2006年09月22日

新司法試験制度・杞憂?

21日、新司法試験での合格者が1009人と発表されました。大学法学部を卒業後法科大学院で二年コース修了者2125人中、2091人が受験し、短答式合格者1684人の論文試験を採点して最終合格が決まりました。

来年からは他学部卒の三年コース修了者も参加することになり、受験者は最大7000人程度になり、合格者は1800〜2200人程度で合格率は3割程度に落ち込むと予想されているようです。
さらに20年度は、来年の不合格者約5000人と法科大学院の修了者が5000人とすると合格率は2割以下に落ち込むことになるでしょう。

大学別に見ると中央大学が東大を11人上回り131人が合格しています。しかし合格率は54%であり、東大の70%、一橋の83%大きく下回っています。結果を見てびっくりしたのが早稲田の12人(63%)です。慶応の104人(63%)と比べるとその凋落ぶりが目に付きます。(なお、早稲田は三年コースが主力問うことです。来年は逆に飛躍するでしょう25日追加)昔は相手にならなかった法政23人(37%)、弟分のような存在であった明治43人(45%)と比べても早稲田の不甲斐なさが目に付きました。「弟分」で思い出したのですが・・

昭和の終わりころ、私がまだ受験生のとき、論文合格者で口述試験のゼミをしていたときの話です。現在裁判官をしている早稲田出身のK君、明治卒のM君に対し「明治の学生は、ジャージのMのマークを逆さまにしてWにしているんだよ」と明治出身であることを馬鹿にし、また当時『♪チョコ♪レート、♪チョコレート、♪チョコレートは明ぃ~治♪』と言うコマーシャル・ソングを、人差し指を耳のところで回しながら『♪ちょっとコーレ、♪ちょっとコーレ、♪ちょっとこれは、明ぃ~治♪』と、冗談でしょうが、早稲田の優位性を印象付けるために明治を馬鹿にすることで満足していました。

逆に東大出のUとかTVに出ていたW弁護士などには、何も反論もせず、唯一『僕の高校(浦和)の校章は銀杏の葉が二枚(東大は一枚らしい)』などと自慢していましたね。

出身大学によって冗談とはいえ、人を馬鹿にした言動は、簡単に忘れられるものではありませんでした。人の能力を出身大学で判断しようとする重大な欠点がその後克服されている事を願っているのですが、どうなったでしょうかね。今の日本、色々なところで理想と現実がかけ離れていることは明らかで、また今後も続くであろう大学別の司法試験合格者のランキングは熾烈な争いとなるでしょう。

厳しい条件をクリアーして大学院を設置したものの一人の合格者もいなかった京都産業、神戸学院、東海、姫路独協の四大学は存亡の危機でしょうし、一人しか合格していない大学も金沢、関東学院、熊本、久留米、国学院、駒沢、島根の七大学あり、これらの大学も来年はどうなるか分かりません。また東大でも50人、中央108人、慶応60人が不合格です。全体では1114人が不合格となっています。

新試験制度は受験テクニックに優れても、人格的に問題がある人をできる限り合格させないようにしようとの思惑もあるでしょうが、大学自体が存亡の危機にさらされ、しかも受験生自身も大学院終了後5年間に3回しか受験できませんから大学院生はもとより不合格となった人のプレッシャーは想像を絶するものがあります。

最高の教育機関であるはずの法科大学院も、今後一人でも多くの合格者を出そうとして、これまでの受験制度の下で否定されてきた受験テクニックの「教育」を進めるであろうことは明らか(?)でしょうね。試験制度をどんなに、いじくっても中国の科挙の試験で様々な弊害(内容は知りません)があったように、試験制度で立派な人材を教育できると考えるほうが無理と言うものでしょう。今の国家公務員制度だって結局一回きりの試験で、ほぼ一生が決まるのですから、試験制度を変えることによって物事の根本を正すことはできないと考えるほうが無難でしょう。

現実問題として、新しい試験制度は、わが国の法曹界を国民の要望にこたえられるようにするために、法曹を目指す若者に優れた教育を行おうとする大学と自ら法曹になり充実した人生を送ろうと考える若者の双方に強烈なプレッシャーを加え続けることになり、結局これからの法科大学院制度が本当に社会的正義を貫徹できる法曹を排出できるか、大変な問題でしょう。

アメリカでは、ロースクールを出た人は法律の専門家として広く社会で活躍の場があると聞いていますが、日本では、本当はもっと日常生活での法的知識が必要であるにもかかわらず、未だ社会は広く法律を勉強した人を必要とする実体が感じられない、社会的矛盾があると思います。

結局、具体的に社会から法曹の需要がないところにアメリカ式のロースクールを模倣して法曹の増大を図っても「お隣のうるさい法律家」が増えるだけになりはしないか、何でもかんでも法律だ、権利だ、人権侵害だと騒ぎ立てる「権利の乱用者」が多くなりはしないか。私が心配する必要もないでしょうが、心配です。

長くなりますが、先日弁護士会の委員会では、来るべき3000人(の弁護士過剰)時代に対し、弁護士の業務拡大をどのように図るべきか、全国の弁護士が議論を始めています。これまで国選弁護人が付かなかった被疑者国選弁護制度も発足し、これで被疑者を人権侵害から守ろうとするのですが、犯人によって被害を受けた被害者はどうするのか、殺されてしまった被害者の無念さをどのように考えるのか、冤罪は絶対いけないのですが、大変難しい問題があります。

司法試験に合格した人たちの仕事の心配をしているくらいですから、法科大学院を出て試験をパスできなかった人たちの心配までできないですかね。特に、社会人となってから、法科大学院に進学したものの不合格となった人もたくさんでるでしょうから、今後五年以内(三回受験)にこの試験で合格者できず、人生を棒に振る人々が多くなりはしないか、心配です。

posted by やすかね at 14:18| 千葉 ☁| 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする