2025年11月03日

ドジャース優勝から『飲水思源」宣伝

日本中が沸き返り、アメリカでも野球ファン(人気の順位1はアメフト、第2位がバスケだそうです。)が興奮していました。ドジャースの優勝です。初戦負け、以後連勝、連敗で6戦は勝ち(⚫⚪⚪⚫⚫⚪)この流れで最後は⚪です。この結果には確信を持っていました。

某ゴルフ場、9ホールを終わり早い昼食です。テレビを見ると1対3でリードされています。しかし、テレビ観戦をしている人に「今日は延長戦で山本が投げて勝ちです。」言い切って残りの9ホールに向かいました。昨日、ゴルフでは殆どの人がワールドシリーズに関心を持っていたようです。2023年のWBC決勝が行われていたときの事を思い出しました。

ところで、なぜ野球は面白いのか自分なりに掘り下げた分析(飲水思源)を今年初旬発売となった『飲水思源』(文芸社)第5章「野球を楽しくやろうぜ!!」で書きました。是非『飲水思源』をお読みください。今のところアマゾンでは大分安くなっています。徐々に安くなりますが、あまり時間が経つと「売り切れ」(取り扱い中止?)になるかもです。

数年前、やはりゴルフ場で昼時でした。『アメリカでも松山、人気ありますね。バーディーを取ると大騒ぎですよ。』と言ったところ、知人曰く『あれは松山が好きなのではなく、自分の賭けた選手がバーディー取ったからですよ。』と言われ納得しました。アメリカは個人の自立を尊重する「自由の国」ですから、多くのスポーツが(合法的)賭けの対象(イギリスでは王室に生まれる子の性別)となり、家でスマホ片手にスポーツ賭博をして一喜一憂しています。

大谷の通訳もスポーツ違法賭博運営のマフィアから最初に5千ドルだか5万ドルを「プレゼント」され、最後は20億円を超える損失が大谷の口座から支払われ資金の出所が他人(大谷)の口座と分かっても被害金の取り戻しができない理由が良く分かりません。

横道に入りましたが、『飲水資思源』では第3章 頭の「取扱説明書」(効果的な学習となるアウトプットの実例を紹介)、第2章「人類は絶滅危惧種か」(人口増加と地球温暖化:若干の修正を要す)の外、長年疑問を感じながら結論が出なかった「国家論」「憲法改正の真相」などを有名な法律家、社会学者、哲学者、宗教家などの著作を頼りに書いてみました。

特に悩み抜いた国家の出発点・必要性、中国の「一国二制度とは何か」から、我が国天皇制の「正当性」がどこにあるか、力一杯頑張ったところです。

脱稿直後、『(作家・元外務相主任分析官)佐藤優さんに推薦をいただけないか。』と編集担当者に話したところ本気で呆れていました。その後、先生の携帯から推薦していただける旨の連絡がありましたと伝えると編集者は、正に晴天の霹靂「ギョ\(><)/ギョッ」と驚いていました。

後日先生より短い推薦文を頂き、何度も読み返してみました。なんと言うことでしょう35年間、弁護士業で手を抜いた記憶はないものの、私自身が先生に「分析」されているのです。先ず『人生と仕事に本気で取り組んできた法律実務家が、』とあり続けて『日本と世界の過去と現在の英知からわれわれが生き残るための指針を示した渾身の作品。』と、最高級のご推薦です。 

自分では先人たちの業績を「コピペ」した程度に考えていたところを『生き残るための指針を示した』とまでの褒め言葉です。最も「指針」ですから真偽は不明です。何れにしても司法試験合格後は満足に読書もしない数千数百の弁護士の賛辞に優るとも劣らない嬉しさです。

さらに『日本人と他の民族の間に通底する共通原理を探ろうとする、著者の誠実さと憂国の思いが伝わってくる。』と人間性にも触れられ、正に「天にも昇る」思いでした。

最後に『是非手にしてほしい一冊』とあります。是非アマゾンでポチお願いします。

posted by やすかね at 15:51| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月01日

人類の生き方とお金にまつわること

1,古代人と現代人で生活に共通するところがあるか

人類が群れを作って生活していたころは、群れで採ってきた木の実、栽培植物、獲物などを程よく分けて食料にして数十万年が過ぎ去ったことでしょう。その後群れと群れがお互い殺しあい、また平和裏に物々交換しながら、幾世代も命をつないできたのでしょう。と考えると今の国際政治と人間の生き方に質的な違いはないのかと、思います。

戦いに明け暮れる自然状態から食料を分配し交換し合う人間の社会は、共同体と共同体の間で話し合いがつけば平和に生活できる。遥か昔から当たり前にわかっていました。

最近、米中会談、日中会談、さらに日韓会談などありましたが、その報道をみれば、ずっとずっと大昔から、人間のやってきたことに本質的違いはない、何時の時代も話し合いが必要なのでしょう。北朝鮮もその辺のところが分かっているなら、日朝会談にもでなければなりません。

いずれにしても尖閣列島もありましたが、レアーアース、大豆、自動車、投資などが話し合いの中心であり、結局のところお金にまつわる話し合いがつけば、万人の万人に対する闘争である動物的自然状態を越えた人類の平和が確立します。


2,人間社会に不可欠の「お金」とは一体何か

  以上、昔から人間は平和を求めるために話し合いをしてきました。そこには昔も今も変わらない大切なところがあります。次に人間にとって何時でも大切なものは「お金」です。人間の欲望を満たしてくれるものが「お金」ですが、これも昔から現代までどのように変化し変わらないところがあるか、「お金」を考えてみます。

過去を遡れば、古代社会では持ち運びもできない大きな石をお金として「使っていた」例として、AIでは《ミクロネシアのヤップ島の「ライ石(rai stones)」が有名です。これらの石は直径が数センチから数メートル、重さが数トンにもなる巨大な石で、通貨としての役割を果たしていました。実際に使用できたかという点では、ライ石は物理的に持ち運びが難しいため、現代の貨幣のように日常的な取引に使われたわけではありません。

しかし、所有権の移転が社会的に認知されることで価値が成立し、結婚の持参金や土地の取引、重要な社会的契約の際に使われました。つまり、石そのものが動かなくても、誰がその石の所有者かが社会的に共有されることで「お金」として機能していたのです。このように、巨大な石は物理的な貨幣としての使い勝手は限定的でしたが、社会的信用と合意によって価値を持ち、実際に経済活動に利用されていました。》と答えています。

社会内に共通の「信用」が存在しこれを契約で「動かしていた」ということです。したがって、古代社会で大きな石がお金として「使用できた」と言えますが、その使われ方は、ポケットに入れて持ち運びして買い物のときに商品と引き換えに渡している現代の貨幣とは異なる「使用」形態でした。これも今の時代のキャッシュレスを考えると銀行口座を「石」と考えれば同じですか。


また日本では、江戸時代全国の藩で領内の経済活性化や貨幣不足を補うため各藩が独自に発行した「藩札」(地域通貨)がありました。藩札の信用度は藩ごとに大きく異なり、発行藩の財政状況や運用の適切さに依存し、藩内では一定の信用或いは強制力で流通していたものの、藩外では使えず、藩の財政悪化に伴って信用が低下し、取り付け騒ぎや一揆が起こることもありました。

明治の日本は渋沢栄一が資本主義を進めるために銀行の必要性を説いたことに始まるでしょうが、全国に第1から第百ほどの銀行が設立され「藩札」同様に多くの銀行がそれぞれ独自に紙幣を発行して流通させていました。この紙幣の信用度は発行銀行の信用に依存しており、銀行の規模や財政状況によって大きく異なりました。特に地方の小規模銀行の紙幣は信用が低く、流通範囲も限られていた一方で、主要な銀行の紙幣は比較的信用され広く使われていました。後に明治政府は金融危機からの社会不安を取り除くためでしょう日本銀行を設立して紙幣発行を一元化して信用の安定を図り次第に信用が確立されていったのです。


現代の貨幣(兌換紙幣でない法定通貨)の信用は、政府や中央銀行の信用に基づいています。現代の通貨は金や銀などの物理的な裏付けがなくても、政府がその価値を法的に保証し、納税や公共料金の支払いに使用できる(強制通用力)ことから信用が保たれています。また、経済全体の安定性や国の経済力、市場の信頼も貨幣の信用を支える重要な要素です。ドル安、円高、ウォン安、ルーブル安など現代の貨幣の信用は「信用貨幣」として、社会全体の信用関係や政府の信用に根ざしていると言えます。


このように貨幣の信用性は円滑な経済運営に不可欠なのですが、金(ゴールド)の裏付けもなく、国ごとに信用力も違うことを考えてきたところを敷衍すれば、社会の中で貨幣の信用力(貨幣の所持人が希望すれば、常に必要な商品・役務と交換できる)があれば貨幣発行権限を制限する必要もなくなります。


そこで現代では何種類もの「仮想通貨」が発行されてきました。わずか1円程度で発行された仮想通貨の値段が急激に上昇して、大儲けをする人も出てきました。仮想通貨の価値が激しく乱高下する「仮想通貨市場」は株式市場も真っ青です。通貨と同じように買い物ができ、海外送金に送金手数料がかからないと今度は銀行が真っ青です。さらに世界的犯罪組織(麻薬密売、特殊詐欺グループなど)の「儲け」をマネーロンダリングすることも「自由」になります。この様な仮想通貨の信用不安と銀行の利益を守り、マネーロンダリングのリスクなどから国家が規制(税金の納付不可、発行制限?)を加え始めました。


