2018年05月22日

公務員は、原理原則を大切に


シーサーの都合で喜怒哀楽が投稿できませんでした。本日から再開です。

5月22日午前中、千葉地方裁判所一宮支部での出来事です。
民事裁判がありましたので、スーツを着用して裁判所2階に行きますと、なにやら5〜6人のだかり、その中でTシャツを着た若者が突然私に向かい「どちらに行きますか。」と質問してきました。
制服着用の警察官でも、民間人に質問をするためには、警察官職務執行法という法律の規制があります。また裁判は、憲法上公開されていますので、裁判所の建物の中にある法廷に行く廊下も当然、、誰でも自由に歩くことが出来ます。  
しかし、この若者は、腕に裁判所の腕章をつけるまでもなく、また、後で書記官から情報ですが、裁判所は軽装で執務しており、一般人と区別もつきませんから、より丁寧な対応が必要だったはずです。
我が国でドレスコードでは、一番堅苦しいと思われている裁判所で、Tシャツのお兄ちゃんが、バッジはつけていませんでしたが、スーツをきた弁護士に突然用向きの質問をしてきたのです。
この裁判所の事務員、国民の自由にとって重要な権利侵害の恐れのある質問であることの意味が理解されていません。
腹を立てた私は、再度二階に行って、「Tシャツにスニーカーで質問するなら、腕に裁判所の腕章でも着けておけ」などと文句を言っていますと、庶務課の課長さんが「一宮では腕章は、着けていません」と言ってきました。そこで「地裁(千葉)では、着けているぞ」などと言って、一応幕引きとしました。
そもそも、公権力を行使する公務員は、常に国民の自由とか権利を侵害する可能性がありますから、国民に対し、特にTシャツの若者が、説明もナシに「どちらにいきますか。」などと質問をする事自体の違法性が分かっていません。
前述の通り、制服警察官も法律上の要件が整っていない以上、「コンニチワ、熱いですね。」などという類のご挨拶を除き、めったな質問はしてはいけないのです。
仮に、裁判所のドレスコードを緩め、Tシャツにスニーカーでも良しとしても、国民に質問する事は、簡単にしてはいけないことです。
「コンニチワ」、「どちらにお出かけですか。」、「誰と行きますか。」、「デートですか。」「お金は持っていますか。」など色々の質問が考えられますが、用件もなしに許されるのは、ご挨拶程度でしょう。
裁判所の職員たるもの、国民に一定の事情を説明したとしても、常に基本的人権の侵害の可能性があることを認識した上で、丁寧な質問をすべきと考えます。
以上の話を、訴訟の相手方の若手弁護士に話しますと「先生、すぐカットするから」などと言っていましたが、この若手も事の重要性が分かっていませんね。原理原則は、直感的に肌で理解しておく必要があります。
posted by やすかね at 18:22| 千葉 ☀| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月12日

公開質問状

2月26日付けの『民事再生手続きでの場外乱闘』と題してブログを掲載しましたが,これを水戸地裁にFAXして,いつからこの様な「運用」をしているのか問合せをし,電話での回答が約束されたのですが,2週間経過するも地裁総務課からは何らの回答がありません。
そこで,本日,以下公開質問状を送付する事としました。

水戸地方裁判所 総務課御中
平成30年3月12日
〒260-0013千葉市中央区中央4丁目10番8 904号
やすかね法律事務所(電話043-222-4680)
弁護士 伊 藤 安 兼

当職は,以下の通り,御庁に公開質問状を送付いたしますので,然るべきご回答下さい。当職の2月26日のブログも添付します。
1、御庁では,小規模個人再生手続きには,全件個人再生委員を選任する「運用」をしていると伺っていますが,この運用開始は,何時からでしょうか。
2、再生委員に選任されるのは,水戸地裁管内の弁護士と認識しているところではありますが,全件再生委員を選任すると言うことになれば,弁護士会との協議が必要と思われますが,その様な協議・談合は行われたのでしょうか。
3、民事再生法223条1項では「221条2項の(小規模個人再生を行うことを求める)申述があった場合 において,必要があると認めるときは,・・職権で・・選任することができる。」と裁判所の裁量での選任を定めているのですが,この規定についてお伺いします。
 1) 条文上「必要性」の要件がありますが,必要性の要件をどの様に理解されていますか。
 2) 223条1項但し書きでは,「・・再生債権の評価の申出があったときは,・・選任をしなければならない。」とありますが,「必要性」の判断において,この但し書きには,全く配慮する必要はないでしょうか。
4、再生委員の報酬については,一律20万円と伺っていますが,これは何を基準に定めたのでしょうか。2月26日のブログでも触れましたが,当初東京地裁で15万円と定めたこととは,全く無関係でしょうか。
5、20万円は,再生開始を求める債務者の負担となるのですが,破産管財人の報酬が財団債権から支出される扱い同様,この20万円を債務者が分割配当すべき債務として扱う事はできないのでしょうか。
6、家族の破産申立と同時に,同一家族内から小規模個人再生手続きの申立などあった場合にも20万円の報酬は,免除できないのでしょうか。
posted by やすかね at 14:26| 千葉 ☀| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月26日

民事再生手続きでの場外乱闘

千葉地裁破産部の裁判官が、破産決定の条件として破産者に提出を求めた5年分の領収書60枚(再発行費用3万円)について、医療機関にご迷惑をお掛けして準備したものの、これが提出される前に破産決定をしたことをブログで書きましたが、今度は民事再生手続きでのことです。
民事再生手続きは、概ね500万円の負債で100万円、3000万円の負債でも300万円程度の分割弁済で破産のように資格を要する職業の欠格事由を回避できるもので、再生計画案を作成して裁判所が認可すれば、3年程度で経済的更生ができる優れた制度です。多少、原理原則から論じますと
本来、資本主義社会は、社会の遊休資本を集め、企業に資本として貸付して利息・株式の配当を行う経済体制ですが、資本家でもない消費者に金銭を貸し付け、高利をとる「サラ金業者」(資本主義社会の毒饅頭)がはびこり、消費者被害が拡大しました。
この様な資本主義社会のアダ花から、借金返済が出来ない債務者の自殺が増大し、また自殺しないまでも自己破産事件が増大しました。

社会的対策として、利息制限法改正、弁護士からの過払い返還請求(マスコミを利用し、派手な宣伝で過払い返還請求をしている司法書士・弁護士などサラ金の死肉をあさるハイエナ業者ですかね)サラ金業者の貸付限度枠が設けられるなどして、高利貸し業者はほぼ絶滅したものの、低金利社会の中でサラ金業者と業務提携して銀行が毒饅頭に手を出しています。ギリシャ時代ブルータスも高利貸しをしていたようですが、時代が変わっても高金利は魅力的なのですね。
次に、自己破産の増大に対する法的対策として、民事再生手続きが制度化されました。破産は、借金の返済全てを免除するものですが、これでは債権者が大きな損失を受ける反面、債務者の無責任体質を助長するとも限りません。
そこで、債権者は債権の概ね2割で我慢しろ、債務者はそれだけ分割弁済して、自らの責任をとれ、というのが制度の根幹です。(住宅ローン特則はここでは論じません。)

今日の問題はここから始ります。この民事再生手続きでは、債務者の代理人となった弁護士は、債務者の負債・資産の状況などから冒頭の分割弁済の返済案を作り、裁判所がこれを認めることで、裁判所が債権者と債務者の間で法に基づき「強制的」な分割弁済案をさせることとなります。
これは、前述した自己破産手続きと比べると、若干複雑となります。特に弁護士が消費者金融などについての知識不十分な場合、再生計画案が実現できそうにない場合も出てきます。
この様な場合、裁判所はできる限り責任を取りたくありませんから、破産管財人のような、裁判所の「手先」と言っては失礼ですが、法的資格を有する弁護士に個別事件の処理をさせ、「判例」のような先例ともならず、裁判所は「よきに計らえ」で一件落着となります。
この裁判所が選任する民事再生委員となる弁護士が再生手続きに精通し、債務者の負担する費用も安ければ、債務者だけでなく裁判所も申請代理人となる弁護士も全てが万々歳となります。
そこで、民事再生法も裁判所が「裁量」で民事再生委員を選任する事を認めています。尤も、債務者の資産・負債の調査から再生計画案も申請代理人が申請の際、調査し、作成済となっていますから、全件で民事再生委員を選任する必要はありません。
東京地裁では民事再生手続き開始の当初から全件民事再生委員を選任し、費用を15万円と定めています。民事再生手続き制度開始の直後から弁護士に対する研修など信頼できる制度運用に向けた取り組みなどもあり、また事件数が多いことと、消費者問題に知識豊富な弁護士が対応するなどから、債務者に申立て代理人の費用の外に15万円の追加費用が必要ですが、利用しやすい制度となっています。
ところが、水戸地裁(支部も)では、何らの調査もないまま「全件一律に民事再生委員を選任し、費用は20万円です。」といきなり説明され、面食らってしまいました。
千葉地裁などでは民事再生委員の選任は「例外的」扱いですが、水戸地裁では法に定める「裁量」を働かせることもなく、何も調べずに「民事再生委員を選任し、費用20万円をご用意下さい。」とのことです。
僕は、20万円は借金の返済に苦労している債務者の負担となるものだし、再生計画案もきちんと履行できるものを作成しているなどと、説明する暇もなく、裁判所と入り口で喧嘩を始めてしまいました。
法治主義は、国民に義務を課し、負担を求めるには法の定めが必要であると言う初歩的な法原則ですが、水戸地裁は、正に裁量権を逸脱して全件一律に民事再生委員を選任するという「運用」を行っているのです
二割配当の事件で20万円と言うのは、100万円の債権に相当するのですが、ハッキリ言ってたいした仕事をする必要もないのに民事再生委員を選任するのは明らかな違法行為ですかね。プンプン。
posted by やすかね at 18:28| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

