2006年07月24日

お見事「最後の政治決着」

7月22日の新聞はドミニカ移民補償に関して小泉首相が反省とおわびをしたことに対し、産経は「首相の談話を評価したい」朝日は「半世紀遅れの謝罪」と積極的に報道していました。

これは、今から50年ほど前の1956年7月29日、日本政府が国策としてドミニカ共和国への集団移住を始めたことに端を発します。

当時の外務省と農林省の調査を経て、3年間で249家族、1319人がドミニカに渡ったそうです。カリブの楽園に向かった家族は比較的裕福な家族という事でした(朝日7月22日)。

ところが、入植地として与えられた土地は灌漑施設どころか、生活すら窮する劣悪な場所であり、祖国に裏切られたと悲観して自ら命を絶った人も現れたそうです。

集団帰国措置もあったようですが、帰国を了としなかった残留者が国家賠償を求め00年7月集団訴訟をしたものの6月7日東京地裁は賠償金の支払に対して原告敗訴の判決を言い渡し、これに対して判決の翌日尾辻参議院議員が首相に政治決着を図るように懇願した結果、政府の謝罪と見舞金の支給となったようです。

司法的には賠償請求権が消滅したとして原告の請求を棄却された後に、本件が「移民ではなく棄民だ」と言われやっと政治決着したのですが、司法では屁理屈でも法的に国家賠償を認めるケースではないか、と考えています。賠償請求権が消滅したなどという論法なら、国の決定から50年も経過していれば中学生だって理解できるでしょう。

最近は薬害エイズ、C型肝炎、などで国の責任を認め、いままで中々国家の責任を認めようとしなかった司法もやっと最後の救済が大切だと司法の権威拡大が図られつつあったのですから、東京地裁も「わが国民が国家賠償請求については、外国に居住していた期間は時効・除斥期間が進行しない」等と屁理屈を述べて、この問題をもっと大きな政治問題とすればよかったと思います。

この問題はわが国の国外大使館がもっとすばやくドミニカ移民の救済を図れなかったのかと考えるのは当然ですし、外務省役人の力量不足を証明していると思います。いずれにしても小泉首相の英断はこれまでにない政府の「解決」として評価できると思います。小泉さんやっと最後に良い事をしました。
posted by やすかね at 19:03| 千葉 ☔| 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする