2011年04月13日

原発事故は、許せない人災である

今「フクシマ」は、世界的に有名になってしまいました。被災者が大変な思いをしていることを考えると「全国民一致団結して、災害復興に全力を上げるべきであり、東電の責任など追及している場合ではない。」とお叱りを受けてしまいますが、週間東洋経済での佐藤優氏の政府の対応などの紹介を拝見し、原発の処理に今後数年要するであろう点から、災害復興の早期実現を考えますと、黙ってはいられない状況です。

特に原発は炉心が溶融し、放射能が漏れ出しており、レベル7という最悪の状態ですが、未だに東電などは「チェルノブイリの1割程度だ」などと居直っています。

03年10月2日「危険な技術かトップの責任か」と題してブログを書きました。そのときにも東電の原発に触れていますが、要するに「想定外」で事故が発生したとなると、これはあらかじめ対策を取ることが出来ないのですから、その様な危険な技術は、全面的に禁止しなければならない、と結論付けしたのです。

ところで、今回の巨大地震と巨大津波での原発「事故」ですが、本当に「想定外」といえるのでしょうか。3月30日の読売新聞では1100年前の巨大地震で「貞観津波」と呼ばれる大津波がもたらされたことが判明していたのです。869年の貞観津波は海岸線から内陸3〜4キロまで浸水していたことが判明し研究者は、東電と原子力保安院に想定津波の見直しを迫ったものの東電と原子力保安院は聞き入れなかったというのです。貞観津波のさらに450年前に大津波が起きたことも判っていたそうです。

これだけの大被害が「想定されていた大津波」によってもたらされ、そこから今回の原発事故が発生しているのですから、この「事故」はまさに「人災」であるということです。

さらにアメリカは20年前に電源が喪失し炉心が損傷を受けることを警告していたということです。

ところで、今回の大事故は、東電の冷却用のポンプが冠水して故障したことから発生していますが、その外の原発では、ポンプを密封性の高い原子炉建屋に設置してあったものは無事で、さらに津波を想定して工事未了の一台を除き2台が冠水を免れたところもあり、設計基準もまちまちだったようです。

私の地域では70年ほど前から田んぼの用水を養老川からポンプで汲み上げていたのですが、台風シーズンにはポンプを天井まで吊り下げてポンプが冠水して壊れることを防いでいました。
また宮古市(重茂半島東端の姉吉地区)には、「これより下に家を建てるべからず」という石碑があり、住民がこれを忠実に守っていたことから、石碑の下50メートルまで津波が押し寄せたにも関わらず、子供を幼稚園に迎えに行った人を除いて住宅にも一切被害がなかったようです。

結局、原子力発電は、絶対安全な最先端の科学技術などと言っても、昔からある、高々農家の「知恵」と「先人の教え」さらには歴史を含めた研究者の忠告などを真摯に受け止めていれば、このような取り返しのつかない原発の大災害は避けられたでしょう。

その上に、今の民主党政権が被害の拡大をさせてしまったと言えると思うと、返す返す残念です。
posted by やすかね at 20:02| 千葉 | Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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