2010年07月09日

厳格な法の適用が大切である

先日、商工ファンドの大島健伸の逮捕から何を学ぶべきか、と書いたのですが、結局わが国では、法に違反して財産を隠匿しても「やり得」であることは明らかです。誰でも出来るものではないのですが、消費者に対して詐欺を働いて数十億円集め、財産を隠匿してしまえば懲役10年としても一年数億円の「稼ぎ」となります。

法律は、誰に対しても公平に厳格な適用が必要と考えますね。中国の思想家韓非子は、今から2200年前、基準としての法が徹底すれば国という機構が完備されると説いています。

我が家の愛犬は、家内の「ハウス」という命令に対し、ぐずぐずして中々ハウスに入ろうとしませんでした。これは家内の「ハウス」という命令には、ハウスに「入らなければならないハウス」と「入らなくてもよいハウス」がありますので、愛犬は命令と言う基準が必ずしも厳格に適用されるものでもないと言うことを知っているからです。

しかし、私が愛犬に対して、一度「ハウス!」と命令すれば、すぐハウスから出てもよい場合でも必ず一度は、ハウスに入ります。主人の命令は絶対守らせることになっているからです。

人間と犬を一緒にするなんてとお考えでしょうが、ルールがあってこれを適用する点では人間も犬も、考えようによっては植物だってルールを守っているのです。

ですから、社会のため、最大多数の最大の幸福のため定められた国家の法律であるルールは、決めた以上、厳格に適用すべきですし、しなければならないのです。

なにを言いたいのかと言いますと、わが国では裁判に負け、何百万円支払え、と判決が出ても裁判に勝った人が、負けた人の財産を探し出さなくては強制執行も出来ないのです。

破産した場合に、誰でも正直に自分の財産を報告するとは限りません。今回の大島健伸などは破産を予知して自分の役員報酬を月額2千万円から9千7百万円に引き上げ、雇われ人である他の取締役の報酬は月30万円ほどでした。その外自分の住宅は、商工ファンドが大島健伸の妻の会社から月額1535万円の家賃で借りていたものを、昨年10月から月額3150万円に引き上げています。ふざけた話です。

破産管財人が強制力を行使しても散逸させられた財産2670億円相当(多くの人の命と引換えされた財産)は中々回収できません。

この様に、隠された財産を黙ってみているわけにも行きませんので、私の関与した小さい事件ですが、先日、わが国の「優れた制度である」裁判所の財産開示請求という手続きをしました。
裁判に負けても判決で認められたお金を払わない人に対して裁判所が債務者を呼び出してどこに財産があるか、一応の強制力を使って調べる制度ですが、その実体たるや申し訳ないが馬鹿馬鹿しい手続きでした。

裁判所の作ってあるアンケート用紙のようなものに、現金・預金・有価証券・不動産・貸付金などを書いてもらうのですが、この内容について裏づけを取れるものではないのです。

結局、財産は隠してしまえば裁判所と雖も手出しが出来ないのです。私は国民総背番号制などという制度は賛成できないのですが、裁判という国家の営む法の適用は厳格にすべきであり、このルール適用に例外など許されないと考えますので、裁判所が正当な手続きで認めた判決の効力を保つためには、裁判所が債務者の背番号で全ての財産を検索できる制度をつくり、ここで明らかとなった債務者の財産を強制的に債権者に交付すべきです。また誰にも属していない財産は、全て国家に帰属させてもよいと考えます。

一所懸命働いて、税金を払い貯めた財産でしたら、誰にも隠す必要もないし、自分が悪いことをしてお金を支払えとの判決を受けたら潔く払えるだけ支払うべきと考えます。

昔は10両盗めば首が飛んだというように、財産犯でも「死刑」があったように大金を盗み不正を働いての蓄財は「死刑」にしたって良いのではないかと極論を吐きます。現在でも数百万円の借財で命を絶つ人もいるのですから、2670億円というメン玉の飛び出る財産隠匿は「死刑!」にしたって良いでしょう。

そういえばサラ金の武富士は、株式上場して1000億円以上儲けたのですが、武井親子は死んだときの相続税を免れるため、長男は香港に住所があるということにして脱税をしようとしました。さすが国税庁は長男への生前贈与と認定して1300億円を追徴課税したそうです。(宝島社「憚りながら」元後藤組組長後藤忠正著)

国家があるということは、政府が、日本の独立と治安を確保して、わが国民が安心して暮らせる社会を作るということですから、誰しも積極的に払いたくないでしょうが、税金を払うということは当然です。

ですから、本来支払うべき税金を払わないということは、逆に国家からの援助を受けていることとなります。税金を払っているからこそ、強盗とか経済犯罪から国家が守ってくれていることなのです。ここは基本中の基本ですが、あまり意識されていません。

そこで、私は宗教法人が税金を払わないということは、宗教団体が国家から補助金を貰っているということと同一であり、これは政教分離の原則に違反することと思っています。まして、この宗教法人の建物を使って選挙活動などしていることは民主主義の観点からも許されません。そう思いませんか?
posted by やすかね at 20:29| 千葉 ☔| Comment(0) | 法律 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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