2014年09月19日

お金に対する執念と人間性

私達弁護士は、人の社会的な悩みを生活の糧にする仕事ですので、スポーツ新聞・ラジオ・テレビなどで派手な宣伝をして「集客」をする事は、倫理上大きな問題がある(医者とか僧籍者も人の「不幸」を糧にしています。)と考えていますが、最近は「ド派手な」宣伝で大儲けを企んでいる弁護士が増えています。
ですから、依頼者に弁護士の着手金・報酬を告げるときは、未だに躊躇する場面があります。「先生、それで良いんですか。」と聞かれるときもありますが、「そうですね、お金ですから、あっても苦労はしませんが、欲をかきますと際限がありませんから。」と、やせ我慢をするときもあります。

そういうことで、弁護士の相談料は、最近は引き下げられているようですが、昔から1時間1万円ですから、一年間2000時間仕事をして、大体2000万円の売上から、弁護士会費(月6万円と少し)、事務所の賃貸料、事務員の給与、その他の経費などを差し引きますとサラリーマンの収入と遜色ありません。
しかし、ですね、大阪のほうの某弁護士が、顧問先の息子の刑事件で「1時間1万円」の約束で弁護人を依頼され、たしか、着手金で200万円を受け取った後、さらに2000万円ほどの報酬などを請求して、懲戒処分を受けていました。どうして、と思い、内容を見ますと、なんと一日は24時間ですから、被疑者が釈放されるまで弁護士が寝ている間も一時間1万円の請求をしたわけです。
この悪徳弁護士、金銭が食べ物などとは違い、欲望が満たされるためには、際限がないことが分かっていないのです。

最近の例ですが、国選弁護人をやりますと、被疑者が金銭の差し入れをしてほしいと言ってくることがあります。これまでにも何回か1万円の差し入れても「返金」を受けた事はありませんでした。そこで、今回国選弁護人を受けたところ、お金の差し入れをせがまれました。過去の経験から1万円を入れると返ってこないので、2000円を差し入れたところ、数日後さらに「5千円差し入れて」と言われたので、また2000円と買った本の差し入れをしました。驚いたことに、釈放されてから事務所に小さい焼酎2本と共に返金に来たのです。貧乏でありながらも社会常識があることに感激しました。

これに引換え、私が某病院の顧問をしているのですが、一流会社の高給取りの息子が父親の入院費の請求にわずかばかりの間違いがあったことに難癖をつけて、数ヶ月分の入院費・立て替え金などを払わず平然としているのです。呆れています。
posted by やすかね at 17:30| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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