知り合いの社会保険労務士の奥さんです。アラフォーですが30代前半に見える小柄で細めの美人です。髪はチョット長め歯科医でアルバイトをしていたのですが突然の解雇を言渡されてしまいました。
アルバイトも雇用契約ですが、法律上の定めがどうなっているのでしょうか。特別法がなければ、雇用契約の出発点は民法623条の条文から始まっています。雇用主の労務に服することとこれに対して報酬を払う事で「雇用」契約が成立します。(625条)
「雇い主の労務」とありますが「労務」とは主に肉体労働であり、「雇い主『の』」とは、雇い主が本来行うべき肉体労働ですから、雇われた者(以下「労働者」)が自分の判断で「これをやれば雇い主が喜ぶであろう。」などと考え、例えば廊下に落ちていたゴミを拾っても、それは「雇い主の労務」にはなりません。
しかも労働者は雇用主と対等の関係にありませんから民法だけでは、法の求める正義公正の関係が維持できません。そこで労働基準法などが定められた外にも労働の現場の管理など、労働者を保護する法律が沢山あります。ですから新入りがバカなことを言っても、「いいんだよ!つべこべ言わずに50センチまで掘れ。」と社長はなんとかパワハラにならない程度に叱咤するしかありません。
秀吉が信長の草履を懐で温めても、草履を履いた瞬間に信長が「おやっ、こいつ草履に座っていたな。」と誤解されたら打ち首となります。そこで秀吉は腰紐を解き、草履の砂がパラパラと着物から落ちることで疑いを晴らさなければなりません。これは400年も昔の関係ですから現在の民法の想定する契約当事者の力関係は、戦国時代ほどの厳しさはなくとも雇い主と労働者の関係は法律が理想とする対等平等の関係ではありません。この極めて簡単な雇用契約に関する規定について法律は色々な特別法を定めて、雇用契約を締結したと言っても、はなから対等な関係ではありません
労務に服する義務がある
労働者は勝手に何かをすれば良いものでなく、雇い主から、言わば命じられた労務に服することです。服するとは辞書を見ますと「得心してしたがう、恐れ入ってしたがう。服従する。」事ですから、雇い主から言われた事に対し、つべこべ言うことはできません。労働者の方が頭も良く命じられた労務のやり方より、違う方法があってもその場合は雇い主の判断を求める必要があります。
とある相談者から消費者金融問題で相談を受け、色々事情をうかがったところ、現在仕事をしていないということです。どうしたのですか、と聞いたところ「建設会社の現場で一週間働いていたけど、社長と意見が合わないので辞めてやった。」とのことです。確かに自分の意見を尊重してくれない職場というのは働いていることが苦痛となります。しかし、自分から『辞めてやる』というのは雇い主にとってとても有り難いことです。
労働者の解雇は難しい
もしもですよ、この人が現場で社長と意見が合わずに社長から「あと50センチ掘り下げろ」と命令されたとき入社直後のこの人が「50センチじゃだめだ、70センチにしたほうが良い」などと「社長と意見の合わない」ことを言い始めたら、どうでしょう。社長はすぐにこの新入りの首を刎ねたいはずです。しかし社長は一度採用した労働者を簡単に首にしたらエライことになることを知っています。
入社の際取敢えず1週間様子を見てから採用するか否か決める、となっていればともかく、「今日から正社員」などと社員を採用することは雇用主にとって極めて危険です。何が危険かというと、一度雇った労働者を雇用主は簡単に首にはできません。労働者から「お恐れながら」と労働基準監督署に訴えられたり、裁判所に解雇無効などの民事訴訟を起こされたりしますと、法律も裁判所も労働者の味方ですから、結論とすれば雇用主は、働いてもいない労働者に賃金の半年分の支払いを求められます。
解雇慣れした強者
ですから、ずる賢い労働者になるとこの点を逆手に取り、社員になるまでは「いい子」ぶって何も文句も言わず一生懸命働きますが、一端正社員になったら手の平を返すようにダラダラと小言を言いながら仕事を続け、回りにも迷惑を掛け始めます。社長は部下からも文句を言われ困り果て、一度も注意をすることもなく「首だ、明日から来なくていい。」などと言ったら、さぁ大変。翌日労働者は働くつもりがなくとも、会社に顔を出します。会社から首と言わせて、その後どうするのが得となるか知っているのです、常習犯ですから、仕事をするつもりもないのに出勤して労務の提供をするのです。これに対し、社長以下事務員が「貴方は首ですから帰ってください。」これで労務の提供を断ったことになり、出勤した給与は保障されます。労働者の労務提供に対して会社側は(責めに帰すべき理由なく)「受領遅滞」(受取拒否)になっています。
国の「正義」でズルがのさばる
どうでしょう、これを二、三日繰り返し、その後弁護士のところに行って「解雇無効・不当解雇」だといって民事訴訟を起こしてもらいます。弁護士費用は「法テラス」などと言う国の出先機関から「貸与」ということで弁護士と裁判費用は全て直接弁護士に支払われます。
国の費用で弁護士を雇い、以後裁判が終わるまで毎日アパートで朝から酒を飲みパチンコ屋に行って過ごしています。数か月経過したころ裁判官が和解の勧告をします。裁判所は会社が労働者に一度の注意もせず即刻首を言い渡したことについて厳しい目で見ています。
会社側は慣れない裁判沙汰で、ほとほと困っていたところ裁判所からの和解勧告が出れば裁判沙汰で時間を潰すより、本業で稼ぐ方が手っ取り早いので、渋々従うこととなります労働者の方は、裁判所の和解に対し、会社に戻り仕事をしたいのですが体調も思わしくありませんから、6か月でなく何とか一年分の給与を払うように会社に行ってください。などとしおらしいことを言いますが、内心では万歳をしています。
ですから、先程の「50センチ掘り下げろ。」の社長命令に対し新入りが「70センチが良い」などと反抗した場合、社長は丁寧に「そうじゃないんだよ、あまり深く掘ると隣からの土圧が大きくなり、崩れてくる可能性もある。」などと仕事の原理を教え、場合によっては一人でできる仕事をあてがい、労働者が自分から「辞めます。」と言わせることが必要となってきます。
「法の正義」に基づく公正妥当な結論
弁護士のくせに、弱い労働者の味方をしないのか、と非難されそうですが、苦労しながら真面目に働いている多くの労働者のことを考えれば、ちょっとした言葉遣いから適応障害になったとか、ずる賢く怠けている者には「権利の濫用だ」と言わなければ、法が求める公正妥当な正義に基づく結論は名目になってしまいます。労働基準監督署は先ず解雇された労働者からの申告を基準にして、雇い主の意見は疑いを持って聞きますから、要注意です。また監督署は国の上から色々の調査を命じられていますから、本当は呼び出しをしなくともよい事業所の代表者を呼び出したりします。先日も労働者派遣事業の届け出はしてあるものの、実績ゼロであるから労基署に出頭しなくとも良いか、とたずねたところ、担当者は「来なくて結構です。」と回答したものの上司が「出頭しろ。」ということで実績ゼロの報告書を持参し、ものの数分で終了です。小さな会社の社長の一日がつぶれています。これは労基署が国に処理件数の報告を求められているからの「不要な事件」聴取でしょう。何時でしたか、監督署の窓口に行ったところ、カウンターの向こうでこっくりコックリしている職員がいましたので、反省文を取ったうえで「居眠りは見えないところでやってくれ。」と注意したことがあります。再雇用の労働者は疲れているのでしょうかね。
何を基準に真実に迫るか
警察官は被害届を出した被害者の言い分を基準にして「加害者」から事情を聴くことが多いので、被疑者の言い分が被害者の申告と異なると「嘘を言うな」と言われやむなく虚偽の「自白」を余儀なくされ痴漢事件で多くの冤罪があったことでしょう。これでは司法の正義が成り立ちません。何が間違いかというと、被害者の言い分を基準にして加害者を尋問することです。歴史上も讒言でどれほど有能な人が貶められたか、枚挙にいとまは有りません。最近はネット上の情報が独り歩きし「真実」はスマホの上にある様です。相手のことをどう理解するか、面接して話をしなければ本当のところは分からないのですが、最近の日本人の日本語能力が劣化していますから警察官も労働基準監督官、さらには裁判官も客観的真実を簡単にネットで検索しないことが望まれます。
歯科医のアルバイト奥さんの相談
そうでした、美人の奥さんからの相談でした。前述で、簡単に雇用契約とか解雇無効の裁判沙汰の話をしましたが、今回の相談者は、アルバイトの主婦ですから立場は弱く、時間給1000円程で、何時「明日から来なくてもいいです。ありがとうございました。」と解雇されても訴えていくところがありません。しかし雇用契約でなく仕事中の不法行為などがあれば話は別のところに行ってしまいます。だから弁護士たるものアルバイトを解雇されたと相談を受けても「ああそうですか。アルバイトね、雇い主の責任追及は高い石垣を登って城を攻めるようなものです。」などと最初から無理と宣言してしまっては失格です。
許されない解雇
どうやら、歯科助手として歯科医とか衛生士の手元(お手伝い)で仕事をするのではなく、歯科医から患者の歯型を取れと言われたようです。ケースに入った速乾性の樹脂を歯に充てて数分動かないように抑えるだけですから、素人でもできそうな仕事ですが、オッとどっこいこれは紛れもない医療行為です。この違法な医療行為を何度かやらされた結果、とうとう失敗したようです。
窓口で、大声で怒鳴るジイサン「俺の歯形を取った女を出せ、説明しろ」と大騒ぎです。歯科医師も窓口で喚かれては信用問題ともなりますので、まぁまぁと別の部屋にご案内したところ、そのジイサン「あの女を連れて来い。」、歯科医師が今日はいませんなどと言っても聞き入れず、止む無く歯科医師が歯科助手を呼んで話をしようとしたら、ジイサン「あんた詫び状書け」との剣幕です。当初詫び状など書けませんとキッパリ断ったものの、院長先生がジイサンの執拗な要求にとうとう歯科助手に「詫び状を書いてください。」という始末で、従業員を全く助けてくれません。やむなく簡単な詫び状を書いてジイサンに渡してもまだ怒りが収まる気配もなく、「ここにあんたの住所を書け。」とまで言ってきました。歯科助手さん恐れをなしたものの、住所など書いたら家族に迷惑が掛かると頑張り、住所を書くことを拒否したのですが、ジイサン受け入れてくれません。ここでも院長先生全く歯科助手さんを助けようとしません。そこで、あきれ果てて歯科助手さんは職場を後にして自宅に戻ってしまいました。
後日、話を聞くと院長の歯科医師ジイサンに手土産を持たせ帰ってもらったようです。そこまではいいのですが、さらにこの歯科助手さんに対して「明日から来なくても良い。」と首を言い渡しました。
相手側弁護士とのバトル
そこで、こちらの事務所に相談に見えたのです。話を聞いて、正義を貫く弁護士とすれば到底納得できる話ではありませんから、院長先生は歯科助手さんに何をさせたのですか、苦情を申し立てた人に説明もせずに歯科助手に詫び状を書かせたのですか、またどうして首にしたのですか、等事実関係をしたため内容証明郵便で歯科医師宛て突然の解雇は不当である、給与3月分位と慰謝料で100万円程請求しました。
弁護士からの内容証明郵便は、事件がそれだけで収まらないのが通常です。歯科医師の院長さんも弁護士のところに相談に行ったようです。早速こちらの事務所に電話がかかってきました。不当な解雇だとか、医師法に違反する、詫び状を書かせたことはやりすぎだ、等伝えたのですが、相手の若手弁護士は、単なるアルバイトの解雇問題だとタカをくくったのでしょう。ボス弁もいるのに相談しなかったのでしょうか。
最後に捨て台詞「請求には応ずることができません。どこに相談されても結構です。」と私に好きなようにしろ、どうせ何もできないだろうと話し合いを打ち切り、和解など拒否してきました。「そうですか、示談できないのですね。残念ですが、分りました。」と内心ほくそ笑んで電話を切りました。
全ての事実が交渉材料
ということで歯科助手さんを再度事務所にお呼びして、「歯科医師でもない者が歯型を取ることは、刑事事件となる可能性もあります。あなたは警察に行って、自分の行った医師法違反の行為を説明できますか。場合によっては罰金刑もあり得ます。」と説明したところ、『ハイ大丈夫です。警察にも行きます。』と覚悟ができています。
そこで、担当警察署に予め出頭して頂き、事件のあらすじを話してもらいました。相手方に金銭的要求をするような場合、相手によっては「弁護士から恐喝を受けた」などと垂れ込まれる恐れもあるので事前に警察に情報提供しておくことは必要です。歯科助手が歯科医師に言われ、簡単な歯型をとった、これを長い間繰り返したことで被害者が出ているなどの事情がなければ、この程度では警察の捜査は始まりません。
次のラウンドが重要です。相手の弁護士が「どこに相談されても結構です。」と当方が何もできないだろうと考えていることをギャフンと言わせなければ腹の虫もおさまりません。そこで内容証明郵便と歯科助手さんは既に刑罰覚悟で所轄警察署に報告している事を文書にしたため、県内の歯科医師会に通知しました。
失敗は成功の素
相手の歯科医師の院長、弁護士でもなく、警察でもなく医師会からキツイご指導があったと思います。普通、個別の民事事件などは他の医師も知ることは有りませんが、歯科医師会が管内の医師が素人に医療行為を行わせ、患者からも抗議を受けている事実を知ったとき、この事実がさらに厚生省などに報告されたときには、県の歯科医師会も心穏やかではありません。
数日後、電話が来ました。「先生の方の要求を全て認めます。示談してください。」相手の弁護士は、こちらの言い分を全て認め、和解案も作りますので、示談してください。とのことで一件落着です。誰でもそうですが、「失敗は成功の素」若い弁護士さん今回は大失敗ですが、今後の糧に繋がる反省ができたのでしょうか。