弁護士に大切なコスト計算

弁護士村の忘年会幹事
1、 弁護士は、成年後見人などになって他人様の財産管理なども行うのですが、日常の金銭感覚はどうでしょうかね。弁護士会に60ほどの各種委員会があるのですが、某委員会では、10数名の弁護士が会から3万円の補助金を受け、会費7000円で、ホテルにある高級中国料理店での忘年会でした。私が良く行く中国料理店では、5名程で一品1000円の料理5点を回るテーブルで分け合って食べ、飲み物は別途料金としても一人2000円程度の会費で済みます。ですから、7000円プラスの予算での忘年懇親会、さぞかし豪勢かなと考え、いつものラフでなく、スーツに身を包んで出かけました。
2、 品よく、突き出しから、フカひれスープ、最後は高級な焼き蕎麦など、「まぁ、7000円では高いな。」と感じたものの、高級店だから仕方がないかな、と納得させて帰路に着きました。さらなる問題と考えたのは、飲み物でした。幹事は、一人3000円で飲み放題と注文したものの、私のテーブルでは8人中アルコールを注文したのが2人でした。残りの6人は、ウーロン茶、キリンフリーなど、いくら飲んでも4杯も飲めません。私は、中ジョッキのビールと焼酎のロック、3杯でした。
3、 幹事とすれば、飲み物をその都度注文するのが、面倒かも知れませんが、各人が従業員に夫々注文すればよいことですから、保険をかけるにしても一人2000円あれば、十分でしょうから、飲み放題で3000円は、全く合理性がありません。
4、 最後に会費7000円を集め、領収書をもらいましたが、その金額は6970円でした。会からの補助金分を上乗せしての領収書をもらっては、自由業者として確定申告する弁護士としては違法行為ですからそれはできないとしても、領収書は7000円で書いていただきたいところです。まぁ、高収入を稼ぐ弁護士ですから、この不景気の折、7000円プラス程度の飲み会があっても悪いことはないのですが、弁護士は、他人様の財産管理もするような人種ですから、常にコスト計算を行うなど一般人よりは合理的な金銭感覚を持たないと、依頼者からの預かり金を生活費にしてしまうようなこともないではありません。
5、 今年、残念だったのは、同じ釜の飯を食って、一緒に司法試験を勉強した北海道の上田弁護士が裁判所から選任され、後見人として預かっていた、預かり金3000万円ほどを着服して、懲役4年の実刑判決を受けていたことを知った事でした。気の毒なのは、被後見人とその家族です。裁判所も弁護士会も弁護士が着服した損害賠償に責任を取りませんから、事件当時弁護士が保険に入っていなければ、全く賠償は受けられませんからね。現在、後見人となる場合には5000万円以上の保険加入が義務付けられている、逆に弁護士は信頼されていないことの証明でもあります。
posted by やすかね at 15:53| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

恐ろしい保護命令

配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律が平成13年制定され、その後4回の改正がありましたが、この法律は場合によっては、夫から子供を奪い取ってしまう恐ろしい決定(裁判官の判断)がされることがあります。
この法律は、通常男性からの暴力を想定していますが、弁護士になりたてのころ、女性の代理人となって、男性側に慰謝料を支払った珍しい事例がありました。
夫婦喧嘩の末、女性が家を出たのですが、証拠の写真などによりますと夫の留守中、玄関の硝子戸を壊し、部屋に入って、洋服タンス・押し入・台所流し台などを全てかき回し、布団・衣類に醤油・ソースをまき散らし、最後に包丁の刃先を柱に叩きつけた「暴力行為」をした事案でした。これらの写真だけでも、切れた妻の狼藉が明らかでした。
これなど、今の法律でも女性に対して接近禁止・保護命令が出されても仕方のない事案でしょうが、最近の事例では、さしたる証拠もなく、裁判官がまともに尋問をすることもなく、夫に対して接近禁止・保護命令が出された事案がありました。その結果、夫は、妻はともかく愛児と6月以上(更新で延長)面会もできなくなってしまいした。
妻から半年以上前の暴力の主張に対し、妻の陳述書(証拠として)で、頭をひっぱたく、腕を思いっきり引っ張る、胸部を思いっきり小突等で、手首の打撲(不鮮写明な写真)、胸部を思いっきり小突から転倒して足を家具にぶつけ右膝捻挫(写真は全く不鮮明、陳述書では痣が捻挫に昇格)などで、そのほか診断書など一切ありません。夫は、最近半年は、全く手も触れていないと主張していますから、夫から見れば、妻は嘘を並べ立てていると言うこととなります。
通常、妻が、夫からいつか殺されてしまうかもしれません、などと主張する事件であるなら、その前提となる暴力から怪我が発生し、医師の診断書などは不可欠でしょうが、一年から半年以上前の不鮮明な写真と一方的な妻の言い分だけで、その後も暴力を受けているといいながら、それについての写真も診断書も一切ありません。それだけでなく、逆に最近までフミリーで楽しく飲食している写真もあります。また警察に相談したらしいのですが、その相談内容も疑わしい限りです。
しかし、妻が「これらの暴力がエスカレートすれば、何時殺されてしまうか怖い思いをしています。」と主張すれば、裁判官は、夫から満足な尋問もせず、簡単に夫に対して接近禁止の保護命令を出してしまうのです。夫とすれば法治国家とは考えられない事案です。
裁判官は、夫婦喧嘩で言い争っているときに、夫の発言だけを一方的に取りあげ、また頭をひっぱたく、胸を小突く行為がエスカレートすれば妻が殺されてしまう、などと考えたのでしょう。それが、いくらエスカレートするといっても物には限度というものがあり、殺されるなどとの主張はまともには信じられないと思います。
また、裁判官が、保護命令を出すには、DV法でその理由ないしは理由の要旨の記載を求めているのですが、裁判官の夫への質問が要領を得ないことから僕から「何時ごろのことか、喧嘩の原因は何かなど、もう少し具体的に質問してください。」と言われたことに、裁判官はきっと腹を立てたのでしょう。決定を出す際DV法で求められている必要な理由も記載しませんでした。
DV法を根拠にして決定を出している裁判官ですから、理由の記載が必要なことは理解しているはずですから、その理由を一切書いていないということは、本当に裁判官がこの決定を書いたのでしょうかね。誰かが例文をコピーして決定を書いたのではないかと疑われても反論できるのでしょうか。
抗告状で私は、「裁判官の抽象的質問に対し、もう少し具体的な質問をすべきと代理人が一言二言口を差し挟んだところ、裁判官は血相を変えて代理人の発言を制限してきた。」と書きました。年内になされるであろう、高等裁判所の判断が楽しみです。
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2017年11月17日

弁護士会の自治

日弁連の月刊誌「自由と正義」には、毎回弁護士懲戒の報告がされています。「他山の石」とすべく毎号最初に目を通すのですが、11月号では、千葉県弁護士会が行った懲戒処分が、不名誉なことに日弁連で取り消しされました。
多くの事案では、懲戒された弁護士が日弁連に審査請求するものの、その多くが棄却されるのですが、逆に、千葉県弁護士会の「懲戒不相当」の処分が、最近も日弁連で取り消され「懲戒相当」とされた、不名誉なこともありました。
また、弁護士が職務上戸籍謄本を取る権限を市議会議員の妻が利用するため濫用して新聞沙汰になった「事件」もありました。しかし、新聞沙汰となった弁護士の職権濫用などは、弁護士会が職権で調査すべきとも考えられるのですが、知る限り、綱紀委員会で問題となった様子は、伺われませんでした。
以前ブログで、食中毒事件の控訴審が、反知性主義的なデタラメ判決を出したことを紹介しましたが、これなど極、例外的なことで、通常、裁判では原審よりは高裁の判断の方が「正しい」とされているのと比べれば、千葉県弁護士会の判断が、二度も日弁連で「間違い」とされた事のどこに原因があるか、その問題点を解決するのに、どうしたら良いのか、真剣に考えるべきときですね。しかも、今回は綱紀委員会自体が、自ら守るべき懲戒手続きに関する千葉県弁護士会の懲戒(綱紀)手続き会規に違反し「適正手続き違反だ」とされたのです。
千葉県弁護士会は、日弁連から見ると、問題の多い単位会ですね。
posted by やすかね at 18:04| 千葉 ☀| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月03日

起訴「独善」主義

国家の権力行使は、税金徴収の外に、刑事裁判で具体的になります。刑事事件は、検察官の起訴独占主義で始まり、裁判官の判決、刑事施設での犯罪者の矯正教育により、我が国の治安が維持されることが建前となっています。
今や人工頭脳が発達し、医師だけでなく裁判官・検察官も具体的に創造的な応用力を発揮できずに、ルーチンワークに流れるなら、統計資料を駆使したコンピューターに判断を任せたほうが「具体的な正義」が実現するかも知れません。
 平成28年末、窃盗被告事件の国選弁護人に就任しました。被告人は昭和23年生まれの68歳、昨年5月午前4時前頃、茨城県龍ヶ崎で会社の社長が趣味で設置してあった二宮金次郎の銅像前の賽銭箱から1200円を窃取した、という事案でした。
証拠によると、被告人は平成24年4月、自転車窃盗、賽銭ドロボウで懲役1年、執行猶予3年の有罪判決の言渡しを受け、翌年5月占有離脱物横領で逮捕勾留され、懲役5月の実刑判決を受け、平成26年8月両刑の執行が終了した。それから約2年足らずで、1200円の賽銭ドロボウをしたことで、本年6月29日、龍ヶ崎支部で懲役1年2月の実刑判決を受けました。
 被告人は、名前を書くことも字を読むこともできない知的障害者であるものの、いつもニコニコしていて、凡そ危険な犯罪者といえる様子は、うかがい知れません。姉いわく「あれは、10円玉が大好きなんだよ。」
1200円の賽銭ドロボウが検挙されたことから、被害者の供述調書もつくられないまま、前科があると言うことで副検事が起訴したことから、被告人は正式な刑事裁判の手続きに載せられることとなりました。
 その結果、本当にどうでも良いような「事件」に対し、裁判所・検察庁・弁護人などが事件処理を行わざるを得ませんでした。その費用たるや、計算が出来ませんが、裁判官・書記官、検察官・事務官、弁護人など(法テラスも入る)の裁判だけで100万円は下らないでしょう。さらに護衛付の刑務所で、効果は期待できない矯正教育の1年間は、国費千万円以上かかることとなります。
この事件、2月1日の第1回の公判前、事務所から被告人宅(検事に問い合わせた?81歳の姉の携帯)に電話したところ、「〇〇は、今家にいない。〇〇は自分の名前も書けないし、千葉の裁判所までは行けない。」と言われたので、その旨裁判所に連絡すると、「先生の方で出頭確保できませんか。」などと、暗に弁護人が被告人の家まで迎えに行って、連れて来いと打診されました。
 しかし、被告人の出頭確保は、裁判所(検察庁)の仕事のはずですから、「それは、弁護人の仕事ではありません。」と断ったものの、第1回の公判前に被告人との面談をする必要があるので、1週間で5〜6回姉に電話したところ、漸く1月24日被告人が戻ってきたと言うことで「では、今日の午後伺いますので、家に居るように伝えてください。」と姉に伝えました。
 急遽、高速で成田まで、さらに栄町の自宅に行くと、難聴で電話では話ができなかった被告人と81歳の姉と脳梗塞を患っている姉の長男3人がTVを見ていました。
声を張り上げ、「2月1日の裁判に行けますか。」と言うも被告人は「行けネェーな」、姉も、「龍ヶ崎なら、脳梗塞を患っている長男の運転で、なんとか行けるが、千葉まではとても無理だ。」ということで、被告人に裁判かあることと、賽銭ドロボウをしたのか、と確認し、本人の写真と家族の写真などをとって、裁判所への報告書を提出して、2月1日の公判を迎えました。
 案の定、被告人は出頭してきませんでしたので、裁判官と検事に「なぜ、こんな事件を起訴したのだ。本人をみれば裁判などしても意味のないことだ。公訴権濫用であるから、取り下げろ。」などと強く申入れしたものの、公判担当の検事も裁判官も、起訴されてしまった以上後戻りも出来ませんでした。
 事務所に戻り、再度姉に電話して、龍ヶ崎なら出頭できることを確認して、裁判所に報告したところ、千葉地裁は事件を水戸地裁竜ヶ崎支部に移送した、との決定書が事務所に届きました。法テラス、龍ヶ崎支部などと連絡を取り、行きがかり上、事件を受けることとなりました。
 自分の名前もかけないし、字も読めない、電車にも乗れない知的障害者に対して公判請求することの無意味さを糾弾したかったからです。本来であれば、限定責任能力で精神鑑定など求めるなら、それも良いのでしょうが、これ以上の費用と手間を煩わす必要もないので、被告人に罰金刑を言渡し、これを執行猶予にすれば、「一件落着」と考えたからでした。
 公判では、今そこにいる被告人が本人であることを確認する手続きである人定質問では、被告人は、自分の生年月日も分からずに、裁判官から何度聞かれても、また傍聴席のお姉さんから、「昭和23年だ」などと言われても、被告人は昭和35年5月30日といい続けました。これで、人定質問が「完了」したか分かりませんが、とにかく公判は、冒頭手続きから証拠調べ、論告求刑(懲役1年6月)、弁論で公判が終了しました。
終了後検察官と話をすると検察官は、「松戸の事件で罰金刑を言渡した事例があるようだが、ここの裁判官は、真面目な人だから」と弁護人が主張する罰金刑など見込みがないような様子でした。 この事件は、千葉の副検事が事件の具体的内容を検討もせず、安直に起訴したとしか言い様のない無意味な事件(私見)で裁判官も先例に従い、懲役1年2月の実刑判決を 下したのでしょう。
 気の毒なのは、被告人です。自転車ドロボウは、駐車禁止とともに検挙すると警察官の点数が上がるので、警察官は、訳もなく職務質問を連発して、所有者も良く分からない自転車のドロボウとか、占有離脱物横領の検挙に励むのです。賽銭ドロボウも子供の犯罪として見られる事件ですが、毎日庭先の草取りに励んでいる10円玉の好きな被告人は、多数の先例通り、実刑の判決を受けてしまいました。
 私としては、裁判官が先例などに囚われることなく、罰金刑を執行猶予にすれば、これ以上無駄な手間とか国費が費やされることもないと思うのですが、実刑判決が出た以上、具体的事件処理にあたっての検察庁の判断、及び先例の殻を敗れずに、事件が自分の手を離れれば「一件落着」と考える裁判官に一定の反省をしてもらうべく、控訴して限定責任能力から争い、被害者の処罰感情などを公判で明らかにさせる必要があると、息巻いているところです。
 実に、馬鹿馬鹿しい、組織で動く国と頭突きしても個人が痛い思いをするだけでしょうが、副検事の後始末(個人的には、被告人の状況など総合考慮して、被告人と家族に厳重注意をして不起訴で十分)をするためには、東京の弁護士さんに国選をお願いするのも、業務拡大の一途でしょう。まさか、検察庁が、名前も書けず、控訴の取り下げなどという法的知識など理解不可能な被告人を「説得」して、被告人しかできない控訴の取り下げなどさせないか、心配です。
最後に、本件は被疑者段階で弁護人がついていませんでしたが、国家の治安維持に国費が如何に使われているか、特に犯罪者の特別予防は具体的にどうすべきかなど、刑事政策を理解している弁護士が副検事と交渉できる機会があれば、今回の「事件」はなかったかもしれませんね。
posted by やすかね at 21:27| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

議論のお好きな弁護士会

以下は、最近千葉県弁護士会で「議論」となっているところに「横槍」を入れている文章です。
要するに、法務省・司法試験委員会などが、司法試験合格者を増加させた(私の頃の300名が、平成28年で750名を越える)ことで、弁護士の社会的地位とか生活が成立たなくなり、弁護士を目指そうとする優秀な若者も著しく減少してしまった。ここを是正させようと考えていることが出発点です。
そこで、この4月から会長に就任した及川会長が、弁護士会の「議会」とも言える常議委員委員会に意見を求めることもなく、日弁連に対し、司法試験合格者を減らすべく協議を求め、日弁連が協議をしないとか、回答のない場合には、千葉県弁護士会では修習生の受け入れ制限をする、と少々過激ことを申し入れたことから、弁護士会の常議委員委員会及びメーリングリストで議論が「紛糾」しているということです。
これについて、会則上は、常議委員委員会は会長の諮問に応じて審議する場所だとか、今までの運営では「公共団体の議会」のような決議機関の性格を持っているから、常議委員委員会に諮らなかったのは問題だ、さらには、当初、日弁連に修習生の受け入れ制限が言えるのか、などの議論もあったのですが、冷静な弁護士から、各単位会に修習生の受け入れを委託するのは、司法研修所であるとご指摘を頂き、少し落ち着いたところです。しかし、中には自分が議論をリードするのだと言わんばかりに勝手に「論点整理」などする「おエライさん」もでる始末です。
この問題について、私は、次ぎの弁護士会の総会で議論することは、時間の無駄と反対したのですが、結局多数に押し切られました。その結果は、最高裁判所・法務省などが仕組んだ司法改革という戦略(よく解らない裁判員裁判制度導入など、本音は弁護士自治への攻撃)に対して、司法修習生の受け入れ制限という極めて限定的な戦術(何処に地雷を埋めるかという程度の戦術)を議論しても無意味と考えられますから、おそらく納得のできる着陸点も見つからずに時間と経費の無駄が発生することとなるでしょう。以下は、弁護士会のメーリングに投稿した「怒り」の一文です。

最近メーリングリストの登録したところ、どうでも良いような、話が延々と続いて食傷気味でス。要するに誰かさんがエラソーに「論点整理」などと銘打ち、論点が錯綜しているようで見る気にもなりません。閑話休題というところで、的外れとのご批判も受けるでしょうが、一休みしてください。
先ず、千葉県弁護士会が、司法試験合格者を減らせと、日弁連に協議を申入れするのは大賛成です。そこで、司法修習生の受け入れ反対という強硬手段に出ることも理解できないでもありませんが、話題性がある事はともかく、一度この様な強硬手段に出てしまった以上、話しが前進しないからと言って「撤回」は非常に難しいでしょう。わが千葉弁は、日弁連会長選挙で反主流派とみなされ、修習生受け入れを人質にとって交渉しようとしても、研修所(この点は、初めて知りました。ありがとう)を含め、日弁連もケンモホロロでしょうからね。
結局、強硬手段を執ってしまえば、北朝鮮のように引っ込みがつかなくなり、今後、関係各国からたぶん総攻撃を受けることもあるだろうし、今の会長が4年5年と息の長い戦いをできるならいざ知らず、千葉弁も振り上げたこぶしの下ろすところが無くなるでしょう。次期会長に長年会長を希望している、Iさんになっていただきましょうか。冗談
この様なことを考えたとき、今回の会長申入れを総会で「説明」をするのはともかくとして、「議論」などしても人の意見に耳を貸すほどの度量の人は少ないでしょうから、要するに時間の無駄となりこと必至です。
例えばですね、一昨日の常議委員会でのことです。総会の提案予定の予算書について、私が、60以上ある委員会の整理統合・予算減額など色々述べた後、来年度は一億円以上となる人件費が必要となるのですが、今の弁護士会の事務局の1週間あたりの勤務時間は、40年前の県庁・千葉市など法令では週40時間となっているところを法令に違反して週35時間しか勤務していない違法行為をわが弁護士会も踏襲して、現在では千葉県などが週40時間に是正していても、今に至るも弁護士会の事務局は、週35時間しか働いていない、ことが問題だと発言しました。
案の定、僕の意見に何でも反対の先生から「事務局は、35時間以上、遅くまで働いている」などと訳の分からない、「反論」をしていました。今僕が問題としているのは、一週間の所定労働時間の話であり、所定勤務時間後の、残業代を支払う労働時間など問題としているものありません。的外れの反論でした。このわけの分からない反論に、敢えて再反論しますと、40時間が35時間となっている場合、残業代にも影響してくるのです。年間の総支給額の分母が2018から1700になり、これに25%の割り増しが一時間あたりの残業代となるからです。
今、若手の弁護士は仕事も少なく、所得(売上でなく課税基準のこと)で言うと200万円程度の人は、ザラにいると思います。今の弁護士会の事務局には、多分停年で再就職しても月給制で、この夏のボーナスも2ヶ月以上支給されるようになっています。(常議委員委員会で承認)
殊更、事務局を苛めるつもりはありませんが、今の時代、公務員も、アルバイトが3割から4割と多いだけでなく、小中学校の教員も正式採用されず、1年契約などと言う非常に酷い契約で働かされているのです。将来の日本を背負う子供たちの教育現場で極めて劣悪な労働条件で働かされている先生も沢山いるのです。その様な中、弁護士会はまた2名採用したようですが、弁護士会の事務局に採用されるため、どんな難しい試験を受けたのか分かりませんが、そこには大いに疑問を感ずるところです。
左翼系の事務所が自分たちの費用で事務局を甘やかすのは、ご自由ですが、弁護士会の予算は、執行部が会員から預かっている財産を適切に、善良な管理者の注意義務で所属弁護士などのため使用されるべき予算ですから、執行部は正当な批判は甘んじてもらいたいと考えます。
以上、本論と別の話しをしましたが、今度の総会で司法修習生の受け入れ問題など『議論』するのであれば、恐らく何の結論にも至らず、論点整理などとエラソーに言う人が口角泡を飛ばすでしょうから、総会の費用の無駄遣いとなること必至と考えています。
人生80年として、生きられる700800時間の内、活動できる貴重な時間(233600時間)から3時間も4時間も無駄にはできないですね。

posted by やすかね at 16:49| 千葉 | Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

なぜ、司法試験合格者を増大させたか

先ほど、弁護士会のメーリングリストに配信したものです。要点は、司法試験合格者が一挙に増大したことから、弁護士の収入が激減して、その結果優秀な人材も司法試験を目指すこともなく、外の業界に流れてしまっている。
そこで、わが千葉県弁護士会の会長が弁護士会の内部での議論もしないまま、日弁連に司法試験号合格者を減少するように関係各機関に申入れをすべきである、と日弁連に協議を申し入れたようです。そして、千葉県弁護士会との協議もできないなら、千葉県弁護士会は司法修習生の受入を減らす、という強行姿勢を明らかにしたことで、今弁護士会の「場外乱闘」が始ったということです。
この場外乱闘で守川弁護士が、問題の本質から外れたと思われであろう、会長の行動は手続き違反だと言う趣旨のメールを配信したので、僕は、問題はそんなチンケな話しではない、もっと大所高所から考えろ、と怒りをあらわにしたところです。
まぁ、弁護士が増えすぎてしまった後始末は、弁護士を公務員にして、生活保障をさせれば、弁護士自治などと言う権力にとっての目の上のタンコブもなくなろうというものです。その方が、お金儲を最優先する悪徳弁護士を排除できるでしょうかね。
何れにしても、弁護士の力量が大きく下がり、国民の要望に応えられなくなれば、弁護士会という自治権を持つ「老兵」となった職業団体は消え去るのみです。

ヤスカネです。手続きが問題かのような、話をしていますが、要は何故権力側が、民事訴訟事件が増大するなどというデタラメなことを言いつつ、司法試験合格者を増員しきてきたかでしょう。これは、日弁連が、「社会的正義の実現と言う使命」について、常に権力との関係を考えながら行動してこなかったことに原因があるのです。
ですから、今増員に反対だ、話し合いもしなければ、司法修習生の受入を断ると言うような「社会的弱者」を人質にとっての議論は、噴飯者なのです。既に司法試験を目指そうとする有能な若者が激減してしまっては、この後は、司法試験も行政書士試験も司法書士も全て同レベルの試験というか、区別をなくして全て「弁護士」にするという方向が見えないのですかね。
もっと大上段に言えば、我が国の資本家と労働者の二極対立と言うか、資本化とエリート対一般国民で我が国を動かしていこうとする流れでしょう。
エリートはわが子を幼少期から良い教育を施し、一般国民は「ゆとり教育」などといういい加減な教育をして、社会のエリートにはさせないという、国家戦略です。
ですから、周りを見てください。財力にものを言わせれば、少々お勉強ができれば「立派な弁護士」は直ぐ誕生します。「法科大学院バンザイ」などとオチョクッタブログを書いてありますので、ご覧下さい。
良いですか、裁判官もお坊さんも学校の先生も歌舞伎俳優もタレントも沢山の世襲タレが出ているではありませんか。幼少期から教育をされれば、ゴルフだって、一流になれるのです。
逆に15歳になっては手遅れなのです。従って15歳から22歳頃までの人間の成長期には、つまらない教育などしないでしっかりと技術を見につけた「職人になれ」というのが、社会的エリートの言い分なのです。
何故、角栄が待たれているか、差別された民衆の集合的無意識なのです。
そこで私が一番力説したのは、フライングすれば良い学校に入学できる制度でなく、本物の優秀な子どもを社会の指導者とできるような教育制度を確立させて、社会の不平等を何処まで改善できるか、ということが憲法の立場であると言うことです。
posted by やすかね at 17:51| 千葉 | Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

始った、弁護士会の場外乱闘

4日の朝日新聞に千葉県弁護士会長が、日弁連に司法試験合格者の増員反対の趣旨でしょうが、場合によっては千葉県弁護士会が司法修習修生の受け入れ制限をするなどと、激しい申入れをしたことで、4月早々から千葉県弁護士会が騒がしくなってきました。以下は、先ほどMLで会長に対して送付したものです。

何ですかね、常議委員委員会が始まる前に、既に場外乱闘が始まってしまったのか、と驚いている次第です。私は、及川執行部ができるということで、選挙も覚悟して常議委員に立候補して、及川執行部にものを申すべきと考えていたのですが、もう、既に少し出遅れています。

私のブログでは、大変長くなり恐縮しますが、常議員になるにあたっての基本的考え方を開陳し、会長・副会長にも直接ブログの校正前の原稿を送ってあります。そこでは、弁護士会のあるべき姿について原理原則から相当常識的に書いてあります。興味があって、長い文書も読みきれる人は、是非ご覧下さい。

話が飛びますが、アメリカ大統領トランプのことにも喜怒哀楽では触れているのですが、トランプはツイッターで世界の国々を騒がせているのですが、わが千葉県弁護士会では、メーリングリストで弁護士会と日弁連とかを騒がせているのですかね。

先日某先輩とゴルフをした際、「やすかねさん、及川執行部はアイエス執行部だから、どんどん発言してくれ」という趣旨の激励を頂いておりますので、今年の常議委員委員会は、大変な騒ぎになりそうですね。しかし、今回のような場外乱闘は「常識外」の出来事でしたが、「及川執行部がIS執行部」と命名するのも相当の見識と驚いている次第です。

僕は、10年前からブログで「借金漬けの司法修習生」を手始めに弁護士というか司法試験合格者の増員に意見してきて、「法科大学院は不要」とか、少し某先生の年賀状をおちょくった「法科大学院バンザイ」なども書いてありますが、司法修習生の受け入れ制限をするなどという、弁護士会の「テロ行為」は考えも及びませんでしたね。びっくりしています。

今回会長が、常議員会の権限に触れているのも、今後の火種ですかね。

posted by やすかね at 19:07| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

弁護士会は、どうあるべきか

弁護士会の常議委員に就任するにあたり,私見を述べさせていただきます。
それに続いて、人間社会の「正義」をどう理解したら良いのだろうか、政治権力を組織する民主主義社会はどうあるべきか、この民主主義社の結果の不平等をどうすべきか、最後に司法権の独立などに言及しながら、徒然なるままに、駄弁を弄します。お付き合いの程宜しく願いします。では、自分の簡単な経歴からです。ご容赦下さい。長々と考えて弁護士会の役割を自分なりに整理できたと思っています。

平成7年独立し,現在までに消費者委員会,業務対策委員会,商工ローン弁護団など歴任しました。自分としては商工ファンドの解体に向けて,最初の引き金を引いたのは自分である,との自負があります。
また富士見町の暴力団事務所の撤去も,知合いの不動産業者から情報を得て,最初4名で競落することを決定後,リスク分散のため弁護士会での共同購入者を募り,最終的に16名で暴力団事務所を競落し,これを県警に転売し,富士見町に平和が訪れました。この件は,東京第二弁護士会の会報でも紹介されました。
その他常議委員,平成15年から市原市議会議員2期8年の後,紛議調停委員を現在まで2年努めております。この間の様子は,拙著「喜怒哀楽」に纏めました。 既に10年以上経過し,在庫もありますので,ご希望があれば無料で頒布します。
四半世紀の間,弁護士として素晴しい時代を贈らせていただき,感謝の気持ちで一杯ですが,今後は弁護士会が,真に国民から感謝され,満足を与えられる団体となるためにどうすればよいか,真摯に考え,誠実に務め上げる決意を固めております。会員の皆様のご賛同を得たいと考えております。
 
飲水思源(原理原則から考える)
トランプ政権が誕生し,人類史の中で発達してきたはずの民主主義とは何かと,改めて考えさせられました。
また,私自身,社会正義を実現することを使命とする弁護士になって,四半世紀が経過し,加速度的に発達したインターネットは,過剰な情報化社会(仮想空間)を構築し,その結果人間と人間との直接的交渉を奪い,人々は立ち止まって,原理原則から考える余裕すら奪われ,何を信じて生きるべきか,見当もつかない状況です。この様なときこそ,憲法の大原則が現実の社会でどう生かされているか,歪められているかを認識しながら,今の弁護士会がどうあるべきか,真剣に考える必要があります。

先ずは,「正義」について考える
弁護士法第1条1項に,「弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする。」要するに,正義の実現という結果に向け,弁護士の努力義務があるということです。

富の争奪戦が紛争の本質
ところで,正義の定義をしようとしますと,それは人権だ,法の支配だ,民主主義だ,などと色々考えることもできます。正面からの定義は難しいので,先ずは逆から考え,最大の不正義は,何かと考え,その原因を探ってみます。
有史以来の不正義は人間の殺し合いですが,最大の不正義は,国家と国家が殺し合いをする戦争です。この人間が争う原因は突き詰めると,人間に必要な物資,生きるに必要な食料などの社会的富の獲得競争(その結果としての格差)こそが,紛争の原因であることに行きつきます。植民地争奪戦,侵略戦争,宗教戦争も同様の目的があったと思います。

人間に近い,猿に見る紛争の原点
人間ではありませんが,人間に近い動物の世界で,富の分配から争いが起こる興味深いTV番組がありましたので,ご紹介します。
これは10年以上前のTV番組でのことですが,余分な餌もなく,生きるに精一杯の猿の群は,強いオスも,ほかの猿の餌を取り上げることもなく,争いのない平穏な生活をしていました。そこに,人間が群れの中にザル一杯のバナナを放置したところ,このバナナの取り合い合戦が始まりました。食べきれないのに,力のある猿は,バナナを独り占めしたいと「考える」のですね。興味深い事実です。
ホモサピエンスは,サルとは違いますが,それでも人類として十分な発達を遂げるまでは,殆ど猿に近い生活をしていたでしょうから,食料が十分ではない頃には,群れの中で争いは,恐らくなかったでしょうね。
最近のTVでアフリカモロッコの山中に生息するニホンザルに近い猿の群れでは,オスがメスに受け入れられるためには,子育てが一人前になる必要があるようでした。そして,この群れでは,日常の争いごとは殆ど見られず,若者ザルが群れを追い出される(近親婚の回避)場合,無用な争いとは言えないと思いますが,多少騒がしくなるという程度でした。驚きですが,雌の争奪戦も特にありませんでした(乱婚)。心温まる番組でした。

狩猟から農耕社会(権力の成立)
農業が始まり,生産力が拡大して,食料の余剰が出てくると,直接生産活動に従事することなく,全体を取りまとめる権力が発生し,その過程から争いが始まり,紀元前数千年のころには,暴力という実力を備えた国家権力が存在していました。  
即ち,一方に他民族を征服した王様・貴族,他方に,戦いに敗れた奴隷が存在する古代国家が成立していたのです。そして,切れば血が流れる同じ人間でありながら,権力者は自分に有利なルールを作り,力(武力:裁判)で秩序を維持しながら,余剰生産物を独り占めにしたのでしょうが,長期間多数の奴隷を支配し続けるには,武力だけでは困難でしょうし,奴隷も苦しい現世を生きる中で,奴隷は「神」に救いを求め(旧約聖書など),人間を救済する宗教は,神の国での「平等」を唱えて発展し,長い人間歴史の中で,平等こそが正義であると観念されたことと思います。
古代における人間の平等観は,新約聖書 使徒言行録「持ち物を共有する」の中で「一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく,全てを共有していた。・・土地や家を持っている人が皆,それを売っては代金を持ち寄り,使徒たちの足もとに置き,その金は必要に応じて,おのおのに分配された」とあるように「能力に応じて働き,必要に応じて受取る」原始共産制のような考え方が示されています。
しかしながら,権力者にとって全ての人間が平等であることは,到底容認できないものの,暴力的権力だけでは,治安維持を永続することも出来ず,不平等・格差社会の中での自分たちの権力の正統性を根拠付ける必要性から,権力者(王族・貴族)も自分たちの支配の正統性を「神」の信託に求めました。

根源的正義「平等」
以上の物語を,強引大雑把に纏めますと,紀元前から観念されていた根源的な正義である人間の結果的「平等」(前出新約聖書)を究極の目標としながら,権力者は,余剰生産物から生ずる格差に対する不満を力で押さえ,とりあえず折り合いをつけながら「公正」な政(まつりごと)を行ってきた,と考えられます。
時代が進み,人間社会の生産力は,飛躍的に拡大しても政の中心論点は,秩序(治安)を維持しながら社会の富をどの様に分配するのが,「公正」な社会といえるのか,ということです。
神から信託を受けた王様(王権神授説)が,税を徴収し,王族とその一族の優雅な生活と軍隊を維持していました。1215年のマグナカルタは,この様な王権支配に対し,封建貴族がジョン王に対して詰め寄って勝ち取った文書です。
このマグナカルタから人民の自由,議会の権利(更に,共和制)などに発展して,社会の富の公正な分配,民主主義などが発展したとされています。
ですから,現代社会で正義と言われる自由・平等・民主主義などは,人間の平等を軸に歴史的に進化してきたと考えても間違いはないと思います。
現代社会でも,権力の掌握方法は様々でも,権力は,富の分配を巡り,富者と貧者の折り合い(格差解消)をつけながら行使されているのは同じでしょう。(最近の報道ですと,ビルゲイツなど8名の超富裕層が,数十億人分と同程度の富を所有しているそうですが,この様な不均衡は,到底許せませんね。それ故にアメリカの超富裕層用のガードマン付要塞のようなゲーテッド・タウンがあります。)

帝国主義の時代到来
社会の生産様式(農業のあり方など)は,貴族と奴隷制の枠組みで数千年間行われてきました。歴史の進化と共に商品の流通と富の集中があったとは思いますが,なかなか資本主義の準備までは時間が必要だったと思います。
イギリスでは,羊放牧のため,農地の囲い込み運動から農村を追われた都市農民の労働力を「契約」で買い取った資本家が商品の拡大生産を始めた(資本主義社会の始まり)ことで,社会の生産力は,さらに飛躍的に拡大しました。
日本では,明治政府が両替商などから300万両の資金調達を行って,財政的基礎を作り,また地租改正から耕作地を失った自由労働者が生まれ,明治政府は,富岡製作所,八幡製鉄などの産業にテコ入れを行い,資本主義が始まったようです。
しかし,この様な資本主義による生産力の拡大は,結局のところ,格差の拡大であり,貧困層の増大から,社会不安が増大し,この貧困層の不満を「解消」する必要が生じました。そこで,国家権力を背景にした資本家が海外市場拡大を図り,貧困層から組織された軍隊が周辺国を侵略する帝国主義(植民地争奪戦)の時代へと突入しました。

国家統治の形態
帝国主義の時代は,君主制,共和制などありましたが,第二次世界大戦後,人間平等の観点から,多くの君主制国家が共和制に移行し,国家の権力者を人民が選出する民主国家が増大してきました。しかし,民主主義それ自体が素晴しいものでないことは,ヒットラーの選出も民主主義であったことから明らかです。

民主主義には,主権者国民の教育と情報開示
そうであるならば,真の民主主義は,どうすれば実現できるでしょうか,『都民ファースト』を進めている小池東京都知事が,情報公開を力説していましたが,自らの代表者を選出するためには,選出に必要な情報が全て明らかにされている必要があります。
さらに,選挙民自体,十分な教養を持たなくては,情報の正しい理解も出来ませんから,結局詐欺師みたいな代表を選出してしまう事となります。しかしながら,現実として,理想的な民主主義は,未だ実現困難な課題です。

表からの正義実現は,民主主義であり,その裏は司法権となる
いずれにしても,選挙民は,国政運営を始めとしたルール作りを,代表者に委ね,このルールに従って,行政権力が「正義実現」に向けて行使されたその結果が,常に正しいものであるとは言えません。
そこで,行政権の行使(税金の分配など)がルールに従っているか,さらに法治主義実現の根拠となっている法律自体が憲法に違反している否か,司法権が正義実現の最後の砦として最終判断をしなければならにこととなっています。
この様に社会正義の実現に向け,民主主義の制度として,「治者と被治者の同一性」の観点から,立法府の構成及び行政権者の選出,さらには司法権で正義実現の最後の砦としたとしても,現実として法に遵った正しい国政運営がなされているのだろうかと,疑問を持ったとき,やっと,独立して司法権を行使する裁判官の問題にたどり着くこととなります。

裁判官が信用できるか
ところで,裁判所は,最高裁以外の裁判官は,最高裁判所の指名名簿によって内閣が任命し(憲法80条),最高裁判所の裁判官は,内閣が任命(憲法79条1項後段),最高裁判所長官は,内閣の指名に基づいて天皇が任命(憲法6条2項)します。
ここで,司法権の独立について重大な問題が潜んでいます。例えば,司法権の独立とは,何かと言えば,それは具体的裁判において裁判官は「その良心に従ひ独立してその職務を行い,この憲法及び法律にのみ拘束される。」(憲法76条3項)との規定どおり,争いの事実関係を証拠に基づいて確定して,法律を解釈適用して結論を導くのですが,この事実の認定,法の解釈適用が独立した裁判官の良心に委ねられるのが,憲法の原則なのです。
しかし,裁判官自身「裁判官の良心」などと言おうものなら,たちまち,最高裁判所の事務(総)局から睨まれ,出世はおろか再任を拒否され,万人の万人に対する戦いとなっている今の弁護士業界に放り出されることになるでしょう。
従って,我が国の裁判官には,「出世」「経済的保証」の観点から見て「裁判官の良心」など保障されていないでしょう。とすれば,人格的に歪んでしまった裁判官が,国民の権利など擁護できるはずもありません。現実の裁判官の実態,最高裁の現状は,『絶望の裁判所』(講談社現代新書 瀬木比呂志著)を参照下さい。

弁護士は何をすべきか
以上,古代の正義(平等,公平・公正)から,この正義実現に向け,民主主義と司法権を考えてきたのですが,法曹の一翼を担う弁護士は,社会正義のベクトルを何処に向ければよいのでしょうか。
弁護士は,法科大学院ができ,弁護士の増員が始まるまでは,社会的経済的地位として優位な立場にありました。
しかし,アメリカの意を汲んだか,権力が弁護士自治を目の上のタンコブと考えたか,日本もアメリカ並みに訴訟社会となると考えたか(そう信じたマヌケな学者が多い),その真意はわかりかねますが,権力側は,陰に陽に動き出し,25年前300人の弁護士が700人超(千葉県)に増加した弁護士は,もはやかつてのように社会的経済的に恵まれた立場ではなくなりました。
それは,中坊日弁連会長の時代から,司法改革などと煽てられて,鍋のなかで,気持ちよくぬるま湯に浸っていたカエルである弁護士会には,竈が燃えているのが分かりませんでした。
この間,司法書士会,行政書士会,税理士会などは,日本社会の中での士業のあり方を真剣に考え,自らの業界の権益を確保拡大してきましたが,弁護士自治を錦の御旗にしてきた弁護士会は,国家権力と資本主義社会の中での民主主義のあり方,すなわち「社会正義を実現することを使命とする弁護士会は,国家権力と如何に対峙し,どの様に加担してゆくべきか」という基本スタンスを全く意識しませんでしたと言ったら良い過ぎでしょうかね。
最大の誤りが,「主権は国民にある」と憲法に書いてあるから,「主権者は国民だ」と誤解し,表から言えば,政治的には,権力に影響力を十分発揮できない左翼の立場を強調しすぎたことから,権力を行使している官僚組織と政権与党に対して影響力を与えることが出来なかったことでしょうし,裏から言えば司法権の独立を蔑ろにする最高裁に対しても何らの実効性ある提言をしてこなかったことです。
即ち,弁護士会が基本的人権擁護,平和主義などと理想的天下国家を論じている間に,弁護士(会)が浸っている湯船に水を張られ,じわじわと温度が上がっていることに全く気がつかないまま,取り返しのつかない20年が経過し,茹でカエルは,未だ死にはしないものの,危篤状態になってしまったということです。

弁護士会に展望があるか
では,具体的に弁護士会は何をすべきでしょうか。東京都小池知事も言うように民主主義の徹底には,情報公開が不可欠であります。また弁護士会として民主主義社会に積極的に関与してゆく,そのために地方議会から地方の首長選挙で積極的に立ち振る舞い,将棋の駒のような代議士などを選出して,喜んでいては,お湯の温度変化は,わかりません。情報公開と地方を含む政治参加を進めるべきです。
弁護士会として,国民の信頼を勝ち取れる相談システムを考える必要があります。特に国の運営する法テラスを弁護士会に吸収合併するくらい活動を強めるべきで,国民の制度利用の利便性を抜きに,法テラスの批判などしている暇はありません。
また,公務員の外部評価の制度化を図り,弁護士会として,判決・弁論準備・和解などで,裁判官全員の評価を徹底して行い,裁判官が移動しても,全国の弁護士会で情報を共有して,出来の悪い裁判官を徹底的にマークする。(既に,弁護士の評価は,裁判所内で十分されているでしょう。)
さらに弁護士の教育も不可欠である事は明らかであり,お勉強だけ出来て弁護士になった『秀才』は,人間的謙虚さを持ち合わせていなければ,具体的事件処理を行う職人とはなれないでしょう。ですから先輩から後輩への指導を充実させる必要があります。
以上簡単に考えられる弁護士会の課題を考えただけでも,弁護士会の業務は相当専門化される必要がありますから,執行部は複数年の任期を数回努める必要があります。当然ボランティアでなく十分な報酬の支払が必要と考えます。
その他,弁護士任官を経済的に支え,中央地方議会及び首長にも弁護士会として積極的に進出し,司法の表側にある民主主義を充実すべきことも重要です。
最後に法曹一元の実現は,喫緊の課題と考えています。裁判官外の公務員の身分保障とか,公務員個人の不法行為責任を問えなくしている国家賠償法は,憲法違反ではないかと考えます。


posted by やすかね at 15:34| 千葉 🌁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

参議院議員選挙と憲法改正

暑中お見舞い申し上げます。
公平な選挙制度といえるかは、ともかく民主主義制度に伴う参議院議員の選挙がありました。TVをはじめとするマスゴミは、参院選より都知事の候補者選びのゴタゴタ報道で井戸端会議を繰り広げました。
結局、マスゴミは「国民の知る権利に奉仕する真実の報道」などと高尚なスローガンを掲げても、彼らの取材能力は張子の虎でしかなく、官僚垂れ流しの「偏向報道」を「スクープ」にする外ありません。真のマスコミなら、国内的には憲法改正とか集団的自衛権、国際的にはISテロの原因を探り、平和的解決の方向を指し示す程度の報道が求められるでしょう。
また、参議院選挙の結果から、国民統合の基本文書である憲法改正が俎上に上った場合、最終的に国民投票が必要となりますが、改正するなら僅か数ヶ条の改正で足りるものでもなく、国民総意による真摯な議論が必要です。
しかし、この議論をリードできる政党及びマスコミの存在が疑わしい状況では、EU離脱で混迷したイギリス以上の混乱が心配です。また幕末の尊皇攘夷のように国論が分裂するようでは、外国からの干渉も出てくるかもね。
2016年盛夏
〒260-0013千葉市中央区中央4丁目10番8 904号
弁護士 伊 藤 安 兼
posted by やすかね at 16:49| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

法科大学院バンザイ

司法試験合格者500名の頃ですから、私が弁護士登録の直後でした。千葉県弁護士会で有名なヤメ検U先生と印象の良くないS先生のご子息がともに司法試験に合格していました。その他にも尊敬できる先輩のご子息が司法試験に合格して来ましたが、当時は、まだまだ珍しい状況でした。
当時、司法試験の合格率は、やっと2%でしたから、弁護士の世襲は、困難を極めていました。即ち、弁護士のご子息が司法試験に合格するのは、プロゴルファーの息子が同じくプロとして活躍する、あるいは、貴乃花・若乃花のように関取の息子が父親以上の関取になるなど、勝負の世界同様、世襲制は大変なことでした。
ところが、司法試験が難しすぎて、若者が司法試験を目指し、挙句の果て断念することとなれば、若者が将来を失うこととなるという親心(お節介)で、法曹界・法務省は、司法試験制度をいじくり始めました。中でも、若年合格者を増やそうとして成績が良くない人でも合格させてしまった「丙案」を悪評から7~8年でやめた後、法科大学院制度が始まりました。一時は、私も法科大学院は不要である、などと書きましたが、以下の通り撤回する必要があるか、当分は判りません。
要するに、3000人合格をスローガンに挙げ、法学部以外からも司法試験合格者を輩出させよう、合格率も高くしようと言うことで、法科大学院から合格者を輩出してきましたが、結局、3000人合格の前に、弁護士の大量増員から、弁護士の能力低下、収入源から社会的地位も低下し、今や弁護士業界は斜陽産業となってしまいました。
この様な中で、自分の娘が弁護士になり、同じ裁判所の建物内で仕事をしていることに感激して、それを年賀状で報告するなど、微笑ましいこともありましたが、最近は、年配弁護士がその資力にものを言わせて、子どもを法科大学院から弁護士資格を取得させることが容易になり、弁護士の業界も実力を問題としない世襲制になってきたようです。
これに関して2004年10月1日のブログ「喜怒哀楽」で「借金漬けの司法修習生の巻(アンファーな司法試験?)」と題して「司法試験は『資本試験』となり・・弱い立場を知りえる貧乏人には、這い上がる機会も完全に奪われてしまいそうです。」と指摘しましたが、まさにこれが実体となってきました。
しかしながら、ものは考えようで、自分も含め、子どもの教育をしっかりしさえすれば、自分が築き上げた顧問先などを世襲で継げるとなれば、法科大学院も悪くはありませんね。ですから、今回は、法科大学院バンザイと書きました。
結局、弁護士もインドの悪名高いカースト制度のように、自分の職業を子どもに伝えることができ、政治家・歌舞伎・芸能人同様、実力はともかく世襲できる、素晴しい制度ですね。
posted by やすかね at 19:12| 千葉 ☀| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月15日

旧態依然の弁護士会

今日、弁護士会から午後一番で、勾留質問前の被疑者に接見できないかとの問合せがありました。勾留質問は、逮捕されてから48時間以内ですから、何時逮捕されたか不明では急ぐしかなく、弁護士会に12時11分に電話したところ、昼休みと言うことで留守電です。

現在も幾つかの左翼系事務所では、12時から1時までの電話連絡はできません。(夕刻は5時以降、相手から連絡は取れても折返しの連絡は取れません。)
最近では、市役所・裁判所・検察庁も、昔はエラソーにしていた法務局でも昼休みの電話が通じます。千葉県の法テラスも12時を過ぎても電話が通じています。
若い弁護士の仕事も減少している昨今、弁護士会は、電話での法律相談予約もあるのでしょうからもっと利用者のアクセスを大切に考えるべきですが、普通の電話番号は、全く通じません。
相談者の多くは、自分の昼休みに弁護士会に電話して法律相談をしても電話が通じませんので、次に法テラス(本当は、こちらが先?)に電話して相談の予約を取ることになるのでしょうね。
この様に考えますと、今の弁護士会のサービス精神は、20年、30年前のお役所の仕事のようなものです。
因みに、弁護士会の職員就業規則のコピーを頂いたところ、制定が昭和54年8月16日で、施行が9月1日ですから、実に37年前の規定です。当時私も市役所で自治労の仕事をしていたのですが、労働組合は「給与は高く、仕事は楽、休みが多い」ことばかり要求し、市民のために仕事をするなどと考える人は、少数でした。そこで、この様な職場にいても将来性はないと考え、労働組合も役所も辞めて司法試験を目指したのが昭和54年です。
その後、弁護士となり、左翼系の事務所に就職した後の平成5年頃でしたか、自治労船橋の職員組合と当局が労働基準法とおりの労働時間にする・しないで、県の労働委員会で争っていました。私も組合側の弁護士として担当しろと言われたものの、組合側の勝手な主張に呆れて、担当をやめました。当時、我が事務所でも事務員は、9時5時であったものの、朝は赤旗の配達で遅刻常習、5時以降は毎日の残業で、弁護士よりも給与の高い事務員もいました。(もっと凄い書けない事もある)
今日いただいた、弁護士会の就業規則は、弁護士会事務局の力も強かったのでしょう、当時のお役所の勤務時間に習ったものと思われます。9時5時の週35時間の労働時間を「採用」(違法運用)していたのは、私の知る限り県庁・千葉市・船橋でした。(因みに市原市は、8時半から5時)
しかし、これらのお役所も労働基準法に定めた勤務時間を下回って、給与は国家公務員並みに受取っていたものですから、早晩是正せざるを得なくなり、現在のように(実際の勤務時間は、不明です)週40時間制になっていると思います。裁判所ですと8時15分から5時(昼の休憩45分)となりました。
現在、左翼系の事務所は、「民間」ですから週35時間でも30時間でもわれ、関せずですが、弁護士から税金のように会費(月6万円)を徴収している以上、少なくとも公務員並みに週40時間、昼休みも当番制にするなど「改革」をしなければ、法テラスにどんどん水を明けられてしまいます。
しかしですね、国が法テラスを作るとき、左翼系の弁護士は、これに反対しながら制度が完備すれば、法テラスの役職に就くなどしていますから、弁護士会の簡単な「改革」も大変でしょうね。
先日学校の破産などと書きましたが、弁護士会も本当の民営ならとっくに破産ですね。国が法テラスを作った事は、正に弁護士会が本来果たすべき役割を果たしていないからでしょうし、実際に多くの国民が法テラスを利用して利用者で弁護士会に水をあけている現実が証明していることと考えます。

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2016年02月24日

弁護士会の自治(懲戒処分)

日本弁護士連合会の「公告」に日弁連若しくは単位会から、所属弁護士に対する懲戒処分の内容が掲載されています。私も、この様な不名誉な扱いをされないように「他山の石」としているところです。
ところで、皆さん、我が国のサムライ業(士)には、弁護士の外、司法書士、土地家屋調査士、弁理士、行政書士、不動産鑑定士、中小企業診断士、社会保険労務士さらには裁判(事務)官・検察(事務)官のOB再就職組の公証人等々色々あるのですが、弁護士を除けばそれぞれの監督官庁が処分権限を持っています。
例外として弁護士会だけが自分達仲間の処分ができます。どうして弁護士会は、仲間である同業者の懲戒処分ができるかご存知でしょうか。
答えは、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」(弁護士法第1条)からのなのです。外のサムライ業も基本的人権を無視しては仕事ができないではないか、とお叱りをいただきそうですが、実は、法律上基本的人権を侵害する人・組織は国家権力とこれを担う公務員であるからなのです。
しかも、「国又は公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責めに任ずる。」(国家賠償法第1条)と定められ、公務員が職務上国民の権利を侵害しても国民が直接公務員「個人」に賠償責任を追及する事はできないことになっています。
裁判官などは、うっかり間違った判決をしても、全くの無責任なのです。その結果、国民は常に国家権力の濫用・間違いから被害を受ける危険性があるのです。そこで、弁護士法が、弁護士に対して国民の基本的人権を擁護する使命を与えているのですが、しかし、弁護士が法務省とか裁判所の監督下にあるならば、弁護士が基本的人権を守るため、国家権力を相手にして全力を出すことが困難となるからです。
そう言う訳で、全国の弁護士会は、公権力に関係なく、会員の処分ができる独立団体となっていますから、前述の弁護士会の「公告」が掲載されているのです。
しかしながら、パソコンで検索しますと、弁護士会の処分は、同業者ゆえに甘いのではないか、と多くの方々の厳しい声が上がっています。
因みに28年2月号の公告では、13件中一番重い「退会命令」(弁護士になる有資格者が弁護士会に登録してはじめて弁護士になれる)が東京弁護士会でありました。理由は41ヶ月合計157万円の会費と会館建設臨時会費130万円の滞納でした。
次に重い処分は、大分県弁護士会から業務停止1年、理由は依頼者から預かった預り金1千万円を返還せず、弁護士会からの照会に回答しなかった。(これなど業務上横領として刑事処分の対象ではないか?)
東京弁護士会から業務停止3ヶ月、これは、弁護士が3件の医療機関(?)からの相談で1億4千万円の嘘の公正証書(無効の判決が確定)を作成して、これらの医療機関が仮差押を受けていた診療報酬債権から3900万円余の配当を受けただけでなく、5000万円以上の配当要求をしていた事案です。これは詐欺罪の成立が考えられる事案であり、1千万円を超える詐欺などは実刑相当と思われますので、刑事処分が相当でしょうし、退会命令の滞納額157万4000円と金額で比べて見ると、処分は甘いですね。
また、兵庫県弁護士会では気の毒な処分が出ました。業務停止2ヶ月は、入会金10万円と2014年1月の日弁連会費と同年2〜5、7〜11、2015年1月分合計65万4500円を滞納し、2015年2月に全額支払ったものの、業務停止2ヶ月です。払えるのに払わなかったのか、弁護士の仕事が無かったのか、弁護士としての能力不足か分かりませんが、入会金を払わなくとも入会できるのが不思議です。
東京弁護士からさらに業務停止1ヶ月が2件ありました。10分の6の建物の相続を受けた相続人から依頼を受け、外の相続人8名の同意を得ることなく解体した。もう一件は、知り合いの事業資金のために自分も保証人となって、弁護人を勤める被告人から3200万円の融資を受けさせ、50万円で控訴事件を受任するも控訴趣意書も作成せず、辞任届けも出さなかった事案です。
その外の7件は、全て「戒告」という注意処分です。建築紛争でアドバイスした人が訴えた事件の被告の代理人となった双方代理、訴えの提起を催促されながら2年半以上訴えを提起しなかった、行政書士の作成文書に顧問弁護士として記載することを認めた、家事事件で有利に進めようとして相手方である夫に不貞相手の連絡先などを開示なければ勤務先に連絡するなどと夫を困惑させた、2年間事件処理をしなかった、過払い金の清算義務などを怠った、預かった通帳を別人に渡してしまい、損害賠償席有されるとその別人の代理人となったなどの事案です。
一概に処分が軽いとか、甘いなどとは言えませんが、刑事処分となるような事案では、例え公訴時効になったとしても許せないと考えます。政治家も相当古い事件で叩かれたりしていますね。
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2016年01月15日

キリスト教と所有権の絶対・個人主義

受験生の頃、「所有権の絶対」とは何ぞやと勉強したものです。記憶のまま書きますと、例えば不動産である山林の利用形態が多種・多様(村落共同体で山林を生活の糧としていた、複数人で、植林、伐採、開墾など)であると、この山林を他に売却することが困難となります。田畑も同様です。村落共同体で水の管理、耕作の共同、生産物の分配など、土地に対する権利関係は、複雑怪奇だったようです。
ですから、一筆の土地について所有者一人がいて、この土地を自由に処分できるなどと考える事自体、存在しなかったと言っても過言ではなかったでしょう。しかしこれでは、明治の文明開化から資本主義を進めようとした場合、土地の迅速かつ有効利用が損なわれてしまい、経済の足かせとなり、世界の動き(列強の帝国主義)に遅れてしまいます。
そこで土地の所有権は、その土地の所有者が土地に対する使用・収益・処分が(一定の法令の制限の外)他人に干渉されることなく自由にできるようにする(他人が干渉すると、国家は所有権侵害として刑罰とか損害賠償をさせることができる)ことで、明治以来資本主義的発展に寄与できる。またこの土地の取引の安全のため登記制度を充実して登記簿を誰でも見ることができるようにする。(公示制度)
概ねこの程度の知識を具体的場面で応用できれば、司法試験の受験には十分でした。
ところで、この所有権の絶対なる概念は、最近知ったことですが、神と人間の関係から出来上がったようです。『世界は宗教で動いている』(橋爪大三郎 光文社新書)によりますと、大学生の間で(最近は高校生も)評判となっているロボコンのロボットは、人間が作るものですが、このロボットが、これを作った人間に逆らってきて、悪さをしてきたら、皆さんはこのロボットを壊すことも自由でしょう。同じように世界を創造した神の作った人間が神に背けば、殺されたって文句は言えないという関係が正に所有権絶対の考え方の基礎のようです。
同じように「個人主義」も他人の自由を侵害しない以上、何をしようと大きなお世話、人の干渉などするな、というのですが、この個人主義の由来も神と人間の関係から出来上がったようです。キリスト教では信ずるものは救われる、ということで熱心な信仰(神のルールを守り)に励むこととなります。そして宗教改革で教会を経由せずとも、人間が直接神を信じ、お祈りすることで、ハルマゲドン(終末)の際、天国を約束されることになり、これを推し進めれば、結局自分の外の人間は、親も兄弟も友人も関係なく、自分と神の関係だけが重要となり、ここから個人主義の考え方が成立したようようです。
この様に考えてきますと、神も信じられない人は、個人主義など関係ありませんから、自分勝手な人を見つけ「神も信じられないものが、個人の自由などとほざくでない。」と注意したら・・・逆切れされる・・
最近は、とにかく宗教を勉強しなければ世界の動きが理解できません。前回ブログで宗教について勝手なことを書いていましたが、昨日、那覇空港で飛行機の待ち時間中に本屋で『ニュースがわかる!世界三大宗教』(文藝春秋季刊冬号第34号)を見つけ読み始めたら、実に面白いです。これをみれば、キリスト教とギリシャ哲学の関係とか、イスラム教、さらには難解な『世界史の構造』(柄谷行人 岩波書店)等も少し理解が進みました。最後に、佐藤優と半藤一利さんの「失敗の昭和史」などは必見です。本当は頭の悪い、秀才官僚が、国民にとんでもない災難をもたらしたことを実証しています。国語算数理科社会だけ優秀でも人間役に立ちません。現場を生きる職人こそ、これからの日本を背負っていけるでしょう。頭の悪い弁護士もダメですね。お前、自分を卑下してどうするのだ!
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2015年06月11日

通訳の必要のない通訳事件

通訳抜きの「通訳事件」
中国人女性の犯した道路交通法違反事件(酒気帯び)がありました。中国吉林省出身で、来日してから17年、日本人と二度結婚して、現在は小学4年生の男の子と三人暮らしです。
当初裁判所から、「中国語」の通訳事件と報告があり、公判前に検察庁に刑事記録の閲覧に行ったところ、調書では韓国語の通訳が入っていることから、「何だ」と訝しく思いました。
この事件は、逮捕直後から依頼があり、私撰事件となっていました。そこで、まだ身柄拘束中のある日、午後5時過ぎ検察庁の担当副検事に電話するとすごい剣幕で「勤務時間後、電話しないで下さい。」ガチャンと電話を切られました。
この様な経過があったものですから、何とか副検事に仕返しをしてやりたいと思っていたところ、中国語のはずが韓国語、しかも調書の内容を見ると、中国で大学を卒業と書いてあるものの、来日時期などを比べると大学を卒業する前に来日していることが明らかな外、その他の記載にも事実誤認があったことから、「よーし、副検事に恥でもかかしてやるか。」と元気になりました。
で、被告人に学歴・吉林省の状況などを聞いたりして、通訳問題でもごちゃごちゃやっていると、思いもよらないことが判明しました。中国でも吉林省あたりは、朝鮮民族で日常会話は韓国語(朝鮮語)なんだそうで、文字もハングルということです。
若干歴史を遡れば、朝鮮民族が北に移動して、中国国籍になっているらしいのです。
担当書記官に、「中国語ではなく、韓国語ではないか」と詰問しますと、この書記官平然と「誤記です。」と報告文書を訂正しますので、「なんだよ、お前が中国語と連絡してくるから、ごちゃごちゃしたんじゃないか、それを誤記です。の一言で済ます気なのか」と思い、(ひょっとして口頭で喋ってしまったかもしれません。僕のことですから・・)「じゃあ訂正した連絡文書をもってこい」「いやぁ、もって行きません。郵送します。」などと場外乱闘が始まってしまいました。
書記官から訂正の連絡文書が届き事件は正式に「韓国語の通訳事件」になりました。
私が、国選ならともかく、私撰なら必要もない通訳費用を被告人に負担させるのはおかしいではないか」「訴訟費用負担は、裁判官が決めます。」(実は、裁判官が判決で被告人の負担とすると、国際人権B(自由権)規約14条V項f号違反となる)と電話でのやり取りと成りました。
それはともかく、通訳人の連絡先が伝えられましたので、電話をしてみると、日本人とイントネーションが若干違うので、「貴方の国籍は、どこか」と質問しますとこの通訳、差別されていると勘違いしたか、「貴方に言う必要は、ありません。」といいましたね。そこで私は「貴方の日本語の能力を確認する必要がある。」と言うと「私を選任するのは裁判官である。」(やり取りは法定でのもの)という調子で、私と通訳人の信頼関係は、全く築くことができませんでした。
その後も、書記官とのやり取りでも納得できないこともあり、この場外乱闘は当日の法廷にも持ち込まれました。
当日の開廷前811号法廷で書記官は、通訳事件とするか否か裁判官が決めます。と言いますので、「裁判官は被告人とあったこともないし、何を基準に通訳事件とするのか」と厳しく追及しますと書記官殿は全く返事もすることが出来なくなりました。(刑事裁判では、裁判が始まる前に、被告人に関する情報は、裁判所に起訴状しか届いていない。これを起訴状一本主義という。)
更に私が、通訳人に向かい「日本に来て何年ですか。」と質問すると彼女「15年です。」と応えたところ、被告人が間髪を入れず「私は、17年です。」と反応していました。
滞在期間の長短のみで日本語の能力は計れませんが、居酒屋とかキャバクラで働いている外国人は日本語が出来なくては仕事にならないから、単に日本語学校で「お勉強」している外国人より、日本語が堪能となる。それはともかく、通訳人の方が、滞在期間が短いことが判明し、通訳人に多少の焦りが見られました。
裁判官が入廷し、開口一番「本件は、中国語の通訳事件とします。」と、ほら、また中国だってさ!またまた裁判官も通訳言語を間違えてしまい、書記官から「韓国語です」と訂正され、裁判長は言い直しをしました。
「裁判長!本件では、通訳人は必要ない。大阪の高裁では、ウンウンかんぬん」と言おうとしたところ、裁判長、私の発言を無視して「本件は、通訳事件としますので、通訳人宣誓してください。」と、とにかく裁判が始まりました。
宣誓が終わり、裁判長は、被告人に向かい、「難しい言葉が出てわからないことがあったら、通訳人に聞いてください。」「貴方のお名前は、・・住所は・・職業は」と人定質問も日本語で滞りなく終了し、証拠調べ、被告人質問と手続きが進行したものの、通訳人は、全く仕事をさせてもらえず、裁判中一言も通訳することなく、裁判が終了しました。さらに、通常判決は、翌週になるのですが、今回は即日判決となり、直ちに執行猶予の判決がでました。(通訳人は、宣誓しただけで少なくとも2万円ですかね。)
思うに、この裁判官、私の好きな関西人らしく合理的精神を持っており(関東人なら、弁護人が噛み付くとプライドを傷つけられたと考え、意地になって通訳をさせる)十分日本語が通じ、通訳が必要ないと思えば、全く通訳を使わないどころか、翌週に判決では、また通訳人を呼ぶ必要があり(冒頭で本件は、通訳事件と決めている)通訳人のセンセイ(と書記官が呼ぶ)に再度の日当など約2万円の支払を回避できました。ご立派です。
これまで、私が関係したいい加減な、通訳事件は、チベット人の被告人の裁判を英語でやった(被告人はバンク(銀行)が理解できなかった)外、タガログ語のいい加減な通訳、裁判員裁判でのへたくそな英語通訳、など、通訳人は裁判所から高額の日当(時間単価で弁護士費用を上回る)、を受け取り、書記官から「先生」」呼ばわりされて、たいそう偉くなってしまい、私ら弁護人に上から目線で話をするのが、シャクの種ですね。
というわけで、通訳人の必要のない事件では、余分な通訳費用をカットして無駄な税金を使わない、特に執行猶予相当と思われる事件などでは控訴もないでしょうから、合理的判断が必要です。
本来裁判所は起訴状しか届いておりませんので、実際は、検察庁の判断でしょうかね。今回は、副検事さん、通訳人を入れてもいい加減な調書を作成し公判請求となりました。私など罰金を取ったほうが手続きも楽だし、税金のムダ(逆に収入となる)も省けると考えるのですが、公務員は通訳事件にしないで審理して、もしも、控訴などされると責任問題と考えているのでしょうかね。しかし、裁判官ほど責任を負わない職業は、外にはないですよ。いくら考えても、思いつきませんね。




posted by やすかね at 16:21| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

法科大学院構想の躓き

早稲田大学の上村達夫氏は、7月9日の産経新聞『正論』で「法科大学院はなぜ失敗したか」について述べていました。この文章(聞き取りか)は、大変理解し難いのですが、上村先生に質問しても、「理解出来ない奴に説明する必要はない。」と切り捨てられそうなので、上村先生の文章を自分なりに理解したところをご説明するとします。
まず、上村先生は、失敗の原因として、法科大学院構想の際に強調された法化社会の到来という新しい時代への認識と(法科大学院に)司法研修所の代替機能を持たせようという実務重視の発想との矛盾がある、そうです。
またもう一つの矛盾として、こちらは、もう少し難解ですが、法化社会の到来が、金融・資本市場および公開会社法制のあり方が変化し、旧大蔵省の護送船団方式からルール型・市場型・事後型の発想に転換したという認識を中核としている。
即ち、金融資本市場が自由競争ではなく、大蔵省の政策に沿って我が国の金融市場・株式会社が運営されていた旧時代から、高度に発展した資本主義社会のこれからは、ルールを作り、その中での自由競争をすべきで、ルール違反は事後的に処分する法化社会になった、と認識したのであるなら、新しい時代の論理を身につけた法曹育成、本格的な研究者と共に、法科大学院構想を推進すべきであった。
また若干言い換えますと、証券不正・会社不正(この連中は、厳しく処罰すべき)などの事態に備え、時々刻々と変化しうるような規制の実現こそが優先課題であるが、もともと司法研修所では、企業法制や経済法制は基本的に教えていなかったところに、法科大学院に司法研修所の実務代替機能を持たせたがゆえに、法科大学院でも、本格的研究者の養成が蔑ろにされた。法科大学院では新しい時代の論理を身につけた本格的研究者の養成が推進されるべきであった。
以上の点が、法科大学院構想に法化社会の到来と司法研修所の代替機能を持たせようとした矛盾である。(以上、矛盾点は、一つのようですが)
上村先生の危機感として、法化社会の到来にもかかわらず、現代の資本主義社会を支えている公開会社制度とこの会社法、金融商品取引法についての養成が不足しているだけでなく、世界中で最も重要な有価証券報告書を学ばない法曹が日々、生産されている。これらが背景となって法科大学院が撤退を余儀なくされている、とのことですが・・・法科大学院構想の破綻は、そんな高尚な話でもないと思います。
そもそも、法科大学院構想などというものは、アメリカから日本政府に毎年出されている『年次改革要望書』にもあるでしょうが、アメリカに留学した連中が、アメリカの法学教育の形だけを真似して、とにかく、司法試験は難しすぎる、弁護士を増やそう、その理由として、何らの根拠もなく、これからの社会は法的需要が増大するのだ、などと強引に進めた結果と考えます。
法化社会の認識から法科大学院構想の制度設計をした、などという高度な論理など最初から存在しなかったのでしょう。その結果、法科大学院の志望者が激減する一方、司法試験予備試験の受験正が増加しています。大手の法律事務所・企業も予備試験からの合格者を歓迎しているそうです。
posted by やすかね at 14:27| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

司法官僚の鍛え方

今回は,司法官僚の力量について考察します。
現在船橋市長を僭主している松戸徹の公職選挙法違反について告発したところ,堀木検事は,嫌疑部十分として松戸徹の不起訴処分を決定し,これに対し,告発人から千葉県の検察審査会に審査の申出をしたところ,千葉第二検察審査会は,堀木検事の不起訴不相当の議決をした事は,先日のご案内の通りです。
今回の船橋市長選挙での公職選挙法違反は,昨年6月23日施行される市長選挙に先立ち,当時の藤代孝七船橋市長から後継者として指名をされた,当時の副市長松戸徹が現職副市長として船橋市から補助金を受取っている,体育協会会長関根誠治宛「貴協会のご推薦を賜りたく,お願い申し上げます。」との文書を選挙に先立つ3月吉日(3月末日で副市長を辞職か?)送付しているのであるから,これは常識的に考えても明らかな公職選挙法違反です。
しかし,堀木検事は,今私が(3月末日で副市長を辞職か?)と書いたこと,即ち推薦依頼文書の送付日が確定できないことと文書送付時,既に副市長を辞職していたかについて「確信」が持てなかったことからか分かりませんが,松戸徹の「嫌疑不十分」としたのです。
しかしながら,この点はこの推薦依頼文書が,松戸徹の認印が押されていることから,市長選挙終了直後,船橋市役所のパソコン,送付文書の履歴,及び松戸徹の家宅捜索などを迅速に行っておれば,松戸の認印の存在,パソコンに残された文書作成の記録,文書送付の次期の特定,など違反文書の送付時期を特定する事は,何も問題がなかったと考えられます。
さらに体育協会会長が,公印を省略して発送した文書もこれが何処で作成されたか,そもそも何故船橋市体育協会という公的資金の補助金を受取っている組織の会長である関根が,松戸徹の推薦を考えたのか,その動機などの事情聴取することで,松戸徹及び公的地位を利用した関根誠治らの公職選挙法違反の事実が浮かび上がってくるのは,そう難しいことではなかったと考えられます。
そうであればこそ,検察審査会が,不起訴不相当の議決をしたその理由2で「検察官が被疑者及び関係者から聴取した事情は,両者が口裏をあわせたことが疑われる状況にあるのに,他に裏づけとなる証拠がない。」また3では「必要と考えられる関係者への事情聴取が行われていないなど,捜査が十分とは言えない。」と堀木検事の捜査が,不十分であることを指摘していると思われます。
私は,検察の組織が社会正義と真実探求に力を発揮できるように願っている者の一人です。それゆえ,同期で人格に問題のありそうな,某国立大学出身の若者が検察官になったことを心配していたものです。この点を数年前知り合いの検事と話したところ,彼は,米国留学の後出世コースを外れる高検に異動になったと聞いて少し安心したこともあります。
何れにしても,任検から5年経過した頃検事は,いわゆる大量処理で鍛えられて一人前の検事になると聞いていますが,最近はパワハラとかセクハラなどが問題となるにつけて検察庁内部で,若手を鍛える事件の大量処理がなされていないと思われます。
事件の大量処理とは,私達が,沢山の物の整理をするとき行う処理と同じです。まず手に取った物をなんであるか認識し,これが必要か不要かを瞬時に判断し,それを実行する(捨てる,仕舞う)。この一連の作業を一定の時間(期間)継続することです。この作業終了後,頭は,多少ふらふらするでしょうが,この訓練で,人間の頭がフル回転し,頭の構造が質的に変化するのです。皆さんも押入れの中,机の中などを急いで整理すると頭の訓練になると思いますが,如何でしょうか。
きっと堀木検事は,この様な訓練を十分経験していないのではないか,と心配しています。同じ事は,裁判所でも言えると思います。弁護士も裁判官も検事も然るべき時期に然るべき訓練を経ないと通り一遍の法曹となってしまうでしょう。
posted by やすかね at 11:57| 千葉 ☀| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

検察官の不起訴は不当である

今日の裁判所の掲示板に船橋市長選挙(平成25年6月23日)で公職選挙法違反の被疑事件として告発され、千葉地検が不起訴にしたことに対する検察審査会に行った審査申立について、不起訴不相当とする議決があったことが張り出されていました。内容は以下の通りですが、その中で検察審査会は「検察官が被疑者及び関係者から聴取した事情は,両者が検察官からの事情聴取を見越し,あらかじめ口実を作った上,口裏をあわせたことが疑われる状況にある」と関係者の証拠隠滅が疑われる状況と指摘した上で、検察官の捜査が十分とは言えない。と堀木検事の職務怠慢、捜査能力不足を指摘した厳しい議決となっています。
昨今の検察の不祥事多発の背景もありますので、検察官は法と証拠に基づく厳正な捜査処分を行って社会的正義を追及する検察庁の名誉回復を願ってやみません。

平成26年千葉第二検察審査会審査事件(申立)第3号
 申立書記載罪名  公職選挙法違反
 検察官裁定罪名  公職選挙法違反
 議決年月日  平成26年5月27日
議 決 の 要 旨
審査申立人
(氏名) 大 崎    徹
審査申立代理人弁護士 
(氏名) 伊 藤  安 兼
被疑者
(氏名) 松 戸    徹
不起訴処分をした検察官
(官職氏名) 千葉地方検察庁検察官検事 堀 木 博 司
 上記被疑者に対する公職選挙法違反被疑事件(千葉地検平成25年検第105565号)につき,平成26年2月19日上記検察官がした不起訴処分の当否に関し,当検察審査会は,上記審査申立人の申立てにより審査を行い,次のとおり議決する。
議 決 の 趣 旨
本件不起訴処分は不当である。
議 決 の 理 由
本件不起訴記録及び審査申立人提出資料を精査し,慎重に審査したところ,
1 被疑者が公職選挙に立候補するため,関係者に文書を交付したことは,公務員の地位を利用する選挙運動を禁止した,公職選挙法に違反する疑いがあるところ,これを不起訴とするための納得できる証拠がない。
2 検察官が被疑者及び関係者から聴取した事情は,両者が検察官からの事情聴取を見越し,あらかじめ口実を作った上,口裏をあわせたことが疑われる状況にあるのに,他に裏付けとなる証拠がない。
3 必要と考えられる関係者への事情聴取が行われていないなど,捜査が十分とは言えない。
 以上のとおり,検察官の不起訴処分には納得できないので,上記趣旨のとおり議決する。
平成26年6月10日
千葉第二検察審査会 職印
(以上裁判所の掲示板を転記した。)
posted by やすかね at 19:16| 千葉 ☁| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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