1,古代人と現代人で生活に共通するところがあるか
人類が群れを作って生活していたころは、群れで採ってきた木の実、栽培植物、獲物などを程よく分けて食料にして数十万年が過ぎ去ったことでしょう。その後群れと群れがお互い殺しあい、また平和裏に物々交換しながら、幾世代も命をつないできたのでしょう。と考えると今の国際政治と人間の生き方に質的な違いはないのかと、思います。
戦いに明け暮れる自然状態から食料を分配し交換し合う人間の社会は、共同体と共同体の間で話し合いがつけば平和に生活できる。遥か昔から当たり前にわかっていました。
最近、米中会談、日中会談、さらに日韓会談などありましたが、その報道をみれば、ずっとずっと大昔から、人間のやってきたことに本質的違いはない、何時の時代も話し合いが必要なのでしょう。北朝鮮もその辺のところが分かっているなら、日朝会談にもでなければなりません。
いずれにしても尖閣列島もありましたが、レアーアース、大豆、自動車、投資などが話し合いの中心であり、結局のところお金にまつわる話し合いがつけば、万人の万人に対する闘争である動物的自然状態を越えた人類の平和が確立します。
2,人間社会に不可欠の「お金」とは一体何か
以上、昔から人間は平和を求めるために話し合いをしてきました。そこには昔も今も変わらない大切なところがあります。次に人間にとって何時でも大切なものは「お金」です。人間の欲望を満たしてくれるものが「お金」ですが、これも昔から現代までどのように変化し変わらないところがあるか、「お金」を考えてみます。
過去を遡れば、古代社会では持ち運びもできない大きな石をお金として「使っていた」例として、AIでは《ミクロネシアのヤップ島の「ライ石(rai stones)」が有名です。これらの石は直径が数センチから数メートル、重さが数トンにもなる巨大な石で、通貨としての役割を果たしていました。実際に使用できたかという点では、ライ石は物理的に持ち運びが難しいため、現代の貨幣のように日常的な取引に使われたわけではありません。
しかし、所有権の移転が社会的に認知されることで価値が成立し、結婚の持参金や土地の取引、重要な社会的契約の際に使われました。つまり、石そのものが動かなくても、誰がその石の所有者かが社会的に共有されることで「お金」として機能していたのです。このように、巨大な石は物理的な貨幣としての使い勝手は限定的でしたが、社会的信用と合意によって価値を持ち、実際に経済活動に利用されていました。》と答えています。
社会内に共通の「信用」が存在しこれを契約で「動かしていた」ということです。したがって、古代社会で大きな石がお金として「使用できた」と言えますが、その使われ方は、ポケットに入れて持ち運びして買い物のときに商品と引き換えに渡している現代の貨幣とは異なる「使用」形態でした。これも今の時代のキャッシュレスを考えると銀行口座を「石」と考えれば同じですか。
また日本では、江戸時代全国の藩で領内の経済活性化や貨幣不足を補うため各藩が独自に発行した「藩札」(地域通貨)がありました。藩札の信用度は藩ごとに大きく異なり、発行藩の財政状況や運用の適切さに依存し、藩内では一定の信用或いは強制力で流通していたものの、藩外では使えず、藩の財政悪化に伴って信用が低下し、取り付け騒ぎや一揆が起こることもありました。
明治の日本は渋沢栄一が資本主義を進めるために銀行の必要性を説いたことに始まるでしょうが、全国に第1から第百ほどの銀行が設立され「藩札」同様に多くの銀行がそれぞれ独自に紙幣を発行して流通させていました。この紙幣の信用度は発行銀行の信用に依存しており、銀行の規模や財政状況によって大きく異なりました。特に地方の小規模銀行の紙幣は信用が低く、流通範囲も限られていた一方で、主要な銀行の紙幣は比較的信用され広く使われていました。後に明治政府は金融危機からの社会不安を取り除くためでしょう日本銀行を設立して紙幣発行を一元化して信用の安定を図り次第に信用が確立されていったのです。
現代の貨幣(兌換紙幣でない法定通貨)の信用は、政府や中央銀行の信用に基づいています。現代の通貨は金や銀などの物理的な裏付けがなくても、政府がその価値を法的に保証し、納税や公共料金の支払いに使用できる(強制通用力)ことから信用が保たれています。また、経済全体の安定性や国の経済力、市場の信頼も貨幣の信用を支える重要な要素です。ドル安、円高、ウォン安、ルーブル安など現代の貨幣の信用は「信用貨幣」として、社会全体の信用関係や政府の信用に根ざしていると言えます。
このように貨幣の信用性は円滑な経済運営に不可欠なのですが、金(ゴールド)の裏付けもなく、国ごとに信用力も違うことを考えてきたところを敷衍すれば、社会の中で貨幣の信用力(貨幣の所持人が希望すれば、常に必要な商品・役務と交換できる)があれば貨幣発行権限を制限する必要もなくなります。
そこで現代では何種類もの「仮想通貨」が発行されてきました。わずか1円程度で発行された仮想通貨の値段が急激に上昇して、大儲けをする人も出てきました。仮想通貨の価値が激しく乱高下する「仮想通貨市場」は株式市場も真っ青です。通貨と同じように買い物ができ、海外送金に送金手数料がかからないと今度は銀行が真っ青です。さらに世界的犯罪組織(麻薬密売、特殊詐欺グループなど)の「儲け」をマネーロンダリングすることも「自由」になります。この様な仮想通貨の信用不安と銀行の利益を守り、マネーロンダリングのリスクなどから国家が規制(税金の納付不可、発行制限?)を加え始めました。
AIに貨幣と仮想通貨の違いを教えてもらったところ、AIは次のように「回答」しました。《現代の貨幣(法定通貨)と仮想通貨の信用性には大きな違いがあります。現代の貨幣は政府や中央銀行の信用に基づいており、法的な保証や経済の安定性、国の経済力などがその信用を支えています。一方、仮想通貨は特定の国家や機関の保証がなく、主にブロックチェーン技術の透明性や分散型ネットワークの信頼性に依存しています。そのため、仮想通貨の信用は技術的な信頼性や利用者間の合意に基づくものであり、価格変動が大きく、法定通貨とは異なる性質を持っています。》
というのですが、前述のように古代社会の石でできたお金、藩札、弱小銀行の発行する銀行券、国家の統制下にある通貨、世界各国の通貨、兌換紙幣でなくなったドル、など考えて最後は通貨不安になると「永遠の価値」金の価額が上昇してきます。現在金が高騰し1キロ二千万円程度です。二千万円で金のインゴット1キロが手に入ります。
ところで、わが国大手の金取引業者T金属の顧客が仮に10万人(人口比0,8%)が2000万円T金属の保管庫で「現物の金」を保有すれば、合計2兆円、金に換算して100トンになります。しかし、本当にT金属が100トンの金を保有できているのでしょうか。顧客全員が現物の金を保有しようとは考えていませんから、実際にT金属は10トンも保有する必要はないでしょう。とすれば、結局「現物の金」も最終的にはインゴットが欲しいとなれば何時でも金に交換できるという「信用」で「金の現物取引」が行われている、ことになります。
すべての人が現物を欲しいとすれば、金はさらに値が上がり1億円位になるかもね。T金属の信用で金取引ができると言うことと仮想通貨の違いも分からなくなりました。金の国際相場があることが唯一の違いとなりますか。金への投資、株式投資、不動産投資、すべて「お金」を増やす手段ですが、自分の体を動かすこともせずに「お金もち」になろうとするのは、悠久の昔から人間は労働することにより価値を生み出してきたことに矛盾するようです。
3,最後にAIに豊田商事事件と仮想通貨の違いなど聞きました。
《1980年代に発生した豊田商事事件は、金のペーパー商法を用いた大規模な詐欺事件であり、高齢者を中心に多くの被害者が出ました。豊田商事は実際の金地金の裏付けがない「純金ファミリー契約証券」という紙切れを販売し、新規契約者の資金で既存契約者に配当を支払う典型的なポンジ・スキーム(ねずみ講)でした。現在の仮想通貨と豊田商事事件の金のペーパー商法の主な違いは、仮想通貨はブロックチェーン技術による透明性と分散管理に基づくものであり、中央集権的な保証がない代わりに技術的な信頼性を持つ点です。一方、豊田商事事件は実体のない商品を高配当を謳って販売し、詐欺的な資金循環を行っていた点で、信用の根拠が全く異なります。
また、豊田商事事件は主に高齢者の心理的な安心感や元本保証の謳い文句に付け込んだ詐欺であったのに対し、仮想通貨は市場の需要と供給、技術的な仕組みによって価値が変動する投機的な資産であることも大きな違いです。
日本における仮想通貨の法的規制は、2017年4月に改正資金決済法が施行されたことにより整備されました。この法律により、仮想通貨(暗号資産)は法律上で定義され、暗号資産交換業者には登録制や本人確認義務、情報開示義務などの規制が課されています。また、マネーロンダリング防止のための犯罪収益移転防止法も適用されており、取引の透明性や利用者保護が図られています。つまり、仮想通貨の取引や交換業者は一定の法的枠組みの中で運営されており、利用者の安全確保が進められている状況です。これにより、豊田商事事件のような詐欺的な資金循環スキームとは異なり、法的な監督と規制のもとで市場が運営されています。》

