2006年03月14日

『桜切る馬鹿、痘痕もえくぼ』

拙宅の庭にあった格好の悪い枝垂れ桜が数年前から徐々に弱り、とうとう枯れてしまいました。『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』とはよく言われますが、要するに移植した直後、枝分かれして格好の悪い枝を私が、危険を犯し脚立に登り「剪定」したのです。

当時、これで少し格好がついたと1人悦に入っていたのですが、これが『桜切る馬鹿』の実践でした。

幹が太いものですから、2年3年と春になると沢山の枝に濃いピンクのきれいな花が見事に咲いていました。だいぶ自慢をしていたのですが、一昨年あたりから、花つきが悪くなり、とうとう昨年春には片方の枝からパラパラとしか咲かなくなりました。夏の間に葉っぱもなくなり、見るも無残な姿をされけ出していたのです。

これでは、桜を自慢したこともあるのに、何と言うことだ、『なんで、枯れたんだろう』などと考え込んでいたのです。自慢話を聞かされた御仁も『ざまーないね』とほざいているかも分かりません。いや、きっとほざいているに違いない、とじだんだを踏んだと考えてください。

そこで先日、再度枝垂れ桜を注文したのです。今度の植木屋さん人柄も良くかつ植木の知識も相当あり、私に色々植木のというより、桜切る馬鹿の中身を良く解説してくれました。

桜は枝を切られるとそこから雑菌が入り、幹のほうに段々雑菌が入って幹を腐らせると言うことです。だから雑菌の入った幹はごつごつしてくるし、格好も悪くなる、と言うことです。

枝垂れ桜ですが、上を向いている枝はなるべく切らない、下に引っ張る、切ってしまうとそこから雨が入り、腐って繰る。仮に枝を落とすとしてもほんとに細いときしか切れない、小枝もせいぜい人差し指程度の太さなら、切っても皮で包み込むから大丈夫であるが、それ以上の枝は落とせない。ということです。

結局『馬鹿』は数年先が分からない。現在桜が枯れる原因が実は数年前の剪定にあったこととの因果関係が理解できないと言うことです。

そういえば、もう一本の仙台桜の枝垂れも数年前『大丈夫だよ、』と言いながら子供の手首ほどにもなろう枝を何本も落とされてしまいました。自分でも『落とさないほうが、良いよ』と言っていたのですが、理由が十分分からないものですから、許してしまったのです。その結果腕の良い植木屋さんの見立てでは『この幹の膨らんだところは、中が腐ってきている』とのことです。

今まで随分と自慢してきた桜ですが、これも余命あと1,2年ということのようです。『あーあー、残念、根拠もなく大丈夫だと信じてしまったことが馬鹿なこと、桜は切るな、と言わなかった俺が馬鹿か』ということですね。急に仙台さくらの瘤(こぶ)が醜くなってきました。笑窪(えくぼ)でなく痘痕(あばた)だったんですね。

桜を見るときは枝がどの程度ごつごつしているか、どれほどの太さの枝を落とした跡があるかをしっかり確認してください。
posted by やすかね at 06:17| 千葉 | 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする