2017年12月27日

日本国、実は軍部独裁政権の歴史、

驚きました。我が国は、遠く戦国時代から、現代まで「軍部独裁政権」だったのですね。何を馬鹿な、とお思いでしょうが、歴史を振返って事実を検証してみれば、有史以来、権力者は武力(軍事力)を持っていなければ、社会を動かすことができず、はるか昔から、戦争に敗れた民族は奴隷とされていました。
日本の戦国時代を見ても、圧倒的武力・戦略を持つことが天下人の必要条件でしたし、江戸時代は帝(ミカド)の権威を背後に武力を持つ征夷大将軍が「天下人」として権力を行使していました。
明治・大正・昭和と時代が進むにつれ、天皇の名の下に軍部が日本を戦争の泥沼に引きずり込んでいきました。満州事変の頃の日本は、今の北朝鮮のように世界各国を敵に回し、その挙句戦争の犠牲者は300万人以上で、最後は広島長崎への原爆が投下されました。
我が国の軍部の連中は、日本中から若者を赤紙一枚で召集して戦場に送り込み、若者は南方の島々で虫けらの様に命を失ってきました。軍事力を持った連中が権力を濫用して、日本国中を荒廃させた責任は筆舌に尽くせるものではありません。
この様に、敗戦までの日本は、正に軍事独裁政権の悪行の極みでした。この様に考えてきますと、靖国神社で戦犯を神として祭った事は、戦争の犠牲者に対する冒涜であるだけでなく、軍事独裁政権の悪行に対する無反省である事は間違いがなく、昭和天皇も戦犯を祭った後靖国神社に参拝する事がなかったようです。しかし昭和の反省から今の天皇は、沖縄に何度も慰霊のたびをしています。
靖国に話を戻しますが、ですから、歴代首相が靖国神社に参拝する事は、中国などから文句をつけられるから行ってはいけないのではなく、戦争責任者を神として崇める事が歴史に対する無反省だけでなく、人間として失格だという問題だということです。
この馬鹿げた戦争も、昭和20年9月2日戦艦ミズリー号の上で、降伏文書に署名してポツダム宣言を受諾して日本の敗戦で終わりました。因みに8月15日を「終戦記念日」としているのは日本だけだそうです。
21世紀の現代では、例え戦争に勝利しても、敗戦国の人民を奴隷とする事はできない(日本兵60万人がシベリアに奴隷抑留)でしょうが、敗戦国日本は戦勝国アメリカ軍(名目は連合軍)によって「間接統治」(アメリカの傀儡政権)され、サンフランシスコ平和要約で独立したはずの日本は、未だにアメリカ軍によって「統治」されている事が明らかとなりました。これらを、今回『知ってはいけない』(矢部宏治 講談社現代新書)を読んでハッキリと確認できました。
僕は、受験生の頃から、明治憲法が、立憲君主制であるといわれてもそれは間違いであると思っていました。第二次大戦の宣戦布告は天皇の名で行われたのですが、この宣戦布告を決定したのは明治憲法の何処にも書かれていない御前会議だったからです。また今の日本は日本国憲法の下、立憲主義の国であるということも間違いだと思っていました。日米安保条約は「条約優位説」など言う良く分からない理屈で日本の憲法を全く無視しているからです。(アメリカでは、条約よりも国内法が優越しますから、理屈として日本の憲法はアメリカの法律以下です。)受験生の頃、日本はアメリカの植民地であると認識し『日米安保条約全書』など買って読んでいたこともあるのですが、そこに突っ込んでいたら司法試験は絶対受からなかったでしょうね。今にして思えば、途中で止めてよかったです。
それは、ともかく、今日の議論を進めるなかで、小学校の校庭にヘリコプターの窓が落下したとき、日本の警察は「米軍の協力を得て捜査」とか、沖縄の大学に米軍機が墜落したとき、立ち入り禁止の区域には、日本人は誰一人立ち入りが出来ませんでした。横浜で戦闘機が墜落して幼児が亡くなったときも、パラシュートで脱出した米兵は自衛隊のヘリで救出され、米軍基地に搬送されています。21歳のアメリカ兵が46歳の日本農婦を基地の中で遊び半分に射殺した「ジラード事件」もジラードを殺人でなく傷害致死として起訴し、求刑5年の論告のあと、懲役3年、執行猶予4年の実質「無罪」となりました。すべて「日米合同委員会」の指図です。

これらの事実は、独立国としてはあり得ないことで、江戸時代に外国と結ばれた安政不平等条約でも外国人が日本国中を自由に闊歩する事は出来なかったはずです。

日米安保条約全書の中で砂川判決全文が最後に掲載されていますが、前述の『知ってはいけない』では、砂川事件第1審判決日の翌日、ダグラス・マッカーサー二世駐日大使(マッカーサー元帥の甥)は藤山外務大臣を呼び出し、色々指示(飛躍上告など)を与えた経緯を本国に報告した機密文書が掲載されています。その後、当時の最高裁長官の田中耕太郎は、直接マッカーサーに、裁判の結論は、国民世論が迷わないように全員一致でする。判決は12月などと、司法権の独立などとは無縁の売国的裁判をしているのです。

とにかくこの著書は、占領下で行われ、現在も続く「日米合同委員会」(日本の官僚のトップとアメリカ軍司令官など約20名で組織され、アメリカ軍の要求を官僚が呑まされている)が今の日本を支配している事実を証拠に基づいて論証しています。また、最近の裁判官が、反知性主義的に客観性も実証性もないまま、「このような結論を出したい」と考えるまま判決を書くように「司法権の独立」は、田中耕太郎長官の時代から絵に描いた餅だったのですね。

最後に、私達とすれば、日本を動かしている人間が仮に日本人であったとしても、戦前のように国民に塗炭の苦しみを与えるなら、外国軍隊が裏で日本を支配(傀儡政権)していたとしても、私達が平和に安心して暮らせるなら、それでも良いのではないでしょうか、どうでしょう。
ただし在日米軍がいたとしても、集団的自衛権は日本だけが一方的に言っているだけで、アメリカ軍は日本が攻撃されても直ちに行動はしません。「いずれか一方に対する武力攻撃が、自国(アメリカ)の平和及び安全を危うくするものであると認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って、共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」(安保条約第5条1項)とあって、「いずれか一方に対する武力攻撃を自国に対する攻撃と認め、共通の危険に対処する」のではなく、「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」が挿入されていますから、北朝鮮が日本を攻撃しても、アメリカはNATOとか南米各国の条約とは異なる対応を取るのです。

やっぱり日本も独立国として軍隊を持つ必要があるのでしょうか、しかし現在の自衛隊は全面的にアメリカ軍の指揮下に置かれていますから、「独立国」となるまでには、大変な努力が必要です。自衛隊が米軍の指揮下にある事は、時の吉田首相が約束しているのです。安政の不平等条約の改定に明治政府は、大変な思いをしていますからね。今の安保条約などは、もっと大変です。アメリカに逆らうと、時の首相のスキャンダルがアメリカから飛んできて、日本の政治家は自主路線を取ることが困難なようです。それでも昔は、官僚が、アメリカの言いなりにならない時もあったようですが、財務省の『ノーパンしゃぶしゃぶ』事件などで、官僚もすっかり自主路線をとることが出来ず、外務省内でもアメリカンスクールの力が強いようです。
もっとも、アメリカは民主主義の国ですから、現在の日米安保条約・行政協定(地位協定)の真実を国民に明らかにして国民の支持に基づいて成立した日本政府がアメリカと交渉できれば、晴れて「独立国」となれます。しかし、そうなる前に米軍と売国的官僚らが鳩山内閣に妨害したように、考えられない陰謀を企てるでしょうかね。
因みに、アメリカの植民地であったフィリピンは、独立国となってアメリカと基地条約を結び、そこで基地をおくと決めた具体的な場所として23ヶ所があるようですが、日本はアメリカに対し、アメリカが米軍を「日本国内及びその周辺に」「配備する権利」を認め「全土基地方式」をとっていますから、北方領土が返還されると、アメリカは国後・択捉などに基地をおく権利がありますから、ロシアは絶対に北方領土など返還しない事は明らかです。念のため。首都に外国の軍隊があるところは、地球ひろしと雖も日本だけのようです。


posted by やすかね at 12:33| 千葉 ☀| Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする