2016年07月11日

中国人爆買と資本主義

最近のニュースで「中国人爆買も下火となり、もっと日本人客を大切にしておけばよかった。」と都内のデパートの売り場の紹介記事がありました。
ところで、中国は、数十年前までは、「社会主義国」(今は、どうなった?)で国民は「平等」ではなかったのでしょうか、それが、ある時期から、どうして中国人の爆買なるものが発生したのでしょうか。
今の中国では、日本以上の格差社会と聞いていますが、4億人の都市戸籍の富裕層が9億人の農民戸籍の貧困層を「搾取」しているのが中国であり、この都市戸籍の中国人が爆買に走ったようですが、都市戸籍の人だけがどうして超富裕層になれたのでしょうか。
そこには、資本主義の初期段階で、中国政府が外国からの投資を呼び込む中で都市戸籍の連中が暴利を貪れたからくりがあったのです。 

もともと、中国には、資本家となれる資本など持っている人は、余りいなかったでしょうから、共産党の中国政府は、日本などの外国に投資を呼び込んだのです。また日本などの資本が中国進出をした理由、それは中国人労働者の労働力の安さです。国際的なボーダレス社会の中で資本移動の自由と労働力の安さから外国資本がどんどん中国に進出しました。
まだ、ここでは爆買中国人の発生は、明らかではありませんが、その種明かしは、これから言及しますが、資本主義の原理から明らかとなります。
マルクスは、資本主義社会の特色は、第1に労働力の商品化であり、資本を持つ資本家は、この労働力を「自由」な契約によって購入して、この労働力を使って商品を生産し(産業資本主義)、この商品を販売して利益を上げます。しかし、資本家に膨大な利益が生じたとしても、その利益が労働者に分配される事はありません。労働者は、既に労働力を資本家に売り渡してしまっており、資本家はその労働力を生産設備の中に組み込んで商品を生産しますが、この商品の所有権は、国家によって資本家の所有物となることが保障されているからです。

 ところで、マルクスは、資本家は地代を地主に払うことを説明しています。即ち、資本主義は、資本家と地主と労働者が「主人公」で成り立っているのです。日本は、明治になって地券制度を行って土地の所有権(入会権とか地役権などの複雑な所有権でなく、売買・処分の自由な所有権)制度を認めました。徳川家康が利根川を銚子に流れを変えたことで、江戸の膨大な湿地帯は、21世紀、世界に誇れる巨大都市に変身しましたが、この過程で江戸・東京の土地の所有権を取得した岩崎家などは、巨大な資本家になれました。

中国ではというと、中国では土地の所有権は、国民が持つことが出来ません。土地は地方政府の所有であり、農民はこの地方政府から土地を借りて農業を営んでいました。
そこに、政府が外国資本の導入を決め、工業団地などを造成しようとした場合、地方政府は僅かの保証金で農民から土地を取り上げ、これを地方の役人が役員となっている土地開発公社が土地を造成して外国企業に高値で売却(使用権)し、膨大な利益を役人が山分けして大儲けをしたのです。
 中央政府の役人もその権限(許認可権ですかね)を濫用して巨額の賄賂を溜め込み、これがパナマ文書で明らかとなったように、温家宝前首相は、夫人を含む親族口座で27億ドル(日本円にして2900億円)もの蓄財が暴露されました。(『中国滅亡への法則』文藝春秋2016年夏50頁)
 外国資本は、中国国内の土地所有権争いには口を出せませんから、土地公社の役人たちは、農民を追い払って莫大な金を手にできたのです。また一部役人は、外国資本会社の従業員などにもなって、労働者の締め付けに「手腕」を発揮したことでしょう。

 この様にして、中国国内での工場団地などの都市開発で生じた、桁違いのお金持ちグループが日本で爆買に走っていたのですが、中国のバブルも終焉を迎え、都内のデパートも閑散としてきたということです。
 実は、中国での農民からの土地の取り上げと同じような事は、この日本でもあったのです。現在、私達が、現在の九十九里海岸で、ハマグリなどを取ると窃盗となりますが、僕たちの子どものころは、五井・八幡・姉崎の遠浅の海岸でハマグリ・アサリなど自由に採ることが出来ました。人によっては100キロも200キロも採取して販売もしていたのです。これは、山林の権利について言うなら、入会権などのような弱い権利ですが、自由に浜に入って魚など取れたのです。また魚業者の漁業権などもそれほど強く主張されなかったからでしょう。

この様な、海に入る権利がいつの間にか、知らない間に取り上げられてしまったのです。それは、千葉県が企業庁を作り、海岸を埋め立して工業団地を作って、石油コンビナートを呼び込んだのです。20年以上シアンを垂れ流していた川鉄なども埋め立てた海岸で膨大な利益を上げ、またそこで働く労働者も職場を得ることで日本の高度経済成長は進んだのです。まぁ、私達の海に入る権利などは全く無視されたのですが、中国の資本主義の初期段階を見て、また誰が濡れ手で粟を掴んだのかを知るには、千葉県の臨海工業地帯の埋め立も参考になる話ですね。
posted by やすかね at 18:15| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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