2006年09月26日

「不作為の独裁」

今日(9月26日)は、書かなければならないテーマが二つあります。ひとつは小泉内閣の総辞職に伴い、杉浦法務大臣が法務省との攻防を続けて結局、死刑OKの署名をしなかった(朝日)ということ、もう一つは麻原彰晃の弁護士二人が東京高裁から弁護士会宛『処置請求』された(産経)ということです。いずれも弁護士としての職責を全うしていない点で「大問題」と考えます。

杉浦氏は、法務大臣就任直後『私はサインしない。』と明言し『心の問題、哲学の問題』などと説明した後、一時間後に撤回したが、法務大臣を辞めるまで死刑に署名をしなかったのですから、その撤回は『大嘘』であったことになります。

結局法務省の事務当局(殆ど検事)と任期最終盤まで攻防を続け、最後には『自分で記録をよむ』と言い出しキャビネット一つ分ある書類を大臣室に持ち込ませたものの、どうせ読めっこないはずですから、法務大臣としては、とんでもない無能でしかないことになります。

現代社会で発生する凶悪犯、厳重処罰を求める被害者の感情、慎重な審理(必要以上に手間暇かけ)を繰返した結果である「死刑判決」を無視し、自分が神であるかのように「自分で記録をよむ」などと放言(それまで正当な手続きを経た、裁判官・検事・弁護士の論戦・判断を信用していない)することは、「法治主義」を理解していないだけでなく、無能大臣の『不作為の独裁』としか形容ができません。

自ら門徒である浄土真宗大谷派の幹部からも「執行拒否の信念を貫くように」と激励されたと報道されていますが、死刑囚の引起こした凶悪犯罪を具体的に理解・認識できていれば、そのような法を無視する「激励」などもできないはずです。杉浦法務大臣も自分の哲学を国家社会の中で貫こうとするなら一時間後に「撤回」するのでなく、一時間後に「辞職」すれば良かったのです。杉浦法「無」大臣だったのです。因みに9月15日現在未執行の確定者は89人だそうです。

次は、高等裁判所へ控訴趣意書を提出しないで、麻原の死刑を確定させてしまった松下(仙台)弁護士と松井(東京第二)に対して東京高裁がそれぞれの弁護士会に「措置請求」(懲戒を求める請求)をしたことです。

控訴趣意書とは、第一審の裁判について不服がある場合、その不満な点を高等裁判所に提出して、審理を求める争点を明らかにしようと言うものです。期限を定めなければ、裁判が徒に長期化しますので、裁判所は何時までに提出せよといってきます。今回の二人の弁護士は提出期限の延長を申し入れ、17年1月の期限が8月まで延長されたものの期限内に趣意書を提出せず、麻原の精神鑑定をめぐる駆け引きの材料にしたというのですから、これまた大問題です。

麻原の裁判は、日本だけでなく国際的にも関心を持たれていたはずの裁判ですから、結論は分かっていても全ての手続きを迅速にする必要があったはずです。

控訴趣意書だって、一度延期され、次いで場合によって控訴趣意書の補充書だって提出できるでしょうから、二人の弁護士はとんでもない、これも独善的不作為といえるものです。

今後二人の処分はそれぞれの弁護士会が弁護士会の「自治権」に基づいて決定されるのですが、厳罰に処すべきと思います。いい加減な処分をして弁護士会が世論から浮いてしまうようでは弁護士会自身の自治など社会的に認容されなくなります。話がそれますが、母子殺しの最高裁で欠席し、社会から批判されている弁護士もいます。

弁護士会は、何かと言うと反権力がかっこいいと考えている節もありますが、弁護士会も結局は国家権力の一部(法治国家の一部)を構成していると考えますので、社会から遊離しては自治権の濫用となり、最後には「自治権」も取り上げられてしまうでしょう。

私は、弁護士3000人増員時代は、ある意味で権力が『弁護士会の自治権』を潰しにかかっていると考えているのです。毎年、3000人もの合格者を出してくれば、俺は独力で試験に合格したのだ、弁護士の社会的役割など糞喰らえ、と自分勝手で銭儲けしか考えない不埒者が多くなり、弁護士会の統制などできなくなります。

弁護士会が会員の統率を取れなくなり、適切な処分もできなくなって国民の信頼を失えば、その後弁護士会は法務省ないしは最高裁判所の統制下に入ります。

今のJR、昔の国労が自暴自棄にスト権ストなどと銘打って一週間のストライキを決行し、国民の信頼を失った後は、ご承知のように『自己規制できない連中に権利はいらない』とばかり、国鉄は分割民営化され、国労は完全に影響力を失いました。その結果わが国では、労働者派遣法はじめ、低賃金・長時間労働などで労働分配率も悪くなり、ひいては国の経済全体も不景気から脱出できませんし、国民の二極化が進み、差別化が進行しています。

話が飛躍しているようですが、結局弁護士会も社会全体の中で、時代時代の国民意識を認識しながら、全体的なバランスをとりながら自らの自治権を正当に行使する必要があります。その意味で弁護士会も社会の様々な団体からの批判を受け入れ、常に裸の王様にならないように意識しなければなりません。控訴趣意書も出せない、ルール無視の「アホ弁護士」に対する『弁護士会の不作為』は許せません。
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posted by やすかね at 09:16| 千葉 ☁| 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする