2008年09月25日

「地産地消」運動

「地産地消」この言葉を始めて聞かれた方も、また前から聞いたことはあるが、要するにどんな事だろう、とお考えの方もいらっしゃるのでしょうね。

最初に思いつくことは、地元産の農産物を地元で消費しようとする運動だろうと、思うのがごく普通でしょう。

しかし、市議会で「道の駅で売っている農産物に、地元産ではなく、市場から仕入れたものを売っているが、それで良いのか」という質問に対し、市当局が「地元産が不足の際は、やむなく市場で調達しますが、できるだけ地元産を販売します。」などといい訳めいた答弁を聴きますと、地産地消と道の駅の関係についても考えさせられます。

また、別の観点からは「違う、違う、そうじゃないんだ、出来るだけ地元でお金を使い、地元経済を潤す運動だ」などとご主張される方もいます。こうなりますと、洋服を買うのも、車のガソリンも地元で買うべきだ、ということになりそうです。

千葉県では、地産地消という言葉を「千葉でできたものを千葉で消費しましょう」と理解して、「千産千消」などと「洒落て」使っているのですが、この発想は、我が家、わが町会、わが街、わが県、そしてこの日本、と言うように「地元」という地域が段々と大きくなり、地産地消運動は、これを進める「地域と地域の争い」となります。

結局、お叱りを受けそうですが地産地消運動が「地域経済の発展のため地元で団結しよう。」という「スローガン」または「地域エゴ」となるようです。

私自身、これまでの理解が不十分でしたが、今になって「地産地消」運動とは、人間が本来生きるために必要な食べ物は、自分たちでつくろう、自分たちの食文化を守ろう、と考えるのが出発点であろうと思うようになりました。

即ち、地産地消運動は、昔なら当たり前であった「食の安全」などということが問題となること自体、昔から続いてきた自分たちの食文化が危機に瀕し、若年成人病とかメタボに代表されるような、人間の健康が害されていることを認識して、これを克服する運動であろう、と理解しています。

さらに、わが国の食料自給率の低下からもご理解していただけるように、「わが国の独立」自体、危機的状況ではないのか、と危機感を募らせています。

以上のように、「地産地消」運動を、大上段に論じますと、人間の存在自体から、国の独立、さらには、この地球環境の保全にまで続く一大運動であり、人間の文化、人間の存在自体を考えなければならない哲学的意味のある運動ではないか、と認識を新たにしています。
posted by やすかね at 06:39| 千葉 | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする