2018年07月17日

「学は、あってもバカはバカ」

『学はあってもバカはバカ』(川村二郎著 ワック梶jは、激辛の文が並びますが、我が意を得たりと感心しています。
著書の中で、ランキングトップは、既に昔話ですが、政界の「加藤の乱」で動けなくなって泣き出した加藤紘一、次が宮沢元首相だそうです。現在では、写真付きで不倫報道された民進党の山尾志桜里衆議院議員、「このハゲー」の豊田真由子議員は、桜蔭高校から東大、ハーバードに留学した「エリート」だそうです。

しかしながら、「エリート」をバカ呼ばわりするには、「バカ」の定義が必要です。バカとは、具体的場面において、マニュアルは分かっているが、応用の効かない人、例えば、マクドナルドで、一人では絶対食べきれない注文、ハンバーグ20個(アメリカ人は食べられるか)とコーヒ10杯を注文した人にマニュアル通り「召し上がりますか、お持ち帰りですか。」と質問する店員、また「バカ」とは「無知の知」というか、自分が分からないことを知らない人、そのキノコに毒があるかないか、わからないまま採取して食する人、次に出てくるよように、「自分のように優秀な人間の周りには、東大卒しかいない」と考える御仁でしょうか、バカにもいろいろあります。逆の思考からは、謙虚な人は、バカにはならない、判らないことをわかっているから、そのうち分りますから。

 昨年の4月8日のブログでも書きましたが、引用すると【宮沢喜一が、平野貞夫先生に政権取の相談をし「政治で一番大事なのはどういう考え方か」と聞かれ、先生が「生理現象と病理現象を取り違えないことだ」と答えたところ、宮沢は「まことに恐縮だけれども貴方の学歴は?」ときかれ、言うほどのものではないと言うと、「是非言ってくれと」というので「(医者の家系だった)自分には屈折があり、医学部ではないが、2年間、医学部受験のため医科大学進学コースに行っていたので、そういう理系的な目で政治を見る」と答えた。宮沢は「東大医学部中退ですか。」と言うんです。宮沢は東大法学部の人間が知らない事を知っているのは、東大医学部の人間くらいしかいないという発想なんですね。とまぁ、東大出の石頭はその程度なのでしょうね。お勉強は東大ですが、頭の良さは法政ですね。】

 本著に同様の話が出ていました。『宮沢氏は昔から、自分のところに取材に来る朝日の政治部記者は例外なく、東大法学部の出身と決めつけていて、初対面の記者には「君はだれのゼミだったの?」と聞いたそうです。』(同書19頁)
そして、著者の独断と偏見で「学ばか」を見分ける方法が書いてありました。「概して小柄で、子供の頃にクラスには必ず一人、二人いたがり勉タイプである。彼らは腕力で劣る分を、成績や弁舌で補おうとする。先生に怒られるようなドジは踏まない。従って先生には可愛がられ、守られる。」と類型化していました。

 僕の周りにもいます、イマス、沢山ね。裁判で意味も分からず判例を引用するも、当方から判例の意味を説明されながら逆襲されると、ダンマリを決め込み、したり顔をする。このご子息がまた弁護士になっていますから、「学バカの再生産」と疑いが入ります。よく知らない息子さん、違っていましたら、ごめんなさい。
「症例の背後に人間がいる」ことを弁えず、手術をしたいからと考え『あなたは若いから絶対手術を勧めます。』と必要もない膝の十字靭帯の手術を勧めた医者もいます。その結果、青年の膝は90度以上曲がらなくなりました。
僕の場合、スキーで前後十字靭帯損傷ですが、手術後の膝の曲がり具合を医師から聞いて、手術はしませんでした。手術直後から、膝が癒着しないように、ドレンで血を抜きながら膝を動かすのです。入院してベッドの上で2〜3週間、痛い思いをして、結局膝は90度以上曲がらなくなり、正座など生涯できません。あーぁばかばかしい、許せないね。
「事件の背後に人間がいる」のに、それを弁えず着手金が欲しいため、「共に戦いましょう。」などと言って、勝てそうもないのに30万円の着手金を受けとる弁護士もいます。その挙句、一年も二年も事件を放り出している弁護士もいます。

 
posted by やすかね at 17:25| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暑中お見舞い

今夏の暑中見舞いは、今までに比べ「分りやすい」と感じられているようです。大先輩から、「本日は色々ご教示賜りありがとうございました。」などと過分なお褒めをいただくと、此方こそ恐縮してしまいます。しかし、一部同業者は、僕の喜怒哀楽とか年末年始のご挨拶が面白くないようです。「いろいろ書いているようだけど、・・・。」などと「文句のありそうなゴニョゴニョをいうなら、上等だ文書で来い。」とつい、売られていない喧嘩をムリ無理買ってしまいそうです。

新年のご挨拶でも「俺の事務所は、これだけの数弁護士がいるのだ。」と来られると、悔し紛れを含め「弁護士は数で勝負するものではない。」と憤り、新人弁護士の紹介状で「かれは人権感覚に優れ、基本的人権を擁護できる優秀な弁護士です。」などとご挨拶を頂きますと、「人権感覚があるか否か、優秀か否かどうしてわかるのか。」新人弁護士を、いきなり「優秀だ」などと身内を褒めるご挨拶など、ご遠慮申し上げたいところです。

今年の暑中見舞いは、事務所で部分社会の議論をして感じたことを題材としました。差詰め、僕など弁護士会というムラ社会の群れ離れですかね。

【暑中お見舞い申し上げます。
インターネット社会では、本音で話しあえる友人・知人が少なくなっています。誰でも家庭、職場、学校、趣味、組合、町会など様々な、人とのつながりがあり「部分社会」を作っています。職場でもめても趣味の会合で愚痴を言いあい、ストレスを解消します。
しかし、スマホだけで「生きている」人もいます。交番襲撃とか新幹線の殺人事件など訳のわからない事件を引き起こす人間は、どの社会の部分にも属していない、その意味で社会からも見えない「怖い」存在です。
憲法の勉強中は「部分社会の法理」など、あまり大切とは思いませんでしたが、この不可欠な概念(言葉)で人間・社会を分析すべきは、「今でしょ」。
親指で つながる友の 軽薄さ はや取りかえす こころと心
平成三〇年 盛夏
   千葉市中央区中央四―一〇―八 コーケンボイス九〇四
             やすかね法律事務所 電話〇四三(二二二)四六八〇  
                            弁護士 伊 藤  安 兼】

次回は、『学はあってもバカはバカ』(川村二郎著 ワック梶jは、激辛の文が並びますが、我が意を得たりと感心していますので、これをご紹介しながら、「極論」を書いてみます。また債権法改正は、今難儀しています。


posted by やすかね at 15:30| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする