に顎で使われるのだろう。・・」と忠告されたそうです。

これに対して渋沢は、「金儲けのために役人を辞めるのではない。実業家が現在のように卑屈で世間の尊敬を受けないのは、・・一つは商人のやり方が良くないからである。欧米では決してこうではない。不肖ながらこの悪習を改めるのに骨を折りたい。私は『論語』の半部で身を修め、半部で実業界を矯正したい。」と語ったそうです。

昨今は、金儲けのためエリート官僚を辞めて大多数の一般投資家を食い物にして外国財団に巨額の利益を挙げさせた金の亡者(村上)もいたり、またこの亡者の尻馬に乗っていながら日銀総裁を務めている恥知らずもいるのですが、バフェット氏の爪の垢でも煎じて飲めば良いのにと思います。

先日加藤寛氏が『格差は個人の努力しだい』と言っていたので、既に老境に入ったと非難したのですが、今の日本は既に機会の平等もなくなりつつあります。相続制度、世襲制は生れてくる個人の能力には関係ない非民主的制度ですが、この様な実力に関係のない制度を維持すること自体、人類が衰退の途に入った事ですかね。北朝鮮の将軍様が世襲制である事も同じように「金王朝」の衰退の印です。

しかし、わが国では未だに多くの代議士が世襲で国会議員になり、実力もないのに高額のギャラを稼ぐ芸能人などがいますが、世界に通ずるのでしょうかね。
日本もこれから世界に通ずる内閣総理大臣を選ぼうとしているのですが、安倍も福田も殆ど世襲ですね、これで世界に通ずる政治家になれたらすごいですね。

イチローも松井も個人の力量で世界に通ずる大リーガーとなっています。というようなことで締めくくりますが、最初の二件は今日の内容で言うと余り関係ないですね。筆が滑った、というか曲がったようですが、ご勘弁を。
posted by やすかね at 00:00| 千葉 ☀| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

弁護士会の「掟」

弁護士会の「掟」
(千葉県弁護士会の機関紙「槇」へ投稿したものです。先日掲載されましたので、このホームページに掲載します。)
大分エラソーで少々刺激的な話をします。社会的正義を追及する弁護士たるもの経済活動だけしていては当然失格ですが、その行動の自由は一般の職業と比較しても相当大きくなっています。修習生時代に「自由研究日」という素敵な制度を知って、また先輩弁護士から弁護士は法律で禁止されていなければ何をしても良いと言われ、ほぼ毎日好き勝手に生きている状況です。

千葉県弁護士の仲間で組織している「千葉県弁護士会ゴルフ新撰組」はこれまでも鹿児島、山口、群馬県との対抗戦に転戦し今のところ、見事に全て敗退し、また埼玉、静岡との三会対抗戦にも主力として参戦して他会との親睦を深めている貴重な親睦団体です。

最近ゴルフをしている弁護士が減少しているか否か、また「無理して他の弁護士と一緒にゴルフをする必要も無い」と考えている人が多いのかわかりませんが、弁護士も国家の中で活動し、また地域のなかで様々な職業の人々と交流する中で自らを鍛え社会のお役に立つべきと考えるのですが、実にたいした事でもないことに時間を掛け議論しながら、結局つまらない結論に達していることがあります。

先日会内の弁護士にゴルフ新撰組を知らしめ、会員の増加を図ろうと考え、その案内をファクスで送ろうとの結論に達したときのことです。『それ、弁護士会でできなくなったよ。』と言うことです。『えっつ?どうして?』と聞いたところ、最近常議委員会でファクス送信の制限が決まったとのことです。

そこには、弁護士会は法曹の一翼を担う純然たる職能集団であり、親睦とか懇親とかは別の問題である、と考えているのではないかと思います。果たしてそうなのでしょうか、弁護士会は全人格的に結びついた職能集団である、とまでは言いませんが、個人と国家の関係のように単なる抽象的規範で結ばれた全体社会ではなく、構成員相互が互いに具体的関係を共有する強固な部分社会であると考えます。

資格があっても弁護士会に入会しなければ弁護士としての仕事もできず、仕事上の力量も、また弁護士としての品位を損なえば懲戒処分を受けることもあるのです。この様な性質を持つ団体であれば、純然たる職業集団であるなどとは到底言えなくなります。仲間内で仲間の品位を審査できる強制団体であると言う事はある意味で「全人格的に結合した村社会」であると言うことではないでしょうか。

今「社会」と言いましたが、実はこの社会と言う言葉はわかったようでよく判らない言葉です。この点は最近読んだ「法と掟」(宮崎学)で解説していますが、宮崎は社会でなく「仲間」と置き換えています。

仲間であるから助けるし、仲間であるから悪いことをすれば処分できる、それだからこそ弁護士会は「自律」している社会と言えると思います。結局弁護士会の役割は単なる「業務関係共同体」ではなく、「掟」のある自律社会なのです。そうであれば、下らないファクス送付制限などに振り回される必要も無かったであろうし、アホな提案も一蹴できたと思います。

しかし、ファクス問題がまったく議論の必要も無いかと言えばそれは違います。皆さん何時もお困りでしょうが、関係のない多量のファックスが勝手に送られてくるときです。また関係は大いにあるが(効果と費用を考えると)全く不要な日弁連の関連文書などもあります。これも、人的物的資源の無駄遣いです。

私も何度かファックスの件で相手方に文句をつけたことがあります。最高に馬鹿馬鹿しいのが、物損事故の加害者の代理人からのものでした。当方から丁寧に内配で催告をしたところ、一面識もない東京の「アホ」弁護士からファックスで「ご請求には応じられません」と木で鼻をくくるように回答してきたときです。

ファックスは、当方の購入したプリンタとコピー用紙を使用し、当方の負担するパフォーマンス料金で相手方の言い分を受け取ることですが、問題はこのような何ら信頼関係のない弁護士からくるファックスが何を意味しているか全くわきまえていないことです。金の問題でなく「質」の問題なのです。

また、あるときは県内の若手弁護士が、商工ローン関係で勝訴の判決を受けたらしく、何の前触れもなく、30ページくらいのファクスをしかも事務局の手違いで二回も送られてきたときです。関心が無いにもかかわらず、二回延々とファックスが流れ、その間当方のファクスは送信できず、相手方の配慮の無さにあきれてしまいました。

東京の弁護士には「お前、切手も貼らないで相手方弁護士に手紙を出すのか!」と怒鳴りつけ、2回もファックスをくれた事務局には「事前に電話を入れろ。」と言いました。また都内の某出版社から勝手にファクスを送ってきたときは「100円送れ!」とファクスしましたところ、100円の切手を送ってきました。

この様に、かなり激しい私でも、千葉県弁護士会のファクスには「改良すべき点はある」と考えても「これを禁止すべきである」と言ったことはありません。それは、弁護士会は弁護士会のルールがあるし、千葉県の弁護士仲間では一定の親睦も必要と考えるからです。

結局、ファクスが使用され始めて長い時間が経過したというものでもなく、未だファクスのない弁護士事務所だって存在しているのですから、現段階で弁護会の事務局が各会員に送付するファクスの範囲を予めルール化して一律に適用すべきと考えること自体無理でしょうし、具体的事実関係の積み重ねで一定のルールが自然に規範化されると考えます。その結果あるときは不合理なときもあるでしょうが、それは具体的事実であれば仕方の無いことと考えるほうが「合理的」であろうと思います。

人間である以上一定の「恣意的」運用がありえますが、なんでもファクスしておけ、などと考える人も減りつつあると思います。特に僕にガンガン言われたアホどもは今後十分注意するでしょうし、お知り合いに私の悪口を言えば、これを聴いた人もファクスの利用に注意するでしょうから、伝播姓の理論からも一定の教育効果も生じているはずです。要するにファクス運用については、その利用と誤用の積み重ねで適切な方向に進んでゆくと考えますので、あまり規則で縛らない方がよいと思います。

前置きが長くなってしまいましたが、わざわざ弁護士会の機関誌に投稿して過激なことを言うのが目的ではなく、会員の皆様にゴルフ新撰組に是非参加をしてくださいと呼びかけるものです。「お前が言うと逆効果だ」といわれそうですが、新撰組でゴルフをしている仲間は誰しも、人と違うことを言うから自分の存在する価値があると考えていると思います。

国家と自らの存在、その中間に弁護士会という仲間の集団で生きてこそ自分の足跡を残せると、大きなことを言っておきます。何はともあれ、ゴルフは自ら審判となり、自らの精神力を鍛錬することで上達するものと思います。また新撰組は「村社会の掟」を通して人間的信頼関係を築きながら弁護士としての力量を深める結果となると思います。

ここまでエラソーな事を言って、始めて自分のゴルフが何故上達しないかその原因がわかりました。要するに精神力の鍛錬が足りないから、一打に集中できずガタガタとくずれてしまうのです。そう言うわけですので、皆さん是非新撰組に参加して一緒に研鑽をしましょう。遠征先での他会との交流会は実に楽しいものですし、間もなく千葉・静岡・埼玉との三会対抗戦が袖ヶ浦で行われます。前夜祭も楽しいですよ。
posted by やすかね at 17:47| 千葉 ☁| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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