AIに貨幣と仮想通貨の違いを教えてもらったところ、AIは次のように「回答」しました。《現代の貨幣(法定通貨)と仮想通貨の信用性には大きな違いがあります。現代の貨幣は政府や中央銀行の信用に基づいており、法的な保証や経済の安定性、国の経済力などがその信用を支えています。一方、仮想通貨は特定の国家や機関の保証がなく、主にブロックチェーン技術の透明性や分散型ネットワークの信頼性に依存しています。そのため、仮想通貨の信用は技術的な信頼性や利用者間の合意に基づくものであり、価格変動が大きく、法定通貨とは異なる性質を持っています。》


というのですが、前述のように古代社会の石でできたお金、藩札、弱小銀行の発行する銀行券、国家の統制下にある通貨、世界各国の通貨、兌換紙幣でなくなったドル、など考えて最後は通貨不安になると「永遠の価値」金の価額が上昇してきます。現在金が高騰し1キロ二千万円程度です。二千万円で金のインゴット1キロが手に入ります。

ところで、わが国大手の金取引業者T金属の顧客が仮に10万人(人口比0,8%)が2000万円T金属の保管庫で「現物の金」を保有すれば、合計2兆円、金に換算して100トンになります。しかし、本当にT金属が100トンの金を保有できているのでしょうか。顧客全員が現物の金を保有しようとは考えていませんから、実際にT金属は10トンも保有する必要はないでしょう。とすれば、結局「現物の金」も最終的にはインゴットが欲しいとなれば何時でも金に交換できるという「信用」で「金の現物取引」が行われている、ことになります。

すべての人が現物を欲しいとすれば、金はさらに値が上がり1億円位になるかもね。T金属の信用で金取引ができると言うことと仮想通貨の違いも分からなくなりました。金の国際相場があることが唯一の違いとなりますか。金への投資、株式投資、不動産投資、すべて「お金」を増やす手段ですが、自分の体を動かすこともせずに「お金もち」になろうとするのは、悠久の昔から人間は労働することにより価値を生み出してきたことに矛盾するようです。


3,最後にAIに豊田商事事件と仮想通貨の違いなど聞きました。

1980年代に発生した豊田商事事件は、金のペーパー商法を用いた大規模な詐欺事件であり、高齢者を中心に多くの被害者が出ました。豊田商事は実際の金地金の裏付けがない「純金ファミリー契約証券」という紙切れを販売し、新規契約者の資金で既存契約者に配当を支払う典型的なポンジ・スキーム(ねずみ講)でした。現在の仮想通貨と豊田商事事件の金のペーパー商法の主な違いは、仮想通貨はブロックチェーン技術による透明性と分散管理に基づくものであり、中央集権的な保証がない代わりに技術的な信頼性を持つ点です。一方、豊田商事事件は実体のない商品を高配当を謳って販売し、詐欺的な資金循環を行っていた点で、信用の根拠が全く異なります。

また、豊田商事事件は主に高齢者の心理的な安心感や元本保証の謳い文句に付け込んだ詐欺であったのに対し、仮想通貨は市場の需要と供給、技術的な仕組みによって価値が変動する投機的な資産であることも大きな違いです。

日本における仮想通貨の法的規制は、20174月に改正資金決済法が施行されたことにより整備されました。この法律により、仮想通貨(暗号資産)は法律上で定義され、暗号資産交換業者には登録制や本人確認義務、情報開示義務などの規制が課されています。また、マネーロンダリング防止のための犯罪収益移転防止法も適用されており、取引の透明性や利用者保護が図られています。つまり、仮想通貨の取引や交換業者は一定の法的枠組みの中で運営されており、利用者の安全確保が進められている状況です。これにより、豊田商事事件のような詐欺的な資金循環スキームとは異なり、法的な監督と規制のもとで市場が運営されています。》

posted by やすかね at 17:59| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月31日

hate はて?お金って何でしょう。

後期高齢者になって二年目、だいぶ前から「老後の資金2000万円が必要」などといわれ、今は米が高い、何もかも高くなっています。安いのは葬儀費用をためる必要もない「500円で入れる生命保険」くらいのものですか。

《「自分の老後は自分で守れ」というメッセージが繰り返されるうちに、困っている誰かを助ける余裕がなくなっていく。子育て支援や福祉の議論でも、「自分の税金が他人に使われるのは不公平だ」という声が強まる。高齢者vs若者、子育て世帯vs独身世帯などの対立構造がそこかしこにみられる。協力よりも分断、共感よりも自己防衛。そんな空気が確実に濃くなっている。》(『一冊の本』11月号2025田中学)と「お金の不安」について本『お金の不安という幻想―一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』が朝日新聞出版より発売中だそうです。ところで「お金」とは一体何なんでしょう。じっくり考えると「やっぱ必要なもの」なのでしょうか。

古代社会では大きな車輪のような石が「お金」だったし、江戸時代は全国の各藩が「藩札」を発行して信用不安になったこともあります。明治になると渋沢栄一が作った銀行だけでなく、全国の銀行でそれぞれ銀行券が発行され、最後は日本銀行だけが「日本銀行券」の発行ができるようになりました。一時は兌換紙幣でしたが、それもやめて政府の信用だけで通用する紙幣となり、ニクソンショックでドルと金の交換もできなくなりました。今ではどこの国も信用を与えることなくどこの会社が発行する仮想通貨も通用しています。価値が乱高下してうっかり買うと大損をしますし、棚ぼた式に大儲けをした人もいます。こうなってくるとお金の信用とは一体何だろうと改めて不思議になります。

現在では、徐々に現金を持ち歩く必要もなくなり、なんでもカードで決済されています。クレジットカードを出せば買い物も借金も消えます。その背後にはカード名義人の財産が裏付けとなっていますが、こうなってくると結局古代社会と同じく、でかくて重い石のお金を持つことなく、銀行預金さえあれば、「合意と信用」でなんでも買うことができます。石器時代では、石でできたお金の所有者が話し合いで決まり、信用が認められたのをみれば数千年の昔も今も規模は違うとしても「決済手段」は同じような感覚です。

結局お金は、将来他人に何かをしていただくための「元手」だということがわかりました。結局「老後の2000万円」は体の自由が利かなくなったとき誰かに手助けをして頂く手段ということです。とすればお金がなくとも将来自分の身の回りを見てくれる人がいる人はお金なんか必要ないのです。この原点をしっかりと見定めれば、お金の本質がわかるような気がします。

posted by やすかね at 14:41| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月20日

アメリカ情報長官トウルシー・ギャバードの先見性

Wedge8月号での大野和基氏の記事からウクライナのことを書きましたが、実は記事の中にはさらに『ギャバードは今、キャリア最大の危機に直面している。6月10日午前5時半、Xに投稿した3分間の動画が原因だ。1945年8月、広島に原爆が投下された直後の街や被爆者の映像を流しながら、原爆のもたらした影響の甚大さを説明している。「長崎も同じような運命をたどった」と解説し、

さらに「政治エリートと戦争屋」が「核保有国間の恐怖と緊張を不用意に煽っている」、そして世界は「核による絶滅の瀬戸際にある(on the brink of nuclear annihilation」と警告している。彼女は実際、ジョージ・グラス駐日大使と共に岩国にある在日米軍基地を訪問し、その足で広島を訪問していた。
そのときに被爆の実相に触れ、ショックがあまりにも大きかったのである。超大国である米国の現職閣僚が核兵器への反対を公にするのは極めて異例である。トランプ大統領は当然のことながら「彼女は政権の方針と異なる。(off message)といて激高したという。ホワイトハウスは・・不快感を表明した。」このXへの投稿で彼女は苦境に陥っているようですが、先日のウクライナ問題に対する見解は、ホワイトハウスの和平問題に適用されているようにも思います。

とすれば、さらに核兵器の問題は多額の予算を必要とするだけでなく、絶対に使用できないことから持っていても実益はありませんから、核兵器をなくす方向での米・ロを先頭に英・仏だけでなく中国・インド・パキスタン、勿論、イスラエル・北朝鮮を含め核廃絶に弾みが付けば素晴らしいですね。

前回は「アメリカは過ちを認めるか」と書きましたが、既にウクライナで過ちを一部認めていますから、ギャバードの意見を損得で動けるトランプが採用すれば、一気に核廃絶に向かうこともできそうです。

実は2003年8月19日のブログ『喜怒哀楽」で日本に原爆を投下したB29をピカピカに磨いて永久保存するとの記事に接し『スミソニアン博物館のエノラ・ゲイ』を書きましたが、アメリカが過ちを認める国になれば、世界中の国々が「自己批判」できるでしょうがね。








posted by やすかね at 17:33| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

810億円の寄付って良い事?

驚きました。ビルゲイツと言えば世界の富豪です。マイクロソフトという打ち出の小槌から受け取った数兆円の資産(離婚で半分としても)の運用先がないからでしょうが慈善事業に資金提供していたとしても、何も日本からビルゲイツの財団に寄付することなど全く無用でしょう。

810億円は単なる数字ですから使途の限定など不可能です。810億円の数字が財団に収入計上され、一般会計に組み込まれ、来年度の予算に組み込まれるだけです。予防接種に使われるとも限りません。仮に予防接種に支出したとしても、いままで財団からの支出を減らして日本からの寄付を充てることになるでしょう。

石破首相も当初、組閣後は人気が上がると考え、応援していたつもりですが、今回の頃で石破支持は必ず下がるでしょう。その結果政界が混迷することになるでしょうが、もう駄目でしょう。ビルゲイツの「表敬訪問」ですか?手土産もあったでしょうが、何より、コンピューターのシステムを動かすだけで数兆円を稼ぎ出す、グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトなどの巨大資本に日本が課税できるならまだしも、この無駄使いは許せないですね。











posted by やすかね at 16:33| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月17日

「米国は過ちを訂正できる国

「米国は過ちを訂正できる国か」

8月15日以来、トランプとプーチンを中心としたアメリカとロシアによるウクライナ停戦協議が大詰めに入ったように思います。17日の報道では,単なる停戦ではなくとトランプが「和平合意」になると発言したところ、これはではロシアに有利な合意になるとアメリカだけでなく西側諸国とマスコミも非難ごうごうですが、この様な「非難」は今までの歴史とロシアとアメリカの地政学的意味を忘れた観念論だと思います。

今回の会談が始まった直後、トランプは自分が大統領であったならウクライナ戦争はなかったと発言していますが、この発言は戦争の原因がバイデン大統領にあったと示唆しているように思います。ウクライナ戦争の根本原因は、バイデン政権とアメリカの支援によりNATOが旧東欧諸国へ拡大したことで、ロシアが防衛上の危機感を抱いたことにあるのですが、各国メディアは「和平合意」に反対するだけで、その原因を忘れています。 ソ連といまのロシアにとり絶対譲れない安全保障上の原則「敵対する国家との間に緩衝地帯を設ける。」が無視されれば戦争が不可避であることは、肝に銘じておくべきです。

この点、アメリカの情報長官トウルシー・ギャバードが『22年のロシアによるウクライナ侵攻の際に、米国と北太平洋条約機構(NATO)がロシアの「正当な安全保障上の懸念」を無視したことが戦争の原因であると、まるでロシアの主張を支持するような発言を行ったことで、多くの元外交官や安全保障上の専門家から、彼女の見解は米国の国家安全保障にとって危険であると批判された。』(『Wedge』8月号82頁 大野和基)と紹介されていますが、このギャバードの分析は、ごく最近の事である冷戦終結に至る歴史的経過を知っているだけで全く正論であることが分かります。この一点だけでも数十年遡るだけで西側諸国とそのマスコミが歴史も地政学も理解できていないことが分かります。

先ずソ連国内の経済的困難から冷戦終結に至り、世界平和は西側諸国の有利に進行してアメリカとソ連を両巨頭とする東西の根本的な対立がなくなり「歴史は終わった」との見解を述べる学者もいました。

しかし、冷戦終結によりワルシャワ条約機構が解消された一方NATOはそのまま存続しただけでなく、NATOは1インチも東に拡大しないと約束してロシアの国家の安全保障が約束されていたにも関わらず、NATOは舌の根も乾かないうちに、ロシアを仮想敵国としている軍事同盟であるNATOに旧ソ連系の東欧諸国が加盟することを認めてきたのです。今回のウクライナ戦争は民主党政権のアメリカとEUを離脱したものの陰険なイギリスがNATOの名を借りてウクライナに軍事支援をしたことで勃発しました。ロシアとすれば国境を接するウクライナまでがNATOに加盟することになれば、ロシアは国家防衛上の重大な事態に直面します。それは、かつてソ連がアメリカの喉元であるキューバに核兵器を持ち込もうとした「キューバ危機」の時のアメリカの驚愕と同じようにロシアの「国家防衛上の危機」だからです。

キューバ危機の時、ソ連は遠いところ(自国の安全上問題がない)でアメリカの危機を「持て煽んだ」のですが、今度のウクライナを含むアメリカとの和平は過去のキューバ危機の裏返しですから、今回の「ロシアの危機」に際し、アメリカが余裕を持つことができます。国家の連合体として共通の通貨はありますが、一枚岩でもないEU諸国が「国家の防衛上の問題」であるなどと議論しても日本は馬耳東風と決め込みトランプの「英断」を褒めたたえておけば良いと考えます。

地政学的考慮が働けば日本は第1次世界大戦のときと同じく「高みの見物」をしておればよいことで、一枚岩でもないイギリス・フランスなどに同調する必要もないでしょう。


posted by やすかね at 14:55| 千葉 ☀| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月31日

AIによる「新日鉄のUSスチールの買収をアメリカ人がどう見るか」

『ヒルビリー・エレジー」(J・D・ヴァンス著 光文社未来ライヴラリー100頁以下)によれば、1989年アーコムスチールと川崎製鉄の合併した会社は「アーコム」と呼ばれた。この会社は東条英機がオハイオ南西部に工場を開いたと受け止められていた。と書かれています。


そこでAIに問題提起となる短い文章を書いて、今、トランプ大統領が日本製鉄のUSスチールの買収劇について「完全子会社化」を阻止し、「拒否権」をアメリカ政府が持つようなことが報道されています。この二つの合併問題をAI がどう分析するか、試してみました。以下「1989年アーコムスチールと川崎製鉄の合併した会社は「アーコム」と呼ばれた。この会社は東条英機がオハイオ南西部に工場を開いたと受け止められていた。2025年USスチールを日本製鉄が完全子会社化しようとしている。この日本製鉄とUSスチールの買収で争ったアメリカの製鉄会社の代表者が「日本はあの戦争を忘れたのか」と非難している。この二つの合併をアメリカの労働者はどう見ているか。」に対して以下の「回答」です。


日米製鉄業界の合併と労働者の視点

過去と現在の事例を通じて考察

1989年にアーコムスチールと川崎製鉄が合併し、「アーコム」という会社が誕生しました。この合併は当時、東条英機がオハイオ南西部に工場を開いたという歴史的象徴と関連付けられることもあり、ある種の文化的・政治的な意味合いを持って受け止められました。

しかし、2025年において再び日米間の製鉄業界が注目を集めています。日本製鉄がUSスチールを完全子会社化しようとする中、この動きは国際的な買収劇として大きな議論を巻き起こしました。特にアメリカの製鉄会社の代表者が「日本はあの戦争を忘れたのか」と非難する言葉を発したことは、歴史的背景、そして感情的な反応を表すものと言えます。

アメリカ労働者の視点

こうした日米間の製鉄業界の合併や買収は、アメリカの労働者に多様な影響を与えてきました。1989年の「アーコム」による合併の際には、アメリカの労働者は日本企業と協働する新たな機会を歓迎する一方で、文化的な違いが生じる可能性や雇用の安定性について懸念を示しました。新しい会社の運営が地元経済や労働環境にどのような影響を与えるかについて意識する声もありました。

2025年に進行中のUSスチール買収では、アメリカの労働者はさらに複雑な感情を抱いています。一部の労働者は、統合によってアメリカ国内の製鉄産業が競争力を失い、他国に依存する形になることへの懸念を示しています。また、不満の声の背景には、戦争の記憶や伝統的な産業アイデンティティが影響している可能性があります。

歴史的な記憶と経済の現実

アメリカ国内の労働者は、こうした合併や買収を単なる経済的な動き以上のものとして捉えています。1989年の「アーコム」のケースでは、歴史的な象徴が強調されましたが、2025年のUSスチールの買収は、もっと経済的・国際的な要因が絡み合っています。とはいえ、戦争という過去の記憶は、こうした動きに対する感情的な反応に影響を与え続けていることは否定できません。

結論

日米間の製鉄業界の合併・買収は、単なる企業の再編成にとどまらず、労働者や社会に深い影響を与えています。1989年のアーコムの合併から2025年のUSスチールの買収に至るまで、アメリカの労働者はこうした動きを複雑な感情で見守り続けてきました。これからも、国際的なビジネスの動きが労働者の声や地域社会の感情とどのように交錯していくか注目されるでしょう。

posted by やすかね at 13:23| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月27日

人はなぜ戦うか

 人はなぜ戦うか?答えは単純です。
生物としての自己保存、種の保存です。生命には時間に限りがあります。そこで、常に自己のDNAを保存するため異性の獲得がまさに生存の根拠です。これをあからさまに人類を例に取り論じますとエゲツナイことになります。オスはメスを求め、それぞれ自己のDNAが保存される確率を高めようとすれば、メスは強いオス(現代では金を稼げる男)と交尾して自己と生まれて来る子供の生存を交尾したオスに託すしかありません。オスは、沢山のメスと交尾することが自らのDNAを高い確率で残すことができます。結論とすれば「オスは浮気者」でしかありません。ここまでは酒の席での話です。

次なる生物が生存に必要なことは、アユで言えば苔の生えている岩場の確保です。比較的小柄なアユが自己の縄張りを確保したとしましょう。小柄なアユはこの縄張りを奪われることは生命を失うこととなります。この縄張りを別のアユが奪おうとすると必ず戦いとなりますが、小さなアユは命がけの戦いをすることになります。この戦いで仮に力の強い大きなアユが見事縄張りを奪い取ったとしても、命がけの戦いを制した大柄なアユも全くの無傷ではないでしょう。

とすれば、大柄のアユが縄張りを奪ったとしても、手負いとなれば別のアユとの戦いでは必ず負けてしまうでしょう。縄張り争いを始める前にこの結論が見えていればこそ比較的大柄なアユも縄張りを先に確保している小柄なアユの縄張りにちょっかいを出したとしても応戦されれば簡単に引き下がります。人間のルールで言いますと「無主物先占」です。

このアユの縄張り争いを一般化して人類に置き換えますとどうなるでしょう。人類は土地がなくては生きて行けません。遥か昔国家というものが出来上がり、他国との領土争いは、数十万年か数百万年か分かりませんが、21世紀の現代でも続いています。「ローマの休日」という映画がありましたが、数千年前のローマ市民の休日は、あのコロシアムの中で繰り広げられた戦いの観戦でした。

先日コロシアムの近くで発掘された人間の骨盤にライオンに噛まれた跡があると報道されていました。そうです。槍をもった人間とライオンなどの猛獣との戦いで腰骨に食いつかれた人間をライオンが引きづり殺したのでしょう。この戦いをローマの市民が休日に観戦したのは「ローマの休日」の実体でした。

テレビでは骨盤の噛まれた跡しか報道されませんでしたが、ローマの休日でのメーンイベントは多分人間と猛獣との戦いでしたでしょうが、その前座では人間と人間との命がけの戦いがトーナメント方式で行われ、その全てが賭けの対象だったと思っています。
命がけで戦う「戦士」となる者がいるはずもありませんが、戦士はすべて領土の獲得戦争で敗れた国家の捕虜が奴隷(さすが現代ではハーグ条約?などで捕虜に対する虐待は禁止されています)となり、ローマ市民の楽しみのために戦って散っていったことでしょう。

またローマ帝国の様な大きな帝国になれば、数百年間の平和があったとすれば、戦士となる奴隷は恐らく減少してしまうでしょうから「再生産」即ち、奴隷の男女を結婚させて子供を産ませ、将来のローマ市民の楽しみのために幼少から戦士として訓練していったと思います。

21世紀の現代ではすべての国家が「独立」していると想定され、全ての独立国家は戦争(どうとでも理屈のつく「防衛戦争」に限る)をする権利が国際的に認められています。しかし、隣国との力関係を考えればすべての国家が常に「独立国家」とは言えないでしょう。強国は比較的弱い隣国が将来敵国になる危険を感ずれば、その国が自国と敵対する軍事同盟に入ることは絶対ゆるせません。今のロシアとウクライナの戦争の根本原因です。ウクライナのNTO加盟が阻止されなければこの戦争は終わりません。

イスラエルは、イスラエルの地上からの抹殺を主張するイランの支援で、元来イスラエルの支援なくして生存できなかったゴザの武装勢力(市民を人間の盾としている)が奇襲攻撃を仕掛けイスラエル人などを人質としたことが今回の紛争の原因でしょう。ゴザでは空のフライパンをもった子供たちが食べ物をくれと群がる映像を流しながらライスラエルの非難を繰り返していますが、国家の威信をかけたイスラエルは人質が解放されれば戦う理由がなくなりますから一日も早くすべての人質解放がなされるべきです。しかし長引く紛争からイスラエルが「テロリストの撲滅」を戦いの目的にしてしまうと、平和は遠くなるでしょう。

人類が憎しみをなくして平和を実現しなければ文化の発展もありません。徳川260年の平和と戦後80年の平和を満喫できている時代でしか、文化は発展しません。日本の浮世絵と漫画が世界の平和に貴重なものとなっている時代を過ごすことのできた元禄人と団塊の世代は幸運です。感謝・感謝ありがとうございます。『飲水思源』(文芸社)ご購読お願します。

posted by やすかね at 17:12| 千葉 ☁| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年05月19日

経営者の能力不足で没落する日産自動車

日産自動車は、25年決算で6708億円の赤字(昨年は4266憶円の黒字)を出すことになり、国内の5工場を始め、7工場の閉鎖を決めた。と報道されています。「健全経営」にするためと言うことですが、工場を閉鎖して2万人の従業員を大量に解雇し、赤字脱却を図り、健全経営にして外国人社長を始めとする役員の報酬を確保しようというのでしょうか。
資本主義社会での企業経営は、利益(配当・役員報酬)追求のために投資を行い、工場を作り大量の売れる商品を生産して利益を出さなければ企業経営は成り立ちません。
この大原則を逆さまにして経営者が工夫も努力もせず、儲からないからと言って「企業の経営健全化」を理由に工場を閉鎖し従業員を解雇だけを考えるのは、企業の出発点を否定し、経営陣の報酬をだけを確保するもので、絶対許せるものではありません。
一昔前なら「合理化絶対反対」と大変な労働争議が起きてストライキになったかもしれません。しかし企業の「合理化」は何時の時代も必要で、労働運動の出発点において万人の共感を得るスローガンが必要で「経営者は、会社と労働者を守れ!」はどうでしょう。
それはともかく、経営者は優れた商品を大量に生産・販売することで労働者の生活を守り、社会に有益な商品を作り出し社会を発展させることを求められています。言うなれば企業の生産拠点は、企業発展の出発点ですが、日産は稼働率が低い、などの理由で工場を閉鎖するそうですが、資本を投下した工場を潰すということは努力しない経営者の責任放棄・能力不足でしかありません。昔はトヨタと並ぶ二大自動車メーカーで数多くの名車を生み出してきましたが、カッコよく多くのユーザーに受け入れられ安全・快適な車社会を実現できる力がないことは工場で働く労働者の責任ではありません。経営者の能力が不足していることを証明しているものです。
工場の閉鎖は労働者の生活を困難にするだけでなく、1万9000社のサプライヤーで働く労働者の生活も困難にすることは明らかです。
いま日産の経営陣のすべきことは、創意工夫をこらして売れる車を世界中に供給することでしょう。これができなければ、即刻退陣すべきで、従業員の首を切る前に経営陣の退陣こそ避けて通る事のできない必要な「合理化」でしょう。

posted by やすかね at 09:27| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年01月25日

人類の未来


1, 今日のBS放送を見ていたところ、韓国の特殊出生率が増加に転じた、と報道していました。地球人口は増加の一途を辿っているにも関わらず、先進工業国では出生率が減少しています。地球誕生以来、全ての生物は自己(種の)保存のために命を与えられてきました。即ち今の命は数億分の一の確立で存在し、種の保存ために生きながらえて必然の死を迎えるのです。その際、種が保存されるためには単なる細胞分裂ではなく、生存中に外の生物、例えばウイルスなどからの「攻撃」に耐えながら環境に適合するように変異を繰り返すことが不可欠であるということです。例えば人類の最大の友人である犬を考えますと、犬の遺伝子の中には人類(ホモサピエンス)と仲良くすることが種の保存に有益であるという情報が組み込まれているはずです。また個別の個体を超えた「種の文化」ともいいうる習性も種の保存に重要であると思います。温泉に入るサルも細胞レベルの遺伝子情報としては存在しないとしても成長過程で脳の記憶となってサルの群れに残された情報が伝達されていくことが今後どうなるか、これは長い時間をかけなければ分からないことでしょう。

2, この様に考えてきますと、人類の生存は単なる生殖行為のみが種の保存に必要とも言えないことになり、個体及び集団に残る多種多様な文化が脳の記憶となり伝承されてゆくこととなります。その意味で特殊出生率の変化は、何を意味しているのでしょうか。一人ひとりの脳の中に蓄積された記憶が社会・国家全体の中で「集団的無意識」と言い得る「人類文化」となりこれが生物本来の生殖行為に影響を与えていることになるのでしょうか。ここまでの推論に何か論理的矛盾があるとは考えていませんが、如何でしょうか。

3, 以上の推論が「正しい」とすれば、それでは如何なる「人類文化」が特殊出生率に影響を与えているのか、議論をしなければならなくなります。先ず特殊出生率が未だ減少していない地域と減少している地域との違いを考えれば、大まかなところでは南北問題がありますが、さらにそこからさらに減少している地域の特殊性を明らかにしなければなりません。これまでの人類文化は乳幼児死亡率など様々な指標を考え出し、ここからソビエトの崩壊を予測した人類学者もいました。多数ある指標のどれとどれが組み合わされば、特殊出生率が減少している地域の事情となるか、中国4千年の歴史でもありませんが、役にも立ちそうにもない雑草、毒花、木の実、根、など様々な植物、動物の内臓、骨などを組み合わせることで病気の医療に有効な漢方薬ができるように、訳の分からない人類指標を含め膨大な情報の相互関連をAIなどで解き明かした「処方箋」はできないものでしょうか。何れにしてもかなり大変な作業が必要なのでしょうね。

4, 今、思いついた事を述べていますが、原理原則、出発点としては、誰しも自分の命が愛おしい、子孫の命も素晴らしいものになるであろうと希望の持てることが人類の未来に大切なのでしょうね。これをどうやって国民一人一人が意識しさらに国の政治課題として反映できるのか、これが分れば、計画的に特殊出生率を上昇に転ずることができないではないと思います。
今我が国では、自民党の政治資金の届け出を怠った政治家の責任追及が最大の政治問題であるかのように考えて口角泡を飛ばし「議論」しています。実に愚かなことを毎日毎日国の税金、あるいは公共の電波の無駄使いをムダとも思わないで報道しています。一人の有名芸能人の異性問題も国中のマスコミが問題視しています。また、アメリカのトランプ大統領は、人間の性には男と女しかないと発言し物議をかもしています。これはある意味マジョリティーの問題とミニマムな問題を同列に扱っていることが大きな間違いであることを指摘しているとも考えられます。

5, 結局、国の政治、および世界の政治の動きの中で誰しも自分と子孫の命が愛おしいと考えられるために何をすべきか、それを丹念に拾い上げ分類し、類型化して国の政策とする、これが今やるべきことでしょう。あらゆる職業人を対象にして、何が幸せかを具体的に拾い上げ、どうすれば政策に反映できるのかを考える時と思います。
 順不同で適当に列挙しますが、競輪選手、運転手、教師、あらゆる職人、将棋指し、等々から自分のやっていることを次の世代に伝えるために何が必要かを集約することが必要です。その際注意すべきことは天文学的格差社会の中にあっても全ての人間にとって、必要な物とそうでない物を区別して生きる、即ち「足るを知る」ことの大切さをご理解していただいてからの質問をすべきでしょう。駄目な回答として、例えば泳げもしないのに自宅にプールが欲しいとか、3m四方のベッドが欲しい、楽をして豊かな生活がしたい、などの回答は情報集約の時はともかく無視せざるを得ません。自然環境を忘れた「快適さ」例えば、プライベートジェットが欲しいとか、全館冷暖房など省エネ生活などが地球の危機を招いていることを忘れた回答などは無視すべきです。


posted by やすかね at 11:55| 千葉 ☔| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする