2008年03月10日

日銀人事「財政と金融の分離」

国会では、日銀総裁の人事案をめぐり、紛争が続いています。自民党は、大蔵省から財務省事務次官を勤め、日銀副総裁の武藤氏を与党案で認めるべきだ、というのに対し、民主党は「ミスター財務省」と言われている武藤氏は、認められないと言うことです。

この様な人事案は、自民党も野党も好き嫌いで判断しているはずがないでしょうから、推挙する理由と反対する理由をはっきりと国民の前に示すのが本筋です。

今日の毎日によりますと民主党は「財政と金融政策の分離」の原則を掲げて反対すると言うことです。

なぜ、財政と金融政策を分離するとかと言えば、この原則が1965年の国債発行の直後から、ないがしろにされたことで、わが国の国債残高が膨大になった点を忘れてはならないと思います。

わが国の国家財政が「サラ金財政」になってしまったのは、政府自民の、国家戦略なき赤字国債による財政支出を継続したからですが、政府の発行する国債がこれほど「市場」に受け入れられたのは、銀行に対して強大な権限を持ち、銀行を監視監督する官庁が旧大蔵省、現在の財務省だからです。

仮に政府が、国債を発行しようとしても、銀行は国民が購入してくれないと分かれば、国債を引き受けることはないのですが、財務省の監督下に置かれている銀行は、財務省の意向には逆らえず国債を「市場」で引き受けるのです。

しかし、銀行が、膨大な国債を長い間持ち続けることはできませんので、財務省が銀行に対して、若干違うかも知れないのですが、一年後は、日銀が国債を引き受けるとの保証を与えているのです。このような財務と金融の癒着が「銀行市場」を作り出し、赤字国債を垂れ流すことのできる環境を整えているのです。

それですから、「ミスター財務省」には、日銀総裁は任せられないのです。日銀が国債を引き受けたのでは、輪転機が回り、「円」が際限なく発行され、この日本はたちまち、腐り発酵してなくなります。
posted by やすかね at 07:43| 千葉 | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする