その後夜の会見でも「死刑執行という大変重要なことは、法相が判断すべきだという面もある。乱数表も反省している。」とやや修正したものの「基本的問題意識は変わっていない」と強調したとのことです。(26日読売)
これに対しては各種新聞で相当取り上げられ、「死刑廃止を推進する議員連盟」会長亀井静香は「法相の資格もなければ人間の資格もない」とこれまたものすごい言い方の「非難」をしています。(29日読売)
またこの様な発言を受け毎日は翌27日社説で「暴言に法相の資格を疑う」と題し、「厳粛な法制度を冒とくする暴言である」「実務的にも法務省の最高責任者の責任を曖昧にすることなど許されるはずがない。」と批判し、さらに死刑制度の運用に関しても言及している。
これによれば、死刑執行命令書の作成に先立って、法務省刑事局が確定判決の思料を司法判断とは別に精査し、執行の可否を決定しているとのことです。死刑判決は万一にも冤罪の可能性があれば取り返しのつかないことであるし、その外の事情も考慮して執行命令書を作成していると考えられます。
しかし、司法判断で「死刑」が確定している以上再審の可能性もなければ、半年以内に執行するのが法に基づいて下された司法判断を尊重することになります。
私なども最近の重大犯罪だけでなく社会に大きな影響を与えた経済犯罪、さらには薬物事案などにも死刑を適用してもよい、と考えているのですが、この様な考え方は先の亀井議員などの価値観とは全く相反することでしょう。
覚せい剤などは「過って三度も使用したり、販売目的で大量の覚せい剤を所持している」ことなどありえませんから、死刑の適用があっても良いと考えています。
ところで、今回の問題は、鳩山法務大臣が死刑の執行は強大な国家権力行使の最たることの認識がないことが致命的欠点でしょう。国家権力は税金に始まり、各種取締り、場合によっては戦場に送ることもできるのです。この様な国家権力ですから、民主的方法でコントロールすることが求められているのです。
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