2006年08月22日

靖国問題・法的問題と政治的問題の区別

あっという間に二週間を経過してしまいました。皆様夏休みはいかがお過ごしでしたでしょうか。激闘の甲子園も終わり、近年になく靖国神社の問題が相当論じられていますので、若干自分流の整理をつけておきます。今まで色々考えての一応の結論ですので、今日の結論の要旨に反するこれまでの僕の見解は変更するつもりです。

最初に、基本的知識のテストをします。次の中で靖国神社に合祀されている人は誰でしょうか。
@ 吉田松陰A乃木希典B坂本龍馬C東郷平八郎D高杉晋作E西郷隆盛のうち奇数番号の@BDの人々が合祀されているようです。
これは合祀対象が黒船来航まで遡って合祀基準が設けられたためだそうです。(wikipediaから)

本題に入りますが、沿革は明治2年6月29日(新暦1869年8月6日)に戊辰戦争で朝廷方戦死者を慰霊するため、東京招魂社として創建され、1879年靖国神社に改称、戦前は神社行政を総括した内務省でなく、陸海軍省の共同管理される特殊な存在で、国家神道の象徴でした。戦後は政教分離の推進から宗教法人となり、政府と直接関係はないことになっています。しかし、1961年遊就館に展示するB・C級戦犯の遺書や顔写真の収集に厚生省が遺族に出品を依頼していたことが今年7月発覚し、厚生省が神社に便宜を図っていたことが明らかとなりました(wikipediaから)。

世界的に国家の行なった戦争でなくなった人々を祭る施設はたくさんあります。わが国の首相も訪米の際には、アーリントン墓地に花を捧げたりしています。この様に考えれば一般的には、戦争犠牲者を祭ってある靖国神社に政府のトップが参拝しても内政問題ではないかと考えることもできないではありません。しかし、そこには法的問題と政治的問題の混乱があります。

ところで、皆さん「先の大戦」を「大東亜戦争」とか「太平洋戦争」などといわれています。日本はこの戦争を終戦直後まで大東亜戦争と言っていたのですが、進駐軍の命令があったらしくその後は太平洋戦争と「改名」されてようです。多分、この名称変更は日本軍国主義の思想を取り除くためだったのでしょうね。そこで各新聞が先の大戦をどう呼称しているか興味深く見てください。

そこで、本論に戻りますが、靖国神社の問題は政治的問題と法的問題をしっかりと意識して別の問題として論ずることが必要です。

大東亜戦争を勝ち抜き、日本のアジア覇権を確立して、日本が欧米と対等の関係を作ろうと考えたものの、結局は戦争に負けて東京裁判という名の政治ショー受け入れざるを得なくなったのが日本なのです。

歴史的に見ても戦争に負けたところは戦勝国の属国となり、国民は皆奴隷とされていたのです。それ故、東京大空襲、広島、長崎の原爆投下で数十万の非戦闘員が無差別に殺されても敗戦国は一切の文句を言えませんでした。

東京裁判も法的に見れば、正義に反するいわゆる事後法(後出しじゃんけんの様に行為のあとで刑罰を科する法律)によって処刑された人々は、およそ裁判の名に値しない政治的決着で命を奪われているのです。これは法的には正しくありませんが、数千年の昔から行なわれている、敗者に対する勝者の制裁なのです。

それゆえ、この勝者の制裁について「あれは法的に間違っている」等といってもそれは通用しないのです。法的なことを言うなら、広島長崎などもアメリカの戦争犯罪に間違いはありません。ですから、戦争に負けた日本は戦勝国の戦後処理について言っては駄目なのです。

喧嘩に負け、納得しないものの謝ってしまった者が、謝った内容に後で文句をつけたら勝った方が「コノヤロー」と怒り出すのは当然です。既に政治的決着は着いてしまったのにその問題をぶり返すなら、それはまた戦後処理の時まで時間が戻ってしまうのです。

ですから、A級戦犯として戦勝国によって処分されてしまった人は、今更「あれは裁判ではない」などと文句は言えないのです。もともと裁判ではないからです。戦勝国から押し付けられた結果は回復できないのです。

仮に日本政府がアメリカに対し、広島・長崎はハーグ条約に違反する無差別大量虐殺だなどといいながら、損害賠償をよこせと言ったら、それは問題を終戦直後まで遡ってしまい、日米関係は壊れることになるでしょう。

靖国の問題も根っこは同じと考えて良いと思います。靖国はもともとが日本軍国主義の思想的中心であり、大東亜戦争を遂行するために祭られていたからです。そこに戦後、戦勝国によって「戦争犯罪人」として処分された人々を「神」としてお祭りし、ここを日本政府代表が参拝するとなれば、これは数千年の人間の戦争の歴史となっている戦勝国の「権利」を蔑ろにすることになるでしょう。中国・韓国が文句を言うのは当たり前です。そのときわが国「良識人」の一部では今の中国韓国の繁栄は日本の占領があったからだなどと筋違いの話をしても相手は受け入れないでしょう。政治決着は何年経過しても政治決着なのです。

そこでどうするかですが、戦勝国の戦後処理に反しないように、「平和に対する犯罪」として処刑されたA級戦犯を合祀せずに戦勝国の結論を重視し、それに反しない限度で靖国神社を無宗教化して日本国のために尊い命をささげた人々の慰霊を祭るべきと考えます。一部には、政府の引き起こしたあの戦争が「侵略戦争」であったから戦死した人を祭る靖国は不要と考えることは、政府のことを信じてなくなった多くの若人に対して「犬死」だと言ののと同じになってしまいます。

要するに戦後60年が経過したから、敗戦の戦後処理を全てひっくり返し、戦勝国の結論を「法的に無効だ」などといっても始まらないでしょうと言うことです。また現行憲法の内容が今の時代にそぐわないから改正しようと言うならともかく、今の憲法は占領下で制定されたから、ハーグ条約(?)に違反して無効だから改正すべきだ、というのも筋として間違っているでしょう。

既に戦後60年が経過してあの戦争に関係した人々はホントに少数になっていますが、現代に生きる我々は、「あの戦争は誤りであった、戦後処理は法的処理でなく政治決着だから、理屈は通るものではないから素直に受け入れるべき」と思います。その上で、日本がこれからのアジアでのリーダーシップをとるべきです。政治的問題と法的問題を截然(セツゼン)と区別すべきです。
posted by やすかね at 19:38| 千葉 ☁| 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする