2007年12月03日

「私、怒ってます-♪」

「週間東洋経済」12/8号が特集を組んで「覆い隠される貧困」(生活保護基準切り下げで始まる悪循環)を掲載しています。(以下のカッコ内は読みやすくするために追加したのですが・・どうなることやら)

10月「生活扶助基準に関する検討会」が発足し、「生活扶助」が健康で文化的な最低限度の生活費として過不足がないかを検討しようというものですが、生活保護費2兆6千億円の内32%を占める生活扶助(因みに医療扶助は50%)を切り下げようというのが本音でしょう。

政府の考え方は、「最低生活費」を「健康で文化的最低限度」という憲法の基準ではなしに、@(生活扶助を受けている人では)「単身世帯の基準額は第1・十分位(調査対象者を収入の低い順に並べて十等分した最も低い人)より高い」A(母子家庭など)「多人数世帯に有利」B(これまでにも首都圏と地方の格差があるといわれているのですが、ここでの議論では)「地域間の消費実態の差は縮小している」などとこれまでの議論を纏めているようです。

政府は(これに先立つ)04年12月「生保ありかた検討委員会」が『年間収入階級第1・10分位の世帯の消費水準に着目することが必要』との一文に着目し、(生活保護基準を考えるについて、何が健康で文化的な最低限度の生活かと考えるのではなく)一般世帯のうちで最も低収入の階層との比較によって生活扶助費の多寡を検討するよう、要請したようです。(つまり、生活に必要なものを積み上げてこれを金銭に換算するのではなく、生活保護を申請しないで生活する人の中で生活水準の一番低い人たちと比べて、生活扶助費を考えて下さいと、各委員にお願いした)

(この様に考えてきますと、生活扶助費を考える際、労働者の賃金水準が大いに問題となるので、そこで、わが国の賃金の決め方がどうなっているかと視点を変えてみますと・・)ところで、先日の新聞報道によりますと経団連が賃上げの必要性を認めたようです(12月4日毎日にも報道)が、これは労働者派遣法(いわゆるピンはね法)が容認され、企業が低賃金政策のもとで、空前の利益を上げながら一方で、国内消費が落ち込んでも(国内経済に関係はないと考えている。)企業業績が上昇すれば、わが国の景気は回復すると考えたこと(これまでの考え方)が間違いであることを認めたものでしょう。(しかし国民全体の消費が実は、国内経済にものすごく重要であるから)個人消費が堅調であれば、日本経済に好影響を与えるのです。

即ち、単純に考えて、労働者の労働分配率(企業で生産し販売した時、その収益、儲けを経営者側と労働者との間でどのくらいの割合で分けるのか、双方の取り分)が低ければ(逆に企業の分配が多い)、幾ら企業の設備投資(企業が、設備投資をして外の企業で生産した財貨を消費する)を拡大しても(大多数の国民の)消費水準は上がらず在庫が増大するだけ(労働者にはお金がないから買えない)です。

逆に設備投資を増やした分だけさらに企業の生産力が上がり、在庫の拡大が進み不景気(不景気とは、作ったものが売れないということです)が拡大することは、誰が考えても判ることです。

そこで、どこまででも個別資本(資本家集団ではなく、各企業がそれぞれ自分の所の儲けを如何に増やすかと考えるのが普通)が勝手な利益追求(労働分配率を低く抑えて低賃金低福祉をすすめる)をすることを許していれば、わが国でも、この経済の悪循環(労働分配率が低いので、景気を拡大しようとして設備投資をすると、また企業の生産力が増大して、作ったものが売れなくなる。そこで更なる設備投資をしたいのであるが、限界がある)がはなくならない。そこで、経団連がようやく、国内消費を増大しなければ景気回復が進まないことを理解し、各企業に賃上げを求めた(史上空前の利益を上げているのであるから少し分け前を増やせ)ということでしょう。(個人消費はGDPの6割を占める)

結局、わが国の基本政策のところで「学者」といわれる人々が色々論じても、物事はなんでも単純が一番です。今回の生活保護基準の「切り下げ」も考え方の筋道(21世紀の現在での健康で文化的生活とはどういうものかと考えずに、貧困層の収入と比べて生活扶助費を決めること)が間違っています。基準は「健康で文化的最低限度の生活」これは、最下層の生活をしている貧困層との基準ではないのです。

(ここからわき道に入っています)これまでの政府(経団連)の考え方で言えば、低賃金政策を推し進めれば、フリーターといわれる不安定職業がすすみ、晩婚から少子化どころでなく、「奴隷以下だよフリーター」(04年3月18日、喜怒哀楽171頁)に書いたとおり、若者が結婚すらできません。因みに、現在の非婚率は50代で12.5%だそうです。(個人の人生観にもよりますが、あなたの周りにいませんかということで)直ぐ周りの人が思い当たりませんか(と書きました)。

若干わき道に入りましたが、低賃金政策の結果、(政府が考え、委員会に検討をお願いした結果)貧困層が拡大すれば、それに応じて生活扶助費を引き下げる結果が「健康で文化的」という、憲法の考え方に合致しないことは明白です。

ですから、冒頭に議論の内容を纏めたと言われるように@の間違いは明白(そもそも比べることがおかしい)であり、Aも母子家庭などでは85%の母親が働き(母親が働きもしないで家でごろごろしていない)、母子家庭の平均年収(100万円に、届かない人も多い)は全世帯平均の37%、213万円であることを見れば明らかにおかしいし、Bは「地域間の消費実体の差が縮小している」(から首都圏の扶助費が高すぎる)との論理で、全国平均から算出した低い第1・10分位の生活水準に、東京23区などの首都圏での保護基準を下げる屁「理屈」です。

結局21世紀での健康で文化的最低限度の生活は如何なる程度か、と原理原則から検討を加えなければ、わが国の生活保護世帯はボーダレス社会ですから(企業は、世界中の賃金を比べ、人件費の一番安いところに生産拠点を移動するので、日本国内の賃金水準も低下の一途をたどり、これを基準にして生活扶助費を引き下げれば、結局生活扶助費で生活している人々の生活は)中国並みの生活に(引き下げられる)なるのではないかと考えます。

それでは低額宿泊所などで生活している生活保護者の問題(宿泊所の経営者などは単身で生活しているもと労働者の高齢者の扶助費12万円から10万円を経費として徴収して儲けている)をどうするのだ、などとおっしゃるでしょうが、それは法律の定め方と運用の仕方が悪い(例えば正しい求職活動をしているか、自立するための支援が有効かということ)のです。

わが国では全てのルールがあいまいでメリハリがなく「なぁーなぁー社会」だからでしょう。権利を大切にするが、しかし権利の濫用は絶対許さないという厳格さが必要です(権利を主張するものは責任と節度を持ってやるべきだと考えるから)。


例えば上級公務員の収賄1000万円は「死刑」(公務員は頭が良いから法律に決まっていればやらないでしょう)、覚せい剤3回は「死刑」
(これは外国から不良外人が『日本の刑罰は緩いから、仮に見つかっても執行猶予だな』どということでどんどん輸入してくる。

また覚せい剤は他の犯罪のきっかけにもなるから、交通事故のように過失でなく、知っていながら犯行が行なわれるのと異なり、悪質であり、まして営利目的となりますと、中国では一発死刑と聞いています。それゆえ覚せい剤事犯は厳罰に処すべきと考えている。(既に、中国で密輸に利用された日本人のホームレスが死刑になっている。)

詐欺罪(100億円単位での詐欺事件は珍しくありません。5億円稼いで5年の懲役では、一年1億の稼ぎですよね)は全ての財産没収(家族(犯罪者の家族が財産を隠しているから)も追及)、など悪党は絶対許さないという社会的風土が培われる必要があります。

そのためには、小さいときから裏切り者、卑怯者、弱い者いじめは許さないという教育が必要です。子供のときからゲームなど禁止して昔ながらの正義感を育てる「正しいものには味方する、赤っ胴、鈴の助♪」のような教育が求められています。
 
posted by やすかね at 18:03| 千葉 ☔| 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする