2005年11月10日

「日本がんばれ」チャチャチャ

7月15日、「この国の形」どうしましょ、と8月1日「文明国家」の条件で、「拒否できない日本」(関岡英之著)を紹介し、その中で日本の基本政策がアメリカの対日要求である『年次改革要望書』で決められていることの重大性を書いておきました。

その後、この「拒否できない日本」は一応読み終えて積んでおいたところ、11月7日の産経新聞で都知事の石原慎太郎氏がこの「拒否できない日本」を紹介しながら『日本よ』と題し「内政への干渉を排せ」と論じていました。

多くの皆さんに是非この本をお読みいただきたいと考え、また、その中身を若干ご紹介します。以前は、建築士資格のグローバル・スタンダード、高速道路での自動二輪車の二人乗り禁止撤廃とか独占禁止法法違反の「談合罪」でしたが、今日は全くの専門外ですが、建築基準法の改正についてご紹介します。

ところで、先月の淡路島の視察問題では、大分物議をかもしましたが、あの阪神淡路大震災が発生したのは95年1月でした。その後98年6月建築基準法が「約半世紀ぶり」に全面的に改正されました。

大地震があって、建築基準法が改正されたとなると、普通の人間は「耐震強化策のために改正するのだ」と考えますが、残念でした、違います。この改正の基本的なところは、これまでの「仕様規定」から「性能規定」に転換したのだそうです。

建築基準法の改正内容を検討してきた建築審議会の答申書には「国民の生命、健康、財産の保護のため必要最低限のものとする必要がある」と書いてあるそうです。どうして「最高限度」でなく「最低限度」なのか、よく分かりません。

そこで、仕様規定が性能規定に変わったとこですが、仕様規定とはわが国伝来の大工さんが土台を組み、柱を建て、筋交い、壁を作り小屋組みと勧める建築方法いわば匠の技を必要とする建築なのです。これに対し、性能規定と良いますと、良く分かりませんが、要は強度計算みたいなものでしょうか?

ツーバイ・フォーなどと言いますと、予めできた木枠を釘で打ちつけて「家」を作るのですから、大工も修行など入りません。一週間でプロの大工として「家」が立てられると思います。いわゆる箱ですから、犬小屋と一緒で転ばしても潰れない家となり「性能規定」をクリヤーするのでしょうね。

結局どうして「最低限」というかと言いますと、建築基準法も権力の制限規定ですから規制は必要最低限度でなければならないのです。

問題はこの性能規定に変更すると何時誰が決めたのかと言う事です。実は、何と阪神淡路大震災の6年前の89年5月アメリカがスーパー301条(アメリカの国内法)を発動して日本を攻撃し、外国企業の市場参入を阻む不公正な品目として木材つまり建築材料が標的となっていたのです。

日本は抵抗したようですが、90年6月15日在米日本大使館の田村大使が「木材製品に関して日本政府が講じる措置」と言うタイトルの書簡で合意内容として「建築基準は原則として性能規定とするのが好ましい」と書かれているそうです。

結局建築審議会が答申を出す7年も前に日米両国の政府間で既に合意されていたのです。政府は当然公表もしないし、マスコミもだらしなく全く報道できず、建築審議会でお茶を濁し、国会でも審議して決めたようですが全くの茶番でしかありません。国権の最高機関は7年も前に決まっている事に対し儀式を行い「改正」したのです。

悔しい事にアメリカはこの顛末を公文書で堂々と発表し、「日本の建築基準法の改正がアメリカ政府の要求に応じてなされたものであるとはっきり書かれている(外国貿易障壁報告書2000年番)。日本の法改正が日本の住宅業界のためでも消費者のためでもなく、アメリカの木材輸出業者の利益のために行なわれているのです。
posted by やすかね at 09:46| 千葉 ☀| 世